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これが私の新春ライフ!

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●冬の一日、その過ごし方

 寒さ厳しい折ではあるが、だからこそ外の空気は澄み切っている。
 ひんやりとした風、柔らかな日射し、揺れる木々の葉、常磐色。鳥の囀り。枝の描く曲線――フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)鷹野 栗(たかの・まろん)は、冬の並木道を歩いていた。この日は、フリードリッヒが初めて、正式に彼女を誘った初のデートなのだ。
 栗は、フリードリッヒを見上げて告げた。
「……もしかして、フリッツさん、演技じゃなくて本当に緊張してます?」
「え……いや、その……ご想像に任せるよ」
 普段は達観したように振る舞い、たまにわたわたした演技を交えるのが彼の常なのだが、今日は少し違っていた。心躍る初デート、記念すべき一日になる……はずだった。けれど、
「ねえマロン、腕組んでいい?」
 レテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)が彼とは反対側にいて、栗にしきりと話しかけていた。
「いいよ、レテ」
 しかも、このくっつきっぷりはどうだ。まんまと栗と腕を絡めているではないか。
「なぜ君がここに……!」
 フリードリッヒは十五分ほど前の光景を回想していた。待ち合わせ場所に来てみれば、栗は一人ではなく、レテリアを連れてきていたのである。
「『名前のない図書館』に行くっていったら、どうしても来たいって……」
 母親のような口調で栗は言ったものだ。これがどれほどフリッツにとって衝撃を与えるか、考えたりはしなかったのだろう。栗のそういう懐の広さにも彼は惹かれているのだが、せめて今日くらいは気を遣ってほしかった。
 そういうわけで、フリッツは大変渋い表情をしていた。
「鳥も自然も好き。だけど、一番好きなのは……マロン」
 と言ってレテリアは栗の手を引っ張る。ちらとフリッツを振り返ったその眼は、「君にできる? これ」と言っているかのようだった。
「できるさ」と言ってやろうかとフリッツは思った。栗の手をしっかり握って、「あははは、走ろう、走ろう」とはしゃいでやろうかと思った。
 ……思うだけだ、どう考えてもできない。下手をすると彼女に怖がられてしまうかもしれない。
 しかし、栗とレテリア、その二人の背を、冬の自然美のなかに眺めているうち、彼の苛立ちは収まってきた。涼やかな緑の世界に、嫉妬の感情は似合わない……そう思えてきたのだ。
「レテリア」
 フリッツは呼びかけた。
「ん?」
 多少の敵意を込めてレテリアは振り向く。
「君の髪の色、ここの木々の色と同じだね。綺麗だな」
「え……!?」レテリアは驚いた顔をするも、フリッツの言葉に悪意や皮肉がないのを感じ取って、若干、決まり悪そうにうつむきつつ答えた。「……ありがとう」
(「もしかしてフリードリッヒさんって、思ってたようなヤツじゃないのかも……」)
 複雑な気持ちに、なる。そんなレテリアの髪を、
「良かったね、褒められたね。私もレテの髪の色、好きですよ」
 栗がそっと撫でつけてくれた。
 三人は図書館に着いた。静かで不思議な場所だ。ここではときとして、あるはずのない蔵書が見つかったりすることがあるという。本が沢山ある場所独特の、心和む香がしていた。
 もうフリッツは、この状況を楽しむことに決めていた。レテリアだって本当は素直な子だという気がする。そしてレテリアは、栗にとって大切なパートナーなのだ。
 ――だとしたら、レテリアを含めて、好きになっていきたい。
 いつの間にか三人は、図書館のなかでばらばらになっていた。各人が各人の興味ある本を求め、棚から棚へ彷徨い歩くうち、はぐれてしまったのだ。
(「好きだな、こういう場所……」)
 フリッツは革張りの本の背に手を伸ばした。忘れ得ぬ冬、と金の文字で印刷されていた。特に知っている本でも著者名でもなかった。ただ、タイトルが気になったのだ。
 しかし彼が触れたのは、白い手だった。
「あっ、フリッツさん」
 栗の、手だった。彼女もこの本に惹かれ手を伸ばしていたのだ。
 これまでの彼らなら、驚いたように手を引っ込めて、何気なく視線を外して照れ隠ししていたかもしれない。ところが今日は、互いにその姿勢のまま動かなかった。褐色の瞳同士で見つめ合っていた。
 そのとき『忘れ得ぬ冬』が、棚から外れ落ちそうになった。フリッツはこれを受け止めようとして、
「えと……あの……」
 結果的に、栗の体ごと抱きとめていた。
 たっぷりと、十秒ほどもそうしていただろうか。
「ご、ごめん!」
 ようやく我に返って、フリッツは本を取って棚に戻し、
「私こそ不注意でした、でも……ありがとう」
 栗は満面の笑みを浮かべた。
 あとは二人、「驚いたね」「ええ、いきなり落ちるなんて」「ところであの本、知ってる本?」「いいえ、でもなんとなく……」などと、秘密を共有し合う者同士のように早口気味に会話を交わしている。
 さてどうしようかな、とは、神話関係の本棚の陰から二人を観察しているレテリアの独り言である。そろそろ出て行って邪魔してやりたい反面、このままあの白々しいやりとりを見てくすくす笑いたいような気もした。
「……」
 やっぱり邪魔することに決めた!

 さて、場面は街から遠く離れ、ここは険しい山の中腹である。
 こんな日だからこそ鍛錬、と言い切って、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はここに修行に来ていた。初詣だけさっさと近所の神社で済ますと、彼はすぐに荷物をまとめこの場所に向かったのだ。
「よし、二人とも準備はいいな!」
 彼が拳を振り上げ呼びかけると、
「応、であります!」
 合身戦車 ローランダー(がっしんせんしゃ・ろーらんだー)が威勢良く返事した。
「いやまぁ……やれと言われたらやるけど……」
 ところが、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)はそれほどやる気満点ではないようだ。
「おいおいおいっ、そこ、ガッツが足りんぞガッツがッ!」
 のけ反りながらエヴァルトは、ロートラウトに向かって眼を怒らせたのである。
「敵は新年であろうと容赦せず襲ってくるものだ。そんな弛んだことでどうするッ!」
「いやまぁ、対飛龍模擬戦はいいんだよ。対飛龍模擬戦は。でも……また合体訓練ってのがねぇ……」
「何を言うかーっ! 『あなたと合体したい……』は男のロマンだろうが! 焼肉といったら白い飯だろうが!」
「なにか色々変なものが混ざってないかその発言……? 大体、ボクは女なんでそういうロマンはないのっ!」そもそも、と彼女は続けた。「合体練習って今まで一体何回やってきたんだろ……成功したってシミュレータ上くらいだし……」
 合体はともかく、まずは対飛龍の模擬戦を行うことにした。
「よーし、レッサーワイバーン、カモーン!」
 エヴァルトが天に向かって『龍の咆哮』を用い、やってきた翼竜に協力を依頼することで訓練を開始した。翼竜は何度も直線飛行を繰り返すので、こちらも空飛ぶ魔法で浮遊し、ワイバーンの背に乗せた悪者人形(マネキン)をすれ違いざま叩き落とすという演習を行ったのだ。
 最初はタイミングがまるで合わず、各メンバーは虚しく空振りを繰り返すばかりだったが、やがて百発百中、とはいかずとも十回中七回は成功するようになった。
 ワイバーンに礼を言って別れると、つづけて彼らは、いよいよ問題の合体訓練に移った。
「教官の俺を信じろ! シミュレーション通りにやってみるんだっ!」
 うおー、と胸をドラミングしてエヴァルトは宣言した。
「俺の号令に合わせるんだ! 俺を信じて合体だ! 海・陸・空でッ、海・陸・空でッ、ガッ……舌噛んだ……」
「海陸空って……何?」
 ロートラウトは一応突っ込んでおいた。
 ところでローランダーも、実はこの訓練を楽しみにしていたのだという。
「合体の事例など、機晶姫でやろうというのは無謀も極まるところでありますが……できるのであれば、合体型冥利に尽きるというものでありましょう!」
 やはりここでも突っ込み役はロートラウトが担当する。
「本当ねー、そういう無謀なことを宣言されるとねー、困る人がいるんだよ……GMさんとか……
「『じーえむ』とはなんでありますか!?」
「そりゃやっぱ、グレートマジン……いや、ごめん、忘れて」
 ……。
 それでは張り切って参りましょう。エヴァルトが号令を下し、これに合わせて二人は行動に移った。
「合身ゴーであります! あ、合体だった……!」
 ローランダーは疾走しつつ、ブースターを作動させ直立状態になった。そこからボディをガパッと開く。決して体積は変わらず形状が変化しただけだ。この変形までは上手くいった。
 そこからもよく考えられている。ローランダーの内側はなんと、ほぼ空洞だったのだ。つまり、砲塔と車輪以外はほとんどハリボテだ……とか言うのはやめよう。その空洞は何のためにあるか、それは。
「ブゥイッ! トゥギャザァァーー!! ……って、ボクも気がつけばノリノリにっ!?」
 と跳躍したロートラウトを入れるためにあるのだ。ロートラウトも総体積を一切変えることなく、真横に腕を広げ、腕を胴体内部に引き込んで組み合う形でローランダーの中に入る。あとはローランダーが閉じて、その彼を全身鎧のように着用し終えたロートラウトが着地すれば完了だ。
 そしてこの一連の流れは成功した。
「巨大合体! キングロートラウト!!」
 合体、見事完成! そう、やろうと思えばできるのだ。はっきりいって筆者も驚いた。
 とはいえ実際に成功したものの、どうも弱くなっただけのような気がする。気がするが、それは言わないエヴァルトである。
「良くやったッ! 終わらない……俺の野望はッ! 合体が不可能だと言われても、可能にするためにアイデアを凝らすッ! たとえその結果、1+1≦1になっても! 戦力が下がってもッ!!」
 ……ごめん、弱くなったって言ってた。
 エヴァルトは腕組みして、成果に惚れ惚れしたように述べたのだった。
「やはり試してみないと何もわからんなッ! 古人の言にもあるだろう。『男は度胸! なんでも試してみるのさ』と」
「だからそういうこというのやめようよー……」
 控えめに、ロートラウトは指摘した。