天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション公開中!

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 やはり新宿、ほっこりとする顔が一つあった。
「はぁ……素朴な娘さんというのも良いもんだなぁ……」
 ほんのり、頬もどことなく染まっている。
 彼は柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)、荒廃した日本に、出会いとほのかな思い出を求めて降り立った愛の人……ではなく、チヨを探して情報収集に励む人である。いや本当に。
 なお、桂輔はさきほど、闇米の買い出しに来た若い娘たちに聞き取り調査を行っていたところだ。
「え、なにか言いました?」
 同行のアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が問うた。アルマは目立たないよう、防空頭巾のようなもので頭を覆って行動していた。さすがにこの時期には空襲はなくなっているが、頭を怪我していることにしているので職務質問されても大丈夫だ(されていないが)。
「いや、まったく子供を人質にするなんてひどい話だよなぁ許せねぇ、と義憤を明らかにしただけだよ」
 桂輔はしれっと答えた。とはいえこれも正真正銘の本心ではある。
 しかしアルマは、疑わしげな半目で彼をじと〜っと見てから口を開いた。
「ところで桂輔一つ聞きたいのですが……なぜ先程からずっと若い女性にばかり声をかけているのです? どちらかというとこういった情報はその筋の男性から聞いたほうが効率が良いと思うのですが?」
 それはね、と桂輔は即答した。
「同じ話聞くだけなら、もっとこう綺麗なお姉さんとか可愛い女の子に話を聞きたいよね! チヨちゃんの情報以外にもお姉さん達の情報とか収集し………」
「ほほぅそんな事を考えながら情報収集していたのですかあなたは?」
「はいバカなこと言ってないで真面目に情報収集します。だから撃たないで」
 ひやりと冷たい感触。いつの間にやらアルマはハンドガンを抜き、桂輔のこめかみに押し当てていたのだった。
「防空頭巾かぶってますから音が聞こえづらいんです。はっきりおっしゃっていただけますか?」
 言いながらゆっくりと、彼女は銃の撃鉄を起こしたのである。カチリと。
「ノー! 武器、良くない! 使って脅すの、もっと良くない! 平和主義で行こうよ平和主義で……ココロ入れ替えるから」
 まったく、と、嘆息してテルマは銃をしまった。
「わかればいいのですよ。時間ないんですから」
 そのテクの早いこと。コンマ二秒後にはもう、銃はホルスターにしまわれテルマのモンペ服の内側に消えていた。街を行き交う人の目に停まったとて、銃も含めてすべて目の錯覚か気のせい程度にしか思われなかっただろう。
 時間ない、とアルマが言ったのも是非なきところだ。時間を超えたメンバーのうち、最も早い者は事件の三日前の晩に到着したようだが、大半は二日前に行動開始することになり、一部は事件前日……つまり今日、1946年に到達したのだ。時間のロスを埋めるためにも急がなければならない。
「それでは、多少危険気味な男性にお話を聞きに行きましょう」
「……え、本当に? あんまり怖いおっちゃんに話聞くの怖いなぁ……何か下手に聞いたら襲われそうだし……」
 アルマはモンペに防空頭巾、桂輔は国民服……と、まるきり戦時中の服装だったが、まだ戦争が終わって一年経っていないこの時期では、けっして特殊な格好とはいえない。それどころか、この時代この東京では、どのような服装が『普通』ともいえない様相なのだった。ぼろぼろになった軍服に兵隊帽の男もおれば、ワンピースや和服のご婦人もおり、スーツ姿だって行き交っている。
 その中でも、いかにもバンカラという風体の者を見つけて、アルマは桂輔に告げた。
「どうです、あの人など?」
「え〜、本当に〜? あの人、角刈りだし怖そうだよ〜?」
「怖そうだからいいんじゃないですか。けれど、無闇に威嚇している風ではなく、義理人情には厚そうなタイプに見えますし、大丈夫じゃないでしょうか」
「大丈夫じゃないでしょうか、って無責任なこと言わないでよ。話聞きに行く役は俺なんだろ……」
「使命をお忘れですか?」
 アルマが怖い顔をしたので、桂輔は首をすくめてみせた。
「まったくアルマは真面目だなぁ。もっとローラみたく笑顔を前面に出していけば可愛いと思うんだけどなぁ……ってだから撃つなって」
 再び彼の腹部に、ごりっ、と拳銃が押し当てられていた。
「………大きなお世話です」彼の耳に唇を寄せてアルマは言った。「バカな事言ってないで真面目に情報収集してください」
「行ってきます……」
 確かに、機晶姫のアルマに聞き取りをさせるのはなにかと危険だ。不承不承、桂輔はその男に話しかけた。
「えーっと、俺、人捜ししてるんだけど……」
「わしに何か訊きたいのか」
 男は太い眉の下、意志の強そうな目をぎろりと桂輔に向けた。
「そ、そう、実は孤児の女の子を捜してて……え、ええと、渋谷を根城にしてるはずなんだけど、新宿で見かけなかったか、って……」
 なんとも迫力のある男だ。鍛え上げられた肉体が、昔気質の学生らしき黒服の下からのぞいている。太い腕には血管が浮き、それが呼吸に合わせてギシギシとたぎっているように見えた。
「すまんが、わしもこの土地は不案内でな」
 なにやらピンと来たのか、男は小声で告げた。
「もしや、おぬしの求めておるのはチヨとかいう娘ではないのか?」
「えっ、どうしてわかったの? ……もしかして」
「そのようだな」
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は重々しく頷いた。何のことはない、彼も2022年から来た契約者なのであった。しばし話し込み、彼らは互いの素性と状況を交換した。
「わしは渋谷側に腕っぷしを売り込み、構成員として入り込むつもりだ」
「埋伏ってやつだね。面白そうだなあ……でも、俺たちじゃヤクザ屋さんって風体じゃないし」
 すると甚五郎はふふと笑った。
「いかにも、という風体が役立つこともあるものよ」
 甚五郎のそばに気配があった。普通の人ならば気がつかないだろう。その気配の主の姿は見えなかったから。しかし桂輔は微妙にこれを感じ取り周囲を見回していた。
「おお、わぬし、気づいたか? さすがだな。今は相棒のブリジット(ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる))が近くにいる」
 ブリジットは現在、迷彩塗装を発揮して姿を消しているのだと彼は言う。
「だが新竜組に参加したらブリジットとは一旦別れ、その後落ち合うつもりだ」
「……」
 ブリジットは何も言わなかったが、その手筈で合意しているようだった。
「では縁あらばまた会うおう! それまでは知らぬ者同士だ」
「うん、でもお互い、探すものは同じ……どこかで再会できるかもしれないね」
「そのときは『気合いだ!』とでも叫んで合図にするかな。闇の中遭遇して同士討ち、では笑い話にもならん」
 快男児甚五郎はそう告げて桂輔と別れ、新竜組に売り込むにはどうしたものか、としばし思案した。