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リアクション
■ 君主の墓所 ■
かつての君主の墓所に参りたい。
そう言い出した孫 陽(そん・よう)に同行し、佐々良 縁(ささら・よすが)は中国、陝西省の鳳翔県にある穆公の墓を訪れた。
(たしか先生の上司……って言い方も変かぁ……お仕えした方のお墓だっけ)
縁にとって穆公は、歴史でしか知らない、それも始皇帝以前かつ紀元前という気の遠くなるほどの昔の人だ。あまりにも遠い人だから親近感を持ちようも無いけれど、陽とゆかりのある人だと思えば興味も湧く。
本人が話をしないので、なんとなく陽の生前のことを聞けずじまいでいたけれど、こんな機会になら自然に色々聞けるかもしれない。
そんな期待もあって、縁は二つ返事で陽の帰郷に同行することにした。
観光客にまじって墓を訪ねた後の道すがら、縁は陽にぽつりと切り出してみた。
「春秋五覇に数えられるほどの名君でしたっけねぇ。ちょっと歴史にはあかるくないですけど」
穆公と陽の間にあったことを縁は歴史の出来事としてしか知らない。もしかしたら話したくないことがあるかもしれないから、ずばりと話題にのせることを躊躇したのだ。
どんな反応をするかと窺っていると、陽は穏やかに微笑んだ。
「ええ、そうですね。とても立派な方でしたよ」
長い歴史の中で名君と呼ばれる君主は何人もいるけれど、中でも穆公は人心収攬に長けていた。諸侯の盟主にこそならなかったけれど、盟主たる資格を持った存在だった。秦が中国統一を果たす礎となった西戎の覇者。
「人柄も優れていたんでしょうねぇ」
「魅力ある方でしたよ。戦場では容赦無いのに、身内には弱かったですが」
陽は懐かしげに目を細め、縁に問われるままぽつりぽつりと昔話をした。
最初は話すうちにだんだんと舌もなめらかに回りだし、話の内容もぶっちゃけたものになってゆく。
「なんといいますか、ついいぢる様なまねもしましたね、私も。またそれにいちいち返してくれる反応が面白くて。そうそう、こんな話もありました。あれは……」
嬉々として話す昔話に、縁は心の中で呟く。
(先生、お茶目というか容赦ないってぇか、ゆがみねぇ)
狙い通りに話を聞けたのは良いものの、君主に対するお茶目すぎる仕打ちには苦笑いするしかない。
行きつ戻りつしながらも穆公の話は進んでゆき、晩年について話がさしかかると、縁は流石に言い淀みつつも尋ねてみた。
「……確か穆公が亡くなったとき、かなりの数の家臣が殉死した、んでしたっけ?」
「交交黄鳥.止于棘……ですか」
殉死者の数177。あまりにも大きな犠牲だ。
「あの方が身罷られてから時間が経たないうちに私も逝く頃合いだとは思っていたので、わざわざ追いかけはしませんでしたね。するべきこともしてましたし」
陽の瞳が暗く沈んだ。
「そういうものですか……」
どう答えて良いものか分からず、縁はあいまいな相づちを打つ。今の縁には殉死だなんて考えられないことだけれど、遙かな過去、確かにそういうことがあった、その場所にいた人に向かって、考えられないと言い切ってしまうのははばかられる。
そんな縁を見て、陽はふと笑った。
「今は……こんなじゃじゃ馬な娘がいては早々死ぬわけにはいきませんよ、心配で」
「って伯楽先生、何するんですかもおっ」
陽に頭を撫でられて、縁は盛大に照れた。
かなわないなあ。そんなことを思いながら縁は墓所の方を振り返る。
(……貴方もご苦労なさったんですかねぇ。こんな方を下に置かれて)
そっと苦笑いとため息を今は亡き穆公とかわして。