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なし

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この場所で逢いましょう。

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この場所で逢いましょう。 この場所で逢いましょう。 この場所で逢いましょう。

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13


 笹野 桜(ささの・さくら)には死に別れた旦那が居る。
 だけど、今日、桜は旦那に会うつもりはなかった。
 だって、会ったら彼を困らせてしまうだろう。それは嫌だった。
 ――朔夜さんの気持ちは、嬉しいですけれど。
 今日、桜が旦那に会えるようにと笹野 朔夜(ささの・さくや)が身体を貸してくれて。
 こうして祭りに来れたわけだけど。
 ――……ごめんなさい。やっぱり、逢えないです。
 心の中で、謝った。
 亡くなった夫のことは、今でも深く愛している。逢いたいとも、切に願っている。
 けれど、だから、逢ったらもう二度と離れたくなくなってしまうだろう。
 帰らなければいけない時間になっても、追い縋って泣きじゃくって引き止めてしまうだろう。連れて行ってとわがままを言うかもしれない。
 泣いて夫を困らせたくない。
 それが第一にあったから、会うという選択肢は自然と遠のいていった。
 ――何より今、私は朔夜さんに憑依しているのですから外見は男の子じゃないですか。
 ――男の子はそう簡単に泣いてはいけないものなんです。
 悪戯っぽく、朔夜に言うように心の中で笑う。
「いいのか?」
 祭りの屋台を眺めていると、不意に笹野 冬月(ささの・ふゆつき)が言ってきた。
 よくはないけど、仕方ないから。
 曖昧に微笑んで、先を歩く。


 桜の感情の機微に気付けないほど、冬月は鈍くない。
 なので、桜の旦那を呼び出す決心をした。
 冬月としては、桜の旦那は桜と冬月の縁を切る原因になった相手であるため、会いたくはないのだが。
 桜が無理して笑っているように見えたから。
 そんなのを良しとするわけにもいかず、ならばこうするしかあるまいと。
 冬月は自らの手のひらを見た。手のひらの上にあるのは、桜の旦那が亡くなった時に遺族から受け取った形見分けの指輪。本当は桜が持っているべきものなのだが、桜が受け取れなかったため仕方なく持っていた。
 ――これを使えば、呼び出せるんじゃないか。
 確証はないし、呼び出し方もわからないけど。
 ――こういうのは大抵、想いに引き寄せられるものだろう?
 となれば、冬月が特別何かをしなくとも桜の『逢いたい』という気持ちに呼ばれるのではないか。
 やや楽観的な考えだったが、どうやらその目論見は当たったらしい。
「…………」
 祭りの人混みから離れた木の上。
 半着と袴、腰に日本刀を差した侍然とした男を見つけた。
 桜の旦那だ。桜は、まだ気付いていない。冬月はそっと桜から離れ、彼に近付いた。
「逢わないのか」
 かける言葉は、端的にひとつだけ。
「ええ。逢う気はありません」
 彼の答えも、端的で。
 少し、いらっとした。どうしてお互い逢いたいと思っているのに逢わないんだ。逢える距離なのに。
「……もう、情は冷めたか? その程度のものだったのか」
 嫌味や皮肉で煽ってみる。けれど彼は涼しい顔を変えず、ただ首を横に振るばかり。
「桜のことは、今でも愛しています。……内心、逢いたいとも思っています」
「なら、」
 逢えばいいだろう。そう言いかけた冬月の言葉を、「でも」と彼が遮る。
「できることなら、桜にはオレのことなんか忘れてもらって、新しい家族と新しい人生を生きて欲しいって思っているんです。だから、逢う気はありません」
 そう言った彼の表情は、本当に愛しい相手を見る目で、なのに寂しそうで。
 それでいいのか。
 問いかけようとした時、既に彼の姿は無かった。
 きっと、桜や冬月から見つからない位置に居るのだろう。そうして、こっそりと見守るのだろう。
 お祭りを楽しむ桜を見て、今を生きる桜を見て、それから桜と過ごしてきた日々を懐かしんで――。
「なんで、それだけでいいって思えるんだよ」
 理屈では。
 どちらの言い分を聞いても、まあ納得はできるけど。
 それでもなんだか引っかかって、冬月は視線をはずした。