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年の初めの『……』(カギカッコ)

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年の初めの『……』(カギカッコ)
年の初めの『……』(カギカッコ) 年の初めの『……』(カギカッコ)

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●空京神社、晴れ模様

 空京神社。冷え冷えとしているが爽やかな晴天だ。
 まだ早い時間帯だというのに、すでに神社の本殿には長蛇の列ができている。もちろんすべて参詣客だ。この分では、賽銭箱までたどり着くのにどれだけかかるだろうか。
 つまり満員御礼の混み具合ということだ。無論、境内もすさまじい人出なのであった。人人人の大渋滞だ。誰もが厚着をしている季節だけに密度もすごい。人の波で溺れそうだ。
「やっぱり混んでいますね……。お父様、大丈夫ですか?」
 朱桜 雨泉(すおう・めい)が振り向くと、案の定というか何というか、風羽 斐(かざはね・あやる)は早々にしてお疲れ状態である。
「この混みようは辛いものがあるな……。身体が悲鳴を上げそうだ」
 弱音を吐くなといっても無理というもの、斐の眉は八の字になってしまった。ほんの数メートル進もうにも、人にぶつからず進むのは困難という有様。一体どういうことかこの神様人気は? いつから人々はこれほど信心深くなったのやら。
「なんだよこんぐらいの人混み、縁日と初詣じゃ当たり前だろ」
 同行の翠門 静玖(みかな・しずひさ)が父に、半ば呆れ口調で返事した。
「とすると少なくとも、年に二回はこの騒ぎということか、いやはや」
 と言う斐に、
「だから騒ぎってほどのことじゃないって。運動不足じゃないのか? いつもラボに篭ってるんだから、たまには依頼以外でも運動しろって事じゃねーの」
 畳みかけるように、身も蓋もない言いぶりを進呈する静玖だ。
「お前さんたち程若くないんだがね……。しかし、俺も老いたな……」
「情けないこと言うなよなぁ。まだ老いぼれるほどの年齢じゃないくせに」
 静玖が何気なく口にした『年齢』という言葉が、斐を立ち止まらせた。
(「年齢……そうか……静玖と雨泉も強化人間手術の影響で外見・精神年齢が止まっているが、相応の大人になっているんだ」)
「お父様、どうされましたか?」
 雨泉が問うも、斐は「いや……」と曖昧な回答しかできない。
 ――そうだった。
 いまさら現実に気づいたかのように、斐はしばし目を閉じたのである。
 風羽斐が妻と別れたのは、まだ二人がわずか五歳のときのことだった。それがいずれも、とうに二十歳を超え今年二十四になるというのだ。
(「もうそんなに経ったのか……」)
 今の二人を眺めると、斐はどうしても感慨深くなってしまう。
 五歳のころの面影はある。けれど二人ともすでに見違えるほど大きく、立派に育っていた。たしかに静玖、雨泉ともにハイティーンで時間が止まったような姿とはいえ、少なくとも五歳児とはまるで違う人間なのだ。
 離別の際、二人の養育権は妻が取った。
 当時、静玖、雨泉は揃って泣き虫だった。このままで大丈夫か、自分の子育てが間違っていたのではないかと、心配させられたことは数限りなかった。だから子らとの別れは、身を裂かれるほどに辛かった。彼らを守りはぐくむ父であることを、放棄することになるのだから。
 斐は決して冷酷感ではない。静玖と雨泉のことは、片時だって忘れたことはない。どれだけ忙しいときであろうと、常に気にしていた。しかしその反面、妻との間に生じた溝の深さ、離婚がもたらした物理的・心理的距離を思い、もう二度と会えぬ覚悟はしていた。
(「それがまさかこんな形で再会して、また初詣に行く事になるとも思わなかったな」)
 奇縁である。親子の再会についてはここでは触れないが、運命と呼ぶにしてもあまりに特殊なきっかけが彼らを引き合わせた……とだけ言っておく。しかしこうして三人、親子に戻ることのできた幸運、それには感謝している斐なのだった。
(「いかんな、なんとも感傷的な気分になってしまう……静玖が言うように、やはり年齢のせいなのかねぇ」)
「お父様?」
 まだ雨泉が心配げに彼を見上げていることに気づいて、斐は慌てて、大丈夫だと告げた。
「久しぶりの初詣なので、戸惑ってしまってな」
 ぎこちない弁だったものの、雨泉はそれを聞いていたく喜んだ。
「はい、久しぶりの初詣、楽しみですね! 小さい頃にも、こうやって初詣に行きましたよね」
「ああ。きっとそれ以来になるな。そう考えると本当に久しぶりだ。あのときも、こうして三人で神社に行った」
 さあ並ぶとしよう、斐は率先して歩き、長蛇の列の最後尾に付いた。
「なんだ急にオッサンが元気になったな?」
 などと憎まれ口で訝しみつつ、静玖も本当は嬉しいのか「メイ、はぐれんなよ」と双子の妹の手を引き、そそくさと父の横に立つ。
「まー、そういや遠い昔、このメンバーで行った気もするな、初詣。……けど、おれは田舎にいた頃も毎年行ってたから、オッサンほど久々じゃねぇぞ」
 長い行列なのは事実だったが、思った以上にするすると前に進んでいくことができた。
 やがて彼らの番が来た。親子三人、横に並んで、
「準備はいいか?」
 五円玉を手に斐が問う。
「恥ずかしいこと言うなよオッサン。せーの、で一斉にやるもんじゃないだろ」
 もう静玖は五円玉を賽銭箱に投げ込んでいる。
「はーい。私はお父様と一緒にお賽銭投げたいです。せーの!」
 雨泉は二十円を握って、斐のタイミングと同時にこれを投じた。二十円なのは(「二重の縁がありますように」)との祈りの現れだ。
 斐は祈った。
(「子どもたちが健やかに過ごせますように」)
 と。
 静玖と雨泉が平穏無事にすごせればそれでいい。今さら二人に、父親らしいことを言いきかせたりするのは照れくさいしその権利もないと斐も思っている。だが彼らの平穏な日々くらい、祈らせてもらってもいいのではないか。
 静玖は祈った。
(「もっと強くなれますように」)
 斐はダメオッサンだし雨泉はまだまだ危なっかしい、だったら自分がしっかりしなければ、そう考えている静玖なのである。もちろん、こんなことは口が裂けても言えないが。
 雨泉は祈った。
(「お父様とお兄様と一緒にいられますように」)
 多くは望まない。ささやかながらこれが、雨泉の唯一の願いだ。

 親子三人、なにを願ったかは互いに内緒とし、それでもなにやら笑顔で本殿の前を後にした。
「お、あそこで破魔矢が売ってるな。買ってくか?」
「オッサン浮かれてるな……んなもん無駄遣いだ無駄遣い」
 割合風情のないことを言う静玖だったが、雨泉が、
「せっかくだし、今日の記念に……ダメですか?」
 と、しおらしいことを言うので、
「ったくしょうがねぇなぁ。一番安いやつだぞ、安いやつ」
 などと譲歩するのであった。
「やった! じゃあ行きましょう!」
 かくて雨泉が指した本殿脇の授与所(※)、そこでは今、巫女の衣装を着た秋月 葵(あきづき・あおい)が大わらわで働いていた。
(「ものすごい人出!」)
 この時間帯とは思えぬ騒ぎに葵はたまげた。
 息つく暇すらなさそうだ。一日バイトの募集を見て入った葵なのだが、この混雑っぷりは予想外だった。目を白黒するものの、こうなりゃやれるだけやる、と腹をくくって、てきぱきと仕事をこなす。
「ビバ勤労! これぞ巫女の喜び! このバイトを引き受けたのも、けっして巫女の衣装を着たかったからじゃないんからね!」
 ……と口にするとなんとなくバチが当たりそうな気もするので、これは葵の心の声とご理解いただきたい。
 もちろん、仕事が早いだけの葵ではないのだ。スマイル0円サービス満点、
「ありがとうございました〜♪」
「たくさんのお買い上げ感謝です! 今年もいい年でありますように☆」
「はい、安産のお守りですね。丈夫な赤ちゃんを産んで下さいね♪」
 といった具合で、とびっきりの笑顔と爽やかな言葉で接客する。
 そのためか葵のところだけ、やたらお客が増え繁盛するわけだが、どんなに忙しくても葵は決して手を抜かず笑顔も曇らせたりしない。プロフェッショナルな巫女なのだ。

授与所――つまり売店なのだが、お守りやお札、破魔矢などはあくまで売り物ではなく「神様からの授かり物」という体裁をとるのでこのような名前がついている。