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年の初めの『……』(カギカッコ)

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年の初めの『……』(カギカッコ)
年の初めの『……』(カギカッコ) 年の初めの『……』(カギカッコ)

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●復興模様

 雪景色。
「冷えるなぁ、まったく」
 しんしんと、冷える。もともと万年雪の積もる寒い場所だったが、さすが真冬、厳しさもひとしおだ。
 しかし姫宮 和希(ひめみや・かずき)が言えばこんな言葉も、なんとも爽やかで楽しげに聞こえるのである。
 実際、和希は楽しんでいた。ここはあの村――ザナビアンカ事件の舞台となった場所だ。白い狼が雪崩を起こし、クランジの眷属たちが破壊をもたらしたこの場所だが、契約者たちの復興活動、そして住民のたゆまぬ努力により、この地はかつて以上の住み心地を得ていた。和希は昨年のうちから何度も、村の再建を手伝いにこの地を訪れている。もはや第二の故郷といってもいいくらい馴染んでいた。
 そんな和希だから、挨拶回りをかね、年末から村を訪れていたのもごく自然なことだった。むしろ和希の来訪は、すっかり仲良くなった村人たちから熱望されていたほどだ。
「さぁて、昇った昇った」
 雪山の間からのぞく太陽に、パンパンと合掌して和希は振り向いた。
 初日の出をありがたがるという風習はこの地にはなかった。和希の説明を受け、多くの村人が眩しそうな顔をして太陽を眺めている。子どもたちは我先に、和希の真似をして合掌している。
「ああ、別に真似しなくたっていいぜ。これはあれだ、新しい年になったんで今年も頑張るぞ、って気持ちを俺なりに表現してみただけのことだから」
 少々照れながら、和希は村人たちを見回すのである。
 村と和希との関係は、数ヶ月前にさかのぼる。元々は和希が、雪山での荒修行の結果遭難してしまったことがきっかけだ。和希は村人に介抱され一命を取り留めた。
 和希にとって義理人情は、命に替えても守るべきものである。無私の村人への感謝の気持ちとして、こうして様々なことに手を貸しているのだった。この地は教導団の庇護下にあるとはいえ、村の人々の教導団への不審は根強かった。その宥和にも和輝は務めていた。ゆえにかこのところ、教導団を指す『制服組』という呼び名があまり聞かれなくなった。すべてが和希の功績ではないが、いくらかでも自分が、やってきたことが実を結んでいるようで素直に嬉しかった。
 ただ、気恥ずかしいこともある。
「お母さんに作ってもらったの」
 と得意げに、中学生ほどの少女がポーズを取る。
「バンカラー、バンカラー」
 といいながら追いかけっこしている少年たちも、少女と同じような服装だ。
 なんといずれも学ランをなびかせ、学帽を目深に被っているのだ。無論、生地が違うしデザインも曖昧だ。本物であればボタンであるべきところがホックであったりもする。しかし一生懸命手作りして、和希のあの衣装を再現しようとしているのである。
「いや、バンカラってのは何も、服装だけを指しているわけじゃなくてな……」
 和希は苦笑いするしかない。なぜかこの村では現在、和希の服装が流行しているのだった。ティーンエイジャーがおしゃれとして着ているのが中心だが、実はこっそり、一部の大人や老人も学ランを作っているらしい。このままでは村の民族衣装になりそうな勢いであった。正直に薄着まで真似ようとするものだから、彼らが風邪をひかないか心配までしてしまう。
(「何も俺の格好をしなくても……と顔から火が出そうだが、喜ばしいではあるよな。それだけ生活に余裕ができた、ってことだろうからな」)
 だから良しとしよう。なりきり和希があちこちにいる光景はやはり、照れてしまうのだけれど。
 陽が昇りきるのを確認すると、和希は雪の斜面に駆け上がった。押忍、と応じて『和希たち』が追いかけてくる。ついてこい、と言われたのだと思っているのだろうか。彼らに笑顔で応じながら和希は村を調査する。
 戻ったときにでもこの状況は、リュシュトマ少佐らに報告しよう。中央とのやり取りが困難で援助が届きにくい辺境の視察と報告こそ、ロイヤルガードの仕事であろうから。必要があれば国軍等の派遣や物資の援助を要請するつもりでもある。
 ずさーっと摩擦で湯気が上がるほどに雪面を滑り降りながら、「よう」と和希は『制服組』の一人に手を挙げた。
「お疲れ」
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)はこれに応じた。彼も村にしばし滞在しており、今日も新年早々、村の防護柵を補修しているのだった。教導団の制服から作業着に着替えて熱心に働いている。
 風が冷たい。しかし体を動かして暑いくらいなので心地良くもあった。同行の施工管理技士、そして、自主的に集まった村の若者たちと作業に精を出す。
「ヒラニプラは雪山地帯で、コレからが冬本番……というわけで今回は雪崩防止柵や家屋防護柵で痛んでる所をしっかり補修していきたいな。災害は怖いからな」
 楽な労働ではなかろうに、シャウラの声は弾んでいる。
「ところで」
 とユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)はシャウラに言った。多少迷ったものの、やはり、気になることを訊いておきたい。
「やはり出席する気はないのですか? 閲兵式」
「閲兵式い?」
 シャウラは露骨に眉をしかめてみせる。
「それじゃまるで軍隊じゃんか」
「……コメントは差し控えさせていただきます」
 ユーシスは溜息した。
「なに、うちの大将が自由参加って言ってんだ。自由にさせてもらうぜ」
「そういうことをおっしゃると思っておりました。しかし上の覚えをめでたくするには閲兵式の参加は必須でしょうに」
「堅苦しいのは苦手でね」
 シャウラは軽く肩をすくめて見せた。気負いも演技もない、素のままの彼らしい言葉である。
「欲がないというかなんというか」
 苦言を呈すような言葉だが、ユーシスはその実、涼やかに笑んでいるのだった。
 話しながらも、ユーシスは自分の仕事を着実に進めていた。柵の点検だ。教導団から運んで来た物資を中心に形成したものとはいえ、数ヶ月の使用で綻びが出始めていた。綱が緩んだ箇所、板の皹、腐った部分、杭の揺らぎ……そういったものを鋭く見つけ出してはチェックリストに書き込む。
 ユーシスの指摘を受け、防柵の修繕にかかりつつしばし、シャウラは空を眺めた。
 冬の透き通った空気は、空を高く見せてくれる。
 吸い込まれそうな晴天だ。まるでこの場所が、世界の頂点であるかのように。見回せば白い山麓。
「月並みな言い方だが雄大な自然だよなあ」
「同感です」
「でもこの光景が、ちょっと天候が崩れりゃ猛吹雪に変わるし、雪崩だって引き起こすんだから怖いよな」
「だからこそ、我々の活動が生きてくるのです。たゆまぬ努力が」
「たゆまぬ努力か。根性論は得意じゃないけど、それは賛成だ。実際、一回だけ来て『教導団は地元との融和を心がけ、災害復興に頑張ってます』、キリッ、ってのは、いかにも形だけって感じが嫌だしさ」
「なんです? その、『キリッ』というのは?」
「ドヤ顔、ってこと」
「ドヤ街にいそうな顔……ですか?」
「……すまん聞き流してくれ」
 シャウラらは非番の合間を見ては、村に何度も訪れ復興を手伝っていたのだ。同様の和希とは今やすっかり馴染みだった。
 このときシャウラは、巨大なハンマーを両腕で振り上げていた。渾身の力で打ち下ろす。ガンッ! ガチガチの凍土に杭が、ハンマーの一撃のみで挿し直された。杭はびいんと、真っ直ぐに突き立っていた。
「貴方、軍人より土建屋が向いているのでは」
 ユーシスは思わず笑ってしまった。それくらい見事な腕だった。
「復興や救助すんのにも装備や組織は要るんだよ。土建屋の短期工事よりは、これは組織的な長期作業のほうが向いてる」
 シャウラは顎に手を当ててニヤリとした。
「言うだろ継続は力なりって。ナンパと同じさ」
「言っている意味がよくわかりませんが」
 ユーシスの作業は落とし穴作りに移っていた。野生動物が食料調達に村を襲う可能性もあるので、森の樹木肌の爪跡や糞跡を確認した上で落とし穴を掘るのだ。もちろん、村人には場所を周知すべく地図に×印を描き込んでいる。
 逆さにして立てたハンマーにもたれるようにしながら、シャウラは薄ぼんやりと夢想するように言う。
「村の可愛い子にお疲れ様とか言われて、終った後に温泉とかスキーとか一緒できたら最高だよなあ……」
「途中までは良い話だったんですけどね……」
 やれやれ、とユーシスはまた苦笑するのだった。