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【空京万博】子猫と子犬のお散歩日記

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【空京万博】子猫と子犬のお散歩日記
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「イランダ? イランダどこだ」
 パビリオンの中は大変な賑わいで、柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)は、パートナーのイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)と逸れてしまった。
 辺りを見回して、名前を呼んでみるが反応はない。
 イランダの身長は128センチしかなく、人の波にのまれてしまっていては、探し出すことは困難だ。
「せめて待ち合わせ場所を決めておけば良かったのだが」
 電話を鳴らしてみても、彼女は出ない。何かの展示に夢中になっているのだろうか。
 と、その時。
「みゃーん」
 子猫が一匹、足にすり寄って来た。
「猫、か」
 見下ろしても、子猫は逃げようとせず、北斗の足に顔を寄せている。
 北斗は実は小動物が大好きなのだが、見た目が怖いせいか、普段めったに懐かれることはない。
 だから、子猫にこんなふうにすり寄られたことがとても嬉しかった。
「お前も迷子なのか? 一緒に連れを探すとするか」
「みゃーん」
 子猫は可愛らしい声で答えた。
 北斗は子猫が人に踏まれたりしないよう、注意をしながら一緒に歩き出す。
「……っと、やはり危ないな」
 子猫の身体はイランダよりも小さい。
 人の足に触れてしまう心配もある。折角出会ったのだから、逸れてしまうのも残念だ。
 北斗はそっと身をかがめて手を差し出してみる。
 子猫は「みゃー」と可愛い声を上げて、彼の手に近づいてきた。
「一緒に行くか。お前の飼い主も探してやるからな」
 言って、北斗は子猫を抱き上げた。
 安心させようと、子猫に上を向かせて視線を合わせ。その体を優しく撫でてあげる。
「みゃーん、みゃんみゃん?」
 子猫は何か言いたげに、きょろきょろと人の波を見ている。
「お前の飼い主はどんな人なんだ? 俺の連れはな……」
 外へ向かって歩きながら、北斗は逸れたパートナー、イランダのことを子猫に話して聞かせた。
 イランダは悪戯好きで、自由奔放な少女だと。
 外見はかなり幼く、老け顔な自分と並んでいたら親子と見られてしまうほど、年の差があるように見えるけれど……実際はそうでもないということ。
 彼女のことを、北斗は大切に思っているということ。それから。
「子供として可愛い子だ」
 そう、北斗は顔をわずかにほころばせて言う。
「にゃー……ん」
 何故か猫はちょっと不満げな鳴き声をあげた。
「でも……最近ちょっと、戸惑いがあってな。子供じゃなくて、女性として見る、べきなのか……」
 そんな彼の言葉に、子猫は今度は「にゃんっ」と、可愛らしい声を上げる。
 そんな最中。
「でさ、昨日あそこのわんにゃん展示場で、子猫になる薬を飲んでさー」
「彼びっくりしてたでしょ?」
「うん、でも戻る前に友達に説明してもらったから。首輪のお守り、彼にもらったものだったからすぐに気づいてもらえたよ」
 少女達のそんな会話が、北斗の耳に入った。
(子猫になる薬……? 首、輪?)
 北斗は手の中の子猫に目を向ける。
「にゃん♪」
 明るい声を上げた、その子猫の首には――ガラス玉の子供っぽい飾りがついている。
 イランダがいつも大事につけている、「まほうのペンダント」と同じ形の。
「…………………」
 途端、北斗の顔が真っ赤に染まる。
「にゃーん♪ にゃんにゃん?(人間に戻ったら、ゆっくり続きを聞かせてね〜)」
 そう、手の中の子猫はイランダ本人だった。
「えー……と、その、な……。あー……う」
 北斗の口からはまともな言葉が出てこない。
(間違えて飲んだ薬だけれど、飲んで……よかったかも)
 イランダは北都の指をちょんちょんと片足で叩いて、からかったりしながら、そう思う。
 子猫になった自分に、彼はとっても優しかった。
 そして、自分に対しての素直な気持ちも聞けて。
 普段とは違う、デートをすることができた。
 北斗の指がぴくりと動く。
 撫でてくれないかなーという思いをこめて、いじり続けると。
 彼の指が、イランダの喉に伸びて。優しく撫でてくれた。
 でもすぐに、彼はまた真っ赤になって顔を逸らしてしまう。
「にゃん、にゃん(人間に戻ってからも、よろしくね)」
 言葉は分からないはずだけれど、北斗は無言で頷いてくれた。

○     ○     ○


「わんちゃん、可愛いです」
 水引 立夏(みずひき・りっか)は柴犬の子犬を優しく抱きしめた。
「ご飯、お膝の上で食べる? あ〜んできるかな? それともお昼寝する? あたしのお膝を枕にしていいんだよ」
「ク、クゥーン」
 子犬は可愛らしい声を出して、立夏の顔を舐めてくる。
 この子犬は、わんにゃん展示場で紹介された子犬だ。
「あはっ。くすぐったいよぉ。わんちゃん、可愛くて大好き」
 立夏はまたぎゅっと子犬を抱きしめる。
「あれ? わんちゃんの背、ちょっと変わった模様あるね。柴犬なのに黒い模様。病気、じゃないよね?」
「ワワン」
 子犬が首を左右に振った。
「もしかして、あたしの言葉わかる?」
「ワーン」
 今度は首をふらずに、しっぽをぶんぶん振っている。
「そかそか、お話しできたらうれしいんだけどなー。いいこいいこ」
 立夏は子犬をとっても可愛がって、大事に一日面倒を見てあげた。

 子犬を沢山遊ばせて、立夏も沢山楽しんだ後。
「6時間以内の約束だったから、もう戻らないとね」
 立夏は子犬を連れて、展示場に戻ることにした。
「くぅーん」
 子犬はほっとしたような声を上げた。
 そして、顔も上げる。
「……」
 ほっとして空を見上げようとした子犬――に変身したパートナーの木本 和輝(きもと・ともき)に飛び込んできたのは、真っ白な雲、ではなくて!
 青い空。それから立夏の白い足と、純白の下着だった。
「ワ、ン……(そ、そうだ。犬の姿なら、こういうの見放題じゃないか。ちょっとくらい触ったって平気なはずだ)」
 和輝の中に欲望が膨れ上がっていく。
 彼は最初から、そういったことに気付いてはいた。だけれど、考えないようにしてきた。
 万博を成功させたいという思いから。
 きちんと子犬になり、訪れる人々を和ませようと、強い意思の下、頑張っていたのだ。
 パビリオンの成功だけを、成功だけを、成功だけを考えるようにして、立夏に抱きつかれても、膝枕されても、やましいことを考えないよう、自分を律してきた。
(立夏って普段はやかましいけど、動物にはあんなにやさしいんだなぁ)
 そんなことを思いながら、動物らしく振る舞うために、キス……じゃない、顔を舐めて見せたりもして。
 これまで耐えに耐えに耐えてきたけれど。
(ああ、やっぱりいいなー……最高の眺めだ)
 にへらと笑顔が浮かんだその瞬間。
 和輝の身体に変化が現れる!
「あ、あれ?」
 立夏が不思議そうに和輝を見る。
 彼の身体が真っ黒になっていた。そして、犬だったはずなのに、鳥――鴉になっている。
「スカートの中で変身したの?」
「……カァァァァァ……(見上ると、そこには青空と白い布が広がってたんだ)」
 呟くと、鴉は翼を広げて飛び立った。
「カーカーカァー」
「アー、カー、カー!」
 空には、鴉が数羽飛んでいる。その中に――同志の中に、和輝鴉も混ざるのだった。
「ワンちゃんが、鴉さんになっちゃった?」
 立夏は不思議に思うも、大して気にはしなかった。
 ただ、わんにゃん展示場に戻ったら、ちゃんと報告をしないとと思うのだった。
「ちゃんと帰ってくるんだよ〜!」
 消えていく鴉達に立夏はぶんぶん手を振って見送り。
「……そう言えば、ともにぃも来てるはずだけど、どこにいるのかな」
 それもわんにゃん展示場で聞いてみようと立夏は思う。
「あっ」
 突然。
 ふわりと風が吹き、立夏の白いスカートが膨れた。
 めくれそうになるスカートを両手で押さえて、立夏はほっと息をつく。
「カァー、カー」
 空を見上げると、青い空と白い雲が見えた。
 そして、僅かな黒い点も在った。

○     ○     ○


「人混みの方には行くなよ」
 広場の木蔭に、子猫が集まっている。
 ペットフードやミルク、水を用意して、猫の世話をしているのは、神崎 優(かんざき・ゆう)だ。
 集まっているのは、殆ど首輪をしていない猫。
 紛れ込んできた野良猫達だ。
「そっちは危険だぞ、木蔭で遊ばないか。飲み物も用意してあるしな」
 会場入り口の方に向かいかけた猫をひょいと持ちかげて、木蔭の方へと連れてくる。
「じゃれるのは結構。けど、喧嘩はほどほどになー。相手に怪我をさせたらだめだぞ」
 戯れ合って転がりまわっている猫に近づいて、危ないことをしていないか見て回る。
 次第に、飼い主のいるペットも広場に集まり始めて。
 動物園の猫小屋のようになっていく。
「こんなにいろんな種類のいる、猫小屋はないよな」
 雑種ばかりだけれど、皆とても可愛らしい。
「にゃー」
「ふぎゃー」
「こらこら、餌を取り合うな。足りなきゃまた買ってくるから」
 獣人の神代 聖夜(かみしろ・せいや)も、猫の気持ちを読み取りながら、世話をしている。
「むしろ、聖夜に取られるんじゃないかと警戒してるのかもね」
 くすりと微笑みながら、神崎 零(かんざき・れい)は、餌を取り合っている猫の片方を抱き上げて、自らの手にエサを取り、食べさせてあげる。
「ニャー、ニャー」
「食いしん坊さんね。食べ過ぎると、お腹が重くて遊べなくなっちゃうわよ」
 またちょっと餌を上げながら、零は猫を優しく撫でてあげる。
「こちらもどうぞ」
 もう一匹の猫は、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が抱き上げた。
「まぐろがたっぷり入ったキャットフードですよー」
「にゃーん」
 口を開けて欲しがる猫に、刹那は餌を食べさせてあげる。
「ゆっくり召し上がってくださいね」
 それから膝に乗せて、撫でながら餌を食べる姿を見守る。
「聖夜も食べる?」
 零がドライフードを聖夜に投げた。
「いや、猫のエサはいいよ。うわっ」
 投げ返そうとした聖夜だがその前に、猫達がにゃーと押し寄せて、体によじ登っていく。
「わかったわかった。皆で食おうな」
 言いながら、聖夜は袋を開けて猫達に食べさせていく。
「可愛らしいです」
「まるで猫山ね」
 餌を持った聖夜に群がる猫たちの様子に、刹那と零が微笑みを浮かべる。
「どうした? 皆と遊ばないのか?」
 優はそんな戯れている猫達を見守りながらも、隅っこにいる猫にも気を配る。
「体調が悪いわけじゃないんなら、それでいいんだが」
 そう声をかけて、頭を撫でてあげると。猫は気持ちよっそうに目を細めて「にゃーん」と声を上げた。
「なんだか……意外ね」
 そう言ったのは零だった。
「ホント、意外な一面だよな」
「ええ」
 聖夜、刹那もそう言って、優に笑みを向ける。
「なんだか可愛いわ。猫もだけど、世話をする優も」
「私もそう思います」
「まあ、案外似合ってる」
 零、刹那、聖夜の口から出た言葉に、優は赤くなっていく。
「か、可愛いとかいうな」
 ぷいっと顔をそむけるも、手は猫を撫でたままで。
 真面目で、冷静で。物静かな彼だけれど、時にはこんな可愛らしい一面も見せてくれる。
「猫、好きなんですね?」
 刹那の問いに、顔を赤らめたまま、優はこくりと頷いた。
「にゃーん」
 撫でていた子猫が優の膝の上にのっかる。
「お前、本当は甘えん坊なんだな」
 小さな声で言って、優は愛しげに猫の背を撫でていく。
 そんな彼の様子を、パートナー達もそれぞれ猫の世話をしながら、微笑ましげに見守っていた。