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ありがとうの日

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ありがとうの日
ありがとうの日 ありがとうの日

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○     ○     ○


「あっちのフランクフルトから、向こうのフランクフルトまで、端から端まで全部の味を確認しないとね! 一番おいしい店のフランクフルトを沢山食べる為に!」
「フランクフルトを売ってる店だけで数十はありますよ。沢山食べる前に、お腹いっぱいになってしまいます」
 ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)に引っ張られながら、菅野 葉月(すがの・はづき)は微笑みを浮かべる。
 ミーナはフランクフルトだけではなく、たこ焼きにお好み焼き、焼きそばに、やきとり。その他、色々な食べ物を入れた袋を提げて歩いている。
「せっかくだから、全部全部楽しむの! 端から端まで見て回るよー」
「ええ、食べ歩きには付き合えないものもありますが、全てを見て回ることには賛成です。あちらは、射的や宝釣りのお店があるようですよ? 食べ物は沢山確保しましたし、ちょっと行ってみませんか」
 葉月が指差した辺りには、子供向けの玩具が置かれた店が沢山ある。
「子供達の邪魔にならないかな? でも……欲しい物沢山あるよね!」
「そうですね、ゲームを楽しんで手に入れることが出来たら、手に入れたものだけではないお土産もできますから」
 土産の他に、土産話もプレゼントできるから。
「うん、いこーいこーっ」
 何のために、葉月が子供向けの玩具を獲ろうとしているのかは、説明がなくても良く解る。
 友達であり、このお祭りで祝われるべき人物の一人である、レイル・ヴァイシャリーへプレゼントするためだ。
 今日は一緒に来ることはできなかったけれど、会いにいくことは出来るはずだから。
 お土産をプレゼントして、話を聞かせてあげようと思う。
 2人で祭りを楽しみつくして、ちゃんと把握をしたのなら。
 レイルに危険が及ばないような助言もできるはず。そしたら、彼も祭りに行く許可を貰えるかもしれない。
 そんなことも考えながら、2人はお祭りを隅から隅まで楽しんでいた。

「金魚すくいもやりたいっ……でも、長く家を空けることもあるから、がまんっ」
「スーパーボール掬いに挑戦してみますか? ヨーヨー釣りも楽しそうです」
「うん、やってみる!」
 金魚すくいを我慢するミーナに、葉月はボール掬いや水風船釣りを勧めて。
 自分自身は輪投げに挑戦することにした。
「えいっ!」
 ミーナは勢いよく腕を振ってしまい、紙はすぐに破けてしまう。
「そーっと、慎重にですよ」
 くすりと微笑みつつ、葉月は輪投げを投げた。
 しかし、輪は狙っていたイコンプラモデルに掠りもせず、手前に落ちてしまう。
「葉月は勢いが足りなーい」
「そうですね」
 笑い合った後、また挑戦して。
 ミーナは色とりどりのボールを。
 葉月はイコンの玩具を手に入れた。

 そうして沢山のお土産をもって、日が暮れる頃、葉月とミーナはレイルがいる別荘へと向かった。
 今日の最後のイベント――花火は、別荘からでも見えるはずだから。
 レイルと一緒に祭りを楽しむために。

○     ○     ○


 大通りや運河から外れた場所にある、小さな喫茶店にも、街の賑わいやパレードの音が響いてきていた。
「そういえば」
 一冊、本を読み終えたところで、佐野 和輝(さの・かずき)は、テーブルの上で角砂糖を美味しそうに舐めている精霊――パートナーのルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)に目を向けた。
「最近ルナとノンビリと話をしたことがなかったな」
「そうですねぇ♪」
 次に和輝の口から出てくる言葉を、ルナはわくわく待つ。
 和輝の他のパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)は、アニスがスノーを引っ張り出す形で、お祭りへと繰り出していった。
 ルナも本当は屋台を回ったり、パレードを楽しんだりしたかったのだけれど、残るという和輝と話がしたかったので、一緒にお留守番をすることに決めたのだ。
「俺と契約したこと、後悔してないか?」
 和輝の口から飛び出したのは、そんな言葉だった。
 ルナは顔から笑みを消して和輝を眺める。
「契約していなかったら、人の争いごとに身を晒さずに、好きな動物や歌に囲まれた生活が出来たかもしれない」
「……」
「封印を解いたことに恩を感じてるなら、それは偶然の産物でルナを思っての行動じゃない」
 ルナは口をへの字に曲げると、和輝の肩へと駆け上がり、彼の顔に向けてチョップチョップちょーっぷ!
「必殺チョップですぅ!」
「痛……っ」
 ひとしきり顔をチョップした後、和輝の肩に座って、彼の顔を間近で覗き込む。
「和輝さんと契約したことに後悔なんて、したことないですよぉ」
 足をバタバタさせて、にこっと微笑む。
「私は、和輝さんのお陰で“外”の世界を知ることが出来たですぅ〜♪」
「知りたかった、のだろうか」
「知って嬉しいと思ってるってことが答えですぅ」
「そうか……」
 苦笑する和輝の頬をぺちぺちと叩きながら、ルナはこう言葉を続ける。
「それに、私は“嫌なこと”はハッキリというタイプなのですよぉ〜♪」
「そうだよ、な……ありがと」
 和輝はルナに笑みを見せる。
 アニスやスノーの前では頼れる存在でいようとしていた反動か、ルナの前で和輝はつい消極的な発言をしてしまった。
 こんなに小さいのに――自分の心を受け止め、彼女は励まそうとしてくれている。
「ありがとう。ルナ」
 和輝の心からの言葉に、ルナは当たり前というように笑顔で頷いて。
「まったく、和輝さんは鈍感すぎるですぅ〜」
 と、今度は叩いた場所を撫でてくれた。
「ただいまー! 和輝、本は? 本読みたいんだよねっ」
 喫茶店に入ってきた少女が、ちょっとふて腐れ顔で2人に駆け寄ってくる。
「ずいぶんと楽しそうね」
 もう一人の少女は、皮肉げに言いながら近づいてくる。
 アニスとスノーだ。
「アニスは、和輝がのんびり本を読みたそうだったから、一緒に遊ぶの我慢してたのに!!」
「本はもう読み終わったんだ。お帰り」
 和輝は2人に穏やかな笑みを見せた。
 ルナのお蔭で、彼の心は今、穏やかだったから。
「幸せそうな笑い顔ね。私はアニスに引っ張りまわされてヘトヘトだというのに……」
「ん? 出かける前は俺の代わりとして、アニスのお供をするとか、ノンビリとした時間を、ゆっくり味わってもらいたいとか言ってなかったっけ?」
「……何のことかしら?」
 スノーはぷいっと横を向く。
「読み終わったのなら、遊ぶ? 遊ぶ!?」
 アニスはぐいぐい和輝の腕を引っ張り始める。
「そうだなー、皆で屋上に行って、そこから花火を見ようか」
「さんせー。お土産も沢山あるんだよ〜。ルナの分も沢山あるからね!」
 小さなルナの為に、食べやすいお菓子も選んであった。
「じゃ、行こうか。今日はありがとな、スノー」
 立ち上がって、和輝がぽんっとスノーの肩を叩くと、それだけでスノーの機嫌も直る。
(アニスは本当に子供だし、ルナは小さくて可愛いし。子供が2人……で、私と和輝が夫婦ってことかしら?)
 ついそんなことを考えてしまい、一人赤くなる。
「戦乱の終結でなんだか私、気が緩み過ぎてるみたい」
 呟きと共に、スノーはため息をついた。
「俺は、最高のパートナー達に恵まれてるよ」
 和輝がそう笑みを浮かべると、ルナとアニスとスノーの顔にも、笑顔の花が咲いた。

○     ○     ○


「みんなたのしそうです♪」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)も、出店を回ってお土産も沢山買って、写真もいっぱい撮って、それから喫茶店を訪れた。
 花火を見に向かう和輝や、人々をにこにこ微笑みながら見送った後、2人掛けの席に腰かけた。
「メロンソーダーおねがいします」
 給仕の女の子にジュースを注文してから、テーブルの上に現像したばかりの写真を並べていく。
「どれも、たのしそうな写真です! えがおがいっぱいなのがいいですね」
 ヴァーナーはその中から、楽しいイベントや店と一緒に、人々の笑顔が映っている物を選んでいく。
「ロイヤルガードの方ですよね。アイスおまけですっ」
 戻って来た女の子は、クリームソーダ―の上に、バニラアイスを乗っけてきてくれた。
「ありがとです」
 満面の笑みで、ヴァーナーは喜びを表す。
「ごゆっくりどうぞっ」
 給仕の女の子はぺこりと頭を下げると厨房へ戻っていった。
「たたかいがおわって、みんなうれしいんです。でも、ボクとかシャンバラの人だけでなくて……」
 ヴァーナーは百合園でよく使われている白百合のレターセットを取り出して。
 便箋を広げて、ペンと手にとった。
「アイリスおねえちゃんと瀬蓮おねえちゃん、龍騎士の人たちがたすけてくれたりもしたおかげなんです」
 元、百合園生だったアイリスと瀬蓮に、ヴァーナーは帰ってきてほしいと伝えてはあったけれど、良い返事は届いていない。
 無理なのだろうかと思いながらも、今の街の様子を伝えたくて。お蔭でみんなが楽しくカーニバルが出来るようになったのだと、知らせたくて。
 手紙を書くことにした。
「エリュシオンで、おねえちゃんたちは元気ですか〜? エリュシオンの人たちもたのしそうですか〜?」
 それから、百合園で、生徒会役員選挙が行われることになったこと。
 自分も、生徒会長に立候補をしてみたこと。
 空京万博で会えたら嬉しいなということ。
 聞きたいことも話したい事もいっぱいありすぎて。
「あいたいです……」
 強い想いを籠めながら、ヴァーナーは手紙を書いていく。
「ボクだけじゃなくて、まっているひときっとたくさんいるですよ……。もうちょっとおちついたら、こんどのお祭りには、変装とかしてあそびにきてほしいです……っ」
 お祭りは楽しいけれど。
 ヴァーナーは少し元気を出せずにいた。
 1年前と、変わってしまったことがある。
 子供の彼女には、理解できない戦いも多くて。多すぎて……。
「東西、みんなでなかよくできるようになったです。おねえちゃんたちともまたいっしょにたのしめる日もくるですよね……っ」
 クリームソーダ―の上のアイスを、スプーンですくって食べて、冷たさと美味しさと、給仕の子の心遣いに感謝をして。
 仕上げた手紙を折りたたみ、沢山の写真――笑顔と一緒に封筒に入れた。