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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第15章 襲  撃(3)

 トリガーが引き絞られるたび、それは猛獣の咆哮のような音をたて、敵に食らいつき、壁まで吹き飛ばした。
 室内にたちこめる硝煙のキナ臭さ。
 白衣が踊り、旋風のような後ろ回し蹴りが決まる。砕けた胸甲を飛び散らせながら仰向けに倒れた魔族兵は、白目をむいたまま動かなかった。
 自分を遠巻きに見ている魔族兵たちを油断なく見据えながら、鼎はできるだけ早く息を整えようとする。
 バルバトスに魂を奪われ、不死者になったとはいえ、疲労も痛みもある。鶯の白衣を染めた血のほとんどは魔族兵のものだったが、これだけの数の敵を相手に、鼎とて無傷ではなかった。
 彼の脇でティアンもまた、滝のように汗を流し肩で息をしている。
(1、2……あと10人ですか。やれやれ。増援がなければ、このままいけるかも――)
 その者たちが現れたのは、そんなときだった。
 ふと流した視界に入った入口から、ひょこ、と頭が中を覗き込む。
「ぁあ? ここどこだ? クソ犬いねーじゃねーか」
 純白であるにもかかわらず、見るからに禍々しい気を発する外套を着た男が、そう言葉を吐き捨てた。
「ほんとにここかぁ? おい、徹雄」
 と、廊下の方を向く。
「あ? よく見ろってか? 何を見ろって――」
 うさんくさげにもう一度室内を覗き込んだ男の表情が、鼎やティアンにかばわれたアナトを見て、腑に落ちたとなる。
「おい、そこのあんた。あんたがアナトって女か?」
 ――ごとり。
 部屋へ入った男が手に持っていた超重量の大剣が床を打つ。鋼鉄の砲口まで備えたその武器は、一撃でそこにいる彼ら全員を殺せる殺傷能力を持つのはあきらかだ。
 息を飲む鼎に彼が何を思ったかを察して、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の片ほおがゆがむ。
「おらァ!! 巻き込まれたくないやつァさっさとどけやあ!!」
 ヴァルザドーンを腰だめにかまえるやいなや、ぶっ放す。強烈なレーザー光が走ったと思うや、鼎たちのすぐ脇の壁が吹き飛んだ。バルバトスの魔族兵が巻き込まれようがおかまいなしだ。
 爆音を立てて外部の闇へ崩落する岩壁に目をとられた隙をつき、ヴァルザドーンを投げ捨て一気に距離を詰めた竜造の左フックが炸裂する。金剛力に強化された一撃は、やすく鼎を壁まで飛ばした。壁を砕くほどの衝撃を受けて気絶する鼎。
 竜造の目が次なる敵、ティアンへと向く。
「女騎士さんよ、俺ァ女だろうが立ちはだかるやつには容赦しねぇ。いいか、1度だけ言ってやる。そこをどきな」
 ティアンの剣先はわずかも揺らがない。
「……へッ。上等だ!」
 竜造のこぶしが引かれたとき。
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がバーストダッシュで室内へ飛び込んだ。
「なに!?」
 勢いそのまま竜造の背中に横からタックルを仕掛ける。2人はもつれあった状態で床を転がった。
「てめェっ……!」
 上に乗ったトライブを蹴り飛ばして身を起こした竜造の前、バァルたちがなだれ込む。室内にバルバトス軍の魔族兵を見て、彼らは一斉に武器を抜いた。
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が裂神吹雪を投げつける。一見、ただの紙吹雪に見えたそれらは、陰陽師であるカルキノスの手を離れた直後、まるで生きた竜巻のように渦を巻く。巨大なヘビが獲物を丸飲みするように魔族兵に襲いかかり、触れるものすべてを切り刻んだ。
「なんだ!? これは!」
 見たこともない攻撃に叫声をあげてとまどう魔族兵。
 1つ1つの傷口は決して深くはないが、少し動くたびに紙がどこかに触れ、痛みが走る。
「いまだルカ!」
「ええ!」
 カルキノスの合図でルカルカ・ルー(るかるか・るー)がアウィケンナの宝笏を突き出した。先端から光輝がほとばしり、魔族の目を焼く。そこへバァルが走り込み、一刀の下に斬り捨てた。
「ひゃっはは!! こーいうのを待ってたんだよォ!!」
 近寄らせまいと放たれる魔弾を縦横にすり抜けながらヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)は快哉を叫ぶ。
 横に避けることはあっても後ろに逃げることはない。たとえ、紙一重で肌を切られることがあろうとも。
 彼女にとって、標的と化した獲物を前に、退くことなどあり得ないのだ。
 机を蹴って盾とし、壁を走り、天井を蹴る。床すれすれまで身を沈ませ、突き出された槍の下をくぐり、その腕を掴み止め、グイと引き――魔族兵の鼻先まで顔を突き出した。
「その目、その息。……ああ、てめェの恐怖が感じられるよ。ほら、汗も」
 ぺろりとほおをなめる。
「そうさ、てめェはここで死ぬんだよ。――アタシにヤられてさぁ!!」
 ハッハァー!!
 チャージブレイクで溜めた力をこぶしに乗せ、胸甲ごと貫いた。
 足下に崩折れた死体をうっとりと見下ろし、指についた血をなめる。
「ああ……ゾクゾクして濡れちゃいそう……!!」
 自らを抱きしめ快感に震える戦闘狂ヒルデガルドを横目に、竜造はチッと舌打ちをした。
 完全に逆転している。
 まだ全員やられたわけではないが、場の形勢を向こうが掴んでいるのはあきらかだ。バルバトスの兵たちはそろって、これまで経験したことのないコントラクターたちの攻撃にとまどい、本来の力もろくに発揮できずに振り回されている。
 うまくやればもう少し反撃もできるだろうに。
「指揮官いなけりゃこんなモンか」
 さりとて自分がそうなるつもりもない。
 標的のアナトはバァルやトライブ、ルカルカたちがいち早く確保し、周囲を囲っている。
「こりゃさっさと抜けた方がよさそうだな。――って、そういや徹雄はどうした?」
 室内を見回して姿を捜す。
 松岡 徹雄(まつおか・てつお)は隠形の術を使ってコントラクターたちの側面に回り込み、そこにいるエシム・アーンセトに斬りかかっていた。
 数度刃をかわしたのち、つばぜり合いに持ち込んでいる。
「なに遊んでやがんだ、あいつは」
 その動きから、竜造には徹雄がわざと手加減しているのが分かった。
 殺す気があるなら隠形の術を解除してわざわざ姿を見せて斬りかかったりなどせず、気配も悟らせないで殺していたはずだ。
 徹雄が何かつぶやいたらしい。
「ふざけるな!!」
 エシムの厳しい拒絶は部屋の反対側にいる竜造の元まで届いた。
 何がどうしたかったのかは分からないが、それで決まりだ。動こうとした、そのとき。
「はっ!!」
「おっと」
 死角をついて繰り出されたジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)のチェインスマイトを、床に転がって避けた。立ち上がりざま、投げ捨てたまま転がっていた己の剣・ヴァルザドーンを拾い上げる。砲口を盾のように持ち上げたところにクヴァール・トレーネが撃ち込まれた。
 顔のすぐそばで跳ねた弾が背後の壁を大きく穿つ。
 ジュンコは本気で竜造の顔面に大穴を開けようとしていたのだ。眉ひとつ動かさずに。
 ヒュウ、と思わず口笛がついて出た。
「……ハハッ」
 笑って振り切られたヴァルザドーンを、ジュンコは後方へ跳んで避ける。
「ジュンコ!」
 鼎にヒールをかけていたマリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)が、事態に気づいて間に割り入った。
 だが竜造の目はジュンコだけを見ている。
「シビれる女だぜ。このままてめェと殺り合いたいが――ここはちょーっと場が悪い。また今度だ。
 おっと。あんた、名は?」
「ジュンコ・シラー」
「俺ぁ白津 竜造。俺に殺られるまでつまんねぇ死に方すんじゃねーぞ。
 アユナ!」
 竜造の声に応えてアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が魔鎧形態を解く。人化するやいなやアユナの手から酸度0%のアシッドミスト、つまり霧が放たれ、部屋中をまたたく間に覆った。
「行くぞ、徹雄!」
 入口付近で竜造の声がして、それを合図に徹雄も撤退する。
「ちィッ! 行かせるかよ!!」
 カルキノスが声のした場所に向かって呪詛を放つ。
 命中したかどうかは分からなかった。倒れた音がしなかったところをみると、当たらなかった可能性の方が高そうだ。
「ケッ」
 いまいましい霧のせいだ、とぐるり周囲を見渡す。
 この濃霧。ただ彼らの目をふさぐことが目的ではない。
 入口付近で少女の影が何か、手に持った漏斗みたいな物の中身を振りまくような動作を見て、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)はとっさにブリザードを発動させた。
「きゃあ……っ!」
 突然の氷雪に驚きの声が上がる中、ブリザードは渦を巻いて毒霧を壁際まで押しやる。竜造のキャノンが空けた穴から、すべてを外に放出した。
 霧が晴れて再び視界がクリアになったとき、部屋の中には彼らしかいなかった。バルバトス軍の魔族兵もいないということは、霧にまぎれて壁の穴から撤退したのだろう。
「夜魅、敵の気配はある?」
「――ううん、ないよ、ママ」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)からの質問に、ディテクトエビルで周囲を探ったあと蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)が笑顔で首を振ってみせる。
 その言葉に全員が武器を収めたとき。
「あの……」
 おずおずと、アナト=ユテ・アーンセトが彼らの輪の中央に進み出た。
「皆さん……あの……」
 どう言えばいいのか。
 アガデのあの夜から、問題は何も解決していない。自分は魂を取られたままで、いつ魔神に操らるかも分からない状態なのだ。
 それを彼らも知っているはず。なのに、彼らは危険をおしてもここまで来てくれた。おそらくは彼女を連れ出すために。
 なぜ来たりしたのかなどと責めることはできない。
 かといって、来てくれてありがとう、とも言えない。これは、そんな軽い言葉ですませられる行為ではない。
 ただ…………うれしい。とても。
 今まで一度も経験したことがないくらい、胸が熱くなって……。
 それをどうしたらうまく伝えられるの?
「アナト!!」
 言葉を見つけられずにいるアナトに、ルカルカがとびついた。
「アナト! 会いたかった! さびしかったわ!」
 ぎゅうっと抱きしめる。
 その力の強さや、声にこめられた想いを胸に痛いほど感じて、アナトは涙のにじんだ目を閉じた。
「わたしも……会いたかったわ、ルカ」
 抱き返し、思いを伝えるのに一番ふさわしい言葉を伝える。
 そう、さびしかった。この地へ来ることを選んだのは自分なのに、彼女たちに会いたくてたまらなかった。
「姉さん」
「エシム? あなたも来てくれたの?」
 人と人の間に弟の姿を見たアナトの目が丸くなる。
「姉さん、戻りましょう、テセランへ」
「テセラン?」
「アーンセト家直轄の領地だ。アガデからかなり南方にある」
 遥遠のつぶやきにバァルが答える。
「あそこなら魔族などに操られる心配はありません。僕や、あなたに忠実な騎士たちが必ずお守りします。女性1人守れない、あんなあてにならない者たちとともにいたのが間違いだったのです」
 だれとは言わないが、だれを指しているかは明白な言葉だった。
 それを聞いて、カーッと狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)の頭に血がのぼる。
「まだそんなこと言ってんのかてめーは!! ちょっとこっち来い!」
 首根っこをひっつかみ、ほかの者の邪魔にならない後ろへ引っ張り込んだ。
「あたいらが戦う『敵』ってのは誰だ? この中にはてめぇのほかにもバァルに思うところのあるやつがいるかもしれねぇが、元を正せば悪いのはアガデで善意を利用してひとをだまし、こうして仲間のロノウェの城まで襲撃して、今もきっと笑って虐殺を楽しんでるに違いないバルバトスのクソババアただ1人だ。今、あたいらが仲間割れしたら、それこそやつの思う壺なんだ! それを忘れるな!」
「…………」
 エシムは乱世の勢いに押されて黙ったものの、完全には同意しかねるのか、視線をそらした。そんなエシムをかばって「まぁまぁ」とウォーレンが仲裁に入る。
「アナト様」
 ジュンコが進み出た。
「皆さんを傷つけたくないと身を退かれたアナト様のお志はご立派と思いますわ。けれど、こちらにいることで魂は返却されるのでしょうか? そうでないのでしたら、無理をされてこちらに居続ける必要はないかと思います」
「そうですよ」
 ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)が同意する。
「もう十分こちらにいて、あなたも理解されたでしょう。そろそろ帰る時間かと思います。
 誰にでも帰るべき場所があり、守るべき者があるのです。あなたにもあるでしょう? そしてそれはここではないし、ここにいる者でもない」
「でも……もし操られて、まただれかを傷つけたり、何か大変なことをしてしまったら……」
 その言葉が記憶と重なって、トライブの癇に障った。
「姐さん、あんま、俺たちを過小評価するなよ」
 いら立ちを押し隠し、できるだけ軽く聞こえるよう笑顔をまじえて言う。
「いくら不意をつこうが姐さん程度にやられるほど、俺たちは弱くねぇ。バァルなんてああ見えて意外に頑丈だから、ちょっとくらい剣で刺したって大丈夫だって。むしろ今までのこと考えると、多少刺してやったっていいんじゃねーの? 姐さんはさ」
「トライブ」
「こんな異国で、お嬢さま暮らしの姐さんじゃいろいろ困ることも多いんじゃない?」
「…………」
「誰も怒ってないんだ。妙な意地張らず、さっさと戻ってくればすむ話じゃねぇか」
「そうですわ。アナト様の魂を取り戻すために、こうして皆さまが命をかけて行動をしてくださっています。ですから、皆さまの想いに応えるためにも、一緒に戻る事を考えてはいただけないでしょうか?」
「アナト様が一緒に戻る事に前向きになってくださる事が、きっと皆さまの御力にもなりますよ」
 ジュンコとマリアもそろって説得する。
「でも……」
 それでも言いよどむアナトを見て、ついにトライブの堪忍袋の緒がぷっちん切れた!
「アナト! いいかげんにしろ!」
 ひゅんっと空を切って平手が走る。
「さっきから言ってるだろ! だれも剣を向けられたことを怒ってなんかないんだ! 
 俺たちを傷つけるのがいやだから戻りがたいっていうおまえの気持ちも理解できる。だがな、俺が何より我慢できないのは、たったそれだけのことで俺が簡単にアナトをあきらめると思っていることだ!
 命の危険があるからって切れちまうような関係はな、とっくの昔に終わってんだよ!
 強い力のこもったトライブの目が真っ向からアナトの目を覗き込み、その奥の心を掴んで揺さぶる。 
「俺は死なない。おまえも死なせない。誰も殺させない!
 ……なぁ。俺の大好きなアナト=ユテ・アーンセトに、そんな気弱な顔は似合わないぜ? 初めて会ったとき、俺を賊と思って剣を突きつけたよな? あれがアナトだろ? だからいつまでもそんななさけない姿、見せないでくれや」
「……それがひとの胸をわしづかみながら言うこと!?」
 手と目と口は別物です、とばかりに発言の間中胸の上に乗って動いていた手をひねり上げ、全力でぶん殴った。
「いてぇよ!
 だって、女をぶったりなんかできないだろ!」
 床にしりもちをついて真っ赤になったほおに手をあてながらトライブがぶーぶー文句を言う。
「大体、なんでこぶしなんだよ? ふつー女性なら平手で――」
「こぶしが何よ! 今ここに弓があったらサンドアート展での痴漢のように射てるところよ! いくらトライブでもね!!」
 なかったことに感謝しなさい!
「あなたにそんな面があったとは」
 後ろでバァルがくつくつ失笑している声を聞いて、瞬時にアナトは赤面した。
「あ、あの……バァル様、これは……その……ええと」
 貴婦人にあるまじき姿を見せてしまった、とあわてて猫をかぶろうとするが、うまくいかない。とりつくろうと四苦八苦する姿を見ながら、バァルはルオシンの言葉を思い出した。
 だが、無理だ。
 身上書を読んで結婚を決めたときと比べ、知り合ってからの彼女ははるかに好ましい女性になっているが、まだそんな感情はない。おそらくは彼女にとっても、自分は自国領主という存在だろう。
 ただ、言っておかなくてはならないことはあった。
「姫」
「は、はい」
「今度のように、わたしの東カナン領主という地位は必ずしもあなたを守るものとはならない。むしろ、こうしてあなたをつらい目にあわせてしまうことが多いだろう。それは、わたしの婚約者である限り変わらない。妻となればなおさらに。
 あの会談の前のあなたなら、そんなことは承知の上と言ったと思う。しかし、今のあなたはその意味を身を持って経験された。それでも東カナン領主の婚約者であることを望まれるか? よく考えてほしい」
「……バァル様、わたしは――」
 答えようとするアナトを、だれもが固唾を飲んで見守る中。
 突如現れたガーゴイルがその翼で風を起こし、アナトの周囲にいる人間をたたき伏せた。