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3


 お盆だろうと夏祭りだろうと、死者が一日だけ蘇ってこようと涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)には関係ない。
「やあ。相変わらず、こういう時でも出かけないんだね、君は」
 工房を訪れて、引きこもっているリンスに話しかける。
「そういう本郷も相変わらずだよね」
 それ、とリンスが指差すのは、料理を作るための材料が入った買い物袋。
「来ない方が良かったかい?」
「ううん、来てくれて嬉しい。俺本郷の料理好きだし」
「それは重畳。じゃあキッチン借りるから」
 はいどうぞ、というリンスの声を背に受けながら、キッチンへ入った。
 涼介に季節行事等の誘惑は、あまり関係ない、が。
 彼の作る料理には、大いに関係する。
 例えば今日はお盆だから、作るメニューは精進料理にしようとか。
 彼女に――リンスの姉であるリィナに供えるための御膳も別に作ろう、とか。
 腕まくりをしてエプロンを着けて、調理開始。
 まずは手作り胡麻豆腐を作る。白胡麻をしっかりと炒って香りを出してから、擂鉢でしっかりと擂るのが滑らかな口当たりになるコツだ。手間がかかるので最初に仕込んでおく。
 次にがんもどきの炊き合わせの調理に移った。水気を絞った豆腐に、山芋、人参、牛蒡、椎茸、銀杏、昆布を混ぜ合わせて形を整え、揚げ焼きにしたら準備万端。
 続いて茄子田楽、野菜のてんぷら、豆腐の澄まし汁、けんちん汁、新ショウガの炊き込みご飯、と手際よく調理する。
 これで二汁四菜。一息ついてから最後の一品に取り掛かる。
 最後の一品は、リィナが好きだった食べ物にするのが毎年の恒例だ。去年はチキンソテーだったし、一昨年はうずらの卵の甘味噌漬け。その前はなんだったか。ああそうだ、鮭のムニエルだ。
 本来なら精進料理に肉や魚はご法度だけど、この日くらいは許されるはずだとルールを破って作ってきた。今年はかぼちゃきんとんにするつもりだ。
 涼介の傍らでは、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が特技やスキルを有効活用し、レアチーズケーキを作り終わったところだった。
「早いな」
「簡単なものですから」
 グラハムクラッカーでクッキー生地を作って、クリームチーズとヨーグルト、レモン汁、生クリーム、ゼラチンを併せたチーズ生地を乗せて冷やし固めるだけ。簡単といえば簡単だけど、それでも手際がよくないとこう早くは作れない。
「兄様のお料理も、もうできますね。食べ終わる頃にはケーキもいい具合になっていると良いのですが」
「そうだね」
 相槌を打ちつつ、彼女が好みそうな形に作り上げて。
「完成だ。さあ、運ぼうか」


 リィナへと供えられた御膳をぼんやりと見つめていると、
「四回目かな? こうやって彼女へお供えするのは」
 涼介が隣に座ってきた。
 うん、とリンスは頷く。
 姉が死んでから三年と少し。お盆を迎えたのは四回目。
 ――…ああそうか、もうそんなに経つのか。
「時間の流れは早いね」
「その上有限だ。どうする?」
 急に問われても、答えがぱっと浮かんで来なかった。頑張る、というのが浮かんだけれど、それは全てのことにおいてまず前提になることだからそんな答えじゃ零点だろう。
 無表情のまま考え込んでいたら、
「君はこのニュースの現象に頼ってみるのかい?」
 新たな問いを投げられた。
 そんなこと、最初に話を聞いたときから決めていたさ。
「頼らない」
「そう言うと思ったよ」
 ならどうして訊いたの、と涼介を見遣る。親友は真面目な顔をして、真っ直ぐにリンスを見ていた。
「そろそろ先に進むために、過去を受け入れる時期なんじゃないかな」
「……俺、そんなに引きずってるように見える?」
「あるときほどじゃないよ。でも、引きずってないと言い切れるのかい?」
 その反論はずるいよ、と息を吐く。
 吹っ切れるはず、ないじゃないか。
「もちろん無理強いはしない。けど、せっかくいつも以上に気合を入れて作ったんだ。家族水入らずでこの料理を楽しんでもらいたいなぁ」
 言うだけ言って、涼介が立ち上がった。もう帰るらしい。
「早いね」
「君らの水入らずを邪魔するわけにもいかないし、何より妻を待たせているからね」
「ああ、そうだったね。……あれ、もしかして俺、本郷のこと今でも本郷って呼んでたら変?」
「今君が気にするところはそこじゃないだろ。じゃあね、良い一日を」
 涼介が工房を出てから、エイボンがとことことやってきて、ぺこりと一礼。
 きらきらした目を見て思い出した。以前頼まれていた人形の受け渡しをしなくては。
「はい、どうぞ」
 祝福するためにとラッピングも施しておいた。エイボンが嬉しそうに笑う。
「リンス様、人形作りお疲れ様でした。そしてありがとうございます」
 再び丁寧な一礼を向けられたので、こちらも軽く返しておく。
「あと、冷蔵庫にレアチーズケーキを冷やしてありますので後で皆様と食べてくださいませ」
 それでは、と言って涼介の後を追いかけてエイボンが工房を出て行った。
 ――レアチーズケーキか。
 ――姉さん、好きだったよな。
 偶然か、それとも意図的か。
 涼介らのことからきっと後者だろうなと思いつつ、頭を掻いた。