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12.クロエがお見舞い。2


 フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)の熱が下がらない。
 さすがに心配になったミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)はフランカを病院に連れて行き、勧められるままに検査入院させることにした。
 部屋は大部屋が当てられ、ミーナが同じ病室の人に挨拶して回っていると、
「フランカちゃん?」
 聞き覚えのある声に、フランカがベッドから起き上がった。
「こらフランカ。起きちゃだめよ」
 フランカのベッドの傍に行き、寝かせてから廊下を見た。クロエが居る。フランカとミーナを交互に見ていた。
 おいでおいでと手招きして、
「こんにちは、クロエちゃん」
 挨拶。
「こんにちは。フランカちゃん、びょうきなの?」
「びょうきじゃないの。ふらんか、だいじょうぶなの。だけどにゅういんしなきゃだめって……」
「だって心配なんだもん……」
「うー。くーちゃんとあそびたいー……」
 けほけほと咳き込みながら、フランカが抗議の声を上げた。ぎゅっ、と立木 胡桃(たつき・くるみ)の尻尾が強く握られる。
「フランカ、胡桃ちゃんの尻尾をあんまり強くぎゅってしちゃだめよ?」
「もふもふおねえちゃんのもふもふは、さいこうなの」
「もふもふおねえちゃん?」
 クロエが、きょとんとした目を胡桃に向けた。
「あ。紹介がまだだったね。私の新しいパートナーよ」
 言われて胡桃がぺこりと頭を下げる。それから持参している携帯型ホワイトボードを取り出し、
『立木胡桃です。クロエちゃん、よろしくお願いしますね』
 きゅきゅっと書いて、クロエに見せた。
「くるみくん?」
『ボクは女の子です』
「きゃ。ごめんなさい。くるみちゃんね、よろしく!」
 にこーっと笑ってクロエが胡桃に手を差し伸べた。
「ん」
 と胡桃がその手を取って、ぎゅっと握る。
「もふもふおねえちゃんのもふもふ、くーちゃんもさわる?」
「いいの?」
「ん」
 フランカに誘われ、胡桃に頷かれ、クロエの手が胡桃の尻尾に伸ばされた。
 もふん、と擬音が聞こえそうなもふもふ加減にクロエが目を輝かせる。
「もふもふね!」
「なの」
 楽しそうに笑う三人を、ミーナは静かに微笑み見守った。


*...***...*


「リンスが入院……ってことはオレも入院するしかないな! 不治の病だし!」
 天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)は、うん、と大きく頷いた。
「えっ、鬼羅ちゃん不治の病なん!? えっえっ大丈夫なんか、それ!」
 リョーシカ・マト(りょーしか・まと)が心配そうに鬼羅を見る。鬼羅はニッ、といつものイイ笑顔を浮かべて、
「そんな気がする☆」
 と明るく宣言した。
 ――いやだって、不治の病なら女医さんや美人看護師さんとお付き合いできるかもしれなくて。
 ――いやいや。下心ばっかりじゃないよ? 不治の病な気がするんだって。うん、げほげほ。
 わざとらしく咳き込んだところで、
「お?」
 廊下を歩いているクロエを発見。
「よぉクロエ!」
「やほ〜、クロエちゃにゅ!」
「きらおねぇちゃん、リョシカちゃん!」
 リョシカと同時に呼びかけると、リョシカが盛大に舌を噛んだ。鬼羅の肩からクロエへと飛びつきながら名前を呼ぶからそうなるのだ。
 バカだなぁとあえて何もツッコまずに、
「リンスが入院したんだってな。いろいろ大変だろ? 大丈夫か?」
 クロエに話しかける。
「へいき。まえにもあったもの」
「そっかそっか。クロエはしっかり者だな〜。……で、リョシカはいつまで口押さえてんだ」
「ら、らってぇ……舌ぁ、噛ん……」
「だいじょうぶ?」
「らいじょーぶや! おおきに〜」
 にぱ、とリョシカが笑むと、クロエも笑った。
「ふたりともきょうはどうしたの?」
「それがな! 鬼羅ちゃんが不治の病やってん! 診察しに来たんよ〜」
「ふじのやまい!? きらおねぇちゃん、それだいじょうぶなの?」
「すまない、クロエ……こんなダメなオレを、『たいちょうかんりしっかりしなさい!』と叱ってくれ!」
「うん! たいちょうかんり、しっかりしなさい!!」
「もっとだ! もっと!!」
「たいちょうかんりもしっかりできないなんて! リョシカちゃんがふあんになるわ! ひどいわ! さいてー!」
「うおおおおおお!!」
 テンションが上がってきた。
 その状態の、みなぎる鬼羅が見たものは。
「今日も肛門科と外科と内科の行き来が激しいわ〜」
 という、残念な発言をしているが確かに美人な(しかもスタイルも抜群な)女医さんと。
「先生。お願いですからどこかひとつに的を絞ってください」
 胸がつるぺったんな眼鏡看護師さんだった。こちらも美人――いや、可愛いと言った方が適切だろうか――で、美女二人が揃い踏みしているとあらば鬼羅が普通でいる道理はなく。
「ちょっくら行ってくるぜ! クロエ、リョシカのことは任せた! うおおおおおおおおおおおおお!」
「こら! びょういんないははしっちゃいけません!」
 クロエのお叱りでさらにテンションも上がった。
「美人女医さん! 素敵看護師さん! オレ、不治の病にかかってしまったんだ! そう、恋のやま……あ、ちょっ、ちょっと待ってよ待ってよ〜♪ 診察して! ほら服もちゃんと脱ぐから! どこまでもキャストオフだから! 全裸も歓迎だから待って〜♪
 あ、診察がダメならナースステーションでお茶とかでもいいぜ? って、待ってってば〜……」


「鬼羅ちゃんはほんまあかんなあ……」
 遠のいていく鬼羅を見つめてリョシカは言う。
「すまんなぁクロエちゃん。鬼羅ちゃんの言うことは聞かんでええからね。お見舞いやらなにやらあるんやろうし……」
 巻き込んでしまったことに申し訳なく思ってぺこりと頭を下げた。
 けれどクロエはふるふると頭を振って、
「いいの。リョシカちゃんとあえたもの。ねえ、おはなししましょ?」
「ほんまに? 自分と一緒に居てくれるん?」
「うんっ」
 嬉しくなって、えへへと笑う。
「びょーいんて、お注射怖い! とか、ばーりうむ? とかおいしないもん飲むためにご飯食べたらあかんて言うよな〜」
「そうなの?」
「はりゃ。クロエちゃんも知らないんか〜」
「うん。びょういんのおせわになったことないの」
「クロエちゃんはいっつも元気やからな♪」
 明るく笑ってい言った言葉に、クロエがぴたりと足を止めた。
「……そんなこと、ないのよ?」
「ほえ?」
「わたし、びょうきをわるくしてしんじゃったから」
「クロエちゃん……」
 そうだった。
 クロエは、人形なんだ。身体がなくて、魂しかないから、人形に居る。
「でも、クロエちゃんは元気や」
「そうなの?」
「せや。だって自分、クロエちゃんから元気もろてるもん! ……な、な〜んちゃって」
 恥ずかしくて、最後はいつもの照れ隠し。
「リョシカちゃん」
「な、なんや〜? ちょ、ちょっと自分らしくなかったかな? あは、あはは〜」
 空笑いを繰り返す。と、クロエがリョシカを抱き上げた。
「ほわ? わわ?」
「ありがとう」
 それから優しく抱きしめられる。ふんわり、甘い香りがした。
「はわわわわわわっ、ク、クロエちゃん!?」
「うれしかったの。ちょっとだけ、こうさせてね」
「あわぁわわわ、じ、自分で良いなら……!」
 混乱しつつも、リョシカはそっとクロエの頬に手を伸ばす。大丈夫、とあやすように頬を撫でた。
 クロエがくす、と笑うのが、指先から感じられた。