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―第四章:何だか売れてる蜂蜜酒―


「上司を殴りたいんだ……」
 陰気なオーラを纏うサラリーマンの男がポツリと呟く。
「俺はもう我慢できない!! アイツは人に仕事しろって言うが、俺は知ってる! 自分の仕事を俺に押し付けて、その成果だけ吸い取ってるんだ!! アイツは悪だ! だから正義の鉄槌を下す!! 俺は間違っていない!!」
 膝の上で握りしめられた男の拳が震える。
「そうですねぇ……実に理不尽ですぅ」
 金のポニーテールを揺らすルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が、濁りきった男の目をまっすぐ見つめてうんうんと同意する。
「そうだろ! 俺がやらなきゃ、俺だけじゃない。他の社員皆が苦しむんだ!!」
 今にも立ち上がり殴り込みに行きそうな男をルーシェリアが対面の椅子から制する。
「けどぉ……」
 ルーシェリアは言葉を慎重に選びながら、優しく語りかける。
「上司さんだってぇ、社長や会長、というわけではないですよねぇ?」
「あ、あぁ……」
「その上司さんも、誰かに理不尽な扱いを受けている、そう考えられませんかぁ?」
「……」
「だったらぁ、あなたが振り下ろす拳は、その人だけじゃないと思うですぅ」
「え?」
「あなたの会社……ううん、その先に向けて正義の怒りをぶつけるべきですぇ。出来れば、暴力以外の方法でぇ」
 男はルーシェリアの言葉にハッと驚く。男は、蒼木屋の端でルーシェリアが開いていたカウンセリング(お悩み相談)コーナーを見て、冷やかし半分で訪れていた。彼の目の前に座る少女は、彼の人生の半分程しか生きていない。「どうせ、適当にお茶を濁すのが関の山だろう」と、カンパ代として50G投げ込んだのだ。
「君は、聡明だな」
「いいえぇ、まだまだ勉強中の身ですよぉ」
 愛らしく笑うルーシェリアに、男の気分は少し落ち着いたようだ。
「ありがとう……少し楽になったよ」
 男は椅子から立ち上がると、店とコーナーを仕切るカーテンに手をかける。
「私でよければ、いつでも話を聞きますよぉ?」
「また、お願いするかもな。……さて、席に戻って何度聞いたかわからない上司の武勇伝に付き合うとするよ」
「はぁい! もし、怒りで我を忘れそうになったら、すぐまた来てくださいねぇ」
 手を振るルーシェリアに会釈して、男は店へと戻っていく。
「……ふぅ。みなさん、色々あるんですねぇ。大人って難しいですぅ」
 このルーシェリアのカウンセリングコーナーは意外と好評であった。その証拠に傍に置いたカンパ代の箱には、結構お金が溜まっている。尚、このコーナーを開くにあたり、女将の卑弥呼と事務マネージャーのルカルカには事前に許可を取っている。場所代は集まったカンパ代の二割というところで手を打って貰ったらしい。
 尚、今のルーシェリアは、神官こそではないが、聖騎士である。サラリーマン達は、下手したら自分の娘くらいの歳の彼女になら気楽に愚痴を聞いて貰え、また神に懺悔するという意味でも適任であったのだ。
「あれぇ? お隣さんの組み立ては終わったみたいですねぇ」
 ふと、カーテン越しに隣を見るルーシェリア。彼女のカウンセリングコーナーの傍で「俺様の実演販売コーナーを出すぜぇ!」という奇声は発し、モヒカンのシルエットを揺らす男が、何やら派手に動き回っていたのを思い出す。
「(まぁ、別に無信心で無ければぁ……)お次の方ぁー、どうぞぉー?」
 次の悩める子羊を、にっこり微笑んで待つルーシェリアであった。