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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第14章 襲  撃(2)

「これは……!」
 東館2階に上がったとたん、目の前に広がった光景に全員が絶句した。
 幅3メートルはあるかという廊下中に、魔族軍兵たちの死体が転がっている。
「殺し合ったのか、こいつら……」
 むせかえる血臭に鼻と口をおおった乱世の横を抜け、尾瀬が前に出た。
「半数はバルバトスの兵だな」
 左右に目を配り、息がある者がいないか物色する。やがて、柱にもたれかかった態勢でうずくまり、うめき声をあげている兵を見つけた。
「だれか回復系魔法使えるやついる?」
「あ。あたし、使えるよ!」
 蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)が駆け寄って、命のうねりを使った。
「さーって、話してもらえるかなー? 何があったの?」
「お、おまえたちは? 人間?」
 腹部に負った致命傷が癒され周りを気にする余裕のできたロノウェ軍兵は、警戒して身をひこうとする。逃げようとする素振りを見せたが、すぐに周囲を覆われていることに気づいて頭をたれた。
「ああ、気にしなくていいよ。話し終わったからって殺したりしないから。
 それよりさ、ここで何が起きてるの?」
「ば、バルバトス軍だ。やつらが、人質の人間をねらってきたんだ」
「あー、やっぱり」
 兵の言葉を聞いた瞬間、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が身をひるがえした。バーストダッシュで転がった死体の間を抜け、廊下を走り抜ける。
 遅れまいと、バァルたちも駆け出した。
「……部屋、まだ訊き出してないんだけどー」
「死体を追えば分かるさ! あたいたちも行くぞ!」
「えっ、ランちゃん待ってよ〜」
 あとを追うべく、ヒプノシスで眠らせようとした尾瀬は、まだ兵が何か話していることに気づいた。
「やつらは……二手に別れた。桃色の髪の女が……ヨミ様の居場所を聞き出して……頼む! ヨミ様をお助けしてくれ!! ヨミ様は西館の――」
 ふっと尾瀬の手が顔の前で動いた。その一瞬で兵はヒプノシスにかかり、深い眠りに入る。
「教えてくれてありがとな。あとのことは心配しないでいいから、よーく眠って体力回復してくれや」
 そしておもむろに銃型HCを作動させた。


*          *          *


 突然、ティアン・メイ(てぃあん・めい)がシュトラールを手に立ち上がった。
「どうかしたの?」
「静かに。私の後ろに回ってください」
 アナトは耳をすましてみた。しかし足音らしきものは聞こえない。気のせいではないかと言おうとし、彼女を見て、おとなしく従った。
 今、ティアンは先までと全く違う女性になっていた。あのうつで陰気な影は消えて、全身にパワーがみなぎっている。
 かすかに羽音のような音がした気がした。
 直後、ドアを蹴破って現れた魔族の兵たちに向け、ティアンはシュトラールから光線を放つ。
「ぎゃああっ!」
 強い光に目を焼かれ、のたうつ魔族たち。
 ティアンの手がアナトの手を引いた。
「出ます! ついて来てください!」
 ここにいては逃げ場を失う。
 入口に向かうティアンを見て、とっさにアナトはバルバトス兵の手から剣をもぎ取った。そのまま2人で廊下へ飛び出して行こうとしたのだが。
「あ、アナト……待て!」
 転がっていた兵の1人が命令を放つ。びくんとアナトの体が震え、足が止まった。
「アナトさん!? ――しまった」
 アナトは魔族の言葉に逆らってはいけないという命令をロノウェから受けていた。
「あれはロノウェ側の魔族に限らずということになるのね」
「この部屋から出てはならな――ぎゃっ!」
 シュトラールが魔族を両断する。
「ティアン……あなたは逃げて……」
 入口を見て、アナトは身震いした。あそこから出ることを考えただけで体が動かなくなる。アナトは剣を投げ捨てた。これでティアンを攻撃しろと命令されてはたまらない。それくらいなら、震えているだけの無力な女と誤解された方がましだ。
 一気に押し寄せてきた魔族たちからアナトを守るべく、ティアンは盾となった。遮二無二シュトラールをふるうが、相手の数が多い上、アナトをかばって動きが制限されてしまっている。
「くっ……!」
 隅に追いやられ、このまま押し切られるのも時間の問題と思われたとき。
 銃声が響き渡り、一角が崩れた。
 前のめりに倒れた魔族の背中の羽が氷結している。ひゅっと風を切る音がして、次の瞬間乳白色の髪の男がそれを蹴り砕いた。
 印象的な赤い両眼が、驚きに瞠られたティアンの目と交錯する。
「一体どこから……」
 そんなはずはないのに、突如何もない空間から飛び出してきたようにしか見えなかった。
 ティアンの考えを見透かしたように微苦笑を浮かべると彼女に背を向け、二丁拳銃を魔族に突きつける。
「私は六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)、味方ですよ。……とりあえず、今日はね。
 それから、玄秀くんから伝言です。すぐにヨミ様に知らせて援軍を連れてくると」
「シュウが? あなた、シュウを知っているの?」
 それを聞き、ティアンがほっと息をつくと同時に、魔族兵たちが一斉に笑い出した。
「来ねぇよ。あっちには俺たちより数倍の人数が向かったんだからな」
「来れるわけねぇ!」
「今ごろそいつも返り討ちにあってるさ!」
「……そういうことですか」
 ぎり、と奥歯を噛み締める。ならば、ここで時間稼ぎをしても仕方がないわけだ。
 魂を奪われた代償として脚力の増加した鼎の足が、笑う魔族兵を蹴り飛ばす。不意をつかれた魔族兵は背後にいた者ごと吹き飛び、壁に激突した。
 絶句し、壁でうめく仲間に目をやった魔族のこめかみに、プルガトリー・オープナーの鋼鉄の銃口が押しつけられる。
「あなたたち、今自分の処刑執行書を無条件で差し出したことに気づいていますか?」
 いないでしょうね、ばかだから。
「ことわっておきますが、私は「弱い」んです。だからこの人数差では手加減などできません。OK?」
 ひやりとした、冷気すら感じ取れそうなささやきとうす笑い。
 非情な銃声とともに、鼎の銃舞が発動した。


*          *          *


『……っていうワケなんよ。まー、理由はまだ分かってないんだけどさ。とりあえず現状報告な』
「分かった。連絡をありがとう。また何か分かったら知らせてくれ」
『オッケー』
 それを最後に、銃型HCから尾瀬の声は途絶えた。
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)は脇によけてあったグリントライフルをかまえ直し、先までの狙撃に戻る。
 彼の覗く照準器の向こうでは七刀 切(しちとう・きり)黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)の4人が、魔族兵を相手に派手に暴れていた。内部へ潜入した奪還部隊から目をそらさせるためのおとり役なのだから当然だが、数の差で分が悪い。彼らをサポートするべく、隼人は遠距離にある建物の屋根から狙撃を行っているのだった。
 今もまた、切に向かって後ろから魔弾を放とうとする魔族兵を狙ってトリガーを引く。レーザーの光がきらめきながらうす闇を走り、対象にヒットした。
「隼人、先の通信は?」
 隼人と背中合わせに座り、彼の目の届かない背後を警戒している風祭 天斗(かざまつり・てんと)が訊く。
 音量を絞っていたせいで天斗には聞こえなかったようだ。
「奪還部隊との定時通信だよ。どうやらバルバトス軍の魔族が襲撃していて、ヨミを狙っているらしい。理由はまだ不明だけどね」
 近くの仲間が突然光に貫かれ、倒れたことで狙撃に気付いた魔族兵が、さっと遮蔽物の後ろに逃げ込む。だが隼人の持つグリントライフルは光条兵器。狙われたが最後、隠れることなどできない。
 レーザー光は吸い込まれるように遮蔽物の中に消え、向こう側の見えない敵を討った。ぐらりとかしぎ、倒れた足だけが覗く。
「……これは、ロノウェに知らせるべきか?」
「証拠がない。理由も不明じゃ、敵側の人間の言葉なんかロノウェは信じてくれないよ」
 内部分裂を狙った工作と疑われるのが関の山だ。
「証拠か。それがうまく手に入れば、ロノウェとバルバトスを決定的に決裂されることができるんだが」
 ふむ、と天斗は考え込む。
「奪還部隊に期待するしかないね。グレアムがデジカメを持って行ってたし」
「そうだな。それで映したのをこちらに送ってもらえたら、それを持って街の外に置いてきたおまえのジェットで向こうに戻るという手も――隼人? どうした」
 つれづれに考えを口にしていた天斗が、隼人の様子に気づいた。
 グリントライフルが横に流れている。照準器を使って、何かを凝視している?
「隼人」
「……くそ。最悪だ」
 隼人はつぶやき、急いで切にテレパシーを送った。




「――ん?」
「どうした? 切」
 ぴたりと動きを止めた切を音穏が振り返った。
「いや、隼人からかなりあせったテレパシーがきて……「早くそこから移動しろ」だって」
 どういうことかな?
 小首をかしげる切の後ろを、一瞬で黒い影が覆ったかに見えた。
「切!!」
 音穏の言葉にかぶさるように、残忍な死神の刃が振り下ろされる。人間の体など軽く一刀両断してしまえるほどの力を持つそれを、間一髪で魔鎧化した音穏が受け止めた。
 刃と魔鎧の接触面が火花を散らす。
「音穏さん!?」
 衝撃に押され、よろめきながらも切はなんとか距離をとった。
「大丈夫だ。この程度ならば問題ない」
「よかった」
 だが息をつく間もなく、死神の刃は彼の胴を断ち切らんとさらに振り切られた。
「うおっとぉ!」
 これも寸前、紙一重でかわす。
 すれ違いざま、切のホークアイが敵の姿をとらえた。
 なびく金の前髪の隙間から覗く冷徹な青い瞳の女剣士。
 ――剣士?
 いや、彼女は剣士ではなかった。うす闇の中、人の身の丈を超える巨大な鎌をふるっているかに見えたが、違う。
 その鋼鉄の刃は彼女の腕から生えていた。
「まさか!?」
 切は己の目の方こそ疑い、ごしごしこする。だがどう見ても、その武器は彼女の腕に食い込み、腕そのものと化し、刃へとつながっているとしか思えない。
「おまえ……だれだ?」
「わたくし?」
 女は、にい、と嗤う。
「わたくしはセシリア・ナート。ジャガンナート様の化身たるバルバトス様にお仕えする戦巫女ですわ。以後、お見知りおきを」
 言葉にかぶせて、セシリアは腕と同化したフォールアウトXを水平に振り切る。それを切は鞘で受けた。
 が。
 受けたと思った瞬間、彼は背後にセシリアの気配を感じる。
「ばかな!」
 幻影、ミラージュ攻撃かに思えたそれは、しかしセシリアそのものだった。
 振り下ろされた刃が右肩から左脇へと抜ける。
「切くん!!」
 クラースナヤ白漆太刀「月光」を操り、魔族と戦っていた悠美香。すり流し、脇を割って地に沈めるやそちらに駆け寄ろうとする。
「来るな!」
 気配でそれと察して、切は叫んだ。
「でも!」
 反論しようとした悠美香の死角をついて、魔族が斬りかかってくる。
「危ない、悠美香ちゃん!」
 要の灰色の左目が輝き、筋状の光を放った。腕を焼き落とされた魔族が、苦悶の声を上げながら後ろに転がる。それを確認する間もなく、悠美香は背後から振り下ろされた剣を二刀で受けた。それを弾き飛ばした隙をついて、さらなる敵も向かってきている。
 悠美香にも要にも、切のフォローに回る余裕はなかった。魔族たちは強力な味方・セシリアの出現に勢い立ち、今がチャンスとばかりに一斉攻勢をかけてきている。
「くそっ! ヘタな芝居うって、派手にやりすぎちゃったかねぇ!!」
 より多くの敵を引きつけるためにと思って「あと少しで倒せそう」なフリを装っていたのだが、いつしか本気で苦戦になっていた。
 背の機巧龍翼を展開し、中距離から魔弾を撃とうとする魔族たちに向け火炎放射を浴びせる。
 魔族がたいまつと化して燃え上がる炎にあかあかと照らされ、セシリアは聞こえてくる悲鳴に耳を澄ませた。
 つま先がリズムを刻み、唇が歌を奏で始める。
「――Wohl mir, das ich Gott habe, O wie feste halt ich ihn, Das er mir mein Herze labe……」
 その意味は理解できなかったが、節に聞き覚えがあった。
 有名な曲だ。どこで聞いたっけ……?
 高速で繰り出された攻撃を受け、人形のように吹き飛ばされる間、なぜかそんなことを考えていた。
「切! 切! 起きろ! やつが来る!!」
「……ああ、音穏さん……」
 気がつけば、地に仰向けになっている。
 悲鳴を上げる体の痛みを無視して、どうにか身を起こす。セシリアは神を讃える歌を口ずさみながら、あわてることなく悠々と切に迫っていた。
 彼女に向け、レーザー光が空を走る。
 しかし貫いたのは残像のみ。
「――くそっ、速い!」
 あの異形の腕といい、あれは本当に人間の動きか?
(まさか……)
 ある可能性がひらめく。
 彼女は魔神に魂を捧げた代償として高速化されたのではないか? 隼人が気づいたとき、もう切はセシリアの間合いに入っていた。
「切。我でも至近距離でのあの攻撃は、そう何度も防げんぞ」
「……うん。ごめんねぇ、無理させちゃって」
 腰を落とし、低くかまえをとる。
 おそらくはこの一撃。これで勝負は決する。
 相手のリーチの方が長い上、速い。どうしてもくらってしまうだろう。
「あと1回、耐えて、音穏さん」
「……分かった」
 武器は見ない。目で見て合わせようとしても遅すぎる。気を合わせるしかない。
 切は、言うなれば歴戦の勘で、セシリアの呼吸に合わせた。踏み込み、鞘走らせる。
 ――七刃『村雨』
 捨て身の抜刀がセシリアの左胴を割る。と同時に、その傷口が凍った。グレイシャルハザードだ。セシリアがわずかに身を傾けただけでピシピシと音をたてて破片と化した血肉がこぼれ落ちていく。
 それを下から見て、切は中指を立てた。セシリアの鬼神力による横なぎをまともに受け、一刀両断されはしなかったまでも内臓に損傷を負っている。しゃべるどころかもはや頭を起こす力もない。吐血した口もとで、それでも会心の笑みをセシリアに投げた。
「……おろかなこと。痛みはジャガンナート様がわたくしに与えてくださる最善の祝福なのです」
 もはや死などに遮られることもなく、続く痛み。
 神によって愛されていることを実感できる甘美さに、セシリアはうっとりと酔いしれる。
 そのときレーザー光が走り、彼女ののどを切り裂いた。
 血はシャワーとなって吹き出すことはなく、どろりとのどを伝うのみ。よろけはしたが倒れもしない。
「――やはりか!」
 あれは魂を奪われた者、不死者だ。
『要、切を連れて撤退しろ! 急げ!』
「言われなくても」
 隼人の声が頭の中に響く前に、もう要は駆け出していた。振り返るセシリアに向け、ビームを放つ。残像となったセシリアを突っ切り、勢いのまま地面に転がった切を担ぎ上げた。
「悠美香ちゃん!」
「ええ!」
 悠美香が強化光翼を展開させ、舞い上がる。彼女を狙って魔弾が放たれる前に、要がサンダーブラストを連発した。
 機巧龍翼がその強力な翼で風を巻き起こし、一瞬で要を上空へと運ぶ。
「Gott bleibet meine Freude, Meines Herzens Trost und Saft……」
 戦意を失い飛び去る彼らはもうセシリアの視界にも意識にも存在しない。魔弾で追い討ちをかけている魔族兵たちの間をすり抜け、城へと向かう。
 その体からは、血肉の破片がひらひらと飛んでいた……。