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曲水の宴とひいなの祭り

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曲水の宴とひいなの祭り

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   おいしい料理のおもてなし
 
 
 
 中庭に面した一室には、雛料理が用意されていた。
 ちらし寿司、手まり寿司、はまぐりの潮汁、てっぱい、菜の花のおひたし等の料理と、菱餅、ひなケーキ、ひなあられ、ひちぎり等のお菓子類。そこに如月佑也作の菱餅ゼリー、桜餅、あんこ入り抹茶白玉、そして樹月刀真からは、佑也直伝の太巻き……玉子とキュウリ、かんぴょうと桜でんぶ、海老と穴子に椎茸の煮た具を入れた太巻きの差し入れも加わり、一層バリエーションが増えている。
 そのどれもが気分が浮き立つような美しい彩りだ。
「わぁ、これ全部食べていいんだよね?」
 食べるぞー、と気合いを入れるカレンに、ジュレールが釘を刺す。
 何でも珍しがるカレンのことだ。放っておいたら、興味に任せて食べ過ぎてしまいそうだ。
「食べるのは構わぬのだろうが、ほどほどにな」
「そりゃあもちろん……でもやっぱり一通りは食べてみたいよね。それから美味しかったものはもう一度食べたいな」
「食べ過ぎて腹をこわしても知らぬぞ」
「ボクのお腹をあなどることなかれ、ってね。ジュレも食べてよ。だって今日は女の子のお祭りなんだからね」
「女子の祭り、か……」
 人とは違う存在の自分もその中に入るのだろうかとジュレールが考えている所に、はい、とカレンが取り皿を差し出した。
「さあ、どんどんいってみよう!」
「……そうだな」
 屈託ないカレンから皿を受け取ると、ジュレールも雛料理を少しずつ、載せていった。
 そこに、賑やかな大声が響く。
「お、あったあった。ようやくメシにありつけるぜ」
 大谷地康之は部屋に入ってくるなり、並ぶ料理に釘付けになる。
「……えぇいほんとにやかま『死』い」
 フェイはいまいましそうに呟くと、一層綾耶にぴたりとより添った。
「……やっぱり男よりも髪を結った女の子のほうがいい。私はそう確信した」
「フェイちゃん? そんなにくっついたら料理が取れないです」
 綾耶はフェイを宥めながら、美味しそうな料理を見渡した。そんなに食べる方ではないからこそ、どれにしようか迷ってしまう。
 そのうちに康之の方はもう1皿目をてんこ盛りにして、2皿目の盛りつけ開始。
「ありえない量が盛られている気がするんだが……」
 あまりに康之が大量に盛りつけるものだから、某の食欲はそれに反比例するようにガリガリと削られてゆく。といっても、ここまで来て何も食べないのも何だからと、一応少しだけ料理を取って盛りつけた。
「フェイちゃんは取らないんですか?」
「……綾耶のを食べる」
「そうですね。一緒に食べるともっと美味しくなりますし」
 かくして、てんこ盛りの皿から皿無しまで、個性が出ているというのか1人だけ明らかに食べ過ぎというか……の皿を囲んでの食事が始まる。
「……綾耶、あーん」
「はい。フェイちゃん、あーん」
 甘えてフェイが口を開けるのに綾耶が料理を入れてやる。そうしている間もフェイの手はしっかりと綾耶の髪を掴んだままだ。
「おかわりどんどん行くぜー!」
 真っ先に食べ尽くした康之が元気いっぱいに立ち上がり、それを見た某の胃をまた少し重くするのだった。
 
「どれから食べようかな。楽しみだね」
 ひな料理の数々に、神和綺人は嬉しそうに箸を取った。
「春の彩りですね」
 ここで和の行事を楽しめるとはと、瀬織も好ましくひな料理を眺めたけれど。
「う〜……」
 クリスは帯の辺りを押さえて唸っている。
「……クリス、大丈夫か?」
「着物って窮屈です。料理、食べられるでしょうか……」
 めりはりのある体型では着物を美しく着ることが出来ないからと黎に言われ、クリスはかなり補正されている。その為に着姿は綺麗になったけれど、食事をするにはちょっと苦しい。
「着替えますか?」
 瀬織に言われたけれど、1人だけ着替えてしまうのはつまらない。
「いいえ、折角ですからもうしばらくこの姿で頑張ります」
 いつものようには食べられそうもないけれど、とクリスは頑張った。
 
 
 
「おしゃべりしながらお食事していこうよ」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)に誘われて、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)も即座に頷いた。去年の雛祭りの時には沙幸と遊べなかったから、今年はたくさん一緒に楽しみたい。
「美味しそうな和菓子がたくさんあって、どれから食べようか迷っちゃうねー」
 折角だからと着てきたあでやかな振り袖姿で、沙幸は華やかな料理を見渡した。
 曲水の宴や流し雛もいいけれど、やっぱり心惹かれるのは美味しそうなものだ。
 今日だけは体重計のことは忘れて、心ゆくまで和菓子を食べながらおしゃべりしようと決めて、沙幸はテーブルに並べられた中からお菓子を皿に取ってゆく。
「ひなあられは欠かせないよね。これは菱餅? じゃなくて菱餅型ゼリーかな。この三色重ねを見ると雛祭りだなぁって気になるよ」
「そう言えば、ひなあられも菱餅も白とピンクと緑ですね」
 沙幸とリースの会話が聞こえたのだろう。使い終わった食器を片づけていたメイベルが、菱餅ゼリーの色を指しながら説明する。
「菱餅は、一番下の緑が草萌える大地、真ん中が雪の純白、一番上が桃の花のピンクを表しているんだそうですよぉ」
 雛祭りが行われるのは春近い季節。
 雪の下では緑の草が春の準備に息づきはじめ、溶けかかった雪の残る大地から伸びた桃の花が芽吹く。
 そんな春を待つ景色を切り取ったような色合いだ。
「確かに春らしい綺麗な色だよね」
 見た目も味のうち。沙幸は嬉しそうに幾つもお菓子を皿に載せると、リースと並んでテーブルにつき、お喋りに花を咲かせ始めた。
 その楽しそうな様子を見て微笑むと、メイベルもまた仕事に戻る。
 メイベルのすることを見よう見まねで手伝いながら、ヘリシャが感心したように言う。
「色にまで意味があるんですねぇ」
「ええ。ずっと昔から日本で行われていた行事ですからねぇ」
 去年も参加し、今年も色々と雛祭りのことを教えてもらいはしたけれど、知りきれていないことの方がきっと多い。
 長い時間をかけ、他の行事と融合したり、意味が変化したりと、雛祭りの形自身も時代と共にかわっていっている。
「こういった行事を知るたびに文化の違いを感じますが、雛祭りもまた何れ、パラミタでも定着するのかもしれませんね」
 元のものとは少し質を変えて定着する可能性もあるけれど、それもまたその幸に応じた変化というものだろうとヘリシャは思った。
「そうですねぇ。雛祭りを良い行事だと思う人がパラミタに多ければ、きっとこちらでも行われるようになっていくのではないでしょうか」
 女の子の成長を祝う行事、早春の彩りを楽しむ行事、昔の日本文化に触れる行事……どんな形で残っていくのかは分からないけれど、その残り方こそがパラミタを表している、と言えるのだろう。
「あ、はい。お薬を飲まれる用の水ですか? では余り冷たくないの方がいいですねぇ。すぐにお持ちします」
「それならこのお皿は私が持っていきますから、メイベルさんは先にお水を……」
 メイベルが持っていた皿を代わりに持つと、ヘリシャもメイベルの後から厨房へと向かった。
 その間も、沙幸とリースのお喋りは止まらない。
 学校であったこと、最近見つけた美味しいお店等々話題は尽きない。
「私もちらし寿司作ったことあるんですよー。今度皆で食べましょうね」
「リースの手作りが食べられるんならみんなきっと大喜びだよっ。……おっと忘れてた」
 沙幸は思いついて席を立つと、飲み物が用意されているところへ行った。
 甘酒、白酒、緑茶、ゆず茶、冷たいソフトドリンクも何種類か用意されている。
「折角なんだもん、白酒……は未成年だからダメだけど、そのかわりに甘酒をすこーし頂いちゃおうっと」
「甘酒……ですか?」
「うん。私甘酒って飲んだ記憶なくって……一度飲んでみたいなって思ってたんだよね」
 飲んだことがあるような気もするけれど、記憶は定かでないからと沙幸は甘酒を少し注いだ。
「私もあんまり飲んだことありません……というか、甘酒ってアルコール入ってるんじゃないんですか?」
 リースがためらうと、飲み物の補充をしていた関谷 未憂(せきや・みゆう)が、大丈夫ですよと答えた。
「名前には『酒』って入ってますけど、甘酒はアルコール飲料じゃないですから未成年でも飲んでいいんです」
 製法によっては微量のアルコールが入るけれど、未成年が飲用を禁止されている飲み物ではない。
「違うの? じゃあ頂きますー!」
 それなら、とリースも甘酒をコップに注いで持っていった。
「んー、甘くておいしい〜。ちょっとどろっとしてるのがまたたまらないねー」
 優しい甘みが気に入って、リースはもう1杯、と甘酒をおかわりする。
「沙幸さんもおかわりはどうですかー……って沙幸さん?」
「ふにゃ〜、なんだか気持ちよくなってきちゃったにゃ〜」
「どうしたの……なんか顔が真っ赤だよ」
「うん、なんだかぽかぽかしてきちゃったにゃ〜」
 指先で顔を扇いだ沙幸は、突然帯に手をかけた。窮屈な帯を解いてしまうと、襟元に両手をかけてがばっと開く。
「ちょ、ちょっと沙幸さん、何してるんですかー!」
「だって、この会場ちょーっと暑くない?」
「そうですかー? 普通ですよー」
「ううん、暑いよ。この火照った身体を冷ますには、もうこうするしかないんだもん」
 今度は裾を大胆にはだける沙幸を、リースが慌てて止める。
「い、いけませんー。お客さんがいっぱいいるんだから危険ですよー!」
「もうリースってば……邪魔するならこうだよ。えーい」
 沙幸はリースに抱きつくと、にゅふふと艶っぽく笑った。
「わたししってるんだから。だんなさまにいつもこうしてもらってるんでしょう?」
「え? あ、沙幸さんっ、ちょっと……!」
 侵入してくる沙幸の手に、最初はきゃあと悲鳴をあげていたリースだったけれど、そのうちふわふわした気分になってくる。
「……いいよね? 今日は女の子のお祭りだもん。少しくらいはだけて色気を出したって、誰も怒らないよね」
「そうそう、リースもはだけちゃえー!」
「あははー。今年のひな祭りは楽しいなー!」
 互いに着物を脱ぎだしての騒ぎはホテル側にまで伝わり、通報を受けた琴子が飛んでくる。
「あなたたち……あら……」
 注意しようと見てみれば、沙幸とリースは自分たちが脱いだ着物にくるまるようにして、すやすやと眠っていたのだった。