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お見舞いに行こう! さーど。

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20.お見舞いと、診察と。


 剣の花嫁インフルエンザに罹ったシーラ・カンス(しーら・かんす)のお見舞いにと、志位 大地(しい・だいち)は聖アトラーテ病院に向かっていた。
 とはいえすぐに見舞うのではなく、まずは併設された中庭に向かい。
「大地さん」
「ティエルさん。待たせてしまいましたか?」
「大丈夫ですよー」
 スヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)の見舞いに来たティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)と合流した。
 シーラが入院したとティエリーティアに伝えたところ、彼女からスヴェンも入院しているということを聞いて一緒にお見舞いに行くことにしたのだ。
 ――今日も可愛いなぁ。
 ティエリーティアの姿を見て、大地は思わず顔を緩めた。
 今日のティエリーティアの格好は、初夏らしいレースのカーディガンとシフォンのふんわりしたワンピース、それに木綿のショールだ。甘くて女の子らしいコーディネイトである。
「? にこにこしちゃって、どうかしましたか?」
「いえ、今日もティエルさんは可愛いなぁって」
「えっ……あ、えと、……ありがとうございます」
 素直に言うと、ティエリーティアがはにかんだ。やっぱり可愛い。
「それにしても、偶然ですよね」
 中庭を歩きながら、大地はティエリーティアに話しかけた。
「同じ病気、同じ病院、……もしかして病室まで同じだったりして」
「あはは、まさかー。そこまで偶然だったら、なんかもうすごいですよね」
「ですよねぇ。……ところで今日は、何か作られたりとか……?」
 もし、今このタイミングでティエリーティアがスヴェンに手作り料理を渡したら葬り去れるかもしれない。
 期待しているような、恐怖しているような、なんとも言いがたい気持ちで問う。と、ティエリーティアが首を横に振った。
「食べ物は持ってこなくていいと何度も念を押されたので。今回は持ってきてないんですよー」
「そうですか。……何度も」
 さすが姑、用意周到である。
「だから、レポートと一緒に飲み物を作ってきたんです」
 さすがティエリーティア、斜め上を行く人である。
 彼女が笑顔で水筒を差し出す。気のせいだと思うが、水筒からすでにどよんとしたオーラが漂っているように見えた。きっと、ティエリーティアの料理の破壊力を知っている者のみが持つフィルター効果だろう。
「栄養がありそうなモノをいっぱい詰めてミキサーで混ぜ混ぜしました」
 それは不協和音を奏でてしまっているのでは? と思っても言わない。
「味見はレポートがしてくれたんですよー。イケるって言ってました」
 大地の記憶が確かなら、レポートは味覚音痴を通り越して味覚崩壊レベルだった気がする。
 好意の部分だけを汲み取って、大地は柔らかく微笑んだ。
「ティエルさんは優しいですね」
 ――まあきっと、あの過保護者なら大丈夫でしょう。そこまでヤワには思えませんしね。
 心中そう思い、むしろシーラが巻き込まれないかと一瞬心配する。が、それもきっと大丈夫だろう。だってシーラだから。
「今日は天気がいいですねー」
 褒められて、照れくさそうに笑ったティエリーティアが空を見上げて呟いた。
「散歩でもしましょうか」
 見舞いに行くと、シーラやスヴェンに伝えた時間よりだいぶ早いし。
「そうですね! 行きましょう〜♪」
 まるでデートのように二人は寄り添い歩いた。


 一方、病室。
「爆発します……もう二日もティティに会っていない……爆発する……」
 スヴェンは、高熱で虚ろになった目でカレンダーを見て言った。掠れた声、荒い息。それはインフルエンザからなのか、ティエリーティアに会えずにいるからか。
「……シーラさん」
「はーい……?」
 隣のベッドで寝ていたシーラに声をかける。心なしか辛そうだ。声に張りがないし、テンションも低い。
「私はすごく悪い予感がしています」
「悪い予感……ですか?」
「もしや、貴方のパートナーは今日見舞いに来る予定ではありませんか?」
「ええ、その通りですわ。けほこほ」
 やっぱりぃ、と頭を抱える。予想通りだ。予想通りであってほしくなかったが。
 ――くっ、よりにもよって私がこんな状態の時……に……?
 不意に。
 先ほどよりも強烈に嫌な予感がした。
 同時に、シーラが跳ね起きた。スヴェンと同じく高熱に虚ろだった目には光が戻り、ベッドから飛び出して窓際に走る。
 慌ててスヴェンもベッドから這い出た。
 窓から見たものは……、
「あっ……」
「いけませんわぁ〜♪」
 手を繋ぎ、寄り添い歩くティエリーティアと大地の姿。シーラがデジカメを取り出してパシャリパシャリとシャッターを切った。
 呆然としていると、眼下の二人が立ち止まる。大地がティエリーティアの髪に触れ、そのままぴたりと動きが止まった。
 ここからでは二人の会話が聞こえることはない。
 だけど、なんとなく、何を話しているのかはわかる。
 これから何が起こりそうなのかも、わかる。
 ――なんとしてでも止めねば……っ!
 光条兵器を出し、それを投擲せんと窓に手をかけ、
「……シーラさん?」
 その手をシーラに握られて、動きを止めた。
「いけませんわ」
 ふるふる、首を横に振られた。
 ……そうだった。
 シーラは、同性同士の絡みを所望している。
 つまり、スヴェンが阻止せんとしていることはシーラの願望でもある。
「……止めると?」
「もちろんですわ。しっかり見届けさせていただかないと」
 シーラが相手では、さすがのスヴェンも分が悪い。
 けれど、止めないと。
 睨み合ったまま、相手の出方を伺っているうちに――
「「あっ」」
 ティエリーティアと大地に動きあり。二人は窓の下を食い入るように見つめる。
 ティエリーティアの髪を触っていた手で、大地がティエリーティアを引き寄せた。もう片方の手は肩に。あわや、キスしようとしている姿勢である。
 シーラがシャッターを切っている隙に、窓を開けて光条兵器を渾身の力で投げた。
「いけませんっ!」
 同じくシーラも光条兵器を放ち、空中で武器と武器がぶつかり合う。弾かれて、遠くに落ちた。
「…………」
「…………」
 睨み合い。
 以降、スヴェンはひたすら火術雷術氷術を駆使して大地に妨害を仕掛けた。
 シーラがそれをことごとく潰す。
 いかに目の前の相手を出し抜き、憎き敵を討つか考えて行動していたので。
 中庭で起こった、ティエリーティアと大地のキスの行方は二人とも見逃してしまったとか。


*...***...*


 階段で、足を滑らせて落下して。
 大した怪我はしていないのだけれど、頭を打って意識を失ってしまったことが災いして、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は聖アトラーテ病院に検査入院をすることになった。
 個室病室、ベッドの上。
「階段で足を滑らせるなんて日奈々らしくないね。どうしたの?」
 身体を起こした日奈々に、見舞いに来た冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が問いかけた。
「ん……ちょっと……、浮かれちゃってた……かなぁ……」
「浮かれる?」
 こくん、と日奈々は頷く。
「もうすぐ……千百合ちゃんと……式を、挙げられるって……思ったら……ついつい浮かれちゃって……」
 プロポーズを受けて。
 式の日取りも決めて。
 だんだんと、その日が近付いてきて、嬉しくて、楽しみで。
「……不注意、でした……ごめんなさいですぅ……」
 けれどそのせいで心配をかけてしまったことに謝った。と、ぎゅっと抱きしめられる。
「千百合、ちゃ……?」
「式が楽しみで浮かれてたなんて……あ〜もう。……かわいいな、ほんと」
 すりすりと頬擦りされた。すべすべの頬の感触が気持ち良くて、笑う。
「浮かれちゃう気持ちはあたしもわかるけど、気をつけてよ。本当に心配したんだから」
「ん……ごめんなさい」
「うん。あたしもごめん」
 再び謝ると、同じように謝られて。
 きょとん、と千百合を見えない目で見る。
「傍に居たのに、庇ってあげられなかった。ホントごめん」
「そんな……千百合ちゃんは……悪く、ないですよぉ……私が、浮かれて……ぼぉっと、してたからで……」
「だってあたし、日奈々のこと守るって言ったもん。その矢先にこれだから……本当にごめんね」
 日奈々はそれ以上何も言えず、だから黙って千百合を抱きしめた。
「でも、大したことないようでよかった。不幸中の幸いってやつなのかな」
「そう、だね……」
 頷きながら、不意に昔のことを思い出した。目が見えなくなった、あの日のことを。
「……日奈々?」
 雰囲気の変化を敏感に察知した千百合が、日奈々の手を握る。
「どうしたの?」
「…………えっと……ちょっと、昔のこと……思い出して……怖く、なっちゃって……。
 言ったこと、ありましたっけ……私の目が、見えなく、なったのって……交通事故で、頭を……強く、打ったからだって……」
 声が、震えた。
「……大丈夫、ですよね……? 今回は……大丈夫、ですよね……?」
 伝播するように、身体も震える。
「私……なんとも、なって、ないよね……おかしく、なって、ないよね……」
 見えないから、どこか違っていてもわからない。
 わからないのは、怖い。
 千百合に抱きしめられて、「大丈夫」と優しく囁かれても、それでも、怖い。
「千百合ちゃん……私のこと……確かめて……」
 だから、お願い。
「大丈夫だって……私は……なんとも、なってないって……ふれて、さわって、感じさせて……」
「……うん、いいよ」
 同意の言葉。その後に、重ねられる唇。
「あたしが日奈々は大丈夫だって、あんともなってないって、感じさせてあげる」
 ベッドの上に優しく倒され、覆いかぶさられて。
 千百合の温もりや重み。与えられる感覚に、そのまま意識を飛ばしていった。


*...***...*


「え……顔色?」
「はい。気付いていませんか? 主殿、すごく顔色が悪いです」
 山南 桂(やまなみ・けい)の指摘に、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は目を丸くした。
 頬に手を触れたり、渡された手鏡を見てみるものの。
「いつもと変わらないのですが」
「節穴ですか、主殿の目は」
 ひどい言われように苦笑する。
「大丈夫ですから」
「そうは見えません。丁度良い機会ですし診察してもらいましょう」
 きっぱり言われ、桂に手を引かれた。
「どこへ?」
「病院ですよ、主殿」
「だから大丈夫だって」
「診てもらえば安心もできます」
 そこまで言われたら、もう断れまい。
 大人しく病院に行くことにして、待合室。
 名前を呼ばれたので立ち上がる。桂はここで待っているらしい。行ってきますと軽く会釈して、診察室に入った。
「おや、久しぶりじゃないか」
 診察室に居たのは知り合いの医者、藤村総一郎だった。
「病院嫌いの癖に」
「桂に連れて来られたんです」
 服を脱ぎながら、簡潔な答えを投げる。
「それでも珍しい。明日は雨だな」
「珍しいなら。総さんこそです。診察なんて普段しないでしょう」
「担当医がちょっとな。代理だ」
 椅子に座るように促されて座り、指示に従って息を吸ったり口を開けたりを素直にこなしていく。
 いくつか調べた後、総一郎が処方箋を書き込む。
「……いつもより多くないですか?」
 その量が普段よりも多かったので、若干引きつりながら尋ねた。
「再生不良性貧血。加えて、元々免疫が弱いだろう。遺伝なのは知っているが……これ以上酷くなる前に薬で抑えないと。それとも手術するか? 完治は保障する」
「ははは。どうしましょうねぇ……」
「まあそっちはお前が考えろ。薬の量は目を瞑れ、早死にするよりマシだろう?」
「早死に……そういえば、うちの家系は早死にが多いですねぇ」
「……そうだな」
 母親も、若くして死んだ。
「いろいろ、引き継がなくていいところまで遺伝しちゃってますねぇ……まあ、まだ運よく生き残ってますが」
 ゆるく微笑んで言うと、「笑うところじゃないな」と冷静に返された。
「とにかく、診察は終了だ。薬は忘れずに飲むこと。いいな」
「はい。ありがとうございました」
 診察室を出て待合室に向かい、
「お待たせしました」
 待っていた桂に声をかける。
「どうでした? 大丈夫ですか」
「はい。薬が出ていますから、それを受け取って帰ります」
 病名は隠した。言ってどうなることでもない。
「無理しないで下さいよ。今度無理したら、監視しますから」
「大袈裟ですねぇ」
「皆心配なんです」
 心配というなら気を付けるけれど。
「でも、自分より桂も注意ですよ? 集中すると周りが見えなくなるんですから」
 お互い様です、と言ってやった。