天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

リアクション公開中!

【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

リアクション


【イーダフェルト防衛戦】 4

 イーダフェルトは星辰結界によって守られている。
 そしてそれは同時に、イーダフェルトのみならず、ナラカへと降り立った契約者達の身を守る術ともなっていた。
 結界に直接身を守る者もいれば、イーダフェルトからもたらされる星辰結界の恩恵を携帯型のアイテムで受ける者もいた。だが、いずれにしても……。その全てに共通しているのは、イーダフェルトがあればこそ、ナラカの瘴気から身を守ることが出来ているという事実であった。
 その為――
「うーん……敵もバカじゃないからなぁ……」
 イーダフェルトを守る役目を任じられたカル・カルカー(かる・かるかー)は、内部へと攻めこんでくる敵の情報をキャッチし、さっそくその信号のもとに動いていた。
「どっから攻めてくるかな……?」
 と、尋ねる相手は信頼のおけるパートナーの夏侯 惇(かこう・とん)だ。
 夏侯惇は熟考の顔になってしばらく押し黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「そうですな……。まずは敵としても我らが要となる場所を狙ってくることでしょう。例えば、星辰結界の装置があるような……」
「ああ、なるほどね」
 カルカーは合点がいったというように、指をパチンと鳴らした。
 つまるところ、星辰結界の装置を守ることが最優先というわけだ。同時に、イーダフェルト全体のコントロールを担っている管制室も。そこにはエルピスや英照の姿もあるのだから当然と言えた。
「ジョン、ドリル、行けるかい?」
 カルカーは尋ねた。パートナーのジョン・オーク(じょん・おーく)ドリル・ホール(どりる・ほーる)は同時にうなずいた。
「もちろんですよ。通路は……ドリル、分かりますか?」
 ジョンはドリルに目をやる。
「おうよ。ポムクル達にも手伝ってもらったからな」
 ドリルはそう言って、素早くルートの確認を急いだ。
 そこには、斥候役をしたポムクルさん達による敵情報がいくつも表示されていた。ジョンは籠手型のHCにその情報を受け継ぎ、画面へと映し出す。カルカーと夏侯惇にはそのまま通路を先へ進んでもらうことにして、二人は別ルートを辿ることにした。
「すでに他の皆さんにも協力は要請してあります。すぐに合流することでしょう」
 ジョンが言う。カルカーはそれに不安を滲ませた顔ながらも、うなずいた。
(大丈夫。きっと上手くいく……。その為に僕らがいるんだ)
 彼の意思は強く、固い。
 カルカーは仲間達の指揮に全力を注ぐことを胸に誓い、夏侯惇とともに先を目指した。




 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が触れたのは、自らの右手の薬指に嵌められた指輪だった。
 それは、彼にとって何よりも大切な物で、なくてはならない物だった。
(理子……見ていてくれよ――)
 陽一は指輪に願いを込め、目の前を見据える。
 そこには、廊下を進んでくる小さな虚無霊達の姿があった。
「来ましたね……。お兄ちゃん、フリーレ、これを」
 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)は陽一とフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)に仙人の豆を渡した。それは一粒で疲労と空腹をかなりのレベルまで回復するという、貴重なアイテムだ。使わないに越したことはないが、もしもの時には役に立つだろう。
「それから……お兄ちゃんにはこれも」
 美由子は陽一に三上山の大百足と呼ばれる武器を渡した。
 それは陽一のみが扱う事を許された機械武器だった。大百足は陽一の意思に反応し、鎌状の剣へと姿を変える。もしもの時にはこれも、陽一にとって窮地を脱する武器になるはずだった。
「今回は人手も少ないしな……。美由子、お前は支援を頼む」
 陽一は言った。もとより、美由子はそのつもりだ。
「ええ、分かったわ」
 彼女は決然とした表情を崩さず、うなずいた。
 そしてフリーレは――
「ふっ……。まあ、我には指揮を任せておけ。こやつらにも存分に働いてもらう」
「なのだー」「わー」「戦うってなにー?」
 戦闘用に教育されたポムクルさん達を複数連れていた。
 彼らはとぼけたように見えるが、これでもいざ戦闘となると中々に役に立つ。フリーレはそれを分かっていた。そして、自らも武器を手に取る。凍魔の氷装と呼ばれるフリーレの魔力を具現化したレイピアが、彼女の手の中に青白い閃光とともに生まれた。
「さあ、行くぞ!」
 陽一は叫び、虚無霊達に立ちむかった。
「ギギギギギギャギャギャギャッ!!」
 虚無霊達も負けじと応戦と構えを取る。けたたましい叫び声をあげた虚無霊達は、一斉に左右へ散らばって陽一らに襲いかかってきた。
「ハアァァァッ!」
 しかし、陽一の剣が切り裂く。
 ソード・オブ・リコと呼ばれるその巨大な光剣は、恋人の思いを乗せた剣でもあった。
(俺はここで負けるわけにはいかない! 生きて、あいつのもとに帰るんだ!)
 陽一の熱き思いを乗せた剣は、一瞬で虚無霊達を切り裂いてゆく。そして、フリーレのレイピアが虚無霊を貫き、戦闘用ポムクルさん達が一斉に銃撃を開始した。
「いくのだいくのだー」「撃て撃てなのだー」「ひゃほーい」
 ズガガガガガッ、と銃弾が無数に虚無霊達に降り注ぐ。
 しかし、虚無霊の数は多い。隙を見せた時に攻撃を受けた陽一とフリーレの姿を見ると、すかさず美由子が治癒の術をかけた。
「お兄ちゃん! フリーレ!」
 癒やしの力は陽一達の傷を修復し、再び戦いに身を投じる力を復活させてくれる。
 そして美由子は、アヴァターラのペンタやケルベロスジュニア達にも指示を出し、二人の支援に回った。
「おお? やるではないか、美由子」
 とっさのところでケルベロスに助けられたフリーレは、美由子を振り返る。
「えへへ……」
 美由子は照れくさそうに笑った。
 やがて、戦いは長い間に及び、虚無霊達の数も減ってきた。だが、まだ抵抗力の強い特異体質の虚無霊が残っている。
「くっ……! 行くぞ、大百足!」
 陽一は大百足を鎌剣の状態に変化させて、その虚無霊に挑みかかった。
 連続して叩きこまれる斬撃。虚無霊の魔法シールドを、鎌剣が無理やりにねじ開ける。
「くおおおおぉぉぉぉッ――――!!」
 そして、鎌剣は虚無霊を切り裂いた。
「グギャギャギャギャァ――――――ッ!」
 虚無霊の雄叫びとともに、その姿は霧散する。
 残されていた虚無霊達も消滅し、辺りにはようやく静寂が戻った。
「ふうっ……」
 陽一はため息をつき、大百足を元の姿に戻した。黒光りする甲殻の下で、赤い目がぎょろりと陽一を睨み上げてくる。いや、これは……“よくやった”ということなのか?
「…………お前のおかげだよ。まったくね」
 陽一がそう言うと、大百足はぷいっとそっぽを向いた。
 よかった……。ようやく終わったと気を落ち着ける。しかし、まだ全てが終わったわけではない。カルカー達の情報によると、まだまだ敵は多いらしいのだから。
 仙人の豆をぽりっと噛んで、陽一は身体を伸ばした。
「まだまだ、休むには早いようだな」
 フリーレも仙人の豆を食べてから、そう言う。
「お兄ちゃんもフリーレも……無理はしないでね」
 美由子が心配そうな目で二人を見ながら言った。
「なーに、まだまだやれるさ……」
 陽一はそう言って、薬指の指輪を見た。
(な、そうだろ? 理子……)
 あの場所に帰るため――。陽一は戦い続ける。



「う〜ん、こんなんでいいかな〜」
 イーダフェルト内部の廊下にいる鳴神 裁(なるかみ・さい)は、自らが仕掛けた罠を見て静かに唸った。
 いや、正確には――鳴神裁だというのは正しくない。
 いま現在の彼女はナラカ人の物部 九十九(もののべ・つくも)に憑依されている状態なのだ。魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)、ギフトの黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)も装備され、完全武装状態で敵を待ちかまえている。
 と、言うのは、別の廊下に待ちかまえているカルカーから、こちらへと敵が近づいてきていることを教えてもらっていたからだった。
「ふふ〜ん☆ 敵が来るなら、それに罠を仕掛けた方が普通に戦うより何倍も楽だもんね〜。ボクってば頭いい〜」
 九十九はそう言ってにやにやと笑う。
「ねえ、君らもそう思うでしょ?」
 彼女が話しかけたのは、足下でせっせと罠を設置していた小さな影だった。
「なのだー?」「いまのは話しかけたのだー?」「きっとそうなのだー」「思う思うー」「うそぴょーん」「うそはいけないってエルピス言ってたのだー」「ありゃりゃ、反省ー」「えいえいおー」「がんばるのだー」
 それはたくさんの工作用ポムクルさん達だった。
 彼らは九十九にここまで連れてこられ、罠設置のお手伝いをさせられていた。
 当人達は楽しんでいるからいいが、あまりにも楽しんだ結果、罠もかなりの数になっている。タライやらとりもちやらローションやら……、まるで往年のコントのようなノリだった。
「おっしゃ来ーい! 来たらみんなでフルボッコだー☆」
「おー、なのだー」「ボッコってなんなのだ?」「知らないのだー」「でもまあ、楽しそうなのだー」「おー、それはいいのだー」

 それから数十分後――。

「おらおらー☆ 温泉とか旅行とか、その他もろもろの分とか、食らえー!」
「食らえ食らえー」「やるのだー!」「いくのだー!」
 罠に引っ掛かった小さな虚無霊達を、九十九はタライやらバットやらを手に持ってボッコボコにした。哀れ、悲鳴しかあげられない虚無霊達。
(うーん……。こんなノリでいいのでしょうか……)
 魔鎧状態で九十九に装着されるドールは、人知れずそんなことを思った。
 が、まあともかく。勝ったのだからそれでよし。
「勝利のポーズ! ぶいっ☆」
「ブイなのだー!」「やったのだー!」
 ポムクルさん達と一緒に、クテーンとなった虚無霊達を足蹴にする九十九の姿がそこにあった。



 桜花 舞(おうか・まい)は管制室にいた。
 作戦の指揮を執る指揮官役の英照の隣で、彼の頭脳となり手足となり、参謀の役目を買って出たのである。しかし――彼女の心は、文字通り“ここにあらず”だった。
(ダリルさん……今ごろは、どうしているんだろう……?)
 舞の心の中はダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)のことで一杯だった。
 もちろん、そんなことが許されない現場だということは分かっていた。
 けれど、気づけばいつも彼のことを考えていた。ふとした瞬間、ふとした時……。舞の心に現れるダリルの影は、いつも彼女の背に寄り添う。そのことが分かっているからこそ、舞は、どうしようもない葛藤に苛まれるのだった。
(静も……ウォーレンさんも……)
 ――頑張れと、言ってくれる。
 しかし、それにどう応えろというのだろう? 舞には積極的になることなど出来なかった。いつも、ダリルの傍に近づこうとするとき、頭の中をかすめるのは地球にいるとされる彼の恋人のことだった。
 もちろん――それが本当かどうかは分からない。単なる噂。人伝に聞いた話でしかない。けれど、怖い。もしも本当だとしたら、真実だとしたら、きっとこの心は壊れてしまいそうだ。
 だから――。
 舞は、何も言わない。ただダリルの為に自分が出来る精一杯のことをして、彼の帰りを皆と一緒に迎える。それだけが、舞の出来る唯一のことだった。

「……舞……? …………舞…………!」
「……………………」
「舞っ! 聞いてる!?」
「ふえっ!? えっ、は、はいっ!?」
 振り返ると、舞はパートナーの赤城 静(あかぎ・しずか)にじろっと睨まれてた。
 一体何が? 一瞬戸惑うが、けれど、すぐにどういうことなのか分かった。管制室にいる皆の目が、一斉に舞に注目している。そのことに、舞はすっかり顔を赤くしてしまった。
「あ、あわわ……。わ、私、やっちゃった……?」
「まったくもう……」
 静は腰に手をやり、呆れたように息をついた。
「何度呼びかけても返事がないんだから。息してないのかと思ったわよ」
 その容赦のない辛辣な言葉に、つい舞も肩身が狭くなってしまう。
「あ、あはは……」
 何とかその場を逃れようとしたが、静の目は怖かった。
「…………」
「うっ………………」
「笑って誤魔化そうったってそうはいかないわよ」
 静はそう言った。
 どうやら、すでに舞達がやるべきことは静がやってくれていたようだった。クローラや蓮華達に連絡を取ることも終えているし、グランツ教本部に乗り込んだという獅子隊やシャウラ達から報告を受けることもすでに終えていた。
 で、ポムクルさん達も何故か、小さなポムクルさん専用国軍制服に着替えている。
「弾幕薄いぞー」「薄い薄いー」「薄いのだー」
 そんな風に剣を振り上げて軍隊ごっこをしているポムクルさん達のおかげで、イーダフェルトの星辰結界はその強固さを増していた。
 つまり、すでに事は終わっているということである。
「ううっ……めんぼくない……」
 舞は涙ながらに謝った。
「ま、いいけどね……。どうやら、それ以外に気になることがあったみたいだし……」
 静はちらりと舞を細い目で見てくる。
「うっ……」
 全てが見透かされた気分になって、舞は言葉に詰まった。
 こういうとき、舞が分かりやすいからか、それともパートナーだからなのか、静は舞のことを全て分かってしまう傾向がある。それでもあえて尋ねないのは、静の優しさだ。彼女の追求から逃れて、ようやく舞は自分のオペレーター席に戻った。
 と、そのとき参謀長のことが目に入った。
「あ、英照参謀長。ところで……」
「ん? ……何だね? 舞君」
 英照は舞に振り向いた。その目はバイザーの奥に隠れて見えないが、しっかりと舞を見つめているようだった。
「いえ、その……参謀長は今回は前線に出なくて良かったのかなぁと。もしかして、出たがってるんじゃないかと思ったものですから……」
 舞はそう言って尋ねる。英照はフッと微笑を浮かべた。
「なに……、今さら私が前に出る必要もあるまい。今回は各自の連携も大切なのでな。私はイーダフェルトに残って作戦指揮に集中することにしたのだ。それに……」
「それに?」
「私は君らのことを信頼している。きっと、エリザベート嬢を無事、アールキングの元へ送り届けてくれることだろう」
 英照は言って、答えを終えたようだった。
 信頼している……。その言葉が、舞の胸にはじんわりと広がった。国軍所属の身としては、上官からそう言ってもらえるのは何よりも嬉しいことだ。
 その言葉を他のみんなにも聞かせたくて、舞は思う。
(みんな、無事に帰ってきてね……)
 蠢いているアールキングの本体は、いまなお邪悪な気を放ち続けていた。