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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション


●14

 ナイトブルーの眼が、自分を見ていた。
「気がついたでありますか……?」
 身を起こしたオミクロンは、傷に応急処置が施してあるのを知った。そして、自分に手を貸したのは、以前からの知り合いスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)だということも知った。
「オミクロン……いえ、今は大黒澪様でありますね。お加減は?」
「良くはないさ。だが、なんとか話せる程度ではある」
 よかった、とスカサハは彼女の手を握った。「一時は本気で心配したでありますよ! お亡くなりになったのでは……と」その手に籠もる力は、スカサハの言葉が心からのものだという何よりの証明だ。「澪様、あなた様の『姉妹』に誘ってくれたこと、忘れないであります。クランジとしてご一緒できなくとも、スカサハは……澪様やパイ様、ロー様のお友達であります! だから、スカサハは皆様を護るのであります!」
 澪は口元だけで微笑した。そして言った。
「鬼崎朔……どうなっている。現状は……?」
 名を呼ばれた鬼崎 朔(きざき・さく)は、確かに傍にいた。「馴れ馴れしく呼ばないでほしいな」
 相手が鏖殺寺院なので、どうしても口調が素っ気なくなる。朔は、オミクロンを信用してはいなかった。
(「しかし……」)朔は思った。(「スカサハがクランジに拘っているのは、ファイスの事がトラウマだからだろうな……。まったく面倒なことだ。……奴等が鏖殺寺院でなければ、私も気兼ねなく手伝う事が出来るのだが……な」)
 いくら従容としていても、蜘蛛怪物と共に戦った相手でも、朔にとって鏖殺寺院所属員はやはり、不倶戴天の敵なのだった。素っ気ない姿勢を崩さず朔は応えた。
「ローとパイも捕獲された。ローは眠ったままだし、パイは頭の回路が少々おかしくなったらしい。両方、じき迎えが来るよ。きっと教導団送りだな」
「ユプシロンのように檻に放り込まれて、それからずっと情報源とされ、実験や研究の対象となるのか。お前たちの『慈悲』もたかが知れているな」
 オミクロンの口調は怒っているようでも、嘆いているようでもなかった。もうそういう運命だから受け入れる、といった、よく言えば動じない、悪く言えば運命に逆らおうともしない姿勢がうかがえるものだった。
 周囲に人がないのを確認すると、朔はオミクロンの耳に顔を寄せた。
「……そうでもないぞ。スカサハたちに妙なことをしないと誓うのなら……私が助力してもいい」
 脱出を、と朔は小声で言った。
 榊朝斗やローザマリア・クライツァールも、この計画には一枚噛んでいるという。

「たれちゃん、カオル、こっちこっち!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が手を振っていた。彼女の隣では、この日のために苦労して手配した輸送トラックが、静かなエンジン音を響かせていた。運転席に座るのはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)である。
「やれやれ、また俺が運転手か。ま、嫌いじゃないからいーけどよ」
 カルキノスは運転席から首を出して告げた。
「やっぱりこの地域には妙なバイアスがかかってるみてーだ。周辺の異常を探知するために簡易レーダーを用意したが、さっぱり役に立たねぇ」
 言いながら、(「三人、捕獲したんだったよな……」)クランジのことをカルキノスは考えていた。(「兵器だろうが人工物だろうが、自我がある以上、行動決定の主体はテメェであるべきだと思うんだよな。俺は」)
 だから彼も、ルカルカの考えに賛成だった。クランジをいずれも、他者に行動や思考が制御される状態からは解放したい、というのがルカルカの願いだ。
 一方で、垂や衿栖ら一行によって、ローとパイ、それぞれが連れて来られた。
「今はゆっくり傷を癒して、それから答えを探していきませんか?」」
 ニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)はしゃがみこみ、パイにだけそっと語った。ローはと言えば、ぐっすり眠り込んでおり話せる状態ではなかったのだ。
「ユプシロンの処遇については、ルカルカから団長宛に陳情がでている」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は寝ているローから自爆装置、通信装置を除去した。パイの分はもう除去し終えている。さすが『有機コンピューター』、彼は正確無比の腕前で、二人の肌をほとんど傷つけなかった。パイもローも、クシーとの戦いで最前線にいたゆえ、細かなダメージや傷が蓄積していた。これ以上傷つけるのは忍びなかった。これで安心だ、とダリルは思った。少なくともこのときは。
「本当は兵器としての武装や能力、危険性も除去したかったが、今はこれで抑えておこう。あとの処置は下山してからだ」
「それって、彼女たちを……一般人なみにすることができるってこと?」ルカルカがダリルに問うた。
「恐らく、理論的にはな。少なくともユプシロンという成功例がある」
 ダリルの言葉を、救いであるようにルカルカは思った。だったら、とルカは言った。
「寺院から足を洗わせ、クランジという呪われた名前も捨てさせてあげたいね……あの名称のままだと、寺院の手駒って印象があるもの」
 道具じゃなく人として、ファイスの分まで生きてほしい――そう告げてルカルカは笑みを浮かべた。
「ああ」ダリルは頷いた。彼もそう考えていたところだったのだ。「俺は剣である自分に誇りがある。同時に『自分の意思で行動を決定できる幸福』を知るからこそ、彼等にも、と願っている」
 彼女たちは教導団保護下になるわけだ……ルカルカは心に誓っていた。戻り次第、鋭鋒団長にユプシロンの待遇改善を奏上しよう。ローとパイにも、単なる虜囚以上の待遇を与えるよう頼もう。今回、ユプシロンの情報提供によってこれだけの戦果を上げることができたのだ。団長も気前のいいところを見せてくれるものと信じたい。リュシュトマ少佐による、これまでのユプシロンのような扱いはもうやめさせたかった。

 クランジΞ(クシー)撃破。
 クランジ三体、Ο(オミクロン)、Ρ(ロー)、Π(パイ)の身柄確保。
 見事な結果であろう。これで終わっていれば。
 その希望を打ち砕くものが山から下りてきた。
 銀色の、巨大な狼が。