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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第19章 決  戦(7)

 突然のロノウェの離脱に、だれもがまごついた。
「ロノウェ! ――どういうことだ?」
「さぁ……。ヨミ、と口にしていたようだけど」
 零が首を振る。
 答えたのは、城のダリルからテレパシーでやりとりをしていたルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)だった。
「ロンウェルにある居城が襲撃を受けたようです。なんでもバルバトス軍による襲撃で、目的はロノウェの副官のヨミを殺すことだったとか」
「ええっ!? それって……じゃあ奪還部隊は!? 無事なの!?」
「それが――」
 ここには東カナン軍兵もいる。どう伝えたものかためらううちにルースは、魔族兵が左右別れるような動きをしていることに気づいた。開いた中央からだれか、男がこちらへ近づいてくる。一種独特の雰囲気というか……あきらかにただ者ではない気をまとっていた。コントラクターであるのは間違いない。
三道 六黒(みどう・むくろ)だ。あいつもここに来てたのか」
 背後で、だれかがつぶやいた。
「ふむ。意外と名は知れておるようだな」
 自分たちの登場にざわめき立った人間たちの軍勢を見て、六黒はうなずく。
「ふふ。まぁ、それなりに」
 一歩後ろを歩いていた帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)が、謙遜しながらもどこか誇らしさをにじませた声で答える。
「ですが、六黒にはもっと、ザナドゥにおいてさらなる力を得ていただかなくては」
「……我にはどうでもよい事よ。我は、六黒と共に戦場を駆けるのみ」
 最後尾を行く和装の鎧姿の葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が面白みのない声で告げ、闇黒ギロチンを持ち上げる。一瞬でコントラクターたちが臨戦態勢をとったのを見て、ククと笑った。
「魔族兵どもよ」
 六黒はおもむろに梟雄剣ヴァルザドーンを持ち上げる。
「人間どもと何も決着がつかぬままここで退くというのもおさまりがつかぬであろう。これより先、ロノウェにかわり、わしが陣頭で指揮を執ろう。
 行け。人間どもをこのザナドゥの地より追い払うのだ」
「――うおおおおおーーーっ!!」
 新たな指揮官を得て、魔族兵は勢いづいた。剣を抜き、槍を掲げ、鋼の音をたてながら人間たちに向かって行く。
「くそっ……!!」
 すぐにまた、人間と魔族兵の間で戦闘が再開された。
 使い魔の大蜘蛛やアンデッドたちを引き連れた和装の鎧武者は、重騎馬兵を標的としたようだった。
 馬上から繰り出される槍や剣を避けようともせず、両手に持った闇黒ギロチンで馬をねらう。地面におりたところにアボミネーションをぶつけ、数々のスキルを混合させた無双の力でもって、強引にねじ伏せる。
 わざとその異様さを見せつけることで、彼は、戦場をさらに攪乱させようとたくらんでいるようだった。
「ククク……ここは闇に閉ざされた世界。永劫の眠りにつくにはちょうどよかろう」




 人と魔族が切り結び合う剣げき音があちこちで響く中、六黒はゆうゆうと歩を進める。自分から進んで斬りかかり、倒そうとはしなかったが、向かい来る人馬はすべて百戦錬磨の一刀両断で切って捨てた。
「六黒よ。あれが四魔将と呼ばれ、数千の魔族を従える者よ。強大な力を持ち、広大な領地を治める身でありながら、人の言葉でたやすく心乱し、子の危機とあればためらいなくすべてを投げ出す。あれをどう見る?」
 ――人に勝てぬのも道理よ。
 頭の中で響いた六黒の言葉に、六黒に憑依した奈落人虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)はくつくつと肩を震わせる。
「たしかにな。あのような者でも務まるのだ、この国が数千年の間人間に敗北し続けてきたのは当然と言えよう。案外国取りも易いかもしれぬ」
 六黒は答えなかった。国に興味はない。求めるのは力のみ。
 そのことに、波旬はさらに笑いを強める。
「ま、ここでやつらを滅してみせれば、国は無理でも魔将の座程度は狙えるかもしれぬぞ。どれ、試してみるか」
 ヴァルザドーンを腰だめにかまえ、レーザーキャノンの砲口を東カナン軍へと向ける。動線上には魔族兵もいくらかいたが、それが砲撃をやめる理由にはなり得ないというように、レーザーキャノンはうなりを上げ始めた。
 トリガーに指がかかり、砲口がチカッとまたたく。その瞬間。
「させない!!」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)が死角をついて、バーストダッシュで突貫した。
 ウルクの剣がガチッと噛み合い、砲口を押し上げる。ほぼ同時にレーザーは発射され、天空の闇を貫いて消えた。
「きさま」
 すぐさま距離をとり、油断なく剣をかまえるセルマ。その前で、ふっ……と六黒の姿がぼやけた。
「! ――うわっ!!」
 突然間近から突き上げられた剣を、身をひねってかわす。態勢が崩れたところへさらに袈裟懸けに振り下ろされる大剣。かわしようがない。
 剣とセルマの身を包んだオートバリアが触れあい、燃えるような光を発した。
(駄目だ、押し切られる……!)
 だが次の瞬間、六黒はまたも姿を消した。
 背後からブラインドナイブスで突き込まれたリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)の三尖両刃刀をかわして空に跳ぶ。じゃりっと砂を噛む音をたて、リンゼイの後方に着地した。
「リン、ありがとう」
「あれはかなりの使い手ですね」
 振り返りざま、リンゼイはヒプノシスを放った。しかし彼女の動きから攻撃を推測した六黒は残像を残して掻き消える。彗星のアンクレット、黒檀の砂時計、勇士の薬による相乗効果だった。目ではとても追いきれない。
「だけど攻撃する一瞬は止まるはず。そこを狙おう」
 その作戦だとだれかがおとりになり、一撃を受け止めなければならない。
 リンゼイはそっけなく肩をすくめ、立ち上がった。剣を手に、六黒に向かって走り出す。彼女に、すぐにセルマも追いついた。
「セル?」
「2人がかりならもっと確率が上がるよ」
「でも、じゃあだれが攻撃を――」
「ミリィ」
 と、セルマは銃型HCに話しかける。
『聞いてたよ。任せてルーマ、リン』
 銃型HCからミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)のたのもしい言葉が聞こえてきた。
 スナイパーである彼女が光学迷彩を用いてどこにひそんでいるかはセルマにも分からない。けれど必ず彼女ならやってくれると、セルマは信じていた。
 上空には、ヘリファルテですべてを見ている中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)だっている。
「三道 六黒!! 俺はアガデをあんなふうにしたあなたを絶対に許さない!!」
 肌を焦がしそうなほど熱い炎、路面を染めるおびただしい血、泣き叫ぶ子どもたちの声は、今もセルマの耳について離れなかった。
 剣を核とし、爆炎波を導く。炎が燃え盛る剣を全力で六黒にたたきつけた。
 しかし六黒の姿はかき消え、剣は残像をなぐ。
「そこ!」
 反対側についたリンゼイがすかさず三尖両刃刀を水平に振る。だがまだ遅い。
「はっ!!」
 ウルクの剣が足元を狙って横なぎする。かすかに触れたか、それらしい手ごたえがあった。
「……?」
 その感触が、なんだかおかしかった気がしたが、すぐに頭の中から振り捨てた。今はそんなことを思っているときじゃない。
 リンゼイと常に前後ではさむようにし、逃がさないようにする。やがて、黒檀の砂時計の効果が切れた。少し速度が落ちる。そのときにはもう高速移動に慣れていた目には、十分捉えきれる速度だった。
「やあっ!!」
 リンゼイとセルマ、両方の剣が同時に足を狙う。六黒はリンゼイの剣のみをヴァルザドーンで受けた。
「! やっぱり――」
 まるで鉄塊に刃を当てたような感触と音がして、斬り裂いたはずの足にわずかも傷がつかない。瞬間、ターーーーンと狙撃音がしてミリィの銃弾が六黒の肩に当たったが、跳ね返されたらしく、やはり血の一滴も噴き出すことはなかった。
「龍鱗化……だけじゃない、これは――」
「クク。その程度か」
 六黒の顔に、波旬がニヤリと笑みを刻む。
『ルーマ、リン! 逃げて!!』
 声に不吉な予感をかぎ取って、ミリィがスナイパーライフルを連射した。シャープシューターのかかった銃弾は同じ場所を正確に攻撃し、やがて相手の皮膚を突き破る――ほんの少し。そこへ重ねてとどめの一撃を放とうとしたときだった。
「熱くなりすぎてはスナイパーとして失格ですわよ」
 狼のうなり声とともに、間近でそんなささやきが起きた。
「居場所を悟られないように、すぐ移動しないと、ね?」
 まぁどこへ移動したとしても、私の賢狼が嗅ぎ出してみせますけれど。
 戦場で定期的に上がる光術の光を受けて、尾瀬の手と手の空間できらりと何かが光った。ナラカの蜘蛛糸だ。それが、振り返ったミリィにからみつき、今しも引き裂こうとした瞬間――
 シャオの強烈な叫びが頭上より放たれた。
「ううっ……」
 思わず耳を押さえて後退した尾瀬と牙をむく賢狼に向け、シャオはすかさず野性の蹂躙をぶつける。
「ザナドゥの毒虫たち、やっちゃいなさい!!」
 毒虫の群れまで続けざまにぶつけられ、尾瀬は小型飛空艇に飛び乗って退却した。
「シャオ、ありがと」
「ううん。それより、セルマは?」
「ルーマ! 返事して! リン!」
 銃型HCのスピーカーは、雑音の中、走る馬の蹄の音を伝えていた。


 闇に反応して開花する光の矢。
 それが空をきって飛来したのは、まさしくセルマに向かって鳳凰の拳が打ち込まれようとしたときだった。
 エレオノール・ベルドロップ(えれおのーる・べるどろっぷ)が疾走する馬上で弓をつがえている。
 彼女の持つ弓が光条兵器であると見抜いた波旬は、さっとその場から飛び退く。だが接近する馬はもう1頭いた。東カナン軍で唯一の黒馬・グラニである。それを騎馬とする者はただ1人。東カナン国領主バァル・ハダドだ。
「あれがバァル・ハダドか」
 ――違う。あれはセテカ・タイフォンよ。
 六黒の皮肉げな声がした。
 黒く染めた髪、バァルの甲冑をまとった姿を見れば、何がどうしたかは察しがつく。ロノウェが戦っていたのはバァルでなく、セテカだったというわけか。
 ――もうよかろう。頃合いだ。退け。
「…………」
 波旬は、素直に従うのを不服するようなためらいの間をあけたが、結局は六黒の指示に従った。戻ってきた尾瀬を伝令兵として出し、自身は東カナン軍を引き下がらせるべくアナイアレーションで威圧しながら去って行く。
「無事か?」
「は、はい……。いいん、ですか? セテカ……さん」
 グラニから降りたセテカに、セルマが訊いた。リンゼイとの高速コンビネーションですっかり息が上がっていた。
「ん? ああ。潮時だ。そろそろ兵を退かせようと思ってはいたんだ。
 エレオノール」
「はい」
 エレオノールが鏑矢をつがえて空に放つと疳高い鳥の声が空を駆け上がっていく。
 こうしてロンウェルでの長い戦いは終わった。