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お見舞いに行こう! さーど。

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16.お見舞いと、外来と。 Verコミカル


 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)家のエロ神様こと医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)が病院に用があると言うから。
「はい。あそこが診察室ですね。房内、ひとりで行けますか?」
「馬鹿にするでない! わらわは一人前じゃ、大人じゃ!」
 ぽん、と背中を押して送り出してみた。
 病院までは連れてきた。けれど、一緒に診察を受ける義理はない。
 ――何の用事か存じませんが、どうせろくでもないことでしょうし……。
 ついていくと面倒なことになると、貴仁の勘が告げている。
 なので、病院の規模に比例して大きな待合室で診察が終わるのを待つことにした。


 診察室に入り、医師に向き合う形で椅子に座った房内は。
「わらわのちっぱいの原因を解明せよ!」
 ばばん、とぺたんこの胸を張って言った。
 房内の用事はろくでもないだろうという貴仁の予想は、大当たりだったということだ。
「…………」
 黙ってしまった医師を無視して、房内は眉を寄せる。
「牛乳を飲んでもマッサージしても全然大きくならないのじゃ。エクササイズも効果なしでのぅ……わらわの持っている知識だけではだめだったのじゃ」
 胸を寄せるように両脇を締めても、平らな胸に変化はない。寄せている実感もない。着けている下着がくしゃりと皺になる感覚しかなかった。
「こうなったら現代医学の力を借りるしかないと踏んだのじゃ」
「そこで現代医学に頼られても」
「頼むのじゃ! 力を貸してほしいのじゃよ! わらわもおっぱいバインバインのセクシー美女になりたいのじゃ!!」
 大声で叫び、上着を脱いだ。
「ちょっ!?」
 医師が慌てた声を出す。
「? なぜ驚くのじゃ? まずは診察からじゃろ? さあ、見て欲しいのじゃ! 調べて欲しいのじゃ!」
 上も下も脱いで、下着姿になって。
「先生、わらわの胸を大きくして欲しいのじゃ!!」
 房内は、すがるように医師を見た。
「……でしたら、まず内科ではなく整形外科に相談するべきかと……!」
 医師が困ったように言うが、よくわからない。
「病院に来れば良いのではなかったのか? 先生、どうにかしてほしいのじゃよ! わらわの胸を大きくしてたもれ!」
 ずいずいと詰め寄り、せがむ。


 房内と医師が、『ここは本当に病院か?』と問われそうな迷勝負を繰り広げている同時刻。
「……なんか、騒がしいですね」
 難を逃れた貴仁は、自販機で買った飲み物を口にしながら呟いた。
「病院ってこんなにうるさいところでしたっけ?」
 ――まさかエロ神様が何か……?
「…………」
 その結論に至っても、知らぬ振りをする。
 誰だって、面倒は嫌いだ。
 ――君子危うきに近寄らず、です。
 改めて結論を出し、飲み物を飲みきった。
 騒ぐ声は未だに聞こえ続けている。


*...***...*


 竹中 姫華(たけなか・ひめか)が突然倒れて救急車で運ばれたと聞いて、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は聖アトラーテ病院までやってきた。
「外で歩いてて倒れたって……や、救急車呼んでくれた心優しい人には本当感謝だよねー……」
 電話で受けた説明を呟き、現状を把握しながら廊下を歩く。
 しかし見覚えのある景色だ。
 ナースステーションの位置、病室の配置、トイレの場所、窓の外の景色……。
 ――今更だけど、ココって……。
 ふっと脳裏によぎった二人の姿。
 以前この病院で小さな騒ぎを引き起こしたことをまざまざと思い出して氷雨は頭を振った。
 ――いや、大丈夫だよ! もう結構前だし、覚えてない覚えてない!
 たぶん。きっと。おそらく。
 どうであれ気にしても仕方がないので、空笑いを浮かべる。覚えられてたら謝ろう。それしかない。
「すみませんー。えっと、今日竹中姫華って子が運ばれたと思うんですけど、どこですかー? ボクのパートナーなんですけど」
 近くにいた看護師さんに聞くと、
「竹中さん? 少々お待ちくださいね」
 柔らかな笑みを返された。はいー、と氷雨もニコニコ笑顔を返す。
 とげの一切含まれていない声音や視線に、よかった忘れられてた、と内心でほっとしながら。
「竹中さんは524号室ですね。廊下の突き当たりの部屋です」
「ありがとうございますー」
「それと」
「?」
「今回は病院から脱走したりしないでくださいね」
 忘れられていたのではなく、相手が接客のプロなだけだった。釘を刺されて笑みが固まる。
「……あ、アハハハハ……はい、すみません。気をつけます。よく言い聞かせもします。本当にごめんなさい」
 平謝りしたら、いえいえとやはり柔らかに笑われた。
 急ぎ足でナースステーションから離れ、窓に近付かせなければいいかな、と考えつつ、病室まで歩く。
「姫ちゃーん」
 病室に着き、ドアをノックする。返事はない。眠っているのか、それとも留守なのか。
 礼儀のノックもしたし、いいや入っちゃえと扉を開ける。姫華は、ベッドの上に上半身を起こしていた。
「起きてるんじゃん」
「ココ……どこ……?」
 ただ、ぼんやりとしているからまだ寝起きなのだろうけれど。
「……消毒液の匂い……病院……?」
「そうだよ。覚えてないの?」
 こくん、と頷かれたので小さく息を吐く。
「もしかして、あの時と同じ……?」
「あの時?」
「……いや、ないない。血とか吐いてないし。苦しくないし。あの時と同じじゃないわ」
 疑問符を浮かべる氷雨に気付いていないのか、姫華が自問自答を開始した。
「……病気じゃない。病気とかもない。あの時とは違うのよ……」
 なにやら不安に思っているらしい。思考が狭窄する程度には。
「ねぇ、姫ちゃん」
「……?」
 強めに呼びかけると、姫華の視線が氷雨に向いた。
「ボク、姫ちゃんに言わないといけないことがあるんだ。……あのね」
「……うん、なに……?」
「あのね……姫ちゃんがここに居る理由……」
「…………」
 俯き加減になり、入院理由を思い出して震える。
「……寝不足、だって」
「……は?」
「だから! 寝不足!」
 それは、なんとも単純な理由。
 看護師さんに言われたのだ。
 ――『前もパートナーさんが寝不足で運ばれて来ませんでした?』
 ――『寝不足で倒れるなんてめったにないんですから。気をつけてくださいね』
 そんな馬鹿な、と思った。だって同じ生活をしているのに。夜の十時には寝るように言い聞かせているのに。
 だけど実際姫華の身体に異変はないらしいし、それは良かったのだけれど。
 やっぱり釈然としないわけで。
「なんだ……寝不足か。よかった」
 なので、安心したように笑う姫華に、
「よくなーい!」
 声を大きくしてしまうのは必然で。
「もう! なんでボクのパートナーはすぐ寝不足になるのさ! 流行ってるの?」
「そういえばあの子も寝不足で運ばれたんだっけ?」
「ほのぼのしてないで! ちゃんと夜は寝てよね! ボクちゃんと十時には寝るように言ってるのに寝てないの?」
「うん」
 あっさり頷かれた。脱力。
「うんって……」
「だって暗いの怖いもん! そもそも寝不足だって、起こされるから寝れないわけで……」
 姫華いわく。
 暗いのが怖いので、夜眠りたくない。
 電気を点けて、朝を待ってから寝ようとしているのに、昼前には起こされてしまう。
 だから、寝不足。
「あ、電気点けて寝れば万事解決だね。それでいい?」
「ダメに決まってるでしょ! 節電大事!」
 むきー、と怒ってから深く息を吐く。
「はぁ……姫ちゃん、当分お酒抜き!」
「えぇ!? 何で!? 何でお酒抜きになるの!? 私お酒ないと死んじゃう!」
「うるさいー、ボクに迷惑をかけた罰だよ。これに懲りたらもう夜更かししないこと!」
 言うだけ言って、耳を塞いだ。
 姫華がまだ何か言っているけれど、きっとお酒がないと死ぬ、死活問題だ、という内容だろう。
 そんなことより、
「うぅ……ボクは健康なのに、パートナーのせいで病院で変に有名になっちゃって……もしボクが入院するようになったら、『あ、寝不足の人よ』『寝不足の人ね』なんて不名誉なあだ名で呼ばれる羽目になるんだ……」
 そんな未来があるかもしれないと想像してちょっと落ち込む。
 注目されるのはともかく、変に有名になるのは遠慮願いたいところだ。
 ――もうこれ以上、パートナーが寝不足で運ばれたりしないようにしなくちゃ……!
 なのでそう強く心に誓った。
 余談だが、姫華の抗議を聞き入れることは、なかった。


*...***...*


 喉が、痛い。
 思い当たる節はあった。昨日食べた魚。その骨だ。この不快指数たっぷりの異物感とちくちくした痛み。魚の骨に違いない。
 ――デカい魚だったしな。
 ――骨もでかかったんだろうな。
 ならば引っかかりを外してやるのも容易いだろうと、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は炊飯器の蓋を開けた。ご飯を一つまみし、口に放り込む。丸呑みして骨を落としてしまおうという作戦だ。
「んぐ。……っ」
 しかし試みは失敗し、痛いだけで終わった。
 ならばとコップに水を注ぎ、一気に飲んだ。一杯だけじゃない。二杯、三杯とおなかがたぷんたぷんになるまで、飲んだ。
「〜〜っっ」
 けれどこれも痛いだけだった。しばらく悶絶。
 ――ま、まだまだっ……!
 アキラはガムに手を伸ばす。数回噛んで、そして飲み込む。
「だめ、か……。……痛い……」
 ガムも効果はなく、万策尽きた。
 喉はズキズキ痛むばかり。これではご飯が美味しく食べられない。それは避けたい。
 最終手段として、病院で取ってもらうという方法があった。けれど、正直そんな理由で病院にいくのは恥ずかしい。
 ――我慢、すれば。
 案外いつの間にか取れているかもしれない。


「そう思っていた時期もありました」
 数日後、結局アキラは病院を訪れることになった。
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)には「よく噛んで食べぬからじゃ、たわけ」と呆れたように言われてしまうし、受付のお姉さんには生ぬるい目で見られた(気がする。気のせいかもしれないが)。
「ところでセンセー」
 しかし今のアキラにはそれより気になることがあった。
「はぁ〜い、なんですか〜?」
 この、目の前でにこにこ笑っている、頭のネジが足りてなさそうなゆるゆる女医。
 前に見たことがある、気がするのだ。肛門科で。
「センセーは双子とか三つ子とかですか」
「一人っ子よ〜」
「センセー、前に肛門科に居ませんでしたか」
「気のせいよ〜」
 何がどう気のせいなのかわからないし、気のせいにも見えない。
 ツッコもうと口を開きかけた時、
「それで〜、今日はどうしたの〜?」
 あの、ゆる〜い口調で診察を始められてしまった。話の流れをブツ切ってまでするツッコミでもないなとアキラは状況を簡潔に説明する。
「魚の骨がねぇ〜。よく噛んで食べないからよ〜?」
「それはうちの相方にも言われました……」
 よもやこの女医にも言われるとは。ルシェイメアに言われた時より、ずっとダメージが大きい。
「じゃ。とりあえず〜お口を大きく開けてね〜?」
「んがー」
 女医が、鏡のついた棒みたいなモノや、ピンセットなどを口の中に突っ込みアキラの口を覗き込む。
 顎が疲れてきた頃、
「あれ〜? ないわ〜」
「いや、ありますって。ここ、ここら辺。ここら辺に刺さってるはずなんです」
 自ら指さして場所を指定すると、
「あ、あったわ〜」
 ――……大丈夫か、このセンセー。
 そう思わずにはいられない。
 けれど見つけてからは早かった。ちょちょいっと手を器用に動かして、喉に刺さった骨をピンセットでつまんで取り除く。
「はぁ〜い、取れたわ〜。おっきぃ骨ね〜」
 言われて見た骨は予想していたものよりも大きくて、思わず「うお」と声を上げてしまった。
「こんなにデカイ骨が……そらぁいてーわけだ」
「これじゃ噛んでも噛み切れないわね〜」
 女医が相変わらず的の外れたゆるいことを言って笑う。はは、とアキラも空笑い。
「お薬は〜出さなくても大丈夫かしら〜?」
「うぃ、十分です。センセー、どーもありがとーございました」
「は〜いお大事に〜」
 礼をして診察室を出ると、長椅子に座って待っていたルシェイメアがアキラの隣に立った。
「無事取れたのか?」
「すっげーデカイ骨だった」
「デカイ骨なら最初から取り除いておくべきじゃ。あとよく噛め」
 至極もっともなお説教を受けつつ、治療費を払うために受付へ。
 が、そこで見た治療費の額が。
「え、こんなにかかるの!?」
「緊急外来でしたので……」
 予想外に高かった。
 呆然とするアキラに、受付の人が申し訳なさそうに言う。
 ちょっと、というかかなり高い。けれどちゃんと診てもらったし、骨も取ってもらった。おかげで喉は快適だ。アキラは素直に財布を取り出し治療費を支払う。
「うー……喉の痛みはなくなったけれど、今度は懐がいてぇ……」
「大人しく自然にとれるまで待てばよかったじゃろうに。大体魚の骨が喉に刺さったからといって病院に行く奴がどこにおるというのじゃ」
 しょぼくれるアキラに、ルシェイメアの追撃。
「だってしょーがねーだろ。痛くてガマン出来なかったんだから。数日経っても取れなかったし……。
 それにこんなデカイ骨が刺さってたんだぜ?」
 口を尖らせると、
「だから。良く噛んで食べぬからじゃ」
 もう何度目かの正論で反論。
 わかっているのだ。わかっているから、言い返せない。
「……決めた。俺ぁもー魚はぜってー食わねぇ」
 アキラにできるのは、そんな誓いを立てることくらいだった。
 その宣誓に、ルシェイメアがひどく呆れた顔をしていたが、知らん振りして帰途に着く。