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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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【創世の絆・序章】イレイザーを殲滅せよ!

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5.イレイザーとの戦い

 小隊の生存者が、まとまってではなくバラバラに逃げたのは正解だったのだろう。もし一箇所に留まっていたら、まとめて全滅させられていた可能性がある。それはメルヴィア大尉の作戦だったのか、彼らがそうせざる得なかったのかはわからないが、そのおかげで今のところ発見された小隊に死者は出ていないでいた。
 ただ、無傷で逃げ延びている隊も今のところ一つも見当たらない。
 話しによると、イレイザーは突然奇襲をしかけてきて、その時に隊の三分の一が大怪我を負ったという。それを、動けるメンバーで分担する形で班になったため、どの小隊も追撃してくるイレイザーから完全に逃げ延びるのが難しく、岩陰などに身を隠すことになったという。
 報告が正しければイレイザーの総数は二体、現在発見しているのは一体でそれとは激しい戦闘が繰り広げられている。もう一頭はまだ見つかっていないが、最後にメルヴィア大尉と通信があった場所付近で大尉と戦っているのではないかと推測されている。救出隊を、第一班と第二班に分け、通信報告地点に現在一班が向かっている。
 二班に振り分けられた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、一班を指揮している長曽禰少佐のことが心配だった。今日まで、ほとんど休み無く物資の手配などの激務に当たっていた少佐は、休む暇なくこの作戦の最前線に立っているのだ。作戦前に声をかけた時、その顔には確かに疲れが浮かんでいたのを見てとった。
 だからといって、休んでくださいなんて言える状況ではないのはわかっている。だから、支えるしかないのだ。
「もう少しだよ」
 背中に背負った仲間に、声をかける。まだ意識は残っていて、苦しそうながらもはいと返事が返ってきた。
 できるだけ急いで、しかし遮蔽物やイレイザーの視界に注意しながら戦場から離れていく。彼らには悪いが、治療は最低限に留め、まずは退避する方が先だ。橋頭堡にたどり着ければ、ここでする応急手当よりもずっとマシな治療もできる。
 あと少しで、彼らを運び出すためにかき集めた軍用バイクのある地点にまでたどり着く。そう思った矢先、自分の影が伸びていっている事に気付いた。
 何かしらの光源が、近づいている。
「……っ、みんな避けるんだよ!」
 エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)の叫び声が響く。
 こちらに向かって、イレイザーの火炎弾が向かってきていた。

「エルは心配しすぎなんだっつの! 確かにちょっとヤバい状況だけど、そういう時のための教導団なんだろ? それに、助かる可能性があるなら助けに行きたい!」
 心配するエルザルドを押し切って、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は救出隊に志願した。
 この作戦が志願となったのは、イレイザーと称される敵に対し、現在有効な手段を自分達が持ち合わせてはいないからだ。ミイラ取りがミイラになる事態が、十分に想定される危険な任務となる。もちろん、そんな直接的な言葉で説明はされなかったが、ブリーフィングで説明された事は要約すればそのようなことだった。
 巨体でありながら素早く動き、無限軌道の触手を何本も備えて遠近両方に対応するイレイザーは、イコン数十機と称される戦闘力が言いすぎでなかったことをよく知らしめてくれた。
 小隊の生存者は、すぐに見つかった。負傷者は三名で、うち一名が完全に意識を失っていた。彼は治療の最中になんとか意識を取り戻したが自力で動けず、同じ班のローズが背中に背負って移動することになった。
 討伐組みがイレイザーの意識をひきつけてくれているとはいえ、無茶はできないと慎重に移動している最中に、こちらに向かって火炎弾が飛んできた。
「……っ、みんな避けるんだよ!」
 禁猟区によっていち早く気付いたエルザルドが声をあげる。
 その火炎弾は、雲雀を狙ったものではなく、偶然こっちに飛んできてしまった流れ弾だった。その為、着弾時点は若干ズレでおり、エルザルドの声に反応できさえすれば回避することはできなくもない。
 だが、背中に仲間を背負っているローズはどうか。それに、小隊の生存者に確か足を怪我しているのが居たはずだ。迷惑をかけたくないと、片足を引きずりながらついてきていた。
「エル! 援護頼む!」
 弾けるように雲雀は火炎弾の前に飛び出した。
 誰よりも火炎弾に近くなったところで、雲雀はファイアーストームで壁を作った。精霊の知識をもとに、その炎の壁は受ける形ではなくそらすように火炎弾に対して斜めに向ける。
「無茶するなって……このっ!」
 エルザルドは悪態をつきながらも、ファイアーストームと火炎弾が衝突する瞬間に芭蕉扇で大風を起こした。
 斜めに設置して威力を逸らしてなおこちらに向かってくる爆風を、大風が受け止める。一番前に立っていた雲雀に熱風が襲いくるものの、とっさに腕で顔を覆って防いだ。手先に少し火傷ができたが、被害はそれだけだった。
「走るであります!」
 振り返りながら、できるだけ大声で指示を出す。こうなった以上、こそこそするのは逆効果だ。それに、今さらになって湧き上がってきた恐怖心を押さえつけるには、大声を出すのが一番だと思ったからだ。
 足を怪我した小隊をエルザルドは無理やり担ぎ、みんな全力でバイクのある地点まで向かう。そこまでたどり着いて、先ほどのは流れ弾で狙ってきたものではなかったようだと考えられるようになった。とは言え、のんびりなどしている余裕は無い。
 負傷者をバイクの急造のサイドカーに乗せている最中に、雲雀は後頭部をエルザルドに軽く小突かれた。振り返ると、言いたい事が山ほどあると顔に書いてあったが、それを口にはしなかった。
 雲雀もただ黙って頷いた。不安な気持ちで救出を待っていた彼らの前で、震えた声など聞かせられるわけがない。



「近づくなっ!」
 アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)は向かってくる触手に向かって、雷術でけん制する。一瞬怯んだうちに、アンゲロはケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)の元へと駆け寄った。
「くそ、あんだけやったてのに」
 ケーニッヒには、アンゲロが使える限りのスキルを尽くして、その防御力を底上げしていた。それがたった一撃、たった一撃で全部持ってかれたのだ。
 イレイザーの弱点を見つける。イコンが運用できない現状、イレイザーに対抗する手段を確立するためにも必要なことだ。その為、様々な術や手段で攻撃を加えていた。
 だが、これだという弱点にはめぐり合わないでいた。同じ攻撃でも、触手の甲殻に覆われていない部分に当たると怯んだりする様子から、恐らく単純に威力が足りていないのだと推測される。
 そんな中、唯一電撃だけは、他の攻撃に比べてマシという程度だが、甲殻や鱗の上からでも反応があった。それでもやはり威力不足は否めず、せいぜい怯んだりする程度でしかない。
 さすがはイコン数十機分といったところか。だが、術の属性だけが弱点になりえるとは限らない。例えば、体内から攻撃をうければどんな強靭な装甲を持っていたとしても無意味だ。とはいえ、体の中に飛び込むのは危険なんて言葉では済まされない。
 そこで、天津 麻衣(あまつ・まい)の式神の術で式神化した光精の指輪を使うことにした。これをなんとか口まで運び、飲み込ませる。そうすれば、自分自身で飛び込むよりは安全だ。
 そしてその作戦は、順調に進んでいるように見えた。隠れ身を使い、イレイザーの正面にまわって口の中に指輪を投げ込むまではうまくいったが、さすがにそこまでされて気付かないほどイレイザーは鈍感ではなかった。
 ファウストはイレイザーの強烈な裏拳を食らい、吹き飛ばされたのだ。そしてそのまま、着地の姿勢を取る様子もなく、岩盤に叩きつけられた。攻撃を受けた瞬間に意識が飛んでしまったのだろう。
 契約者同士だから、ファウストが死んでいないのはわかる。だが、安堵している余裕なんて無い。イレイザーは目の前でちょこまか動かれたのがそこまで気に食わなかったのか、触手を差し向けて完全に殺すつもりだ。
 向かってくる触手を、雷術でひるませながらアンゲロはファウストの元に急ぐ。だが、無数に伸びてくる触手全てを迎撃はできず何本か取り逃がしてしまった。
「目ぇ覚ましやがれっ!」
 アンゲロの声に、ぴくりとも反応しない。触手が迫る。
 だが、突然現れた炎によって、触手はたじろいだ。神矢 美悠(かみや・みゆう)の焔のフラワシがそこに居るらしかった。触手は炎が現れてやっと反応したということは、フラワシを感知する能力は持たないらしい。
 美悠の援護によって、触手よりも先にファウストのところにたどり着いた。ファウストを背中に担ぎ、急ぎ撤退する。その背後では、触手が地面を叩く轟音が響く。炎を出した見えない何者かを攻撃しているのかもしれない。
 その音も間もなく聞こえなくなった。そうなれば、次に狙われるのはアンゲロだ。
 このまま走って逃げ切れるか、浮かんだその問いの答えた考えるまでもなく否だ。だからといって諦める理由にはならないから、アンゲロはとにかく走った。
 その頭上で、轟音が鳴った。二人を追っていた触手は口がない、ただ殴ったりしてくるだけの触手だったから、音が鳴るというのは変だ。振り返って確認したくなるが、それを抑えて走る。
「早く、こっち」
 麻衣の声が聞こえて、先ほどの音は彼女のサンダーブラストだと推測がついた。だが彼女は、イレイザーの体内に投げ込んだ式神を維持する必要があるため、後方に控えていたはずだ。
 それがここに居るということは、つまり、どこかで失敗したということだ。

 作戦の推移は順調であるように佐野 和輝(さの・かずき)には見えていた。
 調査に出ていた小隊で遺体で発見されたものはなく、またイレイザーとの戦闘でも負傷者は出てはいるものの、死者は出ていない。
「ねぇねぇ、もう勝った?」
「危ないから頭は下げててくれ」
 ひょっこり顔を出したアニス・パラス(あにす・ぱらす)の頭を手で抑える。多くの仲間が攻撃を仕掛けているイレイザーが、ここを見つけて目ざとく攻撃してくる確率は低い。しかし、先ほどこちらの横を通り抜けていった衝撃派はそうとう取ったはずの距離なんて知らない様子で、突き出た五メートル前後の岩を粉々に粉砕してくれた。
「触手だけだったら、強い契約者なら十分対応できるみたいね」
 スノー・クライム(すのー・くらいむ)の言うように、触手を単体のモンスターと捉えれば、ちょっと危険な相手といったところだ。和輝一人で一本は厳しいが、ここで記録を取っている三人がかりでいけば触手一本を討ち取るのは十分可能だろう。
 問題は、その厄介な触手がイレイザーにとっては自動迎撃装置程度しかないという事だ。
 強力な溜めのある魔術を放つと、触手が壁になって本体への攻撃を防いでくる。その壁をすり抜けて体に当たっても、ダメージがどれだけ通っているかはわからない。
「触手は特に属性に対する強弱は無いようだな」
 炎でも氷でも、甲殻で守られていない部分に当たるのを触手は嫌がる傾向がある。切り落とされた触手もあり、特別に何かに弱いといった様子はないようだ。もっとも、鈍器なようなもので殴る行為は効果は薄そうではあるが。
「まだ触手がわらわらいるからね。あれをなんとかして、イレイザー本体に取り付いて欲しいところなんだけど」
「ねーねー」
「まずは触手を減らしてもらうしかないな。あれだけでも十分脅威的だ」
「あのね、アニス気付いたんだけど」
 またしても頭だけだしたアニスが、片手でイレイザーを指差して言う。
「わきの下の部分、皮が余ってるよね」
「……わきの下、か。確かに、そう見えるな」
「あそこにだったら、攻撃弾かれないんじゃないかな?」
 人間のわきの下は、急所の一つである。人間でなくとも、間接の稼動部位は他の部分よりも脆くなっているものだ。イコンであっても、稼動部を狙う弱点攻撃は戦術として存在している。
「そうだな。あそこならあるいは」
 触手の甲殻に守られていない部分程度には、攻撃が通るかもしれない。
 ただ目に映ったものを、そのままに言っただけに過ぎないアニスの言葉は、しかし考えてみれば確かにその通りだと思えるものだった。ずっと見えていたはずなのだが、言ってもらうまで気付かなかった。
 当たり前の視線で見れば他にも首の下の顎の部分や、後ろ足の付け根など甲殻で守られていない部分が見てとれる。そこならば、確かに攻撃は通るはずだ。
 驚いた。そんな当たり前のことに気付いていない自分が居たことに、和輝は驚いた。
 何人もの契約者の戦闘をまとめて見ながら記録を取る。確かに、それは膨大な情報を処理していく能力を必要として、単純な事ではない。何か一つ見落としがあったって不思議ではない。
「わわ、どうしたの?」
 先ほどよりはずっと軽く、ぽんとアニスの頭に手を乗せた。
「危ないから、頭は下げておけよ」
「う、うん」
 おずおずとアニスが下がっていく。
 なんだか、少し目が覚めたような気分だった。スノーも似たような事を感じたのか、お互いに目が合うと苦笑が漏れた。
「あれを見て、ちょっとびびってたのかも」
「らしくないな」
「全くよね、なんかちょっとむかつくわ」