天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

地球に帰らせていただきますっ! ~4~

リアクション公開中!

地球に帰らせていただきますっ! ~4~

リアクション

 
 
 
 ■ 空へ ■
 
 
 
「ここに帰ってくるのも久しぶりですね」
 フィンランド南西部の都市ヴァーサ。
 テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)の先祖はかつてこの郊外の一角を、スウェーデン王国から賜ったと聞いている。
 3代に渡って空軍将校を輩出してきたベルクホーフェン伯爵家はテレジアにとっても誇らしかったけれど、それを守る為、父親によって全寮制のシスター養成学校に入学させられた時は、息の詰まる思いがしたものだ。
 そんな寮生活の中でテレジアが拠り所としたのは、趣味のダンスと掛け替えのない親友のシルッカ・ヘレナ・ラガスだった。
 フィギュアスケートの選手になりたい、パイロットになりたい。
 そう夢を語っていたシルッカは、木登りの最中に落下し、半身不随の車椅子生活を送ることとなってしまった。
 その夢を託されたテレジアは、ダンスの才能を開花させてフィギュアスケートの選手となり、オリンピックにも出場したが……大会直前に怪我をして思うような結果は残せず、更にその怪我が元で引退することとなってしまった。
 それからは、シルッカと同じ怪我に苦しむ人を救いたい一心で看護士を目指したのだけれど、資格を取ったところで家に呼び戻されてしまった。
 家計が苦しいから縁談を受けて欲しい。そう頼まれたテレジアは、家出同然でフィンランドを飛び出し海京へ。親を見返し、自分の手で家を立て直すと誓い、契約者となったのだった。
 だからフィンランドに帰ってきてテレジアが真っ先に向かったのは、実家の屋敷ではなくシルッカの家だった。
 
「まあ、テレサ……」
 まさかテレジアの顔が見られるとは思っていなかったシルッカは、最初びっくりしたもののすぐに笑顔になってテレジアを迎えてくれた。
 話したいことは色々ある。
 テレジアがパラミタに行ってからの話ばかりでなく、2人の学校時代のエピソードも今話すと限りなく懐かしい。
「テレサがシスターの机にカエルを忍ばせたときにはハラハラしたわ」
「あら、でもあのカエルを捕まえたのはシルッカの方でしょう?」
 思い出して笑い合う。
 そうしていると、あの日々が戻ってきたかのようだ。
 楽しい話は尽きないけれど……シルッカは少し躊躇った後、思い切って言った。
「ごめんね、テレサ……私の所為でテレサの人生を狂わせてしまったこと……今でも悔やんでるのよ」
「シルッカの想いは解っていますよ……ですから、今日は私がシルッカの夢、叶えちゃいます!」
「え? テレサ……?」
 こっち、とテレジアはシルッカの車椅子を押して走り出した。
 
 テレジアがシルッカを連れて行ったのは、曾祖父であるフランツ・グスタフ・ベルクホーフェンがいる湖畔の小屋だった。フランツは暇さえあればこの小屋に来て、2人乗りのプロペラ機を整備していることをテレジアは知っていた。
 御歳100歳となるフランツは冬戦争で名を馳せたフィンランド空軍パイロットのエースの1人なのだと、何度も聞かされたテレジアの中で、祖父はまさしく英雄そのものだ。
 やってきたテレジアを見ると、フランツは嬉しそうに目を細めた。フランツにとってテレジアは、目の中に入れても痛くない一番可愛がっている曾孫なのだ。
「おおテレサ、シルッカもよく来たのう」
 フランツは2人の訪問を喜んで、熱くて苦いコーヒーで迎えてくれた。
 実家に寄るよりも先にここに来たというテレジアを、彼女の父は娘には空軍に関係なく普通の人生を送って欲しいと思っているのだと諭した後、テレジアの望みを受けて表情滑走プロペラ機の『ユーティライネン号』を引っ張り出して貸し与えた。
「テレサが操縦するの?」
 やや不安そうなシルッカに、フランツが笑って説明する。
「テレサには操縦をよく教えてあるから心配は無用じゃ。実際に飛ばしたこともあるでのう」
 そしてシルッカをお姫様抱っこで氷上に下ろしたユーティライネン号の後部座席に乗せた。
「シルッカ、行きますよ!」
 テレジアはユーティライネン号を操って、空へと飛び立った。
 後部座席でシルッカが一瞬息を呑む気配があったが、すぐにそれは歓声へと変わる。
 シルッカが空に憧憬の念を抱いていることを、テレジアは知っていた。
 フィギュアスケートのジャンプをする瞬間の、宙を舞っている感覚が好き。足を痛める前に、よくそう語っていたシルッカはもうジャンプをすることは出来ないけれど、空を舞う感覚なら味わわせてあげられる。
「シルッカの夢――私はそれを叶えてあげたいんです」
 テレジアの人生はシルッカによって狂わされてなんかいない。
 シルッカの為に生まれた新しい夢、新しい目標。
 それを叶えることこそが、テレジアの喜びなのだから――。