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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「おや、これは困りましたね。審査員が酔っ払って審査になりません」
 翻ってステージでは、『P−KO』のステージが終わり、勢いで6人の審査員全員が10点をつけたところまで進んでいた。
 しかし、『P−KO』が残した影響は甚大で――鮪の行為も関係していたが――、とてもまともな審査を行える状況ではなかった。
 ここは中断もやむを得ないか、そんな雰囲気が支配しかけた頃――。
 
「今こそ、私のステージの時だ」
 
 そこへ、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)が姿を見せる。彼は出場申請は済ませていたが、順番までは決まっていなかった。
 もしかしたら、このような不測の事態が起きうることを予測した上で、最も印象づけられる瞬間の登場を図っていたのかもしれない。
「おお、白組の切り札、ジェイダス校長に出て頂けるのなら、この状況も必ずや打開されるでしょう!
 今すぐ準備をさせます!」
 クロセルの指示で、ジェイダスのためのステージが急ピッチで準備される。
「そうか、ついに校長がステージに立たれるのか……。
 皆、万全の準備で出迎えるのだ! 手抜かりは許されない!」
 黎率いるスタッフを総動員して、背面に設置されていたモニターが外され、ジェイダスの『衣装』――それは、ステージの端から端までを覆う一面の薔薇と、中心、ステージからかなりの高さにある場所に踏み台、そこを中心として放射状にまたも薔薇、という、衣装と言っていいのかセットと言うべきなのか不明な、とにかく豪華な衣装――が上空につり上げられようとしていた。
「あの、ジェイダス校長。このような表舞台の先頭に立つということは、何かお考えがあってのことでしょうか?」
 衣装を纏おうとするジェイダスへ、彼の傍にいた鬼院 尋人(きいん・ひろと)が声をかける。
「私は私なりに、シャンバラの統一を祝そうとしたまでのこと。
 ……不純なるものは、今この場にはそぐわない」
 それは、無数の薔薇以外に電飾などの設備を添えなかったことを言っているのか、また別のものを言っているのか。
 その答えには触れずに、ジェイダスが背を向け、衣装を纏うためエレベーターで上がっていく。
「なんだろう……とりあえず、怖い事は考えなくていいのかな」
 ジェイダスの言葉を反芻していたところへ、バックダンサーにもスタンバイの声がかかる。西条 霧神(さいじょう・きりがみ)と共にバックダンサーを希望していた尋人は、ひとまず思考を切り替え、ステージを盛り上げるため、また、ジェイダスがステージで狙われないよう護るため、他の大勢の白の服に身を包んだ者たちに混じってステージへと上がる――。
 
「皆様、次のステージは薔薇の学舎校長、ジェイダス・観世院。
 パラミタの『美の根源』とも称すべき方のステージを、堪能してください!」

 クロセルの紹介を受けて、ジェイダスが例の衣装と共に現れる。
 ステージを紅に染めんばかりに散りばめられた薔薇の中心で、ジェイダスが甘く、時に力強い声量を持った声を響かせる。
 
 おまえは薔薇のつぼみ
 私はおまえをそっと照らす光
 私という手で おまえは
 最高の美を手にする

 
「わぁ、今ボクたち、ジェイダス校長と一緒にステージに立ててるね!」
「何と言うか……圧巻、としか言いようがないのう。気を抜けば、取り込まれてしまいそうじゃ」
 バックダンサーとしてステップを踏むレキとミアはまだしも、観客として訪れている女生徒、さらには一般の老若男女までもが、ジェイダスの醸し出す、危険を感じさせつつも抗えない魅力に取り込まれていく。
「やってみると、意外と楽しいものですね、尋人」
「……確かオレは、シルエットダンサーで行きましょう、恥ずかしいです、と聞いた覚えがあるんだけどなあ」
 ステージに立つ前は乗り気でないような発言をしつつ、いざステージに立つとノリよくステップを踏む霧神を呆れるような目つきで見つつ、尋人もステップを踏む。もちろん、ジェイダスの身に危険が降りかからないよう、警戒することも忘れない。
 幸い、彼らの行動が功を奏したか、あるいはそもそもこのような場で問題を起こそうとする輩がいなかったか、ステージはつつがなく――は、ある意味間違いかもしれない。何せ観客の多くが魅了され、ジェイダスへの愛を叫ぶので、混乱しきっていた――終了する。
 そして、酔い潰れていた審査員も、ジェイダスのオーラに突き動かされるように点数を発表する。
 
 涼司:10
 鋭峰:10
 コリマ:10
 アーデルハイト:10
 ハイナ:10
 静香:10
 
 合計:60
 
「おーっと、『P−KO』の皆さんに続き、ここでも満点が飛び出しました!
 流石はジェイダス校長です!」
 無数の黄色い――他にも色々な色があるところが、ジェイダス所以である――声に惜しまれつつ、ジェイダスがステージを後にする――。
 
「てっきり、ジェイダス校長がトリを務めるかと思ったけど。まあ、予想通り華やかな舞台だったね。
 尋人も参加してたみたいだし、僕もバックダンサーすればよかったかな?」
「華やかなのは確かだったな。……今となっては、あの舞台に立つのは遠慮したいが」
 舞台袖からステージを目の当たりにしていた黒崎 天音(くろさき・あまね)が、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)とステージの感想を口にしつつ、ここに来るまでに交わした会話の内容を思い返す。
 
「ファーストコントラクター、コリマ・ユカギール。少しだけ良いだろうか?
 いくつか質問をしたいのだけれど」
『……いいだろう。私に答えられることであれば、答えよう』
 
 コリマの“言葉”に、天音が感謝の気持ちを込めて応える。
 自己紹介をした後、天音は次のような質問をする。
 
「五千年前に地球とパラミタが繋がった際の契約者は、現在とは逆で地球人は一人としか契約できなかった筈なのだけれど、貴方には複数の契約者が存在するよね。
 それって、例えるのなら今のシャンバラ女王と同じように、優れた力を持つという事だろうと思うけれど……神の力を持つシャーマンは何者なのかな?」
『何者である……か。
 私について言えることの一つは、私は今の人類とは別の種類の人類である、ということだ。
 もう一つあるとすれば……私は、友人であるアムリアナのシャンバラ復興の想いに力を貸した一個人でもある』
 
「砕音の言によると、この次に地球とパラミタが分かれる時、文明だけでなく人類そのものが滅びるかも知れない、という事だけれど。
 五千年前に何が起こったのか、そして五千年の眠りの後に蘇ったファーストコントラクターは、今のコントラクター達に何を求めているんだろう?
 そもそも、契約者は何の為に現れたんだろうか」
『それについては、お前がコントラクターである限り、いずれ知ることになるだろう。
 私は、特定の事態を望んでいるというよりは、この地で何が起きるか、そして、その結果どうなるかということに興味がある。
 この地に集まった生徒にはそれぞれ、何がしかの可能性を持っていると私は考える。無数の可能性が集まり、やがて生まれる結果の積み重ねを、私は見てみたいのだ。
 無論、ただ見守るばかりというわけでもないがな。私とて無益な争いは望まない。育てた生徒が人ならぬ道に落ちていく様をただ見ているほど、私は非情ではない。
 ……お喋りが過ぎたか』
 
 一通りの質問をした後、コリマと別れた天音は次に、アクリトを探す。相談に乗ってくれたことへのお礼を言おうと思ってのことだったが、彼の姿はスタジアムには見当たらない。電話をかけてみても、留守電に切り替わる。
 
『先日はアドバイスありがとう。諦めたくない事があるから、じっくり検討していこうと思うよ。
 また世話になると思うけど、パルメーラさんによろしく』
 
 そんなメッセージを残し、携帯を仕舞う。
 
「あっ、黒崎。今までどこ行ってたんだ?」
 舞台袖に引き上げてきた尋人が、天音の姿を認めて声をかける。
「ちょっと、ね。ああそう、尋人のダンスシーン、しっかり収めさせてもらったから」
「な……!」
「これ何に使えるかなー。こういうのを欲している場所は必ずあるんだよね」
「ま、待て黒崎! 何する気だ、返せ!」
「まあ待て落ち着くのだ、このような場で騒いでは無礼に当たるであろう」
 ブルーズが二人の間に割って入る。既にジェイダスはお付の者を侍らせ、優雅に茶を嗜んでいた。
「く……!」
 一理ある、とばかりに手を引っ込める尋人、しかし目はスキあらば、と物語っているようだった。
「ふふ……」
 微笑を浮かべて、天音がその場を後にする――。
 
 ステージの方は、ジェイダスの舞台が終了した後、各審査員が酔いを覚ましたことで通常に執り行なわれるようになった。
「どれ、私もしばし皆の美を見極めてみようか」
『いいだろう。私は少し休む、代わる時にまた呼ぶがいい』
 何の気紛れか、コリマに代わりジェイダスを審査員に加え、次の演奏者が演奏するための準備が整えられる――。
 
「はいはいアスカ、ジェイダス校長の歌に見惚れてないで用意しましょうねー」
 ジェイダスの舞台に後ろ髪を引かれる師王 アスカ(しおう・あすか)を、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が控え室へと連れて行く。
「衣装はねー、曲に合わせて黒のスタイリッシュなゴシックタイプを用意したわ。
 ルーツちゃんとバカラスは仮面を装着。で、アスカは男装ね」
 テキパキと指示をするオルベールへ、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が感心するような表情を浮かべ、蒼灯 鴉(そうひ・からす)がついと視線を逸らす。ルーツと鴉、ルーツとオルベールは比較的温厚な関係だが、鴉とオルベールは犬猿の仲であったが故の反応であった。
「着替えたら演出の確認だからねー」
 三人を手早く着替えさせる方向に持っていき、そして着替えを終えた一行は、ステージの進行を確認する。歌パートの途中でアスカが白薔薇をジェイダスに投げること、間奏のソロパートでのルーツと鴉のダンス、そして最後に用意した『作品』の公開の手順がオルベールから説明されていく。
「こんなところねー。照明もスモークもちゃんとセッティングしてあるから、安心して行ってきて♪」
 その時、控え室の扉が叩かれ、スタッフがスタンバイの旨を伝える。頭の中で手順を確認しながら、一行はステージへと歩き出して行く――。
 
「皆様、お待たせいたしました。準備が完了しましたので、歌合戦を進めたいと思います。
 次の曲は『Decision』、どうぞ!」

 エレンの紹介を受けて、青と黒のコントラストが織りなす照明を割いて、アスカが前、ルーツと鴉が後ろで配置につく。
 
 Ah……
 
 低音から高音へ、アスカの声がシフトする。
 
 Talala・lala……
 
 ヒップホップの曲調に合わせ、ルーツと鴉がステップを踏む。
 
 閉ざされた光を求め 選び続けよ選択を さあこの手で……!
 悩む猶予を与えられても 明日への希望を遠ざける
 
 掠れた声を聞いて その弱った手を握り締めた
 後ろ髪を引かれながらも 私は前に進むしかない
 境界を越えて 振り返りそうに…… 手を握り締めて留める
 ここで止まれば 願いが終わる時…… 湿った道をただ進んだ
 
 閉ざされた光を求め 選び続けよ選択を さあこの手で……!
 悩む猶予を与えられても 明日への希望を遠ざける

 
 言葉を紡いだアスカが、それまで手にしていた白薔薇を、審査員を務めるジェイダスの元へ投げ入れる。
(白薔薇の意味は『心からの尊敬』……アスカらしいパフォーマンスだな)
 心に呟くルーツが、薔薇を投げ込まれたジェイダスを見遣ると、人差し指と中指、二本の指でそれをキャッチしたジェイダスはその薔薇を口元に持っていき、漂う香りと花言葉を受け取った意思を示すように口付けを交わし、自らが纏う服に挿す。
 
 疲れの滲む体を 包むのは希望と疑念
 優しさの欠片を感じて 私は涙を流した
 そんな経験が 気づかせてしまった…… 自分の抱えた重さを
 少しの痛みが 波紋と広がって…… 逃げたいと初めて思った
 
 閉ざされた光を求め 選び続けた選択が 迷い溢れ……!
 闇の影がこの手をさらって 迷いの夢へと誘う

 
「ここから盛り上げていくわよー。照明さんよろしくー」
 オルベールの指示で、それまで暗いイメージを引き立てていた照明が明るくされていく。
 
 Shut light is requested
 Think of you
 
 求め続けるその意味は 答えられず
 確信も持てぬこの選択が 明日への道を繋ぐのか

 
 間奏に突入すると、後ろに下がったアスカの代わりに鴉が進み出、スポットライトに照らされる中、ブレイクダンスを披露する。
(こいつが歌う所初めて見たが……意外だな。一つ大技でも披露してやりたくなるが……自重するか)
 衣装のことを考えつつ、トップロックで魅せる鴉。次いで進み出たルーツは、氷術を応用したパフォーマンスで魅せる。細かな氷の粒がスポットライトに輝いて光り、ミラーボールの輝きに似た演出を作り出す。
 ソロパートが終わり、もたらされる拍手と歓声の中、アスカの歌声が響き渡る。
 
 閉ざされた光を求め 選び続けよ選択を 迷い捨てて……!
 悩む事が足を止めるなら 繋ぐ絆を信じて進め
 
 Shut light is requested
 Think of you
 
 求め続けるその意味を 今答えて
 世界を揺らすこの決断が 明日への光のしるべ……

 
「はい、バカラス今よ!」
 その声が聞こえたかは定かではないが、鴉が強烈な光を生み出す。
 突然の事態に観客の多くが目を閉じ、そして開いた先で、現れた巨大なキャンバスに、何事かと意識を振り向ける。
 
 そこには、アイシャや理子、セレスティアーナ、各学校の校長たち、その学校に属する数多くの契約者たちが描かれていた。
 蒼き空の下、皆が見つめるのは、平和なシャンバラの未来。
 『シャンバラの未来』と銘打たれた絵には、この絵のように平和な国を望むアスカの想いが込められていた。
 
(この歌はアイシャをテーマに、絵はタイトル『シャンバラの未来』……。
 私はこの絵のような平和な国を望むわ〜。
 ねえ、できる? アイシャ……)
 
 アスカに視線を向けられた当の本人、アイシャは、耳に残る歌の歌詞と、目の前に広がるキャンバスの光景に、アスカの、否、シャンバラに住まう一人一人の想い、国家神である自分に対する期待を見る。
 その想いは、とてつもなく重い。それを全部、一人で抱えきれるかどうかは、正直言って分からない。
 だけども、自分は一人ではない。理子とセレスティアーナというパートナー、各学校の校長たち、そしてアスカを始め、シャンバラの未来を生み出し、支える人たちがいる。
 
「……出来ます。私が、アムリアナ女王の意思を継いで、この国を守ってみせます」
 
 故に、アイシャはそう口にする。
 その声が聞こえたか、それともアイシャの覚悟が感じられたか、アスカが満足そうに微笑むと、背を向けステージを去っていく。
 後にルーツが続き、鴉はステージを去る前、アスカが半年かけて完成させた絵を見上げて心に呟く。
(まさか、ここで披露するとは思わなかったがな……)
 それでも、おそらくはこれを見た多くの人に、何か感じてもらえたことを思えば、悪い気分ではなかった。
 
 涼司:9
 鋭峰:7
 ジェイダス:10
 アーデルハイト:8
 ハイナ:8
 静香:7
 
 合計:49