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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

リアクション


グーテンターク
 ドイツ、フランクフルト。
 空港に降り立ったドイツチームの生徒たちは、シャンバラとも、日本とも異なる空気を肌で感じていた。
 空港内の、一見コーヒースタンドに見える店では、朝から当たり前のようにビールが酌み交わされており、愉快な笑い声が響いている。
 これまでとは全く異なる文化圏に来たことを、改めて実感させられるのだった。

「よしっ。時間ももったいないし、各自あらかじめ調べたプランに基づいて、行動開始!」
 ドイツの引率である涼司は、早々に生徒たちを解散させた。
 少しでも長く、異国の文化を楽しんで欲しかったからだ。
 涼司の宣言を合図に、各方面に向かう生徒たちは、パンフレット片手にばらけていった。

「涼司! 涼司はこれからどうするの?」
 生徒たちの背中を見送っていた涼司に、親友の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が声をかけた。
「ああ。このままフランクフルトの街でも歩いてみようかと思って」
 既に12時間飛行機に乗ってきたのだ。
 これ以上の移動はたまったもんじゃないと、涼司は心の中で肩をすくめた。
「じゃあ一緒に行こうよ。ケーキ食べに行こうよ、ケーキ!」
「ケーキぃ? 別にここじゃなくても食べられるだろ」
 いわゆる「ご当地もの」の価値がよく分からない涼司である。とりあえず甘ければケーキ、と考えているのかもしれない。
「ここでしか食べられないの、いっぱいあるんだよ。行こう!」
「せっかくだし、いいじゃん。記念写真も撮ってやるぜ」
 結局、美羽とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に無理矢理引っ張られるかたちで、涼司はケーキを食べに行くことになった。
「なんか食べに行くの? だったら一緒にいいかい?」
 ちょうど、フランクフルトで食事をしようとしていた曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)も、同行を申し出た。
「じゃ、みんなで行くか」
「ご一緒させていただきます」
 マティエが、たった今結成されたグルメ班の面々に向かって、ぺこりとおじぎをした。



 フランクフルトは、ヨーロッパ各国への飛行機が就航しており、羽田からの直行便が整う前は、成田からここフランクフルトにいったん降り、それからヨーロッパ各国へと旅立つ旅行客も多かった。
 そんなことから、いち通過点と思われがちだが、この街もまた活気とグルメに溢れている。
 いかにも「ドイツ」といった雰囲気の酒場やカフェ、和食専門店まであるようだ。
 涼司たちは、街角のカフェに入った。
 テーブルにコーヒーが運ばれてくる。ウエイターが「ご注文いただいたケーキは、まもなくお持ちするので少々お待ちを」といったようなことを告げて、下がっていった。
「まだ食べるのか……」
 このカフェに至るまで、美羽と瑠樹の先導で、フランクフルト(都市名ではなく食べ物)にはじまり、ヴィントボイテル(シュークリーム)、クバルクシュトーレン(カッテージチーズとミルクのケーキ)などを既に食べまくった後だった。
「このお店、来る前に調べておいたんだから。すっごいの出てくるよ!」
 美羽は、わくわくする気持ちを抑えきれない様子で、目を輝かせている。
「ここは、おみやげコーナーもあるみたいだねぇ」
 瑠樹が、店の出入り口付近に目をやってつぶやいた。
「バームクーヘンとかがいいかなぁ。日本の両親に」
「賞味期限はちゃんと確認して買って下さいね。賞味期限!」
 マティエが瑠樹の肩をゆする。
 人へのおみやげは、賞味期限の確認が大事だ。
「じゃ、ケーキが来るまで一緒に選ぼうか」
 5人は席を立ち、瑠樹の両親へのおみやげを選ぶことにした。
 おみやげコーナーには、バームクーヘンのほかに、様々な種類のチョコレートや、ソーセージが並んでいる。
「うわぁ、安い!」
 美羽がぽんっと手を叩いた。
「これ、安いのかい?」
 瑠樹が首をかしげる。
「このお菓子、他のところで買うともっと高いんだよ。さっすが現地」
「輸出って、そういうものですよね」
 遠くに運べば運ぶほど、それだけ高くなるものである。
「じゃあ、このチョコレートとバームクーヘンにしようかねぇ」
 誰しも「お得」という言葉の魅力に抵抗することは難しい。
「賞味期限!」
 マティエはしっかりしていた。
 瑠樹は店員を呼び、賞味期限を確認したうえで、おみやげを購入して日本に送る旨を伝えた。
「おーい。お楽しみのヤツがきてるぜ」
 気がつくとコハクが、何かをテーブルに運んできたウエイターの対応をしていた。
「うおっ。なんだこれ!」
 さすがの涼司も目を丸くした。
「フランクフルタークランツだよ」
 それは、見事な王冠のかたちをしたケーキだった。
「さ、これで記念写真の撮影といこう」
 コハクがカメラを取り出して、皆に中央に寄るように指示した。
「涼司〜。これかぶって。王冠だし」
「た、食べ物を頭にかぶるなんてバチあたりなことできるかよ!」
「それじゃあ後ろで持っていますよ。かぶっている風に見えるように」
 マティエがそーっとケーキを涼司の頭の上あたりで持った。
「はい、チーズ」
 カシャッ。
「うん。いい写真が撮れた!」
 コハクが満足そうにうなずいた。
 この写真は後日、蒼空学園の校内新聞に掲載されることになるのである。

「おや? あれは校長……」
 そんなカフェでの騒ぎを、フランクフルトで美女探しをしていた佐野 誠一(さの・せいいち)が見つめていた。
「甘いケーキよりもオイシイものをおすすめするか」
 誠一は、てくてくと涼司に近付いていき、肩をたたいた。
「もう、お腹いっぱいでしょう。次、行こうぜ」
 にやりと笑う誠一に、涼司は彼が何を考えているのかだいたい汲み取ることができた。
「次、っていうのは……」
「食欲を満たしたら、別の欲を満たしたくはならないですかね?」
 誠一は気がつかないが、美羽たちはドン引きしている。
「ドイツって実は、性風俗産業が公営化されているという! そこで! ドイツの公営会社の社会見学に行くっていうのはどうすか?」
「公営会社……」
 公営、といえば聞こえはいい。だが、分かりやすく言ってしまえば、誠一はピンクなお店に涼司を誘っているのだ。
「いや、今回はそれはちょっと……」
 修学旅行の引率で、さらに周りにはドン引きしている生徒たち。
 さすがに今それに乗っかるのはマズイ。
 一歩後ずさる涼司に、誠一は二歩追いすがる。
「怖じ気づいたんすか?」
「いや、これ、修学旅行じゃねぇか」
「だから、公営の会社を見に行くって」
 そんなやりとりを、涼司の親友である美羽は実力行使で断ち切ることにした。
「ストーーーーップ!」
 二人の間に割ってはいる美羽。その間に瑠樹たちが涼司をずずっと後ろに下がらせた。
「この人、ぜんぜん頼りなさそうに見えるけど、一応校長なんだから、そーいうのに巻き込まないでよ!」
 助けてもらいつつ、涼司の心はちくりと傷ついた。
「いやねぇ、でも、公営だし……」
 あくまで「公営」という言葉を強調する誠一。
「もう。そんなのはまたにして、ほらケーキ」
 美羽は、切り分けたフランクフルタークランツを、誠一にも差し出した。
「……ま、いいか。かわいいお嬢さんと、甘いケーキ。たまにはこういうのも悪くない」
 誠一はふっと笑って、おとなしくカフェの椅子に座った。
「……じゃ校長。夜は?」
 おとなしくなったと思いきや、まだあきらめていない誠一は、涼司にだけ聞こえる声で話しかけた。
「いや。夜はちょっとな。先約があるんだ」
 涼司は嘘がつけないタイプである。
 本当に先約があるのだろう。

 ひと騒ぎはさみつつ、フランクフルトの街角でのお茶会は、にぎやかに進行した。