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なし

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14


 フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)の店は、基本的に決まった休みがない。
「それってとっても強みよね。女子高生の味方っていうか」
 注文したアイスティーを飲んでから、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)はフィルに笑いかけた。ちなみに、今日のフィルは女装姿である。
「お盆休みを取るお店って多いもんねー。特に個人経営だとねー」
 カウンターからフィルが返す。まだ開店直後のためか、フィルはなにやらこまごまとした作業をしていた。構わず緋雨は話しかける。
「それにしても最近暑いわよね」
「残暑も厳しいって言うしねー。やだよねー」
「フィルさんも暑いの嫌い?」
「得意じゃないかなー。もっとも寒いのも嫌だけど。それに夏はさー、ロングのウィッグが蒸れるんだよねー」
「ああ、だから夏になるとフィルさんのロングヘアを見かけなくなるのね」
 頷くと、そゆことー、とフィルが笑った。
「私も暑いからばっさりいっちゃった」
 すっかり短くなった髪を右手で梳きながら、言う。
「なんだ。切った理由って暑かったからなんだー」
「そう。つまらない理由かしら?」
「まさかぁー。現実的って言うんだよー。それはともかくとっても似合ってる。かーわいー♪」
 ありがと、と言ってケーキに手を伸ばす。今日頼んだのはレモンチーズケーキだ。爽やかな甘さが暑い日にはたまらない。
 ケーキを堪能し、
「それより聞いてほしいの!」
 今日の本題に入ることにする。
 朝早くから出かけていった、天津 麻羅(あまつ・まら)の話に。
「麻羅、今日は野暮用があるって早くから出かけていっちゃったの。怪しいと思わない?」
「うーん。お盆だからー、とか? ほら、ニュースでもやってるじゃない」
「でも、私んとこ家族は全員元気なのよね〜。なーんにも言っていかなかったし……」
「じゃあきっと、緋雨ちゃんのあずかり知らぬ誰かさんなのかもねー。ほら、麻羅ちゃんって長生きさんでしょー? 長い人生の中で別れが無かったなんて思えないしー」
 確かに麻羅は神を名乗るだけあって、長く生きている。だからフィルの言う通りなのだろう。
 まぁいいか、と最後の一口を口に入れて、飲み込んで。
「ところでフィルさん、今日のお勧めは何かしら?」
 新たにケーキ、おかわり。


 フィルの店で話が上がったことなどつゆ知らず。
 麻羅は、街中を歩き回っていた。
 ふらり、ふらり。
 あてなどない。
 逢えるかもわからない。
 そもそも、相手の名前さえ知らない。
 ――もう、幾年経つ?
 不意に浮かべた疑問に、ぱっと答えが浮かばないほど前のことだった。
 緋雨と契約する前、麻羅がパラミタ各地を回っているとき、少しの間一緒に旅をしたマホロバ人の女性。
 それが、麻羅の逢いたいと願う相手。
 ――ま、そう簡単に見つかるものではないのかのぅ。
 ふうっと息を吐いたとき、
「まだ両親が見つからないのね……」
 背後から、声が聞こえた。ひどく懐かしい声だった。
「おぬしは……」
 振り返る。あの頃と変わらない微笑を浮かべて、彼女が立っている。
「もう、私が居ないとダメなんだから」
 麻羅の隣に並んだ彼女が、彼女のペースで歩き出した。
「さあ、また探しにいきましょ?」
 誘うように言っておきながら、数歩先でかすみのように消える。
 彼女が消えた場所まで歩き、麻羅は苦笑にも似た笑みを浮かべた。
「相変わらず人の話を聞かんのう」
 ――なぁ、緋雨?
 心の中で話しかけ、空を見上げる。
 見上げた空は、突き抜けるほど青く、広い。