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お見舞いに行こう! さーど。

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19.ヲチャの悲劇とお説教。


 迷産地 ヲチャ(めいさんち・をちゃ)のお茶を飲むと、ヤバい。
 具体的にどうヤバいかというと、極度の腹痛後、吐血するような代物だ。
「もはや生物兵器だよな……」
 そう呼んでも差し支えないだろう。今回被害に遭った月谷 要(つきたに・かなめ)はベッドの上で苦笑する。
 というか、もう一部にはそう呼ばれているのだが……それはそれとして。
 ヲチャのお茶は体内から除去されたと思われるのだが、念のため様子見ということで要は入院生活を送っていた。
「元気そうじゃねーか」
「うん、大丈夫。元気だよ」
 見舞いに来たルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)にそう言われる程度には、無事だし元気だ。まだ腹痛に苛まれてはいるけれど。我慢できないほどではない。
 入院を甘んじて受け入れたのは、最近は色々と勢力的に動いたり無茶もしたから、少し休もうかなと思ったからで。
 ――本当、大丈夫だからさ。
「悠美香ちゃんにも気にしないように伝えてほしいなぁ」
「はぁ? 自分で言えよ」
「だって電話にも出ないし精神感応にも応えてくれなくてさぁ。伝えようがないんだよねぇ」
 ヲチャの恐怖を知っていた要が、今回ヲチャのお茶を飲んだ理由。
 それは、霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)がそうと知らずヲチャを要に渡してしまったからで。
 記憶の最後にある悠美香は、吐血する要を見てパニックに陥っていた。
 もしかしたら、いやたぶんまだ気にしているから、気にしないように伝えたいのに。
 伝えたくても伝える方法は切られていて、だから返事もなくて。
 ――もどかしいなぁ。
 ――……ていうか、悠美香ちゃんもお見舞いに来て欲しかったなぁ。
 もちろん、ルーフェリアが来てくれただけでも十分嬉しかったのだけれど。
「あー。ちょっと飲み物買って来るわ」
「うん。いってらっしゃい」
 病室を出て行くルーフェリアを見送って、要はひとつ息を吐いた。


「悠美香はいつまでそうしてんだよ」
 病室の外、長椅子の上。
 ルーフェリアは、俯く悠美香に声をかけた。
 病院まで一緒に来て、医師から要の症状を聞いて重体でないと知ってほっとしたりしたのに。
「だって、気まずいじゃない」
 目の下に隈を作った悠美香がぽそりと言う。
「気まずい?」
「私のせいだもの……」
「……ったく。要は気にしてねーってよ」
「え、」
「だから見舞い行けよ。お前ら考えすぎなんだよ、空気が重くていけねぇや」
 間に挟まれる身にもなってほしい。
 悠美香の手を引いて立たせ、病室のドアを開けて押し込むように背中を押す。
「ちょ、ちょっと! ルーさん!?」
「悠美香ちゃん?」
「じゃ、オレは今度こそ飲み物買ってくるから。ごゆっくりー」
 悠美香の戸惑いの声も、要のきょとんとした目も無視して。
 ルーフェリアは病室を出て行った。


 なんて言葉をかければいいのだろう。
 ごめんなさい?
 あまり酷くないようで良かった?
 どちらも違う。けれど、そう思っても他に良い言葉も見つからないし、どんな顔をしていればいいのかもわからない。
 お見舞いはルーフェリアに任せて待っていようと思ったのに、連れてこられてしまうし。
 どうしたものかと立ち尽くす。
「悠美香ちゃん、ごめんね」
「……え?」
 すると要に謝られて、顔を上げた。
「心配かけちゃったもんねぇ。隈、出来てる」
 要が、ここ、と自分の目の下を指差す。
「どうして?」
「?」
「どうして怒らないの」
「怒るって」
 ――だって、私のせいなのに。
「んー。ほら、大丈夫だったしねぇ」
 この通り、元気。と両腕をぐるぐる回してみせる。
「そりゃ、今回はそうだけど……」
「それにさ。悠美香ちゃんがお見舞いに来てくれたから」
「……っ」
「それでいいかなぁ」
 ね、と微笑む要を見て。
 ――あなたは、どこまで。
 悠美香も、笑った。


*...***...*


 落ちているものを拾って食べたわけでもないし。
 賞味期限切れのものを食べた記憶もない。
 見知らぬ人からもらったお菓子にも口をつけていないし、ごくごくいつも通りの食事しかしていないのに。
 ――どうして、こんなにお腹が痛いのですか……っ!
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は、謎の腹痛に襲われていた。
 原因究明のために病院へ行ったら、念のために検査をしましょう、入院しましょうということになり。
 再びお世話になりますは聖アトラーテ病院。
「また入院なのですよー……」
 気が重いけれど、この腹痛をどうにかしたいので致し方なく。
 貸してもらった病院着に着替え、お手洗いに行った帰り道のナースステーションで。
「あの病室の患者さん、人形師さんなんだって」
「レイスさんでしょ。前にも入院したわよね」
 看護師さんの話を耳にした。
「師匠が入院してる!?」
 思わず声を上げた。自分の声が腹に響いて「ふぐぅ」と蹲る。痛い。
「な、なら会いに行かずして何が弟子でしょうか……っ!」
 痛いけれど、会いに行かねば。
「挨拶せねば……っ」
「ちょ、ちょっとクインレイナーさん。体調が悪いならベッドに戻らないと!」
「弟子失格なのですよー!」
 看護師さんの制止も振り切って、オルフェリアは病室を手当たり次第に探していく。
 名札がかかっていないか見ればいいのだけれど、今のオルフェリアはリンスに会うという目的しか頭になく、効率の良し悪しを考える余裕なんてなかった。
 と、
「師匠ー!」
 いくつめかの病室で、オルフェリアはリンスを見付けた。
「大丈夫ですか?」
 お腹を押さえながらベッドに近付き尋ねると、
「クインレイナーの方が大丈夫じゃなさそうだけど」
 却って心配させてしまったらしい。
「オルフェはちょっとお腹が大変で……でもでも大丈夫なのですよ」
「……そう?」
「それよりお久しぶりなのですよ! お元気そう……かどうかは置いといて、会えて嬉しいのですー♪」
 パイプ椅子に座り、にこーと微笑んだ。
「少しお話していってもいいですか?」
「どうぞ。でも辛くなったら自分の病室に戻りなよ」
「はいなのです!」
 了解を得て、オルフェリアは最近あった出来事を話し始める。


 一方、オルフェリアの入院を訊いたミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)は。
 ――昨日食べたものを思い出せ。
 病院へ向かう道すがら、考える。
 ――オムライスにコンソメスープ。きゅうりのサラダと食後にヲチャのお茶……。
 普通だ。ごくごく普通だ。どこにも問題点は見当たらない。
 ヲチャのお茶は淹れすぎてしまったため、その後ヲチャと共に悠美香経由で要にも送った。
 ――悠美香様に渡しに行っていた間に、何か悪いものを……?
 ミリオンはそう考えるのだが、実際は疑う余地なくヲチャのお茶が原因である。
 ――まあ、何が原因かはいい。
 そんなことより、
「どうして病室にオルフェリア様がいないのか……」
 せっかく、見舞い品としてヲチャのお茶も淹れてきたというのに。
 ねぇ? とヲチャに問いかける。きしゃー、とヲチャが一声鳴いた。
「ここで待っていてもいいのですが……オルフェリア様が無茶をしていないとも限りませんね……」
 探すために病室を出て、ひとつひとつ病室を訪ねていく。いくつかの病室を過ぎた後、
「…………」
 オルフェリアが、リンスと喋っているのを見付けた。無意識に眉根が寄る。
「オルフェリア様」
 静かに彼女に声をかけ、
「病室に戻りますよ」
 促す。
「い、嫌ですー。オルフェはまだリンス師匠とお話したいのですよ」
「そんな我儘を言うようでは、治るものも治りません。さ、お見舞いの品としてヲチャのお茶も淹れてきました。病室に戻って飲みましょう?」
「それなのですよ!」
 唐突にオルフェリアが声を荒げた。座っていた椅子から立ち上がり、びしりと水筒に指を突きつける。
「ご所望ですか?」
「違うのですー! ヲチャのお茶がオルフェの腹痛の原因なのです!」
 何を言っているのかわからないが。
「……はぅ」
 騒いだせいで、オルフェリアは腹痛に見舞われたようだ。その場に蹲って唸っている。
 ミリオンはオルフェリアをひょいと抱き上げた。
「ミリオン! なにをするですかー!」
「病室に連れ戻します。ゆっくり休んでください」
「嫌です嫌ですー! 病室に戻ったら悪化します! お茶を飲んだら悪化するのですー!」
「何を言っているのか……」
 じたじたと暴れるが、腹痛のせいか力は弱い。抵抗をものともせず、病室を出た。
 お大事に、とあの人形師が声をかけてきたけれど、軽く会釈をするだけにして言葉は交わさなかった。


 余談だが。
 オルフェリアは、その後ミリオンのお見舞いの品(好意100%)を頂く羽目になり、入院期間が数日延びたとか。


*...***...*


 今回も、前にリンスが入院した時も。
 直前にあったイベントごと――たとえば前回ならお月見、今回なら花見――に、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は参加していない。
 それが偶然なのか。それとも必然なのか。
「どっちかな?」
 涼介はリンスに問いかける。
「さあ……偶然?」
 問いの意味がわからないのだろう、ほんの少し困ったような顔をしたリンスが答える。
「私には必然に見えるな」
「どうして?」
「懲りてないってことだよ」
 普段から注意して生活していれば、倒れたりするほど体調が悪化することはないはずだ。
 イベントごとで楽しむのはいい。笑顔になるのはいい。
 だけど、体調管理ができないようではどうなのか。
「君のことを慕ってくれる女の子だって居るだろう?」
 リンスが、何で、と問いたそうな顔をした。けれど言わない。口を挟むべきではないと思っているのだろう。その判断は賢明だ。
「何で知ってるのって顔だね。そりゃ、君のところに行くたびに誰かしら居るからね。察しもするさ」
 涼介が知りうる限り四人か。知らないところでもっと居るかもしれない。
「こんなことを言うのもあれだけど、あの娘たちが涙を流す前に自分の気持ちに正直になった方がいいよ。君にも色々あるのはわかっているし、今すぐにとはいかないんだろうけどさ」
「ちょっと待って。正直って、」
「待たないよ。生憎私は検査があるから」
 だって今回入院したのは、健康診断のためだから。人間ドッグが控えているのだ。
「志を抱くことは大切だよ。でもそれだけではどうしようもない」
「行動も伴わなければ、でしょ」
「わかっているなら話は早いな。
 そうそう、私は今後君に対するお説教の類はあの娘たちに任せるから。今日が最後だ」
「ええ?」
「どうして戸惑うんだい? まさかもっとお説教されたかったのか? そのための入院?」
「そんなわけないでしょ。いろいろ唐突だなって思ってるだけ」
 唐突。そうかもしれない。けれど、身を引くタイミングというものはそんなものである。
 ――君の傍に居すぎたら、君を慕ってくる女の子に申し訳がないしな。
 それを言ったらたぶんリンスは否定するから言わないけれど。
「……っと。そうだった、これを見せなきゃいけなかった」
 うっかり忘れかけていた。
 涼介はおもむろに鞄から一冊のノートを取り出してリンスに渡す。
「何これ」
「レシピノートだよ。君が退院したら、いつものメンバーで快気祝いをしようと思って。料理は私が担当するからこの中から選んでくれ。リンス君が食べたいものを作るからね」
「ん。わかった」
「私の入院期間は明日までだけど、君が退院するまでにもう一回来るから。それまでに決めておいてくれよ」
 言って、病室を出た。
 廊下を歩いているとき、今頃エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)はとある魔法少女喫茶で働いているのだろうなと思いを馳せた。
 ――ちゃんとやっているかな?
 彼女に任せることにした。見守ると決めた。が、それとは別に心配である。兄として。
「っ……くしゅん」
 不意に出たくしゃみに、まさか風邪じゃないだろうなと洟をすすった。
 身体に異変はないから、きっと向こうでエイボンが噂をしているのだろう。
 涼介は小さく微笑んで、窓の外の空を見上げた。


*...***...*


 天津 麻羅(あまつ・まら)がリンスの見舞いに行くと言うから、ではまずフィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)の店でお見舞いの品を買おうと水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は提案した。
 そして、店に着いたのは一時間前。
「……のう緋雨。まだ話は終わらぬのか?」
 ついに麻羅からそう言われてしまったが、残念ながら話の種が尽きないのだ。
「そんなに急がなくてもリンスさんはいなくなったりしないわよ?」
「そういう問題ではない。ほれ、くっちゃべっておらんでさっさと見舞いに行くぞえ!」
 仕方ないわねぇと席を立とうとしても、
「あ、そうだ緋雨ちゃんこの話知ってる?」
「え、何々?」
 フィルから話を振られると、即着席。
「〜〜っ! 置いていくぞ!」
 なにやら麻羅はご立腹のようだ。フィルと二人、きょとんと顔を見合わせる。
「私はもう少しフィルさんと話をしているから。先に行きたいなら、それでも構わないわよ」
 それからさらりと返事をした。
「はい、これがお見舞いの品のお金。こっちはこの前立て替えてもらったお金ね」
「見舞いの品って……ここで買うのではなかったのか?」
「ここのは私が買っていくから。はい、行ってらっしゃい〜」
「厄介払いに成功したような声じゃの……まぁ良い、わしは果物でも買っていくことにする。それではまたな」
 麻羅が店から出て行くのを見送ってから、弾む話の続きを。
 しばらくして話が一度途切れたところで、
「そういえばフィルさんはリンスさんのお見舞いにはもう行ったのかしら?」
 訊いてみた。二人は昔からの顔馴染みだというし。
「もちろん。だってこんな絶好のネタないもんねー♪」
「からかったのね?」
「そりゃぁもう☆」
 この晴れ晴れとした笑顔を見ると、散々弄り倒したのだろう。
「楽しかったのね」
「とっても。緋雨ちゃんも今度やってみたら?」
「うーん……私にはリンスさんの鉄面皮を崩せる弄りを繰り出せる自信がないわね」
 というか、出来る人が居たことに驚いた。
 いつかフィルと一緒に弄りに行ってみようか。フィルが居ればなんとかなるかもしれないし。
 そんなことを考えながら、「そうそう、この間ね――」と緋雨はまた別の話を振った。


 緋雨を置いてやってきたリンスの病室。
「見舞いの品じゃ。それとこの間の代金だ。世話になったの」
 サイドテーブルに果物と封筒を置き、麻羅はパイプ椅子に腰を降ろした。
「まったく……職人たるもの、身体は一番大切にせねばならんというにお主は……」
「ごめんなさい」
「より良い物を作り続けるには体力がなくてはな。身体を大切にできんものは、その道で大成はせぬ……っと」
 リンスが俯いていることに気付いて言葉を止めた。
「……まぁ、好きで壊したわけでもあるまいな。それに今更ゆうても仕方がないことじゃ。まずはさっさと治す。良いな?」
 言い聞かせるように麻羅が言うと、こくりと素直に頷いた。うむ、とこちらも頷く。
「ではりんごを剥いてやろうかの」
 そして言うが早いか、果物ナイフを取り出して。
 りんごをぽんと宙に放った。ナイフを凪ぐ。りんごの落下点に、さっと皿を差し出すと。
「綺麗に剥けました、とな」
「お見事」
 ぱちぱち、拍手された。少し鼻が高い。
「ほれ、あーん」
 フォークを刺して差し出した。リンスが拍手の手を止めて麻羅をじっと見る。
「早く口を開けんか」
「いや。天津、何してるの」
「見ての通り。あーん、じゃ。遠慮はいらんぞ? わしがここまでやるのはホント気まぐれじゃし。病人は甘えておけ」
 ほれほれ、とりんごをくいくい動かすと、リンスが小さく口を開けてりんごを食んだ。なんだか小動物に餌付けをしているような気分になる。
「早く良くなるのじゃぞ」
「ん」
 素直に頷くリンスを見て、麻羅は満足げに笑うのだった。