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リアクション
休憩は美味しいものと共に
「どうぞくつろいで食べて下さいね」
関谷 未憂(せきや・みゆう)はホテルの滞在客が入るのとはまた別の部屋で、料理の上げ下げをしていた。
曲水の宴の十二単もひな人形の格好も、衣装はかなり重い。
何か食べるにしてもそのままの飲食はなかなか厳しい為、ホテルの一室には人目に触れずに衣装を崩して食事が出来る場所が設けられているのだ。
部屋の中には唐衣や小袿、冠や小道具があちこちに置かれ、やたらと豪華な雰囲気を醸し出していた。
水原ゆかりとマリエッタも、ひな人形となっての接客に疲れたので少し休憩がてらひな料理を食べに来た。表着を1枚脱いで小物を下ろすだけで、随分と身体は楽になる。
ジョセフを放置してやってきた赤羽美央もごくりと喉を鳴らして料理を眺めた。
「さすがホテルの料理ですね。なんかどれも高級そうに見えます」
立派な重箱に入ったちらし寿司には金箔まで散らしてある。
潮汁には春らしい木の芽が添えられ、得も言われぬ磯の香りがふわりと漂ってくる。
曲水の宴で緊張した反動か、普段はなかなか食べられないご馳走を前にした為か、急に空腹を感じた美央はさっそくちらし寿司を皿にとりわけ、食べ始めた。
「雛祭りは料理も綺麗なのね。女の子のお祭りだからかしら?」
「色も綺麗ですけれど、それぞれに謂われもあるんですよ」
マリエッタに答えながら、ゆかりもちらし寿司を食べ、潮汁を飲んだ。久しぶりに食べた和食は、自分の家の味付けとは違うのに、やはり懐かしく感じる。
料理を食べながらも、ゆかりは控えの部屋を彩る衣装に目をやった。
来年もこうしてひな祭りの日を迎えられるのだろうか。そしていつか自分が子供を……娘を産んで、その娘とこうして雛祭りをする日がくるのかどうか。シャンバラ教導団の軍人であるゆかりには、その日が来ると断言することは出来ない。
けれど、今年この日をこうして過ごせたことの幸せは、これからの日々を生きていく上できっと大事な糧となる。
そんなゆかりの気持ちを知ってか知らずか、マリエッタも言う。
「来年もまたこうして雛祭りを祝いたいわね」
「ええ、ほんとうに……」
心からそう言うと、ゆかりは久しぶりの和食を味わった。
「ふぅ。着物を緩めるとほっとするな」
アンタルは椅子によりかかり、早速杯を手に取る。
誰かに酌を、と思ったのだが芦原郁乃は桃花とすっかり2人の世界に入ってしまっているようだ。
「お〜い荀灌、お酌してもらってもいいかい?」
「はい? いいですよ」
荀灌は素直に酒を注いでくれた。色気には欠けるけれど、これはこれで良いものだ。
「や〜かわいい娘にお酌してもらうと、ただの酒も美酒になるなぁ」
「そうですか? なら、どんどんお酌しますね」
「ははは、そのうち荀灌に酔い潰されてしまいそうだな」
そう言いながらもアンタルは荀灌に注いでもらって杯を重ねるのだった。
「ふう……」
衣装の重さというより堅苦しさに凝った肩をぐるっと回し、緋桜遙遠は部屋の隅で料理を食べていた。
ちぎのたくらみで小さくなるのは、可愛い格好をするのに便利なこともあって嫌ではないけれど、官女の衣装でかしこまっているのは肩が凝る。適当に切り上げて、元の格好に戻っての食事だ。
「ちらし寿司と……こっちは何だ? 酢みそ和え?」
身軽になって存分に遙遠が雛料理を楽しんでいるところに、
「あ、もう元の姿に戻ってしまったんですか?」
やってきた遥遠が残念そうな顔になる。
「この姿の遙遠は嫌いですか?」
「そういうわけではありませんけれど……」
「それなら今度は皆で料理を楽しみましょう。あちらに綺麗なお菓子もありますよ」
「お菓子があるの?」
遙遠がそう言うと、瑠璃が真っ先にお菓子の所に向かった。ひなあられや差し入れの桜餅、と瑠璃はお菓子ばかりを皿に取ってゆく。
「霞憐、瑠璃が食べ過ぎないように見ていて頂けると助かります……」
「分かった。……瑠璃、そんなに菓子ばかり取っていると、料理が食べられなくなるぞ」
遙遠に頼まれて、霞憐は瑠璃の面倒を見に行った。
そして2人が料理を取り分ける様子を眺めていた遙遠の前に、遥遠が抹茶白玉を突きつけた。
「はい、あ〜ん」
「遥遠、なにしてるんですか……」
「あ、早くしないと落ちてしまいます。あ〜ん♪」
「別にいいんですけど……」
言われるままに白玉を食べると、遥遠は今度は器を遙遠の方へ押しやり、自分があーんと口を開ける。
「……まぁいいですよ」
何の祭りでも良いけれど、こうやって皆と一緒に過ごすのはやはり楽しい。
これからもこういう時間を大切にしたいと思いながら、遙遠は白玉を遥遠の口の中に入れてやった。
「陽子ちゃん大丈夫? 食べられそう?」
自分はお内裏様の格好だから良いけれど、と心配する霧雨透乃に、緋柱陽子ははいと頷いた。
「なれない格好をした所為か、逆にお腹がすいてしまいました……」
「それなら良かった。けど、やっぱり手を伸ばし辛いかな。私が取ってきてあげるね」
陽子は甘党で辛い物や苦い物は苦手だ。
それを知っているから、透乃は食べやすそうな味つけのものを選んで、皿に取り分けてきた。
「ありがとうございます」
そう言って受け取ろうとした陽子の手から、透乃はにっこり笑って皿を遠ざける。
「食べにくいだろうから、私が食べさせてあげるね」
「え……?」
「はい、あーん」
かなり恥ずかしかったけれど、陽子は逆らえず透乃に言われるままに口を開けた。
「ふふっ、美味しい?」
「は、はい……」
「じゃあもう1回。あーん」
真っ赤になりながらも陽子はまた小鳥が餌をもらうかのように、口を開けるのだった。
「料理は足りてますか? もし欲しい物があれば持ってきますよ」
旺盛に食べる皆の為、未憂はひっきりなしに料理や飲み物を運び、使い終わった皿を下げ、と立ち働いた。
去年はもてなされる側だったけれど、今年はもてなす側。
一緒に来たかった先輩が来られなかったことはとても残念だけれど、去年楽しく過ごさせてもらった分を裏方として少しでも返せればと思う。
「お手数かけてしまいますけれど、白酒をお願いできます?」
「はい、すぐに持ってきますね」
未憂は洗い物をまとめて厨房に置きに行き、厨房で料理の追加や琴子に頼まれた白酒を持って食事用の部屋に戻った。
「お待たせしましたー」
「ありがとうございます」
琴子は礼を言って白酒を受け取ると、はい、と待っていたノルンの杯に注いだ。
「これでやっと飲めますわね」
曲水の宴で飲み損ねた白酒を、ノルンは嬉しそうに飲んだ。
「甘くておいしいです」
「良かったですねぇ、ノルンちゃん」
明日香の方は未成年だから、甘酒を飲み飲みノルンの様子を目を細めて眺める。
「おかわりも欲しいです。……琴子先生は飲まないんですか?」
「今酔ってしまうと困りますから、行事が終わった後にでもいただくことにしますわ。白酒を飲むのもこの時季くらいですもの。おかわりはこちらですので、存分に堪能して下さいましね」
白酒の瓶を明日香に渡すと、琴子は部屋に置かれた衣装の整理に取りかかった。
五人囃子のもてなしを少し抜けると、咲夜由宇は瑠璃と一緒にひな料理が用意されている部屋へとやってきた。
どんなご馳走があるのか興味があるし、美味しそうだったらちょっとつまんでみたい。そう思いつつ料理を覗く。
「わぁ! 綺麗なご馳走がいっぱいなのですぅ! よだれが出てしまいそうなのです!」
借金があって貧乏暮らしをしている由宇にとって、そこにあひな料理は信じられないほど豪華に見える。
「あのこの美味しそうなの、食べてもよいですか?」
「ちょっと待つのだわ。まずは無料なのかどうかを確かめないといけないのだわ」
これ以上借金を増やしてもらったら困ると由宇をいさめる瑠璃に、未憂は大丈夫ですよと笑って答える。
「ホテル側からの提供ですから代金はいりません。ひな人形になっておもてなししてくれた分も、たっくさん食べていって下さいね。無くなったらどんどん運んできますから」
「それなら心配ないのだわ」
だったら、と瑠璃も安心して皿を手に取りどの料理にしようかと考える。そこに、
「おっ、そっちも休憩時間か?」
千尋と未来を連れた日下部社が入ってきて、由宇たちに声をかけた。
「そうですよー。何だかお腹すいちゃいましたー」
「衣装を着とるだけでも体力使うさかいなあ。ちーも未来も休んでなんぞ食べときや」
「ちーちゃんもお雛様のごはん食べる♪ 未来ちゃん、行こー!」
千尋と未来が料理を取り分けるのを手伝ってから、社も料理を皿に取ってきた料理を食べ始める。
「お客さんも楽しんでくれてるようやし、この分なら雛祭りは成功やな」
「うん。ちーちゃんも楽しいよ♪ 未来ちゃんは?」
「こういうのもなかなかええもんやろ? お前が何のためにパートナーになったのか何となく分かっとるつもりやけど、俺は未来にも一緒の瞬間を楽しんでほしいと思っとるで♪」
千尋と社に言われ、未来は素直に答える。
「うん、私もちゃんと楽しんでるよ♪ 一緒にいられて良かったって思ってるからね」
「ちーちゃんも思ってるよー」
来年もまたこうして一緒の時間を過ごせますように。
官女とお雛様とお兄ちゃん、みんな仲良く――。
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