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リアクション
「カレー、好きかな?」
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、ワゴンを引いてパッフェルに近づいた。
「……嫌いじゃ、ないわ」
「良かった。じゃ、お好みのソースをかけて、食べてね」
ネージュはライスと、ビーフ、チキン、キーマのカレーソースを、テーブルに並べていく。
「こちらもどうぞ」
それから、ドライカレー、タンドリーチキン、サフランライスも、テーブルに乗せる。
「味は大丈夫だと思う。辛いのが苦手じゃなければ」
「うん。彼女は色々な場所で、こうして料理を提供してくれてる子だよ。料理、とても上手いんだ」
円の言葉にパッフェルは頷いて、サフランライスとタンドドリーチキンを皿に乗せて、食べていく。
「……確かに。美味しい、手作りの味」
「うん!」
ネージュはにっこり笑みを浮かべる。
全てスパイスの調合と、ミル挽きからの手作りだ。
「料理、とっても好きなの。新しいお友達に、食べてもらえて嬉しいな」
ネージュは趣味の飲食店『煤沙里(ヴァイシャリー)』を運営している。
料理の腕には、自信があった。
十二星華の人達とは、百合園のアレナを含め、直接的に話をしたことがない。
ロイヤルガードでもない。
そんな彼女が、自分なりの歓迎として思いついたのは料理の提供だった。
「パッフェルも料理上手いんだよ」
円の言葉に、ネージュは目を輝かせる。
「それじゃ、いつか一緒に作ろう? 百合園ではお茶会や、パーティが良く行われるから。今度は裏方として参加するのも良いかも。美味しいものを食べることも幸せだけれど、食べてもらえることや、喜んでもらえることも、すっごっく幸せだからっ」
「知ってる……今日のお返しは、そういうことに、するわ」
「皆喜ぶと思うなー。あたしも今から楽しみっ。んとね、こっちも食べてみて!」
ネージュはドライカレーをパッフェルと円に勧める。
「ぼ、ボクはいい。えっと、こっちを貰うね」
円はドライカレーを遠慮して、ビーフカレーを戴くことにする。
ちなみに、ドライカレーを遠慮した理由は、ピーマンが入ってるかもしれないから。
「……こっちも、美味しい。辛さと、味の調和がとれてて」
ドライカレーを食べたパッフェルが、納得の頷きをみせる。
「うん、この微妙なバランスが難しいんだよね。でも、とっても楽しい」
こうして喜んで食べてくれる人がいるから、料理は楽しい。
「……うん、そう」
パッフェルも自分が作った料理を喜んで食べてくれていた親友達を思いだし――ティセラと、セイニィに目を向けた。
眼が合うと、2人は笑みを見せてくる。
パッフェルは何も言わなかったが、ほっとしたような、顔を見せる。
「よろしければ、どうぞ〜」
ネージュは、小皿にドライカレーの盛って、ティセラ、セイニィに差し出していく。
「戴きますわ」
「ありがと」
2人は礼を言って受け取り、口へと運ぶと微笑みを浮かべた。
美味しい食べ物は、皆の顔を穏やかに、幸せそうに、変えていく。
「お代わり、たっくさんあるからね。持ち帰りもできるようにしておくよ」
提供したネージュの顔にも、幸せが広がっていく。
「あの……っ」
カレーを食べ終えた後、お茶飲んでいるパッフェルに七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が緊張しながら、話しかける。
「あ、あたし七瀬歩です。円ちゃんがいつもお世話になってます」
歩はぺこりと頭をさげる。
不思議そうに、パッフェルは円の方に目を向けた。
「歩ちゃんは親友ー、やさしい子だよ」
円が微笑んでそう言うと、パッフェルは首を縦に振る。
「……円の親友……私も仲良くなりたい、な。円の話を、色々聞きたいから……」
「それじゃ、円ちゃんの話たっくさんしますから、パッフェルちゃんの話も、沢山聞かせてくださいね」
歩がそう言うと、パッフェルは歩の方を見て首を縦に振った。
「……よろしく」
「よろしくお願いします。パッフェルちゃん家庭的なこと、得意だって聞いたことある。……そういう話だと、百合園の皆と一緒に楽しめると思うな」
「……お嬢様なのに、皆、料理に興味があるの?」
「うん、百合園は結構家庭科の授業充実してるよ。パーティを行う時には、生徒が必ずと言っていいほど、料理の担当を希望するし、学園際でも飲食店を希望するグループも多いんだよ」
お茶会や、花火大会、月見、クリスマスにバレンタインデーといった行事のたびに、調理室はお菓子作りに励む女の子達で賑わうのだと、歩は話していく。
「……円も一緒に、作る?」
「ううーん、パッフェルと歩ちゃんが一緒なら、楽しそうだよね」
円はちょっと困り気味だ。
料理会に参加するのはいいのだけれど、こういう時には必ず嫌いな物を食べるよう勧められてしまうから。
歩はくすりと笑みを浮かべて、首を傾げてパッフェルにお願いしてみる。
「円ちゃんは、結構好き嫌いが多いけど、パッフェルちゃんの手作りなら食べられそうだから、そういうところを治していってくれたら、嬉しいな」
「……わかったわ。栄養のつくもの、バランスよく食べないと、ね」
「う、うん……」
円は素直に頷いた。
嫌いなものは出来れば食べたくないけれど、パッフェルの料理はとても楽しみだった。
「あっ。そういえば、あたしビンゴゲーム持ってきてるんだった! 皆、やりませんかー」
突然、歩は皆に声をかける。
「お手伝いいたしますわ」
給仕をしていたフィリッパが、歩からカードを半分受け取って、配るのを手伝っていく。
「ええと、ビンゴゲームやる方、こちらに集まってくださいー」
シャーロットも、皆に声をかけていく。
「……色々お話ししてくれてありがとうございます」
歩はカードを配り終えた後で、パッフェルの元に戻ってくる。
円とパッフェルにはカードを渡していない。
「これからは二人きりで楽しんじゃってくれても良いですよ」
そしてそう微笑んで、皆が集まる場所に向かっていった。
皆の注意を引きつけるように。
「歩ちゃん……」
ありがとう。
あとでいっぱいいっぱい、お礼をしたいなと。
そう思いながら、円はパッフェルを見上げた。
「バルコニーに、涼みに行かない?」
振り向いて、バルコニーに向かう二人の姿を、歩は見ていた。
並んで歩く2人の姿に、ちょっぴり寂しさを感じる。
大好きな親友の横、取られちゃったみたいで。
でも、こういうのは良いことだし。
(喜ばなきゃっ)
自分に言い聞かせて、自らの頬をぺちんと叩く。
「よーし、あたしも頑張らなきゃなー!」
素直で優しく、友達思いの歩は沢山の人に好かれていて、もてる女の子だけれど。
彼女の心を攫う、憧れの王子様はまだ訪れてはいない。
「あの、お願いがあるんだけど、いいかな?」
バルコニーで、円はパッフェルの目を見上げた。
「……何?」
「ボクと本当に二人っきりの時は、眼帯、外して貰ってもいい?」
首を縦に振るパッフェルに、語りかけていく。
「この間、魔眼を見せて、受け入れてくれてありがとう。って言ってたじゃない。……でも本当はね、パッフェルがボクを受け入れてくれたのかなって、思ってさ」
両腕を広げて、円はパッフェルに抱きつき、愛しげに抱きしめた。
「ボクに魔眼を見せる勇気を出して、ボクを受け入れてくれて。ありがと」
パッフェルを抱きしめたまま、円は顔を上げて笑みを浮かべた。
「気付かなくてごめんね、他の理由で眼帯してたのかなって思ってた」
「……円が、謝る必要は、ないわ」
円は微笑んだまま、首を左右に振る。
「これはボクの我儘だけど、二人っきりの時ぐらいは自然体で、一番楽な状態でいてほしい。だって、遠慮してほしくないもん」
「……わかった。2人きりの時、だけは」
言ったパッフェルの眼帯に、円がが手を伸ばした。
2人の手が、触れ合った。そして、2人で一緒に眼帯を外す。
彼女の隠されていた魔眼が露わになり、輝きを放つ。
「それにルビーみたいで、とっても綺麗だよ」
思い切り背伸びをして、円はパッフェルの右頬にキスをした。
それからパッフェルから手を離して、ちょっと後ろに下がった。
「ボクにも秘密にしている事があってね……」
少し恥ずかしげに。
円は自分の胸に手を入れた。
そして取り出したものを、パッフェルに見せる。
――胸パットだ。
「これが秘密、あんまり胸がないの」
恥ずかしげな笑顔で、笑ってくれるかな? と続けた円だったけれど。
パッフェルの目は真剣だった。
「……そんな円が、好きだから……私は気にしない、よ……もっと、ありのままの円が、見たい……」
言った途端。
パッフェルの両手が円の頬を包み込んだ。
あっと思った瞬間には、パッフェルの唇が、円の小さな唇に重ねられていた……。
「……円」
それから、さっきのお返しのように、大切に抱きしめられる。
「パッフェル……」
鼓動が高鳴って。胸と気管が圧迫されていて、互いの名前しか出てこなかった。
だけれど、言葉にしなくても、互いの想いは一緒だった。