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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

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「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
 メイド服を着て、いつもよりちょっと気合を入れた化粧で、接客に当たっていたのは店員の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)である。
 小夜子にオーダーを頼んだサラリーマンが、メイド服姿の彼女を見て、
「えーと、枝豆とシーザーサラダとビールを二杯と……キミ!」
「はい。復唱させて頂きますね。枝豆、シーザーサラダ、ビール2つと……キミ?」
「そう。胸の大きなキミ!」
「ワハハ、何だ、店員さんに惚れたか?」
 同席していたサラリーマンの上司と思われる男が豪快に笑う。
「お客様、ご冗談を」
 小夜子がクスリと笑い、踵を返そうとするが、その手をサラリーマンが掴む。
「ねぇ、この後いつ仕事終わるんだい?」
「……はい?」
 お嬢様育ちの小夜子にとっては、こういう場末の酒場は、普段足を運ばない場所であった。
 それでも、忘新年会の開催と人手が足りないという噂を聞いた彼女は、「こういう所での労働はあんまりお嬢様らしくないでしょうけど、これも自分を磨く一環ですわ」と考え、卑弥呼の酒場でウェイトレスをしていた。
「(宴会ですから、酔った方がいらっしゃっる事など想像できましたけれど……)」
 小夜子は、「お戯れを……」と笑顔で言い、手を振りほどこうとするが、酔ったサラリーマンは、小夜子がタイプだったためかしつこく食い下がる。
「キミ、学生でしょ? 俺と付きあおうよ。一杯メイド服買ってあげるからさぁ」
「これは、仕事着ですから。お客様、私はご注文された料理を厨房に伝えに行きますので、失礼いたしますね?」
 拳聖である小夜子は、少し力を込めてサラリーマンの手を振りほどき、厨房へと歩いて行く。
「(メイド服を着ていると、下に見られるのかな?)」
 ふと、そんな事を考えながら、店内を歩く小夜子。
 スピード優先ですが礼儀は忘れないように、そして注文の内容や、持って行く料理を間違えないように、心中で「ビール2,枝豆、シーザーサラダ……」と暗唱しながら歩く。
「(セルシウスさんが求める低カロリーのおつまみも完成したら、もっと厨房も忙しくなるでしょうし、頑張らないと行けませんね!)」
 メイド服姿の彼女を見ていた別の座敷の客が、通り過ぎざまに、小夜子のお尻に手を伸ばす。
「ひゃぁ!?」
 お尻を手で押さえて立ち止まった小夜子が振り返る。
 青い瞳の先には、これみよがしにビールを飲む客の男がいる。
「……お客様?」
「何だい、メイドさん?」
「そういうお戯れは困りますわ」
 あくまで笑顔で対応する小夜子に、客の男がゆらりと立ち上がる。
「フ……メイドの分際で俺に意見しようってのか! 俺は今年、100日も働いたサラリーマンだぞ!?」
「……休み過ぎじゃないでしょうか?」
 小夜子が首を傾げると、傍の客が「アイツは公務員だから」と告げる。
「ったくよぉ! 政府はガタガタだわ、税金は上がりそうだわ、嫁には逃げられるわ……散々だぜ!」
 男に同席していた別の客が止めようとするも、悪酔いした男の暴言は止まりそうにない。
「くぁぁーーー! 馬鹿な上司は上司で、胸が大きいだけの新入社員の女を俺より贔屓にしやがるしぃー! 世の中、どうかしてるぜッ!!」
「胸……ですか?」
 小夜子が自分の胸元に視線を落とす。
「そうだ! 俺は全てのちっぱいの代弁者だ! 胸の大きい女等、滅んでしまえぇぇ!!」
 自分の勤務態度を棚に上げて、この世の小さな不条理を糾弾するこの男が、生粋のちっぱい信者である事はわかった。あとはどう対処しようか?という事を小夜子は素早くシミュレートする。
「(軽く【七曜拳】で黙らせましょうか……お客様なのでちゃんと手加減して)」
「メイドなら、何か芸の一つでもやってみせてくれよ」
「え? 芸ですか……」
 悩む小夜子に追い打ちをかけるように、男が難問を言うのであった。

 刀真と佑也達の席から出た蜂蜜酒の注文をセルシウスに伝えた雅羅が、その光景を見て、自分の胸元を見ていた。普通は軽く受け流せるのだが、自らの不幸体質を常に嘆く彼女にしては死活問題だった。
「そう……胸が駄目なのね……」
 店員として働きつつ、雅羅の呼ぶ災難に対応するため目を光らせ続けていた想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が、ドリンクバーの補充作業をしていた同じく店員の想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)に慌てて声をかける。
「大変よ、夢悠! 雅羅ちゃんが死んじゃうわ!! ワタシ達の出番よ!」
「瑠兎姉……まずはそのトンデモ発想を順を追って説明してくれない?」
 ドリンクバーの補充を終え、カバーを閉じた夢悠が、姉に落ち着くようにと言う。
「馬鹿ね。いい? 雅羅が店内で不景気などを嘆く客を見る→自分の災難体質が原因かと思う→更に災難のせいで仕事が上手くいかず客を満足させられない→自己嫌悪→生まれてきてごめんなさいって事よ!!」
「……」
 姉の飛躍しすぎな発想を一笑に付す事が出来ない夢悠。
 雅羅が酒場の店員をすると聞いた想詠姉弟は、今まで雅羅(の胸とか)を弄くりながら、彼女が災難体質に負けず、皆と一緒に楽しくやっていけるよう頑張ってきた……はずである。
 そんな二人は、今回の店員のバイトでの最優先事項を『お客さんを楽しませる事!』と決めていた。それが、店員の雅羅を傷つけない事にも繋がると、考えたからである。
「だから今こそ、その姿勢で行くわよ!」
 瑠兎子がネガティブ思考から立ち直り、雅羅の元へ行く。
「でも結局セクハラするんだろ?」
 ポツンと呟いた夢悠は、もうこれからはオレが雅羅さんのために頑張るしか!と、決意し、姉の後ろから付いていく。
「雅羅ちゃん! 行くわよ!!」
 瑠兎子に話かけられた雅羅が驚く。
「え? 瑠兎子? 行くって何処に?」
「同じ店員の小夜子ちゃんが宴会芸を頼まれて困ってる。これを助けに行くのよ!」
「で、でも……出来るかしら。きっと、また不幸な事に……」
「大丈夫だよ、雅羅さん」
 夢悠が雅羅に笑いかける。
「謝る時はオレも瑠兎姉も一緒に謝ってあげるからさ」
「そうそう。お客さんが宴会芸をご所望なら瑠兎子にお任せ!」
 瑠兎子がバッと大きな羽織を広げ、夢悠は、何処かからか一人前の鍋を取ってくる。
「それ……何?」