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24.大部屋お見舞い。6


 紺侍が入院したと聞いたので、瀬島 壮太(せじま・そうた)ミミ・マリー(みみ・まりー)と共に聖アトラーテ病院を訪れたのだが。
「居ねえし」
 病室に紺侍の姿はなかった。
「でも、リンスさんは居るよ。壮太の言ったとおりだね」
 壮太の横から顔を覗かせたミミが病室を見て呟いた。
「よう」
「や」
 病室に入り、短く挨拶をして。
「これ見舞い。ミミと一緒に食え」
 持ってきたさくらんぼを手渡す。
「ありがと。紡界なら今検査に行ってるよ。もうすぐ戻ってくるんじゃないかな」
「サンキュ」
「こちらこそ」
 やはり短いやり取りをして、壮太は紺侍のベッドに向かった。パイプ椅子を引いて座る。
 聞こえてくるミミとリンスの会話に耳を向けつつ、壮太は持ってきた雑誌を呼んで待つことにした。


「病院に来る前に工房に寄ったんだ」
 けれど、誰も居なかった。
「僕は出かけてるのかな? って思ったんだけど、壮太はたぶん入院してるって言ったんだよ」
 そして、本当に入院していた。
「何でわかったんだろうね」
 そういえば、リンスも壮太が紺侍の見舞いに来たことをわかっていたっけ。
 ――仲が良ければ言わなくてもわかるのかなぁ?
 疑問に思って、さくらんぼを食むリンスを見る。
「瀬島は相手のことをよく見てるんだよ」
「見てるからわかったの?」
「きっとね」
 というのであらば、
「リンスさんも壮太のこと見てるんだね」
 にこりと笑って言ってみた。
「……そうなの?」
 数秒黙った後、リンスが問い返してきたのでミミも首を傾げる。
「違うの?」
「んー。……そうかも?」
 お互いに首を傾げる結果になった。
「あ、そうだ」
 首を元の角度に戻して、鞄の中から小さな包みを取り出す。
「はい、どうぞ」
「?」
 そしてリンスに手渡した。包みの中に入っているのは、花の刺繍が入ったアイマスクである。
「人形作りって、手もそうだけど結構目を使うお仕事だと思うから。疲れたら、無理せずこれで休んでね。カモミールの香りもするから、リラックス効果もあると思うよ」
 言いながら、壮太の方を見た。雑誌に集中しているようだった。
 ミミはそっとリンスに顔を近付けて、
「これね、壮太が選んだんだよ」
 こっそりと伝える。
「だと思った」
「え?」
「だってこっち来ないから」
 そうなの? とさっきリンスがしたように、ミミは首を傾げる。
 うん、と頷いてくすくす笑うリンスを見て、ミミも少し笑った。


 足音に顔を上げた。
「ちわ」
 と、病院着姿の紺侍が立っていた。よう、と挨拶に返事して椅子をずらして道を開ける。
「見舞いっスか?」
「おまえのな」
「え、マジで?」
「これ見舞い品と暇つぶし用の雑誌」
 紺侍がベッドに戻ったのを見届けてから、サイドテーブルにさくらんぼと雑誌を置く。
「入院長引きそうなら着替えとか必需品持ってきてやろうか?」
 ――ていうかこういうこと頼めるパートナーとかいねえの?
 あわせて聞こうとしたのだけれど、先にやんわりと微笑まれてしまった。これでは聞きづらい。
「たぶん明日退院できるンで。大丈夫っスよ」
 大丈夫だと言うならなおさら突っ込んで聞くのもどうかと思うし。
「それよかバイトは?」
 別の話題を振られるし。
「おまえのシフトならオレが代わりに入るから心配すんな」
「うわ、さーせん」
「大丈夫だからおまえは無理すんなよ」
 でも心配なのも本心なので、念を押すように言っておく。
「丈夫なのが取り柄っスから。滅多なことはありませんって」
「入院してるくせに」
「これは不可抗力とゆーか」
「つーか何こけてんだよおまえ。デートのことでも思い出したかよ?」
 あの日、妙に紺侍が挙動不審だったから。
 思い出してぷっと笑うと、「あー」と紺侍が頭を抱えた。紺侍も思い出しているらしい。
 その、頭を抱える手に指輪が嵌っていることに気付いて、
「あ」
 思わず声を出した。警戒するように紺侍が身構える。
「今度はなんスか」
「いや、ちゃんとつけてんだなって」
 指輪、と薬指をさしてみせた。
「そりゃまァ。つけるでしょ」
 返答に、そうかと笑う。
「……てェか嬉しそうっスね壮太さん」
「満足だからな。紡界は満足したかよ? デートの時」
 男同士でデートするなんて初めてだったから、ちゃんと出来たかわからないし。
 もしかしてあの挙動不審は、何か自分が変なことをしたからかもしれない、と思わなくもないし。
「ずるい人だなァと」
「はあ?」
「イーエ、なんも。楽しかったっスよ、デート。またしましょうね」
 ずるいって何だよ、と問い詰める前にさくらんぼを口に含まれてしまった。答えるつもりはないとのことだろう。いつも通りの飄々とした様子に息を吐く。挙動不審の方がまだ可愛げがある。
「ま、いいや。さっさと治せよ」
「オレほんっとなんともないんスけどね。さくらんぼのヘタも結べるし」
「関係ねえよ。退院したら快気祝いすっから早く治せ。んじゃな」
「マジすか。治しますすぐに。悪いとこねェけど」
 話に飛びついてきた紺侍に手を振り、ミミが見舞っているリンスのベッドへ向かう。
「帰るぞ」
「はーい」
 声をかけ、ミミが支度をする間にリンスを見。
「おまえはいちいち見舞いに来るの面倒くせーから。さっさと女でも作って身の回りの世話してもらえよ」
 ぶっきらぼうに言葉を投げる。
 とはいえ、それだけではあんまりなので、
「……早く治せよ」
 とも言っておく。
 うん、と素直に頷いたのは、たぶん後者の言葉にのみ。前者の意味はわかっているのか。いなさそうだ。
「お待たせ、壮太」
 ミミの支度が終わり、今度は工房で、と手を振る時。
「あ、そうだ。瀬島」
 思い出したようにリンスが壮太に声をかけた。
「何だよ」
「アイマスク、ありがとう」
 ぴたり、足を止めた。
「ミミぃ……!」
「だっ、だってぇ!」
 顔が赤くなるのを自覚して(そしてそれが余計に恥ずかしいので)、大股で病室を出て行く。
 背後から、壮太さんかわいー、と紺侍が茶化す声が聞こえた。
 ――次会ったら絶対殴る。
 ひっそりと誓って、今日はさよなら。


*...***...*



 産婦人科の検診が終わった。
 診察の結果を聞いて、鬼崎 朔(きざき・さく)は静かに立ち上がる。
「……お大事に」
 医師の労わる声に、足を止めた。けれど振り返らない。
 一言も発することなく、診察室を出て行った。
「…………」
 待合室の椅子に座って、ぼんやり考える。医者の言葉が端的に蘇り、連鎖して様々な人の顔が浮かんでは消えた。その中に、リンスの顔があった。
 ――そういえば……今、入院してるって聞いたっけ……?
 お見舞いに行こうかな、と思った。
 行って、聞きたいことがある。
「朔様っ」
 ふらりと椅子から立ち上がった朔に、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が駆け寄った。
「大丈夫でありますか? 顔色が悪いであります。それにいつもの元気がないでありますよ」
「ごめん……大丈夫だ」
「でも、」
「それよりさ。私の友達が入院しているんだ。お見舞いに行かないか?」
「はい! 朔様の友達ならスカサハの友達! お見舞いに行くであります!」
 スカサハは食い下がったが、話を逸らしてやると上手く乗ってくれて。
 あれ以上突っ込んで聞かれなかったことに内心で安堵しつつ、花束を買ってリンスの病室へ向かった。


「初めましてであります!」
 びしり、直立不動の体勢でスカサハは敬礼した。
「スカサハであります! こっちはクランなのであります!」
 自己紹介の後に、機晶犬のクランを手のひらで示す。
「皆さん、お友達になりましょうなのであります!」
 それから笑顔を向けた。
 スカサハの笑顔に真っ先に反応したのがクロエだった。
「はじめまして、スカサハおねぇちゃん! わたし、クロエよ!」
「クロエ様! 初めましてなのであります! クロエ様は同じ機晶姫でありますか?」
「ううん、わたしゆるぞくなの。ちがうしゅぞくだけど、なかよくしてね?」
「もちろんでありますよ! 種族の違いなんて関係ないのであります!」
 手を取り合って、スカサハは笑う。
「あ。ゆびわ?」
 と、クロエがスカサハの指に嵌っている指輪に気付いた。きらきら輝く綺麗な指輪。なんとなく、スカサハは誇らしげな気持ちになって胸を張る。
「これは大好きなお友達に買ってもらったものであります!」
「そうなの? とってもすてきね!」
「はい! とっても素敵な方なのであります! なでなでしてくれると、すごく気持ちいのであります!」
「きもちい?」
「はいっ」
 それに、思い出すだけで心がほんわり温かくなるのだ。
「どんなひとなの?」
 どんな人。
 問われて、考えた。
「……スカサハも良くわからないでありますが……あの方は、どこか寂しそうで……でも優しい方で……」
 ――まるで、記憶にあるご主人様のような。
 思い至ってはっとした。
 ――……これが、恋……なのでありますか?
 わからない。
 わからないけど、どきどきと心臓が跳ねた。


 そんな二人のやり取りを、朔とリンスは見守っていた。
「元気な子だね。パートナー?」
「うん。あの子は前の人形騒動の時の子?」
「器は違うけどね。中身は同じ」
「そっか。……可愛いね」
 スカサハと一緒に笑うクロエを見て、朔は素直な感想を述べた。
 変わった、と思う。
 リンスが。リンスの周りが。
 それはたぶん、良い変化だったのだろう。だってあれほど無表情だった友人が、今は優しく笑ってる。
「ところでさ、リンスさん。あなたが『人形を作る時』の気持ちってどんな感じ?」
「人形を作る時?」
 朔の問いに、リンスがおうむ返しに尋ねる。
「そう。何かを産みだす時の気持ちって、どんな感じなのかなって……」
 頷いて、補足して。
 答えを待った。
「……やっぱり、嬉しいかな」
 ――ああ。
 ――そうか、やっぱり、嬉しいものなんだ。
「望まれて産みだした子だからね。これから幸せになって――鬼崎?」
 がたん、と硬い音が響く。無意識に座っていたパイプ椅子から立ち上がっていた。リンスだけからではなく、スカサハやクロエからも視線を受けて朔は慌てて作り笑いを浮かべる。
「……ごめん。変なこと聞いたね」
 取り繕うように言って、
「そろそろ行くよ。またね、お大事に」
 病室を出た。
「朔様っ!」
 追いかけてきたスカサハに明細書と財布を押し付ける。
「会計。しておいてくれ」
「朔様っ? スカサハ、お会計の仕方とかわからないでありますよっ?」
 戸惑う声を無視して歩いた。スカサハは会計に向かったようで、共に歩く音は聞こえない。
 心配するスカサハには申し訳ないが、今は一人で居たかった。
 病院から出て、敷地内の人気のないところまで歩いて。
「…………」
 壁にもたれかかり、禁煙を破って煙草を吸った。懐かしい苦い煙の味が、口に、肺にと広がっていく。
「……ははっ……」
 空笑いが漏れた。
 声も、顔も、笑っていないけれど。
「堪えるな、これは……」
 先ほど、自身に下された診断結果を思い出す。
 幼少期に鏖殺寺院に受けた性的暴行。
 及び、脱走後に身を寄せたスラム街での劣悪な環境による長期のストレスが女性ホルモン分泌不調を引き起こし。
 かつ、それらを原因として抗精子抗体を持つ体質になってしまっていて。
 不妊症。
 そう、告げられた。
「なんで聞きに行っちゃったかなぁ……」
 産みだす時の気持ちなんて。
 幸せなんて。
「……はは……っ」
 だん、と壁を殴った。皮膚が裂けて血が流れる。
 ――家族を……故郷を……私の『女』を奪ったあいつらに復習を、と意気込んで……命を奪ってきた報いがこれか……。
 所詮は。
 所詮は、修羅の道を歩むしかないということか。
 一度歩き始めたら、もう引き返させないとでも言うつもりか。
「……嫌だ」
 だん、と鈍い音が再び響く。
 目から涙が溢れた。
「嫌だ嫌だ嫌だ!」
 叫ぶ。
 声に出すだけじゃどうにもならない気持ちを、壁にぶつけて。傷つけて。
 嫌だと叫ぶ。
「こらこら」
 その手を、アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)が優しく包んだ。
「何してるのよ。そんなことしなさんな」
「っ、アテフェフ……」
「どうしたの。話くらいなら聞いてあげるわよ? あの元気娘も居ないことだし……」
 なだめるように、あやすように言われて。
 我慢の限界だった。アテフェフの胸に顔を埋める。
「折角……好きな人が出来たんだ」
 頭に浮かぶのは、一人の笑顔。
「私を想って、命を掛けたくれた人を見つけたんだ……!
 ……人並の幸せを……手に入れられそうなんだッ!」
 やっと。これから。
 なのに。
「……その人の子供を産めないなんて……そんなの嫌だよ……」
 それに、その事実を知って嫌われてしまったら?
 もし、離れていってしまったら?
 そう思うと、怖くてしょうがない。
「嫌われたくないよ……紗月……」
 朔の声を受け止めながら、アテフェフがそっと背中を撫でてくれる。
「まだ完全に産めないわけではないでしょ?」
「……わからない……」
 途中から、話半分になってしまっていた。あまりのショックで。
 だから詳しく覚えてなかった。覚えていられなかった、と言ったほうが正しいか。
「元気だしなさいな……タンポポ茶、作ってあげるから。……ね?」
 そうだ。
 このままここで泣いていても、よくなるわけじゃない。
 わかっていても、一人じゃ立ち直れなかった。一人で居たいと自分で願ったのに。だけど、それに気付けた。
「……うん」
 だから素直に頷いた。
 不安なことだらけだけれど、それでも前に進まなければいけないから。