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リアクション
21.大部屋お見舞い。5
花見の日。
養護施設に遊びに来てもいいと紺侍に言われて以来。
五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、ちょこちょこと遊びに行っていた。
ヴァイオリンを弾いたり、晴れた日は外で遊んだり……と楽しく過ごしていたのだけど。
「紺侍君が入院したって聞いたから、来たよ」
お見舞いにりんごを持って、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)と一緒に。
「そりゃまァわざわざ……なんかすんません」
「花見の時に同じ時間を過ごしただろう? 友の心配をするのは当然だ」
「ってフラメルも言うからさ。うん、元気そうで良かった」
椅子を引いて座り、りんごを剥く。
……剥くのだが。
「紺侍の検査結果も心配だが、終夏のりんごの皮むきも心配なのだが」
どうにも上手く剥けない。
「っつか、手ェ切りそうで危なっかしいっスよ終夏さん」
「いや、その、あの。……あはは」
笑って誤魔化してみた。
終夏は、刃物の扱いが上手ではない。というのも、ヴァイオリンを弾く指を傷つけてはいけないと敬遠していたらどうにも苦手意識が植え付けられていたせいだ。
――でも、剥いてあげたいしなぁ。
頑張るしかないと奮闘していると、
「貸したまえ。持ってきたりんごの半分、私が剥こう」
ニコラが手を差し伸べてくれた。
言葉に甘えてりんごを渡す。するすると一定の幅で、途切れることなく剥けていく皮。うわあ、と思わず声が漏れた。
「……綺麗に剥くなぁ、くそう」
「はっはっは。細かい作業は実験等でよく行っているからな。これくらい朝飯前なのだよ」
ひとつは綺麗に剥いて、またもうひとつはうさぎりんごに。
「何か希望の形はあるかね?」
「ンじゃ龍で」
「ここぞとばかりにハードルを上げてきたな。よかろう、不可能などないことを証明してみせようか」
ニコラが本気モードに入った。器用に手を動かして形作っていく。
難しいことでもあんなに簡単にやってのけるのなら、普通に皮を剥くくらい……と思うのだが、
「……うーん」
そうはいかなかった。手際を真似しようとしたら刃が滑って戦慄。
結論、ゆっくりでいい。から、気を付けて剥こう。
「大丈夫っスか? オレ剥きます?」
「いやいやいや、患者さんにそんなことはさせられないよ。それよりゆっくり休んで早く治してほしいな。入院すると皆が心配するんだよ」
意識を手元に集中させたまま、来るまでに伝えようと思っていたことを言う。
「入院して早く治すのは良いよ。でも、何度も入院するようなことして、養護施設の子供たちを泣かせるようなことしたら、怒るよー」
今日は兄ちゃん来ないんだー、と寂しそうに言った子が居た。
大丈夫かなと不安そうな顔をした子が居た。
「ていうかさ。不本意だよね、それは」
「……っす」
「じゃ、気を付けようね」
「ハイ」
素直に返事があったので、終夏は微笑む。
危ないところに行ったり、危ないことをするのは止めないけれど。
「命は大事にして欲しいな」
紺侍の写真を楽しみにしている人も居るし、子供たちだって悲しむし。
何より。
「友達が……気付いたら居なくなってるっていうのは、堪えるしさ」
「アレっスかね。僕は死にません的なことした方がいいスか? トラックの前に立ちはだかる感じで」
「ねえねえ。命を大事にして欲しいって言ったばかりなんだけどな、私。そんな紺侍君にこの言葉を贈ろうか」
ようやく剥き終わったりんごを紺侍に渡す。
「って。悪戦苦闘してると思えば」
紺侍が笑った。りんごに、『アンゼンダイイチ』と彫ってあったからだ。
「まだあるよ!」
ほら、と見せたのは『ブジデナニヨリ』と『シャシンステキ』の字が彫られたりんご。
「がんばったんだからねー。さあどうぞ召し上がれ」
「どもっス。いただきます」
しゃく、とりんごを齧る音が一旦止まる頃に。
「出来たぞ」
ニコラの、満足気な声が聞こえてきた。
差し出したのは、龍の形に彫られたりんご。
「……えっちょ、マジっスか」
「フラメル……きみ、どこまで器用なの」
「朝飯前……とまでは行かないが、それほど難しいことでもあるまい。なかなか楽しかったよ、はっはっは」
そしてすがすがしく笑うニコラを見て、終夏は紺侍と顔を見合わせる。それから同時に、
「これは食べられないね」
「なんかもったいないっスからね」
龍りんごを見て、頭を悩ませるのだった。
*...***...*
この時期になると、いつも具合が悪くなる。
だから、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は憂鬱だった。病院だって、本当はあまり好きじゃない。から、わかっていても来たくはなかった。
――けど、郁が心配してるしな……。
貴瀬が体調を崩し、あまり食事を摂れなくなって。
柚木 郁(ゆのき・いく)に心配され、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)にもバレて、結果病院に連れてこられる形になった。
「逃げるなよ?」
はぁ、と息を吐いたからだろうか。瀬伊から念押しされた。苦笑する。
「逃げないよ、これ以上郁に心配かけられないし」
第一、こうして二人と手を繋いだ状態でどうやって逃げろというのか。
「柚木さん、診察室へどうぞ」
「行ってくる」
呼ばれたので、診察室に入り。
いくつかの問診を、受ける。
「あれ?」
貴瀬が診察室に入ってすぐ、郁は見覚えのある背姿を見付けた。
「クロエちゃん?」
「いくおにぃちゃん」
呼ぶと、立ち止まって振り返った。
「やっぱりクロエちゃんだった」
「どうしたの? いくおにぃちゃん、ぐあいわるいの?」
「それはこっちのせりふだよー。クロエちゃんも、たいちょうよくないの?」
心配して問うと、クロエはふるふると頭を振った。
「リンスと、こんじおにぃちゃんがにゅういんしてるの。ふたりはへいきそうだから、わたしはほかのひとのおみまいよ」
「そっかぁ……」
「何。紡界が入院?」
会話が聞こえたらしく、瀬伊が呟く。
「もっと早くわかれば、餌にして釣ったんだがな……」
それが何を意味するのか、郁にはわからない。ひとがえさになるなんてどういうことだろう、と首を傾げるくらいだ。クロエも同じように首を傾げていた。
診察を終えた貴瀬が待合室に戻ると、
「紡界が入院しているそうだ」
「おみまい、いこうっ?」
瀬伊と郁に言われて目を丸くした。
「一体何が?」
「しらない。クロエちゃんはへいきそうだっていってたけど……」
「病室は聞いてある。心配なら行くぞ」
先導される形で病室へ。
ノックしてドアを開けた。部屋を見渡す。居た。
「紺侍。大丈夫なの?」
近付いて、ぺたぺたと頬や肩に触れる。頭に包帯が巻かれているが、頭の場合は触らないほうが良いのだろうか。
「大丈夫っスよ。検査入院なだけっスから」
だから落ち着いて、と苦笑された。うん、と頷きベッド脇の椅子に座る。
「それよか貴瀬さん、手ェ熱いんスけど」
「え……?」
指摘されて、自らの手を見た。わからない。
「体調悪いんスか?」
「んー」
入院患者に心配をかけるのも嫌なので、困ったような微笑を浮かべて、
「この時期はいつもこんな感じなんだよね。慣れてるから大丈夫」
言葉を選んで答える。
瀬伊が、「わかっているならあらかじめ医者にかかっておけば良いものを」と聞こえるように言っていた。来年はそうしようか。心配させてしまうのは嫌だから。
額に手が伸ばされた。ひんやりしている。
「あっちィ。こんなに熱あるなら寝てなきゃダメっしょ、もう」
「うーん……」
「何スか?」
「紺侍の手、冷たくて気持ちいい……」
「イヤイヤイヤ。オレね、子供体温なんスけどね? 平熱36度5分っスよ? マジで早く休んでくださいえェ一刻も早く」
「あはは。ところで紺侍はどうして入院したの?」
「話し逸らしやがった……。オレはバイト中にコケて頭打って。場所が場所なンで検査目的に」
だから包帯が巻いてあったのか。
「ほう。少しは賢くなったのか?」
ぽん、と紺侍の頭を軽く叩く瀬伊を見た。紺侍が苦笑するように笑う。
「馬鹿は死ななきゃ治らねェそうっスよ」
「それもそうだな」
「本当に大丈夫? 記憶が飛んでたり、気持ち悪さとかない?」
軽口を叩く紺侍に尋ねた。「大丈夫っス」とへらり笑って紺侍は言うが、本当にそうなのか。
「……紺侍って、大丈夫じゃなくても大丈夫って言いそうだから……心配だよ」
具合が悪くても言わなそうだし。
「イエイエ。本当に大丈夫っス」
やんわり言われたら、それ以上も言うまい。本当に大丈夫であってほしい、と貴瀬は微笑む。
「それじゃ俺は帰るよ。元気だって言うしね」
立ち上がろうとして、
「わ……っ」
眩暈がした。ベッドに倒れ込む。
「……ごめん」
「てェか貴瀬さんこそ大丈夫じゃねェし」
「ほっとして気が抜けただけだよ」
「はいはい。瀬伊さーん、無事に連れ帰って下さいね」
「骨が折れるな」
ベッドから身体を起こすのを手伝ってもらい、今度こそ立ち上がる。
「じゃあ、また」
「ちゃんと薬飲んでくださいね」
「……薬?」
薬は、苦手だ。
「……苦いから、飲みたくないな」
瀬伊が何か言いたげな視線を向けてくるが気付かないふり。
「ンな子供じゃあるめェし」
「転んで入院してるどじっこさんに言われたくないな」
「ま、そっスね。お互い様だ」
ふと、思いついた。
「ご褒美」
「は?」
「ご褒美あったら、飲めなくもないけれど」
じっと見詰めて言ってみる。
我ながら子供じみているとは思ったが、だって思いついてしまったのだからしょうがない。
「ちゃんと飲んだら、ご褒美くれる?」
「オレに可能なものでしたら、どォぞ」
「じゃ、飲む。頑張るね」
ふわり、微笑んで。
瀬伊と郁に支えてもらいながら、帰途に着いた。