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リアクション
●ポートシャングリラにて――そのとき、小山内南が動いた
十数分前、シリウスが立ち寄ったアクセサリショップ。
この店は、クールなペンギンのデザインが看板であった。ペンギン、というと、音井 博季(おとい・ひろき)は昨年、ポートシャングリラ全体にペンギンが溢れた日のことを思い出してしまうのだった。
(「ペンギン騒動のときは、ちょっと恥ずかしいことしちゃったなー……。でも、懐かしいな。無事にぎわってるみたいでよかった………」)
あの日と今日では、内装はすっかり変わってしまって別の場所のようだ。懐かしい思い出である。
(「って、それはそうとして、二人ともどこ行ったのかな……?」)
博季は首を巡らせ、同行者(西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)とマリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん))の姿を探した。ついさっきまで一緒だったのに、博季がペンギンの看板に目を奪われている間に姿を消してしまったのだ。
「しょうがないなー。ぶらぶらしてれば会えるよね」
これも何かの縁、博季はアクセサリショップに足を踏み入れた。
銀製品が中心の店だ。大人っぽいデザインがメインだが、身につけようによってはキュートなアクセントになりそうなものもある。初売り特価で値段も手頃だ。
「……あ、これリンネさんに似合いそう。可愛いな」
思わず呟いてしまった。すると、さらりとベテラン風の店員が現れて博季に問うた。
「恋人さんへのプレゼントですか?」
「え、い、いや、そうじゃなくて……いや、そうかも……っていうか、そうです」
博季は真っ赤になりながら答えた。どんな方ですか、と問われて、
「ぇーと、リンネさんは活発な方で、小ぶりなんで可愛らしいほうが似合うかなぁ……と、あ、これですか? 良いですねえ………。差し上げたら喜ぶかなぁ?」
さすが百戦錬磨の店員、博季の短いヒントから、さっと良い品を出してくれた。シルバーペンダント、控えめながらピンクのダイヤが埋め込まれており、ちょっとばかり値が張るものの、明日から一ヶ月ほど食事を節約すれば買えないレベルではない。こうした価格帯の絶妙なチョイスも、ベテラン店員ならではの技術であろう。
「うーん、これ……いいですけど……あ、ここからさらに10%オフですか!?」
ええい! 博季は心を決めた。
「よっし、奮発して買っちゃいます!」
プレゼント包装をしてもらいながら、(「あはは、どんな顔して受け取ってくれるんだろ。楽しみだなぁ……」)とリンネの喜ぶ顔を想像し、恍惚となる博季だった。
で、その頃。
「あら、あの看板ペンギンなのね? ペンギンといえば、あのペンギン事件の日、暴走した博季の姿をカメラに収めておかなかったのは本当に失敗だったわ」
幽綺子はなにやら思い出し笑いしていた。
「ほうほう、どんな姿であったのかのう?」
道中買ったチョコバーをバリバリ食べつつ、マリアベルは彼女に問うた。
「着ぐるみ……英語で言うとKIGURUMI? を着てペンギンになりきって大騒ぎしてたんだから。記録しておくべきだったわね」
「着ぐるみか、今度博季が何ぞ粗相をやらかしたらそのときの扮装を再現してもらうことにしよう」
幽綺子とマリアベルは博季を捜していた。彼女らからすれば、博季が勝手にどこかに行ってしまって迷惑、という話になる。
「あ、いた」
「おお、いたか。……て、待て待て、いつから博季は黒髪の小娘になった?」
自分だって小娘じゃん、という無粋を言うなかれ、マリアベルはこう見えて、西暦よりも年上だ。
「いえ、博季じゃなくって、彼女は小山内 南(おさない・みなみ)ちゃん、友達よ。おーい、南ちゃん♪」
幽綺子が腕をしゃなりしゃなり振ると、気づいた南がたたたと駆けてきた。
「あっ、幽綺子さん、あけましておめでとうございます」
彼女も買い物の途中らしく買い物袋を提げていた。
「おめでとう。こっちの子はマリアベル・ネクロノミコン、博季のパートナーの一人よ」
「パートナーの一人、なんていうまどろっこしい呼び方はやめい。相棒じゃ相棒、博季からずれば必要不可欠な相棒じゃて。ちなみにこれはチョコ棒」
とマリアベルは袋から、フランクフルトほどもあるチョコバーを出して手渡した。
「近づきのしるしに進呈しよう。小山内とやら、よろしく頼む」
「はい、小山内南です。よろしくお願いします。いただきます」
言うが早いか南はチョコバーを袋から取り出し、バリバリバリバリッ、とほぼ一息で食べてしまった。
「……チョコバー、そんなに好きだったのか」
「い、いえ……好きは好きですが、なんというか、つい」
節約のため今日まで、二週間以上食パンと水だけで生きてきた、とはさすがに言えない南であった。
「あっはっは、面白い娘じゃ。もう一本食べてみるか?」
「いえそんな……下さい」
バリバリバリバリッ。
「遠慮するな、もう一本」
バリバリバリバリッ。
いくらか糖分を取って頭が落ち着いたのか、南はふと我に返ったように言った。
「そういえば、博季さんは?」
「そうねえ……」幽綺子は肩をすくめた。「いなくなっちゃったんだけど、ほら、そこにアクセサリショップがあるでしょ?」
マリアベルも言葉を被せた。
「あやつのことじゃから……どうせ例のおなごに何か買いたい、と思っておるところじゃろ、その店でな」
「ほらいた」
ショップの窓の向こうで、品質保証書を受け取っている博季の姿が見えた。
「……まさか、生活が傾くくらい高いもの買ったりしてないわよね? 確認してくるわ」
幽綺子は急に心配になり、つかつかとショップに入っていった。
店の外に立ちながら、ふとマリアベルは南に目をやった。
「やれやれじゃ……ところで……小山内とやら」
「はい?」
「み、『南』と呼んでよいかのう……その、幽綺子もそう呼んでいるようじゃし……」
「もちろんです、私たち、もう友達じゃないですか」
友達……友達……ともだち…………そのフレーズが、実は嬉しいマリアベルなのだった。
「そ、そうかー! か、かの『魔術のアルバテル』たるわらわと友達になれるなぞ、滅多にない光栄じゃぞ感謝するがいい!! ほら、光栄ついでにこれくれてやる!!」
マリアベルは、まだチョコバーが何本も入っている袋を袋ごと南に渡した。
「うわー! もう親友です〜!」
栄養失調状態が長かったせいか、ちょっと壊れつつある最近の南であった。
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