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リアクション
アナザーの戦い 6
「天使……あれが」
片手で瓦礫を押し上げていた甲斐 英虎(かい・ひでとら)は、誰かのかわからない呟きに導かれるようにして、空を見上げた。
空を見上げているのは英虎だけではなく、周囲の兵士や契約者も同様だ。その姿は遠く遠く離れているが、ぼんやりと光をまとっていた。
持ち上げられた瓦礫の下から、千代田基地の兵士を甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は助け出しながらも、やはり彼女も空を見上げていた。
二人が見上げているのは別々の空、それぞれ銀色の天使と、六枚の金属の羽を持つ天使がダエーヴァ軍の背後、そして千代田基地の背後にそれぞれ姿をあらわしていた。
「あれが、東京を破壊したという天使なのでしょうか」
戦火によってあちこちで火があがり、赤い光が沈む夕日の最後の一欠けらのように空を揺らめかせる空に姿を現した二柱の天使の存在は、どこか幻想的な美しさがあった。
どちらも遠く遠く離れた空で、互いに真っ直ぐ向き合っている。地上からでは、空が光をまとった翼を持つ人である事以上は、よくわからない。
「リファニー……さん?」
英虎は自分の口から漏れた言葉に、驚いた。
そうだと判断できる要素は、ここでは得ることはできない。だが、ダエーヴァの陣営の後ろに姿を現した天使が、自身のよく知る人物であるような、そんな錯覚を覚えたのだ。
ふと、気が付くと、耳に張り付いていたかのような戦いの音が、遠ざかっているように思えた。確かめるように周囲を見ると、人間達だけではなく、怪物もまた空に姿を現した天使を見上げている。
「今のうちだよ。皆、下がろう」
「は、はい。今のうちに撤退ですね、わかりましたわ」
天使に目を奪われていたユキノが、はっとなって何度も頷く。まだ怪物達は空を見上げたままだ。
英虎は千代田基地の兵士と共に下がりながら、何度も天使の方へ振り返った。できるのならば、錯覚がただの願望なのか、それとも事実であったのか確かめるために後ろではなく前へと歩を進めたかった。
だが、それは状況が許さない。
後ろ髪を引かれる思いを、噛み締めながら英虎は今すべき事のために、足を進めた。
機晶ガトリングレールガンが唸り声をあげ、その声に気づいて振り返ったゴブリンがまとめてその餌食になった。
「突破口を確保します」
巨大なガトリングを薙ぐように動かし、ヴァイス・フリューゲル(う゛ぁいす・ふりゅーげる)はゴブリンの群れをなぎ払う。
「このまま切り込む、援護を頼む」
「了解です」
桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は、声を残して敵の群れに飛び込んでいく。その背中を押すために、ヴァイスの機晶ガトリングレールガンは獰猛な声を途切れさせる事はなかった。
ゴブリンの群れに飛び込んだ煉に続き、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)も敵中に切り込んでいった。
分厚い壁を突破した先には、奮闘する千代田基地の兵士の姿があった。
ヘリによる空からの軍団の投入は、防衛ラインの隙間に多くの軍勢を送り込んだ。中には、撃墜されたヘリから這い出し、なお戦意を失わずに暴れるゴブリンなどもおり、千代田基地の防衛線はあっという間にかき乱された。
千代田基地の歩兵には、戦場を自由に行き来する機動力も突破力もなく、取り残されてしまえばあとは蹂躙されるしかない。そうならないよう、動ける契約者は孤立した部隊の救援に戦場を駆け回っていた。彼らも、そんな部隊の一つである。
「あんた達、無事か?」
地面に入った亀裂を塹壕代わりにしていた部隊に声をかけると、目の合った兵士から思いも拠らない言葉を投げかけられた。
「た、隊長……」
まるで幽霊でも見たかのように、硬直する兵士。近くに居た別の兵士が、固まっている兵士の頭をたたきながら、しっかりしろ、と声をかける。
「どうか、したのか?」
兵士は何度か瞬きしたあと、目を覚ますためか頬を叩いた。
「す、すみません。あまりにも、その、そっくりなもので」
煉はふと、こちらのコリマを思い浮かべた。アナザーにコリマが居るのであれば、アナザーの自分も居るのかもしれない。
「その隊長ってのは?」
「先の戦闘で……」
「そうか……悪いが俺とそいつとは別人だ。だが、この場は命を預からせてくれ。誰一人死なせはしない」
振り返ると、エヴァが攻め寄せる敵をパイロキネシスで押し返していた。
「おい! で、こっからどうすんだよ! 踏みとどまるのか、下がるのか!」
「ヴァイスの援護があるうちに、包囲網を突破する」
「了解!」
「エリス、聞こえるか」
「通信良好だよ」
「今から敵の包囲網を突破する。負傷者が多い、そちらかも援護はできるか?」
包囲網の外で待機しているエリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)のところには、これまで救出した兵士も一緒だ。
「―――問題ないわ。むしろ、任せろって空気よ」
「よし、合図はこっちからだす。突破したところで、背中を任せる」
「要領はさっきと同じね。任せて」
煉達が包囲網を破り、彼らが突破した瞬間入れ替わるように前に出て、下がる部隊の背中を守るエリスと兵士達。その動きを、空から猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は見ていた。
「すげぇ」
「自分の直接の部下というわけではないのに、見事なものですわ」
勇平と共に、聖邪龍ヴォンヌの背に乗るウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)も、その動きには感心してしまった。
個人の能力だけではなく、他者の能力のいいところをすぐに見つけ、的確な指示が出せているからこその動きだ。よく観察していれば、エリスやヴァイスは味方をよくサポートしているのがわかるだろう。
「こっちも負けてらんねーぜ、なぁ!」
勇平の声に、聖邪龍ヴォンヌは咆哮をあげて応える。
その声を聞きつけたのだろう、ビルの影から攻撃ヘリが姿を現し、ロケットポッドで仕掛けてきた。
「避けろ!」
聖邪龍ヴォンヌは翼を畳んで不規則な動きをして、ロケット砲の弾を華麗に避けた。
斜めに傾いた竜の背で、ウイシアは立ち上がり弓を構えた。
「まだ残ってらしたのね。ですが、これまでですわ」
優しの弓から放たれた矢は、戦闘ヘリのコックピットの強化ガラスを貫いた。怪物化した戦闘ヘリにとって、致命傷にはならないがセンサーの内側となっている。
生き物でもあり機械でもあるヘリは、自分が受けた一撃をちゃんと把握できずに混乱した。それが、戦闘に支障のないものだ、と理解する頃には、聖邪龍ヴォンヌの背を蹴って飛んだ勇平の姿を完全に見失っていた。
「とりゃああ!」
全力で振り下ろされたイプシロン零型がテールブームを切断する。
先回りしていた聖邪龍ヴォンヌに着地した勇平は、バランスを崩しあとは墜落するだけのヘリを示した。
「捕まえろ!」
聖邪龍ヴォンヌがその指示に応え、ヘリを強靭な顎で捉える。
「そんでもって、投げつけろ!」
次に勇平が示したのは、仲間を無事撤退させ、自らも後退を始めたエリス達の居る地点だ。逃がすまいと追いすがるダーエヴァの軍勢に、ヘリが投げ込まれた。
ダエーヴァの怪物の中に投げ込まれたヘリは、間もなく爆発し多くの怪物を巻き込む。この大事件の援護もあって、エリス達もスムーズに撤退していった。
「これはまた……派手に決まりましたわね」
自分達の戦果なのだが、ここまで見事に決まるとなんだか他人事のように思えるウイシアだった。
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