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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

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 セルシウスの蜂蜜酒もヴェルデだけではなく、徐々に色々なテーブルからオーダーが入ってきていた。
 頼んだのは秋月 葵(あきづき・あおい)魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)と食事をしていたフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)である。
 自称『蜂蜜ソムリエ』としては、セルシウスが本場エリュシオンの蜂蜜酒の売込みを始めたと聞き、飲む気満々で蒼木屋へ来ていた無銘祭祀書が、セルシウスと対峙する。
「蜂蜜酒ソムリエの我を満足させる物であれば良いがな」
「ふ……ソムリエと来たか! ならば私も全力を持ってこの蜂蜜酒の素晴らしさを伝えねばならないようだな!」
「随分自信がある物言いだな、トーガの男。面白い! 見せて貰おう! エリュシオン帝国の蜂蜜酒の実力を!」
「望むところだ!」
「黒子、普通に注文しようよ……」
 未成年の葵が、ドリンクバーで取ってきたジュースを飲みながら無銘祭祀書を見やる。
 無銘祭祀書は、幼い外見ながらも実年齢は二十歳を軽くオーバーしている、とセルシウスに説明し、蜂蜜酒を頼む事を許可されていた。
「でも、おかしいなぁ……地下百八階のダンジョンに潜るはずだったのに、気づいたら蒼木屋で宴会になってたよ……」
 先ほどまで、当初の計画と異なった現在の状況に葵が溜息をついていた。
「葵はやっぱりダンジョンに行きたかったのですかぁ?」
 同じく実年齢的に蜂蜜酒のオーダーをOKされたアル・アジフが、ポテトフライを食べる葵に尋ねる。
「まぁ楽しく過ごせるなら良いけどね〜。ドリンクバーも有るし〜♪」
「そうですぅ!」
「そういや、イコンで来てるけど……飲んでない私が操縦して帰るのかな?」
 外に置いた{ICN0000201#Night−gaunts}の存在を思い出す葵。
 そのパイロットは、今、蜂蜜酒に舌鼓を打っているパートナー達である。
「葵の運転は、ちょっと……アレですが、家まで無事に帰れるなら、無事なら……我慢しますぅ」
「……あたし、いつぶりに操縦するんだろう……」
 ジュースを飲みながら葵が考えていると、無銘祭祀書とセルシウスの会話が聞こえてくる。
「やるではないか! トーガの男! 我も今まで数多くの蜂蜜酒を飲んできたが、これはその中でも上位に入るまろやかな味だな」
「当然だ! これは我がエリュシオン帝国でも、中々手に入らぬものなのだ」
「しかし、惜しいな」
「何がだ?」
「今やワインやビールに押されて、この蜂蜜酒を注文出来る店等殆ど皆無!」
「うーむ。ますます私がシャンバラの者達に蜂蜜酒を宣伝しなければならなくなったようだな」
「ハネムーンという言葉の元となった酒なのにな……」
 無銘祭祀書の言葉にセルシウスが首を傾げる。
「どういう事だ?」
「知らないのか? 『蜜月(ハニームーン)』とは『蜂蜜の一ヶ月』のこと。古代から中世のヨーロッパにおいて、新婚直後の新婦は住居から外出せずに1ヶ月間蜂蜜酒を作り、新郎に飲ませて子作りに励んだという事だ」
 アル・アジフと話をしていた葵が喉にポテトフライを詰まらせ、むせる。
「そ、そんな効果のお酒なの? 黒子?」
「蜂蜜に強壮作用があるとされた事と、蜂の多産にあやかるためと言われている……ヒック!」
「黒子? ちょっとお酒回ってきてる?」
「馬鹿を言うな。ヒック、これくらいで……うむ。しかし、気分はいいようだ。おい、そこの獣っ子?」
「獣? あたしのこと?」
 店員としてフロアを回っていた雲入 弥狐(くもいり・みこ)が無銘祭祀書に呼び止められて立ち止まる。
「何か芸をするがよい」
「芸?」
「うむ。店員ならば一つくらい持っているであろう」
 弥狐は「こういう場は賑やかで楽しいねー。おっと、おさわり厳禁だよ!」と、ウェイトレスのスカートから出した尻尾を触ろうとする客を、笑顔の裏に忍ばせた【鬼眼】で時折威圧しながら働いていた。彼女にとっては、料理を運ぶのもお客さんと楽しむのも、店員の仕事の一環である、という認識胃があったのだ。無銘祭祀書の注文にも勿論応える。
「あまり、大した事は出来ないと思うけど……」
 弥狐はリターニングダガーを三本取り出す。
「それじゃ、ナイフジャグリングをするよ!」
「ほう。ジャグリングか、面白いな……ヒック」
「ごめんね。黒子がいきなり無茶な事言って」
 詫びる葵に、弥狐は微笑んで首を振る。
「ううん。全然平気! 宴は楽しまなきゃ意味ないもの!」
 弥狐はダガーを空へと投げる。
「はい! まずは2つ!」
 ダガーをお手玉の様に操る弥狐。
「ほう、見事なものだな。しかし、危なくないのか?」
 セルシウスも弥狐の芸に感心する。
「大丈夫ですよ(結構、練習してきたもの)……はい、3つ目!」
 弥狐のダガーが空を舞うと、投げた弥狐もダンサーの様に一回転する。
「うわぁー! すごいすごい!!」
「すごいですぅ!」
 葵とアル・アジフが拍手する。
「確かに凄いが……4つは無理かな?」
 無銘祭祀書がテーブルにあった、鳥のもも焼きを切り分けるためのナイフを手に持ち、弥狐に笑う。
「平気ですよ? どうぞ、あたしに投げてみて?」
「では、行くぞ?」
 弥狐が投げられたナイフをお手玉していたダガーで弾き、彼女の周囲を円状に舞う1つに取り込んでしまう。
 弥狐のナイフジャグリングを見届けた葵は、上手に出来た彼女に「まぁ、一杯!」とドリンクバーで作った葵ちゃん特製ドリンクを薦めていた。
「貴公、さぞ鍛錬したのだな?」
「そんなに練習しなくても出来るよ?」
 葵ちゃん特製ドリンクを口にする弥狐。
「ぅぐん!?」
 しばし後、弥狐が顔を顰めてドリンクを見つめる。どうやら不味かったらしい。
「本当!? 弥狐ちゃん! あたしもやってみたい!」
 葵がハイッと手を挙げる。
「葵には無理だろう?」
「やってみないとわからないよ」
「じゃあ2本からやってみる?」
「うん!」
 弥狐にダガーを借りた葵がジャグリングを始める。
「へぇ、君、案外巧いかも」
「ありがとう、弥狐ちゃん! じゃ、黒子、もう一つ投げてみて」
「……止めておいた方が……」
「うん……」
 アル・アジフも同意するが、葵に押されて仕方なく黒子がナイフをポンと投げる。
「(確か、弥狐ちゃんは他ので弾いて軌道上に組み入れてたっけ? えいッ!?)」
 葵がダガーでナイフを弾き……。
サクッ……。
「ん? ……うおおおぉぉぉーーッ!?」
「ああッ!? トーガの人の額にツノが生えたぁぁ!」
 アル・アジフがセルシウスを見て悲鳴をあげる。
「ご、ごごごめんなさいーー!」
 セルシウスに慌てて駆け寄り、葵がナイフを引き抜く。
「平気か? トーガの男よ?」
「ご心配なく! こ、これは彼の宴会芸……そ、そう宴会芸です! ちょ、ちょっとあたし達は厨房へ戻りますので……」
 弥狐がセルシウスを連れて、厨房へと駆け足で戻っていく。
「ちびあさにゃん! 急いでこっちに来てくれる!?」
「にゃー」
 走る弥狐の後ろをちびあさにゃんが飛んでいく。
「え、宴会芸かぁ……確かに額で物をキープする芸ってあたしテレビで見たことあるし……げ、芸なら大丈夫……だよね?」
「……た、多分大丈夫ですぅ」
 無銘祭祀書が、セルシウスを心配する葵とアル・アジフを見て、ゆっくりと立ち上がる。
「黒子? どうしたの、お手洗い?」
「そなたやあの獣っ子、更にはエリュシオンのトーガ男まで宴会芸を披露した。ここで我が何もしないでは興ざめであろう? ヒック……」
無銘祭祀書は葵にニヤリと笑うと、瞳を閉じて手をかざす。
「では、我も芸をひようとふぅるか……」
「黒子?」
「……いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあ……」
 ほろ酔い気分で怪しい呪文の詠唱を始める黒子。ロレツが既に回っていないが、葵に非常に嫌な予感が走る。
「黒子! それ、何の呪文? ねぇ?」
「へるひ……はひゃなひ……はのべぇ……」
 地味に蜂蜜酒を飲んでいたアル・アジフが、ハッとした顔で無銘祭祀書を見る。
「それはダメですぅ!!」
 アル・アジフは、テーブルにあった鳥のモモ焼きを手に取り、無銘祭祀書の口につっこむ。
「もへ!? ふがががが……」
「アル、黒子は何を唱えようとしたの?」
「……このお店の周囲5キロが綺麗な更地になる魔法ですぅ……」
 アル・アジフの解説に頷いた葵が忠告する。
「……黒子、そのモモ焼きはよく噛んで食べなさいよ?」
「ほへひゃ、はひびぶひゅにぃ、ははなひぃ……」
 咀嚼する無銘祭祀書の言葉をアル・アジフが翻訳し、葵に伝える。
「これは、蜂蜜酒に合わないと言ってるですぅ」
「……仕方ないなぁ、あたしが特製ドリンク作ってきてあげるよ」
 無銘祭祀書は、にっこりと微笑む葵の提言に、先ほどまでの酔いが全て吹き飛んでいくのを感じるのであった。