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リアクション
●19
ラムダは少しずつ追いつめられていった。目に見えて機械犬は減っており、謎のスナイパーの援護もなくなったということもある。いくら高い戦闘力があろうが、クランジとて体力は無尽蔵ではない。戦いを繰り返したこともあり、集中攻撃を受けて彼女の息はあがっていた。そして彼女をさらに戦慄させたのは、
「オメガまで敵に回っているなんて!」
バロウズ・セインゲールマンその人の存在だった。この場合、クランジΩ(オメガ)と呼んだほうがいいかもしれない。ラムダは緋色の髪を震わせ、酷く狼狽した様子で声を荒げた。
「どんなトリックを使った! オメガがどうしてここにいる!? ボクは何も聞かされてない! 何も!」
そのとき、だしぬけにラムダは転倒した。
「トリックとは、こういうものです」エシクが告げた。簡単なこと、と言っているような口調だった。
いつの間にかラムダの周囲に、ナラカの蜘蛛糸が張り巡らされていたのである。まさにトラップ、立ち上がろうとすれば新たな糸に足をすくわれからみつかれ、ますます逃れ得なくなる。エシクが戦場をかけめぐり、じわじわとラムダをこの死地に追い込んでいたのだった。
「酷い……酷いよ……オメガ……」するとラムダは、涙声を上げ始めたのである。「女の子一人をこんなに大人数で追いつめるなんて………」
バロウズは心を鬼にして首を振った。「観念して下さい。降伏するのであれば……」といいながら近づいていく。
「オメガ……キミはボクの兄弟(ブラザー)だろう? 助けてよっ」
「だから、降伏するのなら僕がなんとかしますから。どうかそのまま……」
優しい声でバロウズは告げ、ラムダに手をさしのべようとした。
それからコンマ数秒、時間はひどく、ゆっくりと流れた。バロウズにはそう感じられた。
「甘いよね。キミたちって、とことん!」
ラムダが、力を振り絞って飛び上がった。
その手には、腰から抜いた飛びだしナイフが光っていた。
バロウズは「あ、やられたな」と妙に客観的に思った。ずぶ、というのは、自分の脇腹に刃物が突き刺された感触である。酷く冷たい刃だった。しかし刺された箇所は、燃えるように熱かった。
イヒヒヒヒヒ、狂ったように笑うと人々の虚を突き、ラムダは生き残った機械犬に飛びついた。
少し操作するだけで機械犬の背中は開いた。
彼女はそこから、白い布で覆われたものを取り出した。ちょうど、人間くらいの大きさだ。
ラムダはイヒヒと笑って、これは村で捕まえたタニアという少女であり、切り刻んで酷い目に遭わせているが、いますぐ助ければ一命を取り留めることはできるだろうよと、酷くスローモーに宣誓した。その言葉を裏づけるように、白い布のほうぼうには赤黒い染みがあった。たしかに、少女くらいの大きさだった。
ここでようやく、時間の進み方が元に戻ったようにバロウズは思った。生温かいものが溢れだす脇腹に手を触れ、彼は雪の中に倒れた。
ラムダが叫んでいるのが聞こえた。
「交換条件だよ! パイを引き渡し、ボクの逃亡を認めるなら、このタニアって子は返して上げる! どっちにしろ退がれ! 退がるんだよ、キミたち全員!」