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これが私の新春ライフ!

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●空京神社にて――今年の祈りと、抱負と

 特別に設えた畳敷きの大広間、この場所は本来はホールなのだが、今日は和風の装いに変えてあった。その上座、床の間を背にした位置に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が正座していた。すっくと背を伸ばしている。
 ローザの眼前に、一人の女官が進み出た。上杉 菊(うえすぎ・きく)であった。優美に微笑む主君に対し、菊は真剣な面持ちで口上した。
「御方様――謹賀新年、祝着至極に御座りまする。ぱーとなー一同、今年も、善き年となりますよう、お祈り申し上げます」
 すっ、と平伏すると、他の家臣――つまりローザのパートナー――総勢二十五名(!)が一斉にこれに倣った。なんと壮観であろうか。精悍な顔つきの武人があった。そしてそれ以上に、輝かんばかりに美しい少女がずらりと揃っていた。しかしそのいずれよりも、ローザマリア自身が卓越した戦士の雰囲気を有し、かつ、燦然とした美を湛えているのだった。
「Happy ney year――やっぱり、日本式の祝賀行事は菊媛の音頭が絵になるわね」
 顔を上げた菊は、たおやかな笑みを浮かべていた。
「それでは、初詣に参りましょうか」
 ローザは立ち上がった。四人ずつに別れ、別々の神社へ。

 空京神社は凄まじい人出である。皆、初詣に訪れたのだ。晴れやかな姿の男女、家族連れでごった返し、屋台も盛況とあって寒さを吹き飛ばすような光景が広がっていた。神も仏もない世界と言われている昨今とはいえ、初詣ともなるとこの混雑、まだまだどうして神様の人気も捨てたものではないようだ。
「こう見えて、ボクには日本人の血が流れてるんだよ。昔、おばちゃんに手を引かれて初詣に行ったっけ……」
 人の海のような中に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の姿があった。これだけの混み方も経験済み、カムイ・マギ(かむい・まぎ)の手を引いてゆっくりと進んでいた。
「これが初詣、というものですか」
 カムイはその手をしっかり握って、この不思議な光景に見とれていた。たくさんの人が鳥居をくぐって、拝殿と呼ばれる建物に向けて粛々と歩んでいる。あそこで合掌するのが作法らしい。
「カムイ、窮屈じゃない?」
「この着物ですか? いえ、具合は良いです」
 二人は普段とはまるで扮装が違った。着物を着て髪を結い、素敵な和風美人に変身しているのだ。
 整然と並ぶ列に割り込むような不信心者もなく、二人は無事、拝殿の賽銭箱のあたりまで進むことができた。
「さあ、もうじきだよ。お参りの仕方、さっき説明した通りだけどできそう?」
「それはわかるのですが……ただ、かつて聞いたのとはいくらか違うようですね。卒業式の日に、不良生徒が教師をボコボコにするものではないようで……」
「誰に聞いたのそんなこと!? それ、たぶん『お礼参り』ってやつだよ」
「ああ、あるほど。一文字違っていたのですね。それだけで意味合いが異なるとは、日本の風習とは面白いものですね」
「最近じゃそんな話ないよ……そんなマニアックな言葉よく知ってたね」
 レキはくすくすと笑った。
 賽銭箱の前に立ち、二人は並んで小銭を投げ込んだ。鈴を鳴らして手を合わせた。そして二拝、二拍手、一拝、と、簡単ながら一般的なルールで拝礼を終えたのだった。
「何をお祈りした? ボクは『無病息災』、無難っぽいけど、今のこの世界の状況を考えると、一番望むのはそれになるよね」
 カムイをはじめとするパートナーたちとこの世界で冒険ができること、それが何よりと思うレキなのだ。
「『平和が続きますように』です。剣の花嫁として、その願いは良い事か判りませんが。……私は、剣の花嫁は、戦う事以外にも役目はあるのだと思いたいです」
 カムイは軽く瞳を伏せた。真情の吐露が、いくらか気恥ずかしいようだった。
「うん、カムイらしいかな」
 レキは微笑んだ。さあ、おみくじを引きに行こう。

 風はほとんどないのだけれど、マフラーをなびかせて歩くのがレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は好きだ。だから颯爽と歩いた。焦げ茶のダウンジャケット、カシミアの長いマフラー、風切って鳥居をくぐり、胸を張って玉砂利の道を往く。
 レイスは人混みに入ると、並んで歩く背中を探した。目印は水色の振袖、それに黒のコート姿――初詣参拝客のなかでは、決して特別な服装ではないとはいえ、レイスが探す二人には独特の華麗さ、言い換えれば人目を惹くカリスマ性があるため、見つけるのはさほど困難ではなかった。
「いたいた……おい、俺だ」
 追いついて神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)の肩を叩いた。
「おや、偶然ですね? レイスも初詣ですか?」翡翠は柔らかな笑みを浮かべた。「さすが空京神社、混んでますねえ。よければご一緒しましょう」
 翡翠の黒いコートは腰までの長さがあり、長いダークブロンドとの相性も抜群で憎らしいほど似合っていた。
 偶然じゃないぞ、とレイスは言った。
「最初は寝正月も考えたが、ま、せっかくなんで混ぜてもらおうかと思って追ってきた」
「それはいいですね。楽しい一日にしましょう」
 翡翠は他意なく嬉しそうだ。
 ところが晴れ着姿の榊 花梨(さかき・かりん)は、レイスを見るやたちまち不機嫌な表情になるのだった。
「……ぶ〜」
 水色の生地、扇や小花がちりばめられた鮮やかな振袖だというのに、着ている本人がふくれっ面では美しさも半減だ。花梨はレイスに顔を寄せ、彼にだけ聞こえるように言った。
「せっかく美鈴ちゃんに着物着せてもらったのに、なんでレイスちゃん来るの!?」
 この反応は予想済みだ。レイスは冷笑した。
「別に、良いだろ? 二人きりにすると思ったか? それに、お前絶対迷子になるだろう」ここまで一息で告げると、彼は彼女の振袖を頭の先から爪先まで眺めて、「馬子にも衣装。せっかくの服なのに、絶対大人しくできねえだろうしな」
 すると花梨はますますむくれた。
「せっかく着たのに余計なお世話だよ!! 汚さないもん!」
 言いながら花梨は、レイスの足をゲシゲシと踏みつけたのである。
「痛たた! 珍しく褒めてやったのになんだその態度は!」
「『馬子にも衣装』なんて褒め言葉じゃないもん!」
 激しく争っているのであるが翡翠の背後でやっているので、鈍感な翡翠は二人のやりとりにさっぱり気づいていなかった。

 賽銭箱までたどりつき、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は小さく息を吐いた。今日の彼女は鮮やかな水色の振袖姿だ。寒いかと思ってフェイクファーのマフラーも着用してきたが、この混雑では暑いくらいだった。
(「女王が代わりましたが独立もなりましたし、いくらかは明るい年明けのようですねー……」)
 ロザリンドは賽銭箱に小銭を入れた。
 そして昨年のことを回想する。確かに色々な事があった。
 女王復活やエリュシオン帝国の介入、東西分裂を経てシャンバラの独立……。
(「そして私事ですが、好きな人と恋仲になれたような……」)
 やや頬を赤らめて、手を合わせた。今日、ロザリンドは祈るというより、神様に今年の目標を宣言したくて来たのだ。
(「一時は地球に逃げ帰って静かに暮らそうと思った事がありました。ですが今は、ここで誰かを守る力になろうと思います。大好きな人と大切な友人達のいるパラミタの地で、自分のできることをできる限りやっていこうと……、たとえ失敗しても、自分は精一杯やったのだと胸を張って言えるよう真っ直ぐに進もうと……そう思っています」)
 そしてもう一つだけ、短い言葉で抱負を告げた。
(「今年は料理がせめて人並みに上手くなるよう頑張ります!」)
 彼女は料理が苦手だ。いや、苦手どころか昨年末ロザリンドは、年末年始の料理を自分で作ろうとした結果、百合園女学院の寮室のキッチンを壊滅に追い込んだりしたのだ。そのことを考えると難しい目的かもしれないが、それだけに挑戦しがいがあるといえよう。
(「今年のバレンタインはきちんとした手作りチョコを渡せるはず!」)
 ですよね神様!! ――と心で告げて、ロザリンドは顔を上げた。
 最後に線香の匂いを胸に吸い込み、意気揚々と彼女は拝殿から離れた。

 珍しく女性の服で、天霊院 華嵐(てんりょういん・からん)は神社を訪れていた。
「まあこんな日ぐらいはちゃんとした晴れ着に身を包んで神様を参拝するのもいいだろう」
 と、問わず語りに独言しているのは、彼女にも少々照れがあるからだろうか。それにしてもよく似合っている。濃赤地の桜柄、色白の華嵐の肌によく映える組み合わせだった。清楚な髪飾りも黒髪のワンポイントしては申し分なかった。鋭い目つきは普段どおりとはいえ、いくらか柔和に見えるのは、彼女もおめかしして気分がくつろいでいるからかもしれない。
「オルキス、屋台は帰路だ。先におみくじと絵馬に行くぞ。ほら」
 振り返って華嵐は同行者に告げた。一人はオルキス・アダマース(おるきす・あだまーす)、イカ焼きや焼きトウモロコシ、フランクフルトの屋台などに注視して動きが停止していた。匂いにつられたか屋台に向いている。
「屋台はちゃんと帰路で寄ると言っているだろう、オルキス!」
 華嵐が声を上げると、オルキスはピクッと背筋を伸ばした。
「こ、子どもじゃないんだからこんな程度のお祭りではしゃいだりしてないぞ! ホントだぞ!」
 はしゃいでるじゃないか……と華嵐は思ったが、指摘するのはやめておいた。オルキスの振袖は黄色地、淡いラメが入っており、派手すぎぬ程度に華やかだった。
「早く行こうぜ、そろそろ拝殿の行列が空いてきた」
 天霊院 豹華(てんりょういん・ひょうか)が二人に呼びかけた。彼女の装いは黒地のシックな振袖だ。本日、豹華は華嵐の女性服姿を見ることができてとても幸せな気分であった。しかも出発前に着付けで帯をぎりぎりと締めてもらえたので、Mの性質的にも大変幸せな気分であった。
 拝殿では華嵐、オルキス、豹華、三人で合掌する。
(「世界平和……」)
(「おなかいっぱいたべてみんなしあわせになれますように」)
(「はやく華嵐に調教してもらえますように」)
 なんというか、皆、それぞれ『らしい』ことを祈った。
 さらに絵馬を手に取り、やはり同様の願いを描いて奉納した。このとき豹華は華嵐の目を盗み、小さな字で『早く華嵐が目覚めて、私のご主人様になってくれますように』などと書き足して会心の笑みを浮かべていたのだが、幸い華嵐には悟られなかった。
「さてこれで一通り参詣が終わったわけだが……」
 という華嵐の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、
「じゃ、屋台! 屋台巡りだね!」
 オルキスは背中にジェットエンジンでも付いているかのように飛びだし、屋台に向かって走っていった。
(「お守りでも買うか、というつもりだったのだがなぁ」)
 ならば彼女らの分も購入してあげるとしよう。華嵐は首をすくめ、売店でこっそり、オルキスと豹華のお守りを買うのであった。
 ところで豹華もまた、華嵐に見られぬようこっそりと野太いロウソクを購入していたのだが、何に使うつもりなのだろうか。