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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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 石原肥満の屋台が遠くに見えたので、富永 佐那(とみなが・さな)は目の前の男を暗がりに引き込んだ。ここからなら、この男の目に肥満が入ることはないだろう。
「それで……話の続きをしましょうか」
 事件三日前の夜、すなわち昨夜、佐那はこの地に到達した。すぐさま姿を隠すと、彼女はMP(GHQの軍警察すなわち憲兵)の警ら活動について調査を開始している。丹念に追ったので、MPの巡回ルートとそのタイミングについては、昨日今日でほぼ把握したと言っていい。
 そして佐那が次に手がけたのは、石原の関係者を切り崩すことだった。石原拳闘倶楽部をつきとめ、時間をかけて下っ端と思われる人物を一人、ピックアップして接近したのである。
「……あなたは石原肥満組長の配下ですね?」
 自信を持ってそう呼びかけた。よほど驚くかと思いきや、その不良少年風(マサという名前らしい)は憤慨したように言ったのである。
「組長? 何言ってやがる。あの人はヤクザじゃねえよ」
「でも、若い衆を集めて勢力になってるって……」
「集ったらヤクザなのかよ。肥満さんはいつも言ってる、『俺たちは愚連隊だ。ヤクザのような組織じゃねえ。だから上下関係はうるさくしねえし辞めるのも自由、ただし給料も出ねえ』って」
 マサのそばかすだらけの顔はあまり聡明には見えない。だが彼は誇らしげだった。
「ああそう」
 単にヤクザという名称がイヤだっただけではないのか、と佐那は思っているので特に感慨はない。マサの目の前に煙草の箱を付きだした。
「知ってる? これ、米軍が吸ってるブランド。ただでさえ高い闇市でも、相場は日本のものの三倍はするんですよ」
 みるみるマサの目が輝いた。この当時、煙草は決して楽に手に入るものではなかった。しかもアメリカのブランド……いわゆる『洋モク』ならひとしおだった。
「石原の計画について知ってることがあれば……」
 ところがマサはこれを聞くや、佐那の手を払いのけたのである。
「ふざけんな! こんなモンで俺に石原さんを売れってんならお門違いだ!」
「待ってください。何も裏切れって言ってるワケじゃないんです。私の様な見掛けない顔はいたか、子供を見なかったか、そういったことを……」
「どっちにしろ嫌なこった。そういうのを買収……いや、かい……かい」
「懐柔?」
「そう、懐柔ってんだろ!? その手に乗るか、ってんだ」
 嗜好品などで釣らず、もっと遠回しに誘導尋問したほうが良かったかもしれない。
 なら別の手だ。
「力尽くで吐かせるって手もあるんですけど」
 佐那はマサの腕を右手でつかんだ。ぐっと力を入れると、彼の骨が悲鳴のようにきしむのがわかった。
「なんて力だ……! 今度は脅しか!? だが俺は売らねえぞ……! 俺だけじゃねえ、拳闘倶楽部に集まる愚連隊にそんな野郎はいねえ! みんな、石原さんにはでっかい恩があるんだ」
 佐那は手を放した。
「こいつ……本当に女かよ!」
 妖怪でも見るような目でマサは彼女を睨みつける。
「だ、だけど口は割らねえからな!」
 これを見て、あくまで冷ややかに佐那は言い加えた。
「MPに突き出していいんですよ」
「な、何の……ギギ、ヒギ、いや……」
「容疑?」
「そう! 俺を突き出すってったって何の『容疑』でだ。法螺もいい加減にしろ!」
 佐那は冷静に彼を観察した。怯えているのは確かだ。もう少し締め上げることだってできる。だが、何をやっても口を割りそうにない。彼はなんとしても肥満のことを話さないだろう。彼の言う『法螺』とはハッタリのことか。まあ、ハッタリなのは事実ではある。佐那はまだ、桜井チヨの奪還について、石原肥満がどう動くのかを見極めていない。
 石原がどう動くか、佐那に確証はなかったが良い予感はなかった。いっそのことMPに妨害させることも考え、彼らの巡回ルートも解析したのである。
 だが、肝心の石原の動きがつかめなければ意味がないではないか。
「もう行って」
 佐那はマサを突き放した。石原一派の一員を懐柔ないし脅迫して口を割らせるのは難しそうだ。石原肥満がここまで慕われていることを、計算できなかったという自分のミスはある。
 逃げるように駆け去るマサを見送って、それでも自分は、基本を曲げたくないと彼女は思った。石原肥満が力ずくで桜井チヨを取り戻そうとするのなら何としても阻止する。それはチヨの身を危険にさらすことと同義なのだから。
 なんとしても食らいついて見せよう。