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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

リアクション


井の頭公園防衛戦 3



「とにかく、遠慮はいらん! 当たらなくても時間を稼げばいい! 地上部隊!弾薬を惜しまず、使い切れ! わざわざこっちの世界まで来てくれた方々におもてなしの花火を進呈しろ!」
 小型飛空艇ヘリファルテから相沢 洋(あいざわ・ひろし)が地上の部隊に檄を飛ばす。
 弁財天に集まる彼の部下達は、相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)の指揮のもと、行軍するダエーヴァの足を止め、注目を集めていた。
「これなら撤退せずに朝を迎えられそうかな」
 下準備はしておいたが、弁財天は立地と現場の指揮によって、ダエーヴァの殺到する事態を防げていた。肉体的には人間よりも強靭かもしれないが、遠距離に対するダエーヴァの攻撃力は低い。
「アナザーで戦車や航空機を使うのは、そういった手段の確保のかもしれませんね。以上」
「そうだね。距離さえ取れれば、小銃や機銃が主力火器みたいだし、そう考えると戦い方って重要だな」
 通信で入ったエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)の言葉に同意する。
 各地で味方の後退の報告が出ているのは、ダエーヴァの個体としての能力が確かなものだからだろう。だからこそ、戦い方でその優位を塗り潰すことに意味があるのだ。
 池を挟んで反対側、弁財天からの攻撃により足を止められているダエーヴァの軍勢が、にわかに活気だった。
 彼らの群れの中に、一際目立つ全身鎧の個体が現れたのだ。
「今まで違う個体です。装備から恐らく指揮官タイプと思われます。剣の結界発動、今から攻撃を加えます。以上」
 低空飛行でエリス新しく現れた敵に近づき、小型飛空艇ヴォルケーノのミサイルが発射された。
 今までの戦闘で、怪物達は地位が高ければ高いほど、豪華な装備に身を包む事がわかっている。一般のゴブリンは胸当て程度だが、偉くなれば兜や羽根付き帽子を被ったりする。全身を鎧で包んでいるのは、それだけ地位があるという事だ。
 それだけ高位の相手なら、倒せばそのぶん大きく士気を下げる事ができるだろう。
 全身鎧は、ヴォルケーノが向かってきても特に動きは見せず、駆け寄った部下から、随分と古めかしい銃口の下に槍のついたライフルを受け取っていた。
 落ち着いた動作で鎧は銃口をヴォルケーノに向けた時には、既にミサイルが発射されていた。
 鎧が引き金を引いたのは一度、それだけで放たれたミサイルは空中で爆発し、小型飛空艇ヴォルケーノは大きく傾いた。
「脱出します。以上」
 エリスは素早く脱出し、天女の羽衣で空中に退避する。操縦者を失った小型飛空艇ヴォルケーノは質量兵器となってダエーヴァの群れに突っ込んでいく。だが既に鎧の姿はそこには無くなっていた、退避が遅れた怪物が巻き込まれている。
 次にエリスが鎧姿を目視したのは、乃木坂 みと(のぎさか・みと)の小型飛空艇オイレが爆発ともに落ちていく船体に片手で捕まっているところだった。
「これが君達の目だね。空の優位が取れてないってのは、やっぱり問題だ」
 オイレはそのまま井の頭公園池に着水した。直前にまた鎧の姿は消える。エリスがまさかと思う間もなく、洋の小型飛空艇ヘリファルテが火を噴いた。
「機関部を一撃だと!」
 何か起こったのか。鎧が行ったのは銃剣で船体に穴を空け、そこにライフルの銃口を押し込み、機関部を撃ち抜いたのだ。あまりの早業に、船体には一度しか衝撃が走らなかった。
 小型飛空艇ヘリファルテから脱出した洋に、鎧が銃口を向ける。
「おっと」
 だが、そこにファイアストームが周囲の空気を焦がしながら向かっていった。僅かな滞空時間の猶予を回避に使った鎧は、洋から大きく距離を離して着水する。
「無事だったか」
「あの程度で、やられたりなんてしませんわ」
 弁財天の岸際に立つみとは、頭の先までびしょぬれではあったが、怪我はなく無事だ。手を伸ばし、洋を引き上げるのを手伝う。反対の岸で鎧も池から上がっているところだった。
「あれは、今までの奴とは格が違うな」

「おお、気持ち悪い。僕、虫って苦手なんだよね」
 一体どんな幻影を見ていたのだろうか、とその身を蝕む妄執を放った黒岩 飛鳥(くろいわ・あすか)は疑問を浮かべる余裕は無かった。幻影に囚われていたはずの鎧は、殺到した教導団の学徒を迷い無く次々と切り払っていった。
 全身鎧に、両手に長さの違う剣をそれぞれ持った怪物は、今までのダエーヴァの怪物どもとは、別格といっていい程の存在だった。
 たった一人、悠々とここまでの防衛ラインを踏破してきたのだ。
「これ以上先には進ませません!」
 マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)が聖化した忘却の槍を突き立てる。鎧は穂先を長い方の剣で叩き落すと、それに足を乗せて槍を封じた。
「なんでせっかく腕が二本もあるのに、武器を二つ持たないんだい?」
 実に不思議だ、といった様子で鎧は首を傾げる。
「武器を二つ持てば、一度に二つの敵を攻撃できるじゃないか、こんな風に!」
 横から飛び掛った飛鳥に向かって、怪物は短い方の剣を突き立てる。剣を受けた飛鳥は残像だ。
 鎧は慌てた様子もなく、一瞬剣から手を離すと手首を返し、本物の飛鳥へと剣を振るった。空蝉の術で攻撃を凌ぐものの、飛鳥は鎧から距離を離された。
「……間合いに、入れない」
「うおおおっ」
 忘却の槍の主導権を奪い返し、マーゼンが再び仕掛ける。
 鎧は今度は槍を足で抑えてはこず、短い方の剣で一発一発を丁寧に裁いた。
「うん、筋はいい。両手で一つの武器を持っているのは残念だけどね」
 この感覚に、マーゼンは覚えがあった。自分よりも圧倒的に実力が上の相手に、敵意を向けられずに戦闘を行う感覚。そう、まるで今までに何度も何度も繰り返してきた、訓練そのものだ。
「ここまでにしよう」
 獲物を握る拳の感覚が無くなってきた頃、鎧は忘却の槍を弾いた。手から離れた槍はくるくると回って、地面に突き立てられる。
「さぁ、道を開けてくれるかな」

「武器はいい。足りない力を補ってくれる。けど、結局はそれを扱う肉体が一番大事なんだ、わかるよね?」
 横転した装甲通信車を片手で掴んだ鎧は、それをこともなげに投げつける。鎧に向かって機銃掃射していた装甲通信車に直撃し、二台とも沈黙した。
「何がどうなったっていうの?」
 司令部から飛び出してきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の眼前には、不可解な光景が広がっている。
「あれが、報告にあった指揮官か、しかし……」
 全身に鎧を纏った、慣れなれしく武器自慢をする敵が現れたという報告は、同時多発的に五つ飛び込んできた。その姿や行動はほとんど一致しており、違いがあるとすれば各人が扱う獲物だ。
 長刀、双剣、鞭、銃剣、槌、そして眼前に現れた無手のもの。
「他のは陽動ってわけ?」
 ルカルカ達がいるのは、司令部であり、道の建設地点のすぐ近くだ。周囲には鎧以外に敵影はなく、一人でここまで忍び込んできたのだろうか。
「ねぇ、あちこちに出てるそっくりさんは何者? 兄弟?」
 話しかけながら、周囲の損害を確認する。彼に向かっていった数人が倒れている、生死は不明。装甲通信車二台が大破。まだここの運営に深刻な被害は出ていない。
「まさか? 全て間違いなく僕自身だよ。今は六人だけになっちゃったけどね。ああ、そうか、こちらでは改めて自己紹介をしておく必要があったね。僕はザリス、こんなんでも一応極東方面軍司令という肩書きもある」
「司令自らお出ましってわけね、随分強気じゃない」
「その発言を素直に受け取るのならば、かつてはもっと多くの分身が居たということか?」
「分身とはちょっと違うけど、確かにその通りだね」
 各地での報告からダリルが推測した通り、ザリスという怪物は話好きのようだ。どちらにせよ戦いは避けられないだろうが、少しでも会話を長引かせようと試みる。
「アナザーの方も頑張ってるみたいね」
 いくつもの個体に分かれてしまってはいるが、敵の司令官を討ち取ったのだとルカルカは考えた。
「うん? 何か勘違いしてるみたいだけど、僕は誰かに殺された事なんてないよ。全部自分で殺したんだ」
「それは、どういう意味だ?」
「暇だったからね。人間が作った武器の中で最も強いものを決めようと思ったんだ。僕自身を使ってね。うん、中々面白かったよ。人間は人間を殺すために常に頭を捻ってたんだなというのを実感できた。今残ってる僕は、その中での生き残りだ。だから、一味違うよ」
 一味違うと言われても、その比較対象はザリス自身によって始末されているので、確かめる術などない。
「僕の望みは、最も強い僕はどれかが決まる事だ。こっちに来れば、一人ぐらい脱落してくれるかなと期待してたからちょっと残念だけど……でも、君達にはまだまだのびしろがある。期待を込めて、みんなとどめは刺さないみたいだ。いいなぁ、楽しそうだなぁ」
 口調は穏やかで、見た目も他のまさしく怪物といったダエーヴァの中で、容姿や物腰から特別な威圧感のようなものは感じ取れない。
 しかし二人は、この全身鎧の人型から、言いようの無い狂気を感じる事ができた。二人だけではない、この司令部につめている多くが、その一端を汲み取る事ができただろう。
「ダエーヴァの司令は、あなたのように分裂できるってことなの?」
「まさか、こんな地味な事しかできないのは僕ぐらいなものさ。もう話はこのぐらいでいいよね、さっきからうずうずしてるんだ。君達なら少しぐらいは、僕を楽しませてくれるような、そんな気がするからね」

 司令部として利用されているテントの外からは、銃声や魔法の爆発音や、あとは人の悲鳴や気迫の声などが、ただの布を簡単に通り抜けて届いてくる。
 これがたった一人の敵を相手にしているものだというのが、天璋院 篤子(てんしょういん・あつこ)を焦らせる。なぜなら、彼女は知っているからだ。
 道の製造現場としている場所には、布で中が見えないように覆っているが、ここにずっと詰めている彼女は、その内側がどうなっているかを知っているのである。
(本当に夜明けまでに道が開くのですか、団長補佐)
 口にも表情にも出さず、羅の背中を見る。羅団長補佐は、少し前から小声でなにやら通信を続けており、現場の管轄は司令部につめている契約者達に委ねられていた。
(確かに、道を破壊される恐れはないでしょう。今のところ、私達は御殿山を削って平らにしただけ……しかし……)
「ちょっと、どうなってるのよ」
 司令部に飛び込んできたのは、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。
「なんでここでドンパチやってんのよ。教えてくれてもいいじゃない。そしたら、援軍をこっちにも持ってこれたのに」
 ニキータが口にした援軍というのは、市民の救助のために都内を動き回っていた部隊だ。戦闘に遭遇しなかった部隊や、後方支援部隊、契約者の志願者などで構成されている。
「すみません。敵が現れたのは今しがたで、情報の共有が間に合いませんでした」
「今? 嘘でしょ、もうずっと戦い続けてきたみたいな状況になってるわよ?」
 外は荒れに荒れている。ハリケーンが局地的に襲来したのではないかと思えるぐらいだ。
「まあいいわ。それで、道の方はどうなの? 進捗情報とか全然来ないから心配なのよ」
「それは……」
 返答に困る。御殿山の頂上付近は綺麗に平らになりましたよ。と事実を伝えたとして、この場に何か進展があるのならいいが、混乱を助長する以外に意味が無いだろう。
「ちょっと、なんでばつが悪そうな顔してんのよ。いいわ、道については機密事項なのね。とにかく外の連中を―――」
 話の途中で、ガタンと椅子を倒して羅が立ち上がった。突然の事に、全員の注目を集める。
「司令部付近の兵全員に急遽退避せよ、と通達を! 急いでください!」
「退避、ですか?」
「ええ、そうです」
「けど、すぐそこに敵が来て……」
「……そうでしたね。わかりました、私が出ます。皆さんは急いで退避の通達をしてください」
 ざくざくと地面を踏みしめて、羅はテントの出口に手をかけ、一度立ち止まった。
「何をぼうっとしているのですか、早く!」
「……っ、了解」
 状況が飲み込めないながらも、慌しく退避の通達が行われる。当然各部隊からも疑問や文句が溢れるが、まともに説得しようにも情報が誰の手元にも無いのでごり押しで押し通した。
 そんな最中、上空にはナノマシン拡散状態で、地上の偵察をしていた三毛猫 タマ(みけねこ・たま)が居た。
(やれやれ、この姿も全く危険がないという訳ではないのであるぞ)
 タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)の空飛ぶ魔法↑↑で飛行状態になって偵察の任についていたが、それから降ろしてもらう事なく空を漂っているのである。
 ナノマシン拡散状態での弱点を突かれるような攻撃をされるどころか、その姿を敵に知覚される事なく課せられた任務をタマはしっかりとこなしていた。
 そして現状は、次の指令を待ちつつ上空待機といったところである。
(しかし、随分とこちらは押されているようであるな。我輩達もそうであったが、中途半端に我らの知るモンスターの姿をしているというのはやり辛いものよ)
 シャンバラのゴブリンと姿が似ているだけに、相対した時につい油断を生じてしまって不覚を取る。なんて事態は救助部隊では珍しくなかった。その認識も時間と共にだいぶマシになったが、広範囲に部隊が散らばると、自然と敵と衝突しない場所も出てきたりと、ままならぬものがある。
「何か……光ってる……?」
 地上から空を見上げていたタマーラが何かに気づいた様子で、空を見上げた。井の頭公園の辺りは明るくて、星は自然と隠れてしまっている。
(なんぞ?)
 タマーラの視線につられて、タマも空を見る。光があった。光はちらちらと明滅しており、それは次第に大きくなっていく。
 こっちに向かってる、と気づいたタマは即座に退避を開始した。光は噴射されるバーニアで、向かって来ているのは光ではなく、イコンだった。
(わひぃぃぃ)
 巨大な物体がものすごい加速で、いや急降下していく風に煽られてタマは吹き飛ばされた。
「……あ」
 タマーラはタマが大変な事になっているのに気が付いた。気が付いただけで、特に何かしようとはしなかった。きっと大丈夫だろう、そういう何の根拠もない直感があったからだ。もしも直感が偽者であったとしても、それを信じる心は大切だ。
 それに、それどころではない。こちらに向かって超スピードで飛来するイコン、どうやら数は一機で機種はストークのようだ、は減速する兆候を一切見せない。
「みんな、退避、退避〜」
 司令部に顔を出しに行ったニキータが大声で退避を呼びかける。他にも複数、退避しろ、頭を下げろ、対ショック姿勢を取れ、などなどの言葉が飛び交い、すなわち、あのイコンが地面にぶつかる事は避けようが無いらしい。
 ニキータも怪我はしたくないので頭を下げ、衝撃に備える。
 そして、大地が大きく振動し、まるで大砲が直撃したかのように大量の土が巻き上げられた。