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【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

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【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

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【イーダフェルト防衛戦】 1

 そこは――暗澹たる瘴気に満ちていた。
 冥府とも呼ばれ、ナラカと称される場所である。その地には、通常の人間ならば生きているのも困難な瘴気が漂っている。ひとたび足を踏み出せば、身を蝕まれることは必至。その為、特殊な結界か防御網か。我が身を護る術を身につけることが余儀なくされていた。
 起動神殿群イーダフェルトも例外ではない。
 イーダフェルトは星辰結界と呼ばれる特殊なバリアを張り、ナラカへと潜入を試みた。潜航したイーダフェルトが見たのは、大陸の裏側へと根を伸ばす世界樹アールキングの姿だ。
 アールキングはグランツ教の本部であった建物を飲み込み、吸収し、完全に我が身の一部として樹化させていた。そのアールキングが妄執してやまぬのが、パラミタの崩壊と新たなる世界の創造である――。
 アールキングは望んでいる。世界の滅びと新世界の創造を……。
「もう、止めることは出来ないんだよね……」
 イーダフェルトの淵に立つ騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はそんなことを呟いた。
 彼女が立っているのは、起動神殿群の外周部にある突き出たような崖の上である。そこからは樹木の枝や蔓を徐々に伸ばしてゆくアールキングの姿と、それに取り込まれたグランツ教本部の姿がよく見える。
 しばらくそうして立ち続けていた詩穂に、ある女性が近づいてきた。
「考えごとですか? 詩穂」
 それは詩穂のパートナーであるセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)だった。足下まで伸びた白銀の煌びやかな髪をさらりと背後に流している。セルフィーナは風に吹かれる髪を手で押さえていた。
「セルフィーナ……」
 彼女に気づいた詩穂が振り返った。その顔はどこか哀しみを帯びているような気がした。セルフィーナもそれに気づいている。だからこそ、詩穂に声をかけたのだった。
「あまり考えこみすぎるのもよくありませんことよ? すでにもう時は動き出しているのです。ほら、見て下さい……。フラワシも……」
 そのとき、セルフィーナが空に放していたフラワシ達が戻ってきた。
 フラワシは通常の人間には見えない守護霊のようなものだった。身体そのものが霊体で出来ている為、セルフィーナと同じ降霊者(コンジュラー)、あるいは継人類(サクシード)、陰陽師といった存在でなければ視覚することは出来ない。
 そのフラワシらと共に、偵察用のポムクルさん達も一緒に戻ってきた。どうやらフラワシの背中に乗っていたらしい。ちょこんと詩穂達の前に降り立ったポムクルさんは、アールキングの様子を彼女達に報告した。
「――と、いうわけなのだー。なんだかこっちにむかってきてる怖いのもいるのだー?」
「なるほど……。虚無霊ってわけね」
 詩穂はそう呟いた。
 そのとき、空の方で凄まじい爆発音がした。それはブラックダイヤモンドドラゴンが放ったエネルギー砲の一撃で、続けざまに複数の矢が放たれ、イーダフェルトに向かってきていた小さな虚無霊達の軍隊を一網打尽にした。
 一体誰だ? そう思う間もなく、そのブラックダイヤモンドドラゴンに乗った騎手は降りてきた。ドラゴンが大地に根を下ろすと同時、騎手は得意げな笑みだった。
「おー、詩穂。どうじゃ? わしのドラゴンもなかなかイカすじゃろう?」
 それは清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)だった。こちらもセルフィーナと同じく詩穂のパートナーで、いかにもヤクザっぽい風貌と広島弁の口調が特徴的なやつだった。もっとも、その性格は外見に似合わずして、実に常識のある男だが……。
「もう、青白磁ったら、派手にやっちゃって……」
 ボロボロになった虚無霊達が落下していく様子を見ながら、詩穂は苦笑混じりに言った。
「あまり目立ち過ぎないようにしてね。敵がこっちに反応したら、それこそ格好の的になっちゃうし……」
「わかっとる、わかっとる。何事もほどほどじゃけんの」
 青白磁はそう言って、再びドラゴンで飛び立つ。
 彼の役目は広範囲の敵への弱体化だ。集まっている相手の懐へと潜りこんで、攪乱する役目も担っている。そうして飛び立った青白磁の背中を見つめながら、詩穂は光明剣クラウソナスの刃を抜き放った。
 すると――

 ザシュゥッ――!!

「ギギャッ、ギャギャギャギャッ!!!!」
 いつの間にか近づいてきていた小さな虚無霊が一瞬にして切り裂かれる。そしてそのまま、悲鳴とも苦鳴ともつかぬ声をあげて消滅した。
「いつの間に……。というか、さすがですね……」
 目を丸くして、セルフィーナは驚いた。
 どうやら虚無霊はスピード型のものだったらしい。気づかぬうちに迫ってきていたその影を、詩穂は見逃さなかったわけだった。
「必ず守り抜く。そう誓ったからね」
 詩穂は微笑みながらそう言った。
 そして、問う。
「セルフィーナも一緒でしょ?」
 セルフィーナは笑みを返した。
「ええ、もちろん……」
 イーダフェルトは敵の標的となっている。
 二人はすぐさま防衛線を張って待ちかまえることにし、その場を後にした。



 イーダフェルトの管制室。
 そこには、アールキングから無数に飛び立ってくるゴーストイコンや樹化した虚無霊達の姿をモニタに収める{SNL9998631#幻の少女 エルピス}の姿があった。
 もちろん、その他にも羅 英照(ろー・いんざお)や複数の契約者達の姿がある。
 彼らはエルピスをサポートする役目以外にも、作戦全体の指揮と補助、緊急の場合の戦闘要員、オペレーター兼操縦士としてそこに居たのだ。
 そしてその中に、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の姿もあった。
 彼女はパートナーであるアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)とともにポムクルさん達のご機嫌をとりなすという重大な役目を背負っていた。
 決して――甘く見るなかれ。
 ポムクルさんは外見からは中々想像出来ないが、実はイーダフェルトと密接に繋がっている存在である。その為、ポムクルさん達の機嫌やテンションの違いは、イーダフェルトの性能そのものにも影響を及ぼす。言わば、イーダフェルトはポムクルさん達のテンションメーターだ。彼らの機嫌が良くなって、調子に乗れば乗るほど、イーダフェルトはその真価を発揮出来るというわけだった。
 当初、この話を聞いたエリュシオン帝国の連中は疑いの目を持っていた。しかし、ひとたびポムクルさん達のテンションが上がって、イーダフェルトの放つ星辰結界の範囲が増したのを見た時には、すっかり改心したようだ。それからはポムクルさん達の機嫌を損ねてはマズイと、不用意に近づかなくなっていた。
 そんな気むずかしいポムクルさん達の調子の悪さをカバーするのが、さゆみ達の役目である。
 さて、どうしたものかと、さゆみは考えた。
「やっぱりまずは…………………………熱海旅行かしら」
 ポムクルさん達のテンションが下がっているのは、予定していた熱海旅行に行けなくなったからである。
 まあ、そもそも、エルピスの言うようにイーダフェルトから離れられないポムクルさん達が熱海なんかに行ける道理はないのだが……。
 そこはそれ、気分の問題だ。
 ポムクルさん達はすっかり熱海気分だった為、行けなくなったことに気分を害していた。
「…………やる気が起きないのだー」
「…………つーん、なのだー」
「……………………」
 そんなわけで、さゆみはポムクルさん達に熱海気分を味わってもらうことにした。
 具体的には、『シュトゥルム・ウント・ドラング』と呼ばれる技を使うのである。
 これは中々に便利な技で、芸術表現を通じて相手の魂や感情を揺さぶるというものだった。つまり、それっぽい熱海の歌を歌いながらこの技を使用することにより、ポムクルさん達は熱海の楽しい気分を夢見るというわけだ。
 さっそくさゆみは『シュトゥルム・ウント・ドラング』と『幸せの歌』を併用し、ポムクルさん達に歌を聴かせた。
 すると――
「お……………………?」
「おぉ……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!」
「熱海だーっ! 熱海なのどぁーっ!」
 目の前に熱海の幻を見て、ポムクルさん達のテンションがピッチアップした。
 が、もちろん幻は幻。決して本物というわけではなく、ポムクルさん達の現実は、その場に突っ立ってポワ〜っと気分が高潮しているような状態だった。
 やがて、十分に熱海の温泉気分を味わったポムクルさん達は、はっと現実に戻ってきた。
「む〜、楽しかったどわのだ〜」
「でもでも、やっぱり本物がいいのだ〜」
 残念がるポムクルさん達。
 そこに、さゆみはすかさず言い添えた。
「でもポムクルさん達。今日は残念だったけど、熱海は絶対に逃げないからね」
「そうなのだー?」
 訊き返すポムクルさん達。
「もちろん」
 さゆみは笑みを浮かべ、うなずいた。
「みんなで頑張ってこの危機を乗り越えたら、きっと行けるはずだわ」
「――そうですわよ」
 と、さゆみの後ろから言ったのはアデリーヌだった。
 彼女もまた、ポムクルさん達を励ます役目を背負っている。静かな微笑みのまま、優しげにポムクルさん達を見つめていた。
「楽しむことは後からいつだって出来ますわ。大切なのは、その為に今を乗り越えることです。それが重要ですことよ。それに――」
 彼女はポムクルさん達に顔を近づける。
 それから、不気味なくらいの笑みをニコッと浮かべた。
「このままこの危機を乗り越えられなければ、世界は壊滅ーっとなって、熱海も消えてなくなっちゃうかもしれませんのよ〜」
「ひぃっ…………!?」
「な、なのだっ……………………!」
 これにはさすがにポムクルさん達も愕然となる。
 それから彼らは懸命に働くようになった。熱海消える。これ許すまじ。
 その様子を見ながら、
「………………アデリーヌも人が悪いわよね」
 さゆみはぼそりと言った。
「あら、そうでもないですわよ?」
 アデリーヌは肩をすくめながら答えた。
「そもそも人のオフの時間も削ってしまっているのですから、これぐらいは当然のことですわ。四の五の言ってられないですわよー」
「…………もしかして、すごく怒ってたりする?」
「まさか。おほほほ〜」
 わざとらしい笑い声をあげて、にやりとポムクルさん達を見るアデリーヌ。
「………………はぁっ…………。まあ、いいか……」
 半ば諦めたさゆみは、そう言って小さなため息をつくのだった。