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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション


●15

 哀惜の情に駆られているような、あるいは、たとえようもない赫怒から行動しているような、痛哭な叫び声が村中に轟いた。
 狼の遠吠えである。しかし、尋常な大きさではなかった。
「あれを!」と指さしたのはグロリア・クレインだった。パワードスーツ内のモニターは、『未確認生物』『未確認生物』、と何度も同じエラーメッセージを表示していた。あたかもそうしないと、内蔵コンピュータが発狂してしまうとでもいうかのように。
 銀色の山が動いた。山ではなく生物だった。吠え声を上げながら迫ってきた。

 そして、ザナ・ビアンカは村に降りた。

 狼の脚は文明を、硝子細工のように打ち砕いた。触れずとも横を掠めただけで、窓が割れ壁に亀裂が走った。そして狼が駆け抜けたとき、家も塔も、角砂糖を積んで作られていたかのように倒壊した。巨獣は縦横無尽に村を破壊し、絶えず雄叫びを上げていた。大自然が、その冒涜者に対して怒っているのだろうか。
 狼は破壊とともに浄化を伴っていた。ザナ・ビアンカを追うようにして津波のような雪崩が襲ってきたのだ。さらに、一時収まっていた雪が、突如豪雪へと姿を変えた。
「ちゃんと準備したろうなっ!?」朝霧垂はパートナー、朝霧 栞(あさぎり・しおり)に詰め寄った。もち、と栞は笑った。
「にゃははは〜、戦いが始まる前ずっとから空を飛び、戦闘区域周辺はきっちりブリザードで凍らせたもんね〜。雪崩が来たところで……」
 と太鼓判を押した栞だが、げっ、と言って口を閉じた。
 栞が間違っていたのではない。戦闘の衝撃やパイの超音波で発生しそうな雪崩なら防げただろう。しかしこれだけ大規模となると話が別だった。三方の山すべてから、狂おしき勢いで雪が崩れ流れているのだ。もう応急処置のような手段ではどうにもならない。栞の予防線は次々と突破されていた。
「全力撤退。このままでは雪崩の餌食だ。あの巨大な狼は相手にするな!」
 叶白竜が指令を下した。実際、雪崩は凄い速度なのだろうが、ザナ・ビアンカが速すぎるからか、それとも距離がありすぎるからか、ひどくゆっくりと迫ってくるように見えた。

 ザナ・ビアンカと雪崩の来襲は、彼らの行動をカムフラージュするのに都合が良かった。
「天恵天恵、恵みの雨ならぬ恵みの雪崩……といったところでしょうか」
 独言すると水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、蜥蜴のように無音でトラックに近づいた。その荷台が音を立てて開いた。ここにクランジたちを収容するつもりなのだ。
 一方で、
「クランジたちを収容しろ、早く!」
 トラックの運転席から首を出していたカルキノスは、ふと正面に眼を戻し、無言で黒い影が近づいてくるのに仰天した。
「なんだこい……」
 続くべき『つ』という言葉は、巨体の甲冑鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)がその剣にて打ち砕いた。トラックのフロントガラスが雨粒のように弾け、一撃を首に浴びたカルキノスは座ったまま昏倒した。九頭切丸は一言も口を気かない。黒騎士は黙々と、運転席の破壊を続けた。狼が、あるいは、山から吐き出されるように流れる怒濤の雪がなければ、すぐに騒ぎになっていただろう。住民と自らの退避に忙しく、誰一人とて彼らに注目する人はなかった。
 その頃、ミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)はガチガチと歯を鳴らしていた。迫る巨獣に畏れをなしたわけでも、雪崩に生命危機を感じたからでもない。
「すっごく寒い……寒い……」
 純粋に、ミスティーアは寒かったのだ。
 また目の前数メートルが見えなくなるほど吹雪きはじめたものの、ここまでこらえたのに行動しないわけにはいかない。ミスティーアは乱気流をものともせず空飛ぶ箒で舞い上がった。
「ほらほら、ローちゃんはあそこよ!」ぐんと箒の高度を下げ、彼女はドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)に告げた。「しっかり捕まえてよ。相手は寝てるんだから手荒なことしちゃだめよ! 扱いは丁寧に! ていうか友達になりたいし!」
「わかってらぁな。ダンナにも厳命されてっから」ドゥムカはくぐもった声で応えた。雪の下に埋もれ、ドゥムカはじっと待っていたのだ。この好機が訪れる瞬間を。「にしても、契約者集団の鼻先から眠れる美女を横取り……燃えるシチュエーションだし俺得だぜェ!」
 ドゥムカのいう『ダンナ』こと、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は、崩れかけた家の屋根からルカルカたちをじっと観察していた。しかし雄軒が注視しているのはただ一人、褐色の肌と成熟した肢体、反面子どものような
(「特殊な機晶姫達であるクランジ……実に、知識欲を刺激されますね」)
 それは純粋な好奇心、そして叡智への渇望。雄軒を動かすものは常に知識の追求だ。それが一貫しているがため、彼はタブーも恐れないし善悪にも行動を縛られない。ゆえに敵も作る。誹謗も受ける。だがそんなものに彼は、まるで頓着したことがなかった。
(「本来であれば、接近して話を聞くのがベストなのですが状況が状況です。少々手荒い方法で行くしかありませんね」)
 雄軒は無言で眼を細めた。現状況こそ彼の味方、あの巨大狼やオミクロン、突然巻き起こった雪崩にも興味はあるが、今は標的を絞ろう。彼の、そして彼と手を結んだ睡蓮の目的は、端的に言えば『横取り』である。パイとロー、両方を奪い去る心算だ。
(「とはいえミスティーがいますし、残虐な行為は控えますか」)
 彼は、彼のパートナーだけがわかる方法で合図を送った。
 トラックが転倒した。運転台が破裂し、炎に包まれた。
 さすがに火が出れば目立つ。多くの契約者が騒然となるなか、間一髪で運転席から這い出したカルキノスが息も絶え絶えに告げた。
「気をつけろ、あいつ……あいつら……」
 炎の中より、禍々しき黒の巨人が出現した。バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)、火炎をものともせず、トラックに集まってきた契約者たちに槍をふるって遠ざける。巨人は一人ではなかった。九頭切丸がこれに加わった。
 その一方で、
「悪ぃなあ、まあ、火力は加減してるから許してやってくれよ!」雪中突然姿を顕したドゥムカが、六蓮ミサイルポッドを炸裂させた。「しっかしミサイルぶっぱなさせる一方で『残虐な行為は控えなさい』なんて難しい注文つけたもんだなぁ。まったく、相変わらず良い趣味してるぜ、ダンナはよォ!」
「めいりんチーズバーガー……もってきたけど今のローちゃん、おねんね中だから食べてくれないよね。起きたらこれで仲良くなろうね!」
 魔法の箒でクド、ジークフリートらの眼前に滑り込んだミスティーアは高らかに宣言した。
「花盗人(はなぬすびと)のカリスマ参上!」
「なんの、こっちは変態紳士参上、ですな!」
「なに、張りあえというのか!? 面白い。ふはははは! ジャーマン紳士参上!」
 ネタ体質の悲しさ、ついやってしまった両者は、「なんだか楽しそうじゃねぇか……参加したいなんて思ってないぞ!」などと呟くドゥムカが、ローを肩に担ぎ上げるのを妨害できなかった。
「残念! 実は本当の花盗人はあっちだったのよ! 私はただの通りすがりのカリスマ! じゃね!」
 人差し指と中指を揃えてピンと敬礼すると、ふたたびミスティーアは魔法の箒で飛びあがった。同時にドゥムカはローの体を抱えたまま、飛行ユニットで急上昇していた。
「そんな簡単に逃がすと……あっ」ルカルカは追わんとして、強い風に吹き飛ばされた。この悪天候にもかかわず、強引にガーゴイルが飛んで彼らの頭上すれすれをかすめたのだ。しかもその背にはバルトが騎乗し、鬼に金棒とばかりに裂天牙の槍を凪ぎ、彼らが頭を上げるのを妨害して遁走した。
 それでも追いすがろうとする者は少なくなかった。されど彼らの頭には、ゼリー状の物体が飛んできて付着し、まず呼吸を、同じく行動を妨害した。
「クランジΡ捕獲作戦、完了。彼女は預かります。賓客として丁重に扱うつもりですのでご心配なく!」
 言い残して颯爽と、雄軒は自身の光る箒に乗り、たちまち吹雪吹き荒れる中に姿を消してしまった。
 無論、ミスティーア、ドゥムカ、バルト……そして、ローの姿もどこにも見えない。