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お見舞いに行こう! さーど。

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28.退院の日。


 翌日。
 検査結果に異常が無かった紺侍が、「それじゃァお先に」と退院していって。
 さらにまた翌日、リンスは退院の日を迎えた。
 クロエは家で料理を作って待ってるというので、今日ここには居ない。一人黙々と帰宅の支度を進める。
 洗面器やタオル、着替えを鞄に詰めて、あとは出て行くだけ。
 同じ病室の面々に、「じゃあね、お大事に」と告げて、病室を出た。
 見慣れてしまった廊下を歩き、ナースステーションを通り過ぎてエレベーターで一階に降りて。
 受付で会計を済ませて、さあ帰ろうかというところで、
「リンス君」
 ここ数日聞かなかった声を耳にした。きょろ、と見回す。居た。
「マグメル」
 微笑んで手を振っているテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)に手を振り返して、彼女の傍へと歩いていく。


 リンスが一階に降りてくる少し前。
 テスラは目の検診を終えたところだった。
 結果は、思わず嬉しくて泣いてしまうようなもので。
 だけどそれを悟られないよう、いつも通りにサングラスで隠して。
 花束を買って、考え事をして、リンスが降りてくるのを待つ。
 考えるのは、この間会った魔女のこと。正確に言えば、魔女から告げられた言葉のこと。
 声を差し出せば、力をくれると嗤った魔女。
 力があれば、リンスの助けになれるかもしれないという現実。
 けれども、考えて考えて考えた結果、テスラが出した答えは、
 ――私は何一つ捨てることなく、私をリンス君にあげたい。
 待合室の椅子で、改めて答えを反芻する。
 ――……やばい。これってかなり恥ずかしい、かも。
 上手く相手に伝えられるだろうか。
 いつかのように、噛んでしまわないようにしなければ。
 なんて考えていると、待ち人来り。立ち上がる。
「リンス君」
 あなたの名前を呼ぶ。
「マグメル」
 あなたが名前を呼ぶ。
 たったそれだけのことなのに、それが嬉しい。
「一緒に帰りましょう」
 退院祝いの花束を手渡す。
 カンパニュラ、スターチス、フクシア、青いシラーの花束。
「うわ。綺麗」
 花束に喜んでくれたので、テスラも微笑んで手を取った。病院を出る。
 外は快晴。雲ひとつ無い良い天気。
「もう体調は平気なんですか?」
「うん。ちょっと喉がいがいがするけどそれくらい」
「じゃあ帰ったらうがいしないと、ですね。それから退院祝いもしましょう」
「いいよ、そんなの。大したことなかったわけだし」
「あら。リンス君が無事に帰ってきてくれた、それだけで私はとても嬉しいのですけれど。……ダメですか?」
「……別に、無理に止めるつもりはないよ」
「ありがとうございます」
「すきものだね」
「はい」
 他愛のない話をして笑ったり、黙ったまま歩いたり。見かけたお店を指差して、あの小物が可愛いと価値観を共有したり。
 ――ああ、なんだ。
 ――私にも、できることは色々あるじゃないですか。
「ねぇ。もし私が声を失って、リンス君の力を肩代わりできるなんて、どうです?」
「は?」
「例え話なんですけど」
 テスラの質問に、リンスが思案気な顔をした。前を見ないで歩くので、危なっかしくて立ち止まる。
「どう、って言われたら、嫌だけど」
「それでもしてしまったら?」
「怒る」
 返答に、目を丸くした。
 本当に、怒るのだろうか。
 思い返すが、リンスが怒ったところを見たことがない。盗撮騒ぎの時だって、困りはしたし衰弱もしたのに怒りはしなかった。
 だとしたら、怒られるのだったら、それは特別だということで。
 ――どうしよう。嬉しい、かもしれない。
 そう思ってしまうのは、歪んでいるのかしら。
「ちょっ……例え話でしょ? なんで泣くの。ごめん、怒らないよ」
 涙がこぼれていたらしい。慌てて拭う。
「違うんです」
 そう、違う。
 同じ、嬉しくて流れた涙だけど、これは違う。
「怒ってくれて、いいです」
「は? まさかあいつと契約した?」
「してません」
「……あのさ? さっきから話の全貌がつかめないんだけど、俺がばかだから?」
 困ったようなリンスを見て、テスラは笑う。
「説明し切れないです」
「なんだよそれ」
 変なの、と言ってリンスが歩き出した。テスラも一緒に隣を歩く。
 好き。
 心からそう思う。
 伝えきれないほどの、好き。
 ――何回言えば、あなたの心の一番深い場所に届きますか?
 一回? 十回? それとも一万回? 足りずに毎日?
 あなたが望んだだけ言います。
 ――いいえ。
 ――私が、言いたいだけ言います。
 勝手ですか? いつか『聞き飽きた』と呆れますか?
 それでも、言おう。
「リンス君」
「何?」
「好きです」
「前にも聞いた。俺も好きだよ?」
 返答に、かすかな確信。
 ――もしかして、ですけど。
 好き、に続く言葉を言っていないから、その『好き』が何を表しているのか、気付いていない?
 でもそうだ。そうなのだ。テスラは好きに続く言葉を言っていない。
「リンス君」
「ん?」
「私をあなたの恋人にしてください」
「……ん?」
 ぴたり、リンスが足を止めた。
 さあ、意味を考えて?
 ちゃんと、言葉は伝えたから。
 テスラはリンスが抱える花束を見た。
 カンパニュラの花言葉は、『想いを告げる』。
 スターチスの花言葉は、『永遠に変わらない心』。
 フクシアの花言葉は、『信じた愛』。
 そして青いシラーは、『辛抱強さ』。
 伝えきれない想いなので、花束にも込めてみた。気付いてもらえるかはわからないけれど。
 戸惑うリンスに微笑んで、
「焦らないで。待っていますから」
 あなたが本当の気持ちを話してくれる日を。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 そうそう、今回ページが多かったので、ざっくりとした目次を作ってみました。
 時系列順に、大事な人のお見舞い関連と大部屋関連を並べていたら、後半に大部屋関連が固まっていました、とかいう。
 ご自身、ご友人の登場ページを探す際にご活用くださいませ。

 ……意外と真面目だ!
 このまま幕を下ろしたいと思います。はい。
 というわけで。
 今回も楽しいアクション、並びに嬉しい私信をありがとうございます。
 「お見舞いに行こう! さーど。」、今回もみなさま様々な理由でご参加いただきましてありがとうございました。
 シリアスなシーンも、コミカルなシーンも、らぶらぶした雰囲気のお話も書けて、書き手としてはとっても楽しかったです。
 どうかご清覧されます皆様にも楽しんでいただけますように。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。