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死いずる村(前編)

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死いずる村(前編)
死いずる村(前編) 死いずる村(前編)

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■2――一日目――08:45


「アクリト――お前がフィールドワークに伴ってきた人間は、二人なんだな?」
 アンプルを受け取りながら、瓜生 コウ(うりゅう・こう)は質問した。
「ああ、そうだ」
 眼鏡のフレームの位置を正しながら、アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が応える。
 それは、つい先程の事である。
 注射器とアンプルを受け取ってから、公民館前の駐車場から少し離れた位置へと、コウはアクリトを伴って移動していた。
 ――あくまでも、推測だが。
 コウは、セミロングの黒い髪を手で押さえながら、長い睫毛を震わせる。
 アクリトのフィールドワークに着いてきた人間は、二人である。
 そのパートナーは兎も角として、始めからフィールドワークに伴いこの村にいた人間は、無心に信用する事は出来ない。
 そうした思い等から、彼女は宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)黒崎 天音(くろさき・あまね)は、既に死人であると考えていた。仮に神が采配をふるう場所があるとすれば、その情報を、幼い頃から様々な予言をしてきた彼女は、意図せず感知していたのかも知れない。しかし少なくとも、それは自覚的なものではなかったし、この物語には、それが真にしろ偽にしろ、影響はない。ただ、何らかの情報を彼女が感知した可能性を否定できる者は、何処にも居ないだろう。
 コウが推測した二人が実際に死人であるのか否かは、この物語に目を通した暇にでも渉猟していただければ分かるはずである。
 それは兎も角、コウ自身は、その能力の強さ故、真偽はともかくその様に思わざるにはいられない近未来を幻視していたのかもしれない。
「本人が『死人』だと言っている気がする――また別の当人が、否であると、人々の目を逸らそうとしているようにも思える――ちなみに、オレは『役職者通知』で『共有者通知』を受け取った」
 そんな事を彼女が呟いた時、『共有者通知』と記されたメールの文面を印刷した紙切れを手に、一人の青年が歩み寄ってきた。ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)である。
 ロイは、長く真っ直ぐな黒髪を揺らしながら、公民館の室内でコウを手招いた。
「俺も、『役職者通知』を受け取った」
 歩み寄ったコウは、その言葉に目を見開く。
 ――自分だけではなかったのか。
「俺も、『共有者』だ」
 役職者通知――それは、死人通知に類した、誠に密やかに送付されたものかもしれない。
 ――真実を見極める事が出来るのは、己だけである。
 ――信用できる相手が居る事は幸いであるが、何を信じるのかは、当人次第である。
「オレは、互いの生死が分かるんだ」
 コウがそう口にすると、ロイが神妙な顔で頷いた。
「お互いの生死がわかる――だから俺達は、共感能力者であることは間違いがない。ここに、公言する。三人いる共感能力者の一人が、瓜生コウであることを」
 ロイの言葉に、コウが腕を組んだ。
 その両腕の上で、豊満な胸が揺れる。
「2人で自分のアンプルを、自身に注射しよう。そして人間である事を証明しよう」
 コウがそう言った時、ロイが首を振った。
 長い黒髪が静かに揺れる。
「俺たち以外の役職者も明らかにした方が良い」
 ロイのその言葉に、ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)が手を挙げた。
「僕、狂人」
 緑色の瞳を覆うように双眸を伏せて微笑んだ彼は、ぼさぼさの銀髪を右手で撫でる。
「瓜生とグラードは、『共有者』なんだ」
 それから静かに瞼を開けたニコは、肩を竦める。
 その言葉に、驚いてコウとロイが顔を向ける。
「はい、はい! 私も狂人だよ!」
 そこへ工藤頼香が声をかける。
 神社の巫女として退屈な日々を送っていた彼女は、明るい笑顔でそう叫んだ。
「まぁ、狂人って事が嘘かも知れないけど」
 ニコが言うと、嘆息するように斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)が笑った。彼は顎に触れながら、冷静な瞳を周囲に向けている。無造作な様子のその黒髪に片手で触れながら、邦彦は嘯いた。
「俺は、『探求者』だ」
「ちょっと」
 そんなパートナーの声に、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)が目を細める。ポニーテールの黒髪が揺れている。
「奇遇だな。俺も『探求者』なんだ」
 そこへ六角要が声をかけた。紺色の僧服が、風に揺れている。煙草の煙が、秋の高い空に熔けていく。
「甦った村に、村を永遠とする秘祭、パラミタで色んな不可思議な事に出会ってきたが、なかなか知識欲を刺激される」
 邦彦はそう言うと、髭を静かに撫でた。
「実際来て村を見る限りじゃ、あながち嘘じゃなさそうだし、正解だったな」
 何処か楽しむ風情のあるパートナーの声に、ネルは嘆息しながら追従した。
「今時パラミタでもこんな村ないんじゃない、って位古びた感じがする。……何があってもおかしくないね」
「……とはいえ死人やら物騒な感じがするから油断は出来んな」
 邦彦のその声にネルが頷いた時、椎名 真(しいな・まこと)が声を上げた。
「ここにいる皆さんを、俺は信用したい――人間として、どこか拠点を設け、村の情報を集めていきたいね」
 彼の短い茶色の髪と瞳が揺れる。
 真のその言葉に、橘 恭司(たちばな・きょうじ)が頷いた。
「興味本位で来てみたが……面倒な事が起こってるようだな」
 こういった場合は、どのようにするのが得策なのか、冷静に恭司は思案する。
 ――死人に狙われるのは面倒なので、気づかれないように周りに溶け込んでいるのが良い。
 彼がそう考えた時、しかし周囲から他の声も上がった。
「――死人だってー怖いねー」
 月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)がそんな光景の中で呟く。
 彼女は日光を遮るでもするかのように、レースの付いた日傘を差していた。
「兎に角アンプルも貰ったし、私は行くわね!」
 一人断言すると、多比良 幽那(たひら・ゆうな)が歩き始めた。
「わ、私も行くから」
 幽那を見送りながら、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)がそう口にした。
 ――……大勢の生きてる人の中に居たら心強いし、安心出来るけど……。
 蛇々はそんな風に思いながら、アール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)を一瞥した。
「不確かな情報に惑わされ易いから、単独行動した方が良い」
 アールのその言葉に、唇を噛んだ蛇々は単独行動を決意したのだった。
 ――……アールが言ったから。
 ――……自分自身で確かな情報を得るまで、誰も信じるなって事かな……。
 そんな事を考えながら、黒い髪を揺らし、蛇々は歩き始めた。
「おチビ……でなくて、蛇々。村を移動するとしよう」
 アールはそう言うと、怯えている様子の蛇々の背に手を添える。
 こうして、一人、また一人と、人々は村の中へと散っていったのだった。
「そうか――区別が付かない状況だから、皆、疑心暗鬼に陥ってるな……」
 恭司が言うと、真が残念そうに視線を落とした。
 暫し逡巡するような顔をした後で、恭司は、達観したように一人決意する。
 ――そうである以上、無闇に他者へ近づかない方が賢明か。
「しかたない、俺達もいきましょうか」
 真もまた諦観したようにそう告げた。
 頷いた恭司は、真と二人歩き出す。
 そんな二人の後を歩きながら、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が嘆息した。
「まったく全員が怪しいってか。まあ、それなら信じるのは人じゃなくて情報になるわなー」
 確かにそれは、まごう事なき事実だったから、真も恭司も何も言えない。
 その様子を一瞥しながら、悠司は内心考えていた。
 ――死の匂い、ねぇ。
 ……まあ、確かに色々きなくせーし、用心は必要だわな。
 悠司がそんな事を考えていると、真が溜息をついた。
「今アンプルを貰った皆さんは、少なくとも信用できると思いたいんですが」
 その気持ちを否定するつもりはなかったが、今は未だ情報が少なすぎるからと、悠司は揶揄するように口を開く。
「素性探りとか結局身内以外信じられねーのに良くやるねぇ。目立ちたくねーし、とっとと行かせてもらうわ」
 そう言うと同時に彼は、隠れ身使ってその場からフェードアウトした。
 その様子に恭司が思案するように頷く。此処を出たら、何処かへ一時的に待避しようと彼もまた考えていたのだった。
 こうして真人達が歩いていくとすぐに、一足早く、外へと出ていった面々と遭遇した。
「って、何処に行こうかしら」
 暫く歩いた所で多比良 幽那(たひら・ゆうな)がふと立ち止まってそう呟いていたのだ。
「そのアンプル、寄越しなさい!」
 そこへキャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)が声をかけた。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」
「僕からアンプルが奪えるものならば、奪ってみると良い」
 コロコロと変わる口調で、アリスが言う。幽那からアンプルを奪い、アリスは走り去っていった。
「バカだ。バカがいる」
 周囲の光景を見守っていた常闇の 外套(とこやみの・がいとう)が、そんな事を呟いた。
「俺様は援護だ。とりあえず、護衛するから」
 このようにして、ひとまず皆は、なんとかアンプルを受け取る等し、今後の方向性を定めたのだった。
 公民館の回廊で視線を交わすロイとコウの隣で、不意に夜薙 綾香(やなぎ・あやか)が顔を上げる。
「この状況は、興味深い」
 彼女の黒く長い髪が静かに揺れている。
「綾香様のお役に立てる事が一番ですわ」
 アポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)がそう声をかけると、綾香が微笑する。
「さてさて、面白い状況ね」
 腕を組みながらアンリ・マユ(あんり・まゆ)が、そう呟いた。赤く長い髪が、白い肌を強調するように流れている。
「どうなるのか、楽しみだな」
 ニコがそんな風に言った時、死臭をはらんだ風が、山場村を流れていった。
「きっと、うまいように事は運びますわ」
 何処か達観したように陽気な口調で、ヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)が告げる。
 黒いツインテールが静かに揺れていた。
「――死人がどうだとか、いまいち分からないが、うわぁ……咳が……」
 公民館の暗い回廊の隅に、椅子を見つけたラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が座り込みながら呟いた。
「っとすまねぇな。何か夏風邪引いちまったのか、ちっとばかし具合が悪いんだ」
 椅子に座り込んだ彼は、賑々しい周囲を一瞥しながら、細く吐息する。
「おいおい、どこから死人て奴がくるかも分からないんだから、しっかりしやがれ」
 そこへ白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が声をかけた。
「死臭を孕んだ風が吹き抜ける集落、か……クソメガネ追ってきたら、なんとも面白い場所にたどり着いたもんだ。クソメガネ、サマサマってか」
 ラルクの隣に立った竜造が喉で笑った。
 ――蒼学校長のクソメガネと殺しあおうと思って追ってきたら、死人が混ざってるなんていう面白い集落に来ちまったらしい。ま、死人も生者も、こうなったら関係ねぇか。
 そんな内心で竜造は、伴ってきた松岡 徹雄(まつおか・てつお)アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)へと視線を向ける。
「……」
 無言の徹雄の隣で、アユナが不安げに瞳を揺らした。
「生きてるとか死んでるとか、そんな事はどうでもいいですが、死んだらトモちゃんに会えなくなっちゃうからできれば生き残りたいな……」
 儚く彼女の声が、辺りに響いては消えていった。


 これらは一連の事象の、まだまだ契機であった。