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23.お見舞いと、外来と。 Verシリアス 2


 最近、はぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)――通称カグラの様子がおかしい。
 記憶を取り戻したと言っていたのだが、嬉しそうではなく。
 食事もほとんど摂らず、ボーッとしてばかり。
 少し前まで元気だったのに、その元気はどこへやら。
 人間だったらすぐにでも病院に連れて行くべきなのかもしれないが、カグラは魔導書である。どう対応するのが最善なのか迷っているうちに、ついに起きなくなってしまって。
 さすがにこれは危険だと、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)サラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)と共にカグラを病院へ運んだ。


 病室。
「彼女の本体である魔導書が影響していますね」
 カグラが寝ているベッドの脇で、雲雀はサラマンディアと一緒に医師の説明を受けた。
「魔導書が影響……?」
「何か問題が起こっていませんか?」
 言われて真っ先に思い出したのは、カグラが記憶を取り戻したと言っていたこと。
 本体を見ると、前より分厚くなっていた。
「我々に出来ることはありません。経過観察するしか――」
「経過観察だぁ!?」
 医師の言葉を受け、雲雀は思わず声を荒げて立ち上がる。
「こっちはカグラが良くなる方法知りたくて来てんだよ!」
 医師の襟首を掴み上げ、怒鳴りつける。
「どーにかなん――」
「そんくらいにしとけや」
「……サラマンディア」
 止められた。手を離す。
「そいつシメたら色々ややこしくなんだろが」
「……そうかもしれねーけど」
「こっちから立場悪くしてどうするよ。悪かったな」
 諭されて、頭が冷えた。ため息を吐いて医者を病室から追い出し、再び椅子に座る。
「…………」
「…………」
 雲雀とサラマンディアの間に会話はなく、時計の針が時間を刻む音だけが響く。
 どれほどの時間が経っただろう。
「本体の魔導書……な」
 不意に、サラマンディアが放った言葉に雲雀は視線を向ける。
「貸してくれねえか」
「は?」
「どうせてめえは読めねえだろ」
「うっせーな、どーせほとんど読めねーよ」
 悪態を吐きながらカグラの本体を渡した。サラマンディアになら、カグラも許すだろうと思って。
 ぺらり、ぺらり、ページを手繰る音が秒針の音に混じって響く。
「…………」
「どうなんだよ」
「相変わらずほとんど白紙だな……だが」
 つつ、とサラマンディアの指が書いてある文字をなぞった。
「【……贄の血…………黄金の雷…………降る…………深紅……瞳…………闇…………】」
 そのまま読み上げる。
 ――にえ、って生贄か? 血?
 眉根を寄せて、文字を追う。
「……胡散くせえ文字しか並んでねえな」
「てーか。黄金の雷に、深紅の瞳って……カグラのことか? もしかして」
「さあな……」
「贄の血とか闇とか一体何――」
 不意に。
 カグラの声が聞こえた気がして、雲雀は言葉を切った。
「……カグラ?」
「……へんかったんね……」
「目覚めたのか? おい、大丈夫かよ! 何て?」
 起き上がらないで、虚ろな目をしてぼそぼそと呟くカグラの口元に耳を近付ける。
 聞き取れた言葉は、
「オレ、死ねへんかったんね……」
「お前……! 死にたかったのかよ!? 何でそんな……!」
 肩を掴んだ。抱き起こす。力の入っていない身体は、華奢なカグラのものでも重く感じた。
 ――だから食事も摂らなかったのか? じっとしていたのか? 一人で抱え込んで?
「どうしたよ。俺らに話していいことなら話してみろ。つうか話せ」
「……やぁなゆめ、ときどきみるんよ」
 サラマンディアの言葉に後押しされて、カグラがぽつり、ぽつりと言葉を零す。
「……オレが、みーんな壊してしまう、ゆめ」
「壊すって……」
「まわり、まっかで、いろいろちぎれてて…………そんなかで、笑っとるんよ」
 サラマンディアと顔を見合わせた。
 ――『周りが真っ赤』で『色々ちぎれて』って……。
 カグラの本体の内容にも似たような記述があったことを思い出す。
「……あたしらを殺して、その中でカグラが笑ってるってことか?」
 こくり、と首が縦に振られた。息を呑む。カグラが、ぎゅっと頭を抱えた。小さく身体が震えている。
「オレが、笑っとるんよ! ヒバリもディアも、みんな壊して! 楽しそうに笑っとるんよっ!!」
「…………」
 叫びに、何も言えないでいると、
「あれ、ただの夢やない」
 一転して落ち着いた声で、カグラは言う。
「やって、あの景色何となく知っとった……」
「? どういう……」
「オレ……あれが、オレの忘れとった記憶なんやったらって……思うて……あれが、魔導書『不滅の雷』の内容なんやったら……」
 カグラが、ゆっくりと顔を上げた。
 今にも泣きそうな、不安そうな目。
「……ヒバリら壊してまう前に、自分から壊れた方が……て……っ」
 ――カグラはきっと、恐れているんだ。
 懼れている。
 何に? 自分に? 相手を傷つけることに?
「オレ、壊したないよ……」
 ――でも、だとしても、言うな。
 そう思った。
「せやから、もしもの時は……」
 けれど発せられかけた、言葉。
 全て言い切る前に、ぱん、と乾いた音が響いた。
「……え、」
「なっ、」
 サラマンディアが、カグラの頬を張った音だった。
 カグラには甘いと思っていたのに、思い切り頬を引っぱたいた。そのことに雲雀が驚きを隠せないでいると、
「もしもの時はなんだ、あ?」
 低い声で、サラマンディアがカグラに問うた。
「いいかカグラ! 壊す前に自分から壊れるとかふざけてんじゃねえぞ!!」
「だって……っ! オレ、他に方法思いつかないんよ……! それしか、思いつかないんよ!」
「簡単だろうが。壊したくねえなら、夢ん中で笑ってる奴をぶっ倒せるくらいお前が強くなりゃいい。……一人で弱気になってんじゃねえよ、馬鹿」
 サラマンディアの言葉に、カグラが再び俯いた。
「……ディアは、強いからそんなこと言えるんよ……」
 雨の日に、捨てられた子猫が鳴くような、ただただだ弱々しい声で、カグラが呟いた。


*...***...*


 日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が倒れ、救急車で運ばれたとあり。
「ふっふふ〜ん♪ どれにしようかな〜♪」
 響 未来(ひびき・みらい)は、フィルの店に立ち寄って見舞い品のケーキを見繕っていた。
「どれもこれも美味しそうよね〜。これも、これも。どれがいいかしら。ねえ、どう思う?」
 くるり、振り返って著者不明 パラミタのなぞなぞ本(ちょしゃふめい・ぱらみたのなぞなぞぼん)――通称Qに問いかける。
 問われたQは、あからさまに息を吐き、
「まったく……ユーはなぜそんなに悠長にしていられるのデース?」
 わけがわからない、とばかりに言ってのけた。
「きゃ♪ このケーキ可愛い♪」
「聞きなサーイ」
「えーだって。見てごらんなさいよ、芸術品と言っても過言じゃないわよ?」
 ほらこれ、と未来は気に入ったケーキをQに見せてみる。Qがやれやれと首をすくめた。ケーキに興味はないらしい。
「本当にユーは悠長デース。オロバスであるというなら、あのアホ面にアドバイスのひとつでもしてやればいいのデース」
「マスターならきっと大丈夫」
「根拠レスなのデース」
「私を誰だと思ってるの? ソロモン72柱のオロバスよ?」
「だからこそアドバイスをすればいいのデース」
「オロバスが、それは必要ないと思っているの。それよりどのケーキを買っていけば千尋ちゃんが一番喜ぶかの方が難題よ。Qも一緒に選んでくれない? 貴方が一緒に選んでくれたとあれば、千尋ちゃんも喜ぶでしょうし♪」
「ム……千尋様が元気になるというなら、ケーキに疎い我も協力するのデース」
 Qを上手く乗せて、一緒にケーキを選ぶ。
 結局どれが良いか絞りきれず、数種類買うことにして。
「今頃兄妹水入らずかしら。邪魔にならないタイミングだといいんだけどね」
 のんびりと、二人は病院へ向かう。


 ――俺は、何しとんねん。
 病室にて。
 日下部 社(くさかべ・やしろ)はベッド脇に椅子を引いて座り、頭を抱えるようにして座っていた。
 ――妹がこんなになるまで気付かへんとは……。
 最近、忙しかった。危険な仕事が多かった。だから、その際千尋は置いていった。怪我をさせたくなかったから。
 だけど、そのせいで変異に気付けなかったのだと思うと、どうしても自分を責めてしまう。
 ――こんなんじゃ、兄失格やな……。
 未だに眠り続ける千尋を見た。少し苦しそうな顔をしているので頬を撫でた。触った感じ、熱はない。
 倒れた原因は不明だった。
 肉体に異常なし。心因性かもしれない。が、それには本人の意識が戻らないと判断は下せない。
 ――俺に出来ることは、ただこうしてお前の傍に居てやることくらいしかないんかな……。
 他に出来ることはないのだろうか。ない、のかもしれない。無力だ。大切な妹が苦しんでいるのに。
 ふっと、千尋が目を開いた。
「ちー? ちー、起きたんか? 大丈夫か? 兄ちゃんがわかるか!?」
 思わず椅子から立ち上がり、千尋の顔を覗き込む。千尋の瞳に、安心と不安の入り混じった自分の表情が見えた。
「やー兄……」
「おう! そうやで、兄ちゃんやで! どっか痛ないか?」
「ちーちゃんね……怖い夢見たの……」
 千尋が、消え入りそうな声でぽつりぽつりと話し出す。
「夢の中のちーちゃんは、あんまりお外で遊ばなくて、お友達も少ないんだ。やー兄にいっぱいお話したいこともあるのにね。勇気が出なくてお話できないの……」
「…………」
 これは、なんの話だろうか。
 夢の話。そうなのだろうけど。
 口を挟むことは出来ず、社はただ黙って話を聞く。
「でもね、やー兄はそんなちーちゃんにいーっぱい楽しいお話を聞かせてくれるんだよ! ちーちゃん、それだけで元気が出てね。頑張ろうって気持ちになるんだ」
 その時の気持ちを思い出しているのだろう、嬉しそうに笑って千尋が言った。その表情が、唐突に曇る。
「でもね? やー兄が段々遠くに行っちゃうの。なんでかな。ちーちゃんのこと、嫌いになっちゃったのかな?
 …………あれ? ここ、どこ?」
 話し終えて、千尋が病室をきょろきょろと見回した。記憶が混濁しているようだった。
「やー兄、どうしてそんなに悲しいお顔してるの……?」
「ちー。大丈夫や。兄ちゃん、ずっと傍に居るからな」
「……?」
 優しく頭を撫でると、千尋がきょとんとした顔をする。それから、また、表情が曇った。
「? どないした?」
「……あのね。えっとね。……ちーちゃん、やー兄に隠してたことがあるの」
「隠し事?」
「うん。ばれちゃったらやー兄が離れていっちゃう気がして怖かったんだけど……でも、隠したままじゃ、夢の中と同じになっちゃう気がしたの。聞いてくれる……?」
「もちろんや」
 頷くと、千尋が上半身をベッドから起こす。それから、いつもかぶっている帽子に伸びた。
 そっと外された帽子。
 そこから覗いたのは、千尋の親指くらいの大きさの小さくて可愛い角。
 千尋の角を見た社は、黙ったまま千尋の頭に手のひらを置いた。
「……やー兄?」
 不安そうな千尋の声に、ニッと笑う。
「よく話してくれたな♪」
「……怒らない?」
「怒らんわ。ちーが正直ーに言ってくれたこと、嬉しいねんで? ……ホンマ、話してくれてありがとな♪」
 初めて、帽子越しではなく頭を撫でて。
 髪の毛の柔らかさや、たまに当たる角の硬さ。いつもと違った感触に、また笑った。
「やー兄、これからもやー兄と一緒だよ♪」
「おう♪ ちーが嫌や言うても離さんからなー♪」


 病室の外で。
 未来とQとクロエは、その様子を見ていた。
「なかよしこよしなのね」
「ねー♪ 仲睦まじいわ、ホント♪」
「ふん。アホ面もなかなか良い仕事をしましタ。評価してあげマース」
 もう少ししたら、みんなでお見舞いに行こう。
 元気そうで良かったと、心から祝福しよう。
 それから、前と変わらぬ態度で接しようと、決めていた。