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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3

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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
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第12章 ミフラグvsカイン

 都の中央広場に面して女神イナンナを祀る大聖堂があった。
 ここはあの災厄の夜、裏切り者コントラクターの襲撃を受けて全焼したのだ。今、そこは12騎士ネイト・タイフォンの指揮の下、復旧作業が進んでいる。その作業員の中には可憐澪標のほか、カイン・イズー・サディクの姿もあった。
 今、彼女は四方に配されたドーム型屋根の上につける青銅製の屋根飾りを設置している。美しいアラベスク模様で作られたそれは、見た目からして繊細で複雑な細工物。まさに匠の技の結集、逸品だ。設置は人の手でなければ無理だろう。
 カインは都じゅうにあるミナレットや聖堂、記念館や貴賓館、迎賓館といった場所を回って、主に高所の修復の手助けをしていた。
「あれが、カイン・イズー・サディクか」
 せわしなく行き来する作業員の中にまぎれて立ちながら、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は頭上、軽く地上から30メートルはあるドームの先端で作業中のカインを見上げた。
 ニンジャ服を思わせる黒い衣装に身を包んだその人物は、安全綱もなしで楽々と仕事にあたっている。そして彼女の側で作業を補助している3人の男たちもまた、彼女と似たような服装をしており、こちらも落ちれば即死という状況にありながら何も安全対策はしていない。足場の悪い高所で、まるで地面を歩いているかのように自由に動き回っているのだから、もうそれだけで彼らの実力は伺えるというものだ。
「あの3人が一緒では、やはり厄介だな。どうにかして引き離せればいいんだが」
 独り言にしてはやや大きめの声でつぶやき、くるっと背後を振り返る。
「おまえの出番だ、リイム」
「でふ?」
 そこにいたのは彼のパートナーの花妖精リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)だった。
 どういう意味か、いまいち分からないと言いたげに真ん丸の目できょとんと彼を見上げている。
「「でふ?」じゃない。もとはと言えばおまえが友達のミフラグを助けたいと言ったんだろうが」
「あっ、あっ。そうでふた」
 ずい、と真上から見下ろしてくる宵一に、あわて気味にリイムはこくこくうなずく。
 はじめ、宵一はロンウェルでともに戦った兵士たちの墓標に花を捧げるだけのつもりだった。それが済めば、復興に忙しい人々の邪魔にならないよう、そっと消えるつもりで。ところがリイムが行方不明になった。いわゆる迷子だ。というか、初めて来た都への好奇心に負けて、まっすぐ帰るのはつまらないからこの際だからアガデをいろいろいろいろ見ておこう、と考えたのだ。リイムはロンウェルに同行していたわけでもないし、墓参りにお付き合いするのは退屈、と考えても仕方がないことではあった。
「ひとが心配して、さんざん捜していたというのに、おまえときたらちゃっかり美少女の膝の上でデレデレ鼻の下伸ばして」
「でっ、デレデレなんてしてないでふよ!? 鼻の下伸びてないでふ! 伸びたら大変でふよ!」
 ほら見て! と必死に鼻を突き出すリイム。まっすぐ素直な3歳児には、比喩表現を理解するのは難しかったか。宵一はぽりぽり頭を掻く。
「……まぁとにかく、友達のミフラグのためにがんばれ」
「! がんばるでふ!」



「カインさーーん! そろそろお昼にしませんかー?」
 下からそんな声が聞こえてきて、カインは身を乗り出して下を覗き込んだ。城のメイドたちが食事を持ってきたらしく、手を止めた兵たちが談笑しながら飲み物の入ったコップや1人分ずつ包まれた食べ物らしき物を受け取っては材木をイス替わりに腰かけている。うちの1人が、彼女が覗き込んだことに気付いてか、笑顔で手を振っていた。
 ほかの3人のサヴィク家の騎士に最後の仕上げを任せるという合図を出すと、カインは下へ向かって跳び下りた。
「はい、カインさんの分でふよ」
 声の下方を見る。しかしそこにはだれもそれらしい者はいなかった。
「もうちょっと下でふ、下」
 言われるまま、視点を下げる。……まだ見えない。どんどん下げていき、かなり下がった地面に近い所でようやく、頭に大きなムラサキツメクサを乗せた、変な生き物が視界に入った。
(……なんだ? これは)
 桃色の毛に包まれた、よく分からない生き物だった。オレンジの長毛のしっぽはくるんくるん毛先が丸まって、もつれあっている。体長約30センチ。リスにしては大きい。後ろ足で立ち、短い前足で器用に飲み物の入ったコップとサンドイッチの包みを持っている。
(これがしゃべったのか?)
 じーっと見ているカインに、リイムが特技・誘惑を仕掛けた。緑の瞳を大きく見開いてキラキラ度120%! ふわっふわのしっぽをフリフリ、サワサワして「どう? これにさわってみたいでしょ? 抱っこしてもいいのよ?」とかわいらしさをアピールする。
 しかしその姿を見ても、カインはただ凝視しているだけだ。それも仕方のないことだった。彼女の生まれ育ってきたサディク家は5000年の昔から力ある者のみが評価される暗殺武闘集団。そこで当主家に生まれ、一族の頂点たる当主を支える1柱となることだけを望まれ、仕込まれてきた彼女には「かわいい」ものが何なのか、理解するだけの感覚・感情が育っていなかったのだ。
 カインにとってリイムは「頭に巨大な花のような物を乗せた、人語を話す不思議な生物」だった。
「おまえ、獣人か? 何の獣人だ?」
「え? う? ボ、ボクは花妖精でふよ?」
(……むう…。まさかリイムの誘惑に乗らない者がいるとはな…!)
 山積みされた資材の陰から様子を伺っていた宵一は、ぎりりと奥歯を噛み締める。
 だが注意を向けさせることには成功していた。今なら背中の短剣を狙えるはず!
(よし、今だ!)
 その背に向け、宵一がそっと近寄ろうとしたとき。
「カイン! もらったあーーーっ!!」
 宵一よりも近い距離にある別の物陰からミフラグ・クルアーン・ハリルが飛び出した。
「っておまえバカかー!? 叫んでどうするー!」
 盗む相手に存在気付かせるか!? ふつー!
 思わずツッコんでしまった宵一の前、ミフラグはカインのはるか手前ですっ転んだ。
「……しかも転んでるし」
 あーあーあー。
 目もあてられない、と思わず顔に手をあてる宵一。腹這いになったミフラグの傍らにヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)熾天使の比翼で舞い降りた。
「ミフラグ様、出てきてはいけませんわ」
「だって! 奪うのはわたしじゃなきゃ駄目なのよ!」
「それはそうかもしれませんが…」
 ヨルディアは横目でカインの様子を伺う。完全に奇襲は失敗した。今、カインは意味が分からないといった表情で不審そうにこちらを見ている。逃げるなら今のうちだ。
「撤退します。わたくしにおつかまりください」
「えっ?」
 ヨルディアはミフラグが自分にしがみついたかも確認せず、その脇に腕を回すや軽やかに地を蹴った。カインの頭上を越え、降り立った彼女はリイムのしっぽを掴むやいなやすぐさま再び上空へ舞い上がる。
 それを確認して、宵一もまた聖騎士の駿馬に跨ってその場から撤退した。




「あれはミフラグか? イェサリ殿のご息女の」
 3対の氷の翼をきらめかせながら飛び去っていくヨルディアを見上げ、カインは眉を寄せた。小脇に抱えられた少女には見覚えがある。口をきいたことはないが、城にやってきてはイェサリ・ニハト・ハリルにまつわりついて困らせていたのを何度か目撃していた。
 彼女は今、ハリル家を相続してその手続きに忙しいはず。なぜこんな所にいるのか? しかもあの言葉。
『カイン! もらったあーーーっ!!』
「意味が分からない」
 カインは大聖堂の屋根にいる騎士に合図を送った。彼女を捕まえて聞き出すしかないだろう。
 その指示にうなずいた1人が屋根から跳躍した。屋根から屋根へと渡り、あとを追おうとする。だが次の瞬間、それを阻む人為的な風が吹き荒れて、宙にいた彼を屋根にたたき落とした。
「淵、それ乱暴すぎ!」
 別の屋根にいたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が思わず叫んだ。
「大丈夫、ちゃんと加減してるからな!」
 夏侯 淵(かこう・えん)の言葉どおり、たしかにたたき落とされた男の下で、屋根材は破損していなかった。男も頭を振ってすぐ起き上がる。淵の風術がまともに入ればあの程度ですむはずがない。そのことにほっと胸をなでおろす暇もあらばこそ。
「うわっ!」
 淵をねらって数本の短刀が投げつけられた。彼がそれをはじいているうち、2人の騎士が他方向から同時に襲撃する。
「淵! ――はっ!」
 ルカルカもまた、風を切って飛来する短刀を感じて背後へ跳ぶ。ほぼ同時にカツカツと音を立てて突き刺さる短刀。入れ違いで下り立ったのは、カインだった。
「待って待って! カイン、話を聞いて!」
 己の騎士を攻撃されたことにより、カインがルカルカたちを敵と見なしたのは間違いなかった。殺意とまではいかないにせよ、感情のないひややかな視線を向けてくるカインに、両手のひらを見せて敵意はないと知らせる。
「私はルカルカ・ルー、メイシュロット攻略やアガデ防衛でバァルとともに戦ったコントラクターの1人よ!」
「……そのシャンバラ人が、なぜわたしの騎士を攻撃する」
「攻撃じゃないわ。あとを追おうとしてたから、ちょっと邪魔させてもらっただけ――」
「同じだ」
 それはそうかも。
「まあまあ。そう決めつけんでもえいやろ」
 よっこらしょ、と別の屋根に上がってきた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、にこにこと笑顔で口をはさんだ。
「そん人らは逃走の邪魔したかっただけで、そこに嘘はないと思います」
「逃走? どういう意味だ」
「それについては今から僕が説明さしてもらいます」
「泰輔くん!?」
 驚きの声を上げるルカルカに、泰輔は肩をすくめて見せた。
「べつに話してもえいやろ。秘密でもなんでもないし。むしろ一番知る必要があるんはカインさんと違うか?」
「…………」
 ルカルカとて黙っているつもりはなかった。ただ、ミフラグが短剣を奪ったあとにしようと思っていたのだ。事情を知れば、もしかするとカインは自ら短剣をミフラグに差し出すかもしれない。でもそれは「カインから短剣を奪う」にはならず、アラム・リヒトに認めてもらえないかもしれなかった。そうなればすべて水の泡だ。
 でもそれを、やはり今ここで口にすることはできない。
 彼女の葛藤を見抜いてか、泰輔は数瞬の間ルカルカを見ていた。が、それでもやはり何も知らないまま奇襲攻撃を受けることはフェアではないと判断したらしい。カインへ向き直ると、簡潔にアラムがミフラグに出した提案のいきさつを説明した。
「――つまり、そういうことなんです」
「ミフラグをハリル家の12騎士に、か。なるほど。どうりで…」
 背後の大聖堂を見た。あれだけの騒ぎがあったというのに、まるで何事もなかったかのように作業が再開されている。
 ということはネイト・タイフォンもこの件について知っていたということになる。
(騎士団長だ。知らないはずはないか。――いや)
 ふと何かが脳裏をかすめて、カインは黙考する。
「カイン! お願い、力を貸して!」
 こうなったら多少八百長でも仕方ない、カインを味方に引き入れるしかない。ルカルカは説得に入った。
「騎士役は男子のみが相続するそうね。でも、そんなのおかしいと思わない? 女性だって十分国のために働けるわ。男性にはない視点で物事を見ることができるし、心配りもできるわ。それに、南カナンにはシャムス・ニヌア(しゃむす・にぬあ)のように女性だと分かったあとも立派に領主でいる人がいる! 12騎士で唯一女性であるあなたなら、これが理不尽であることは分かるでしょう!? ミフラグが女性12騎士になれば、きっと変えられる――」
「そこや、問題は」
 泰輔が言葉を遮った。
「ええか? 誤解せんとってほしいんやけど、僕もべつに女性が相続するべきやないと思うてるわけやない。むしろその反対や。そんな時代遅れな考えはおかしい思うとる。けどな、それも本人に実力があってこそや。
 パイオニアに求められるのは何や? 女性でも立派に12騎士であることを証明できる能力やないか? それは並大抵のものやないはずや。一挙手一投足、発言がふさわしいものか、吟味される。それがあのお姫さんになかったら、反対に悪しき前例になるんやないか?「やはり女には無理」やとね。
 きみが中庭で稽古つけとったの、見さしてもろたわ。あのお姫さん、剣の握り方も知らんかったな。今まで騎士になる訓練もしてなかったんや。「騎士としての資質」それから「覚悟」のない者が、ただ家で唯一の相続人やからゆう理由で「欲しい欲しい」とダダこねて、騎士の位を得るのがはたして東カナンのためになるかも疑問や。この国で騎士の称号がお貴族サマのただの飾りやないのは、先の魔族との戦いでもあきらかやった。都の人を守るため走り回ったんはきみらも見たやろ? 有事のときには先頭立って民を守り、都を守るのが騎士の務め。
 それは国軍でもあるあんたらが一番よう知っとるんやないか? やる気ばっかりの無能な上官は部下に迷惑なだけや」
「それは…」
「そのあたりでやめておけ」
 ルカルカを背に庇ったのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
「おまえの言い分は分かった。はっきり言って、俺もミフラグのスペックには大いに疑問を感じている。だが本人が申し開きもできない場で、彼女の問題、行動にわれわれが結論を出そうというのは間違いだ。そう思うのであれば、おまえは手伝わなければいい。それだけのことだ」
「いや、僕も手伝うよ? さっき言うたように、12騎士になれるんは男子のみゆうんはおかしいと思うし。そないなやつらに「ほらできんかったやろ」って言わすのもシャクやしなぁ」
「なら、なんであんなこと言うんだよ!」
 淵が憤慨して腕組みをした。
「それも言うたわ。何も知らん様子のカインはんを巻き込まれにせんようするためや。カインはんにはきちんと理解した上でこのことに参加してもらいたい。カインはんはもう何年もただ1人の女性12騎士で、その責務の重みを実際にご存知の方やからな。だだっ子みたいに、あれもほしい、これもほしいと分不相応に欲しがるお姫さんに「女性でありながら12騎士」であることがどういうことか、示すことができる数少ないお方や」
 そしてそんな彼女を見て、ミフラグには自力で悟ってほしい。大勢の人間につっかえ棒の役割をさせたり持ちあげさせたりして、自分自身の力以外の助けで条件をクリアできるようではいけないのだと。
 彼女はまず、己を知るべきだ。
(……つーか、もしかしてアラムはん、そのためにあんな条件持ち出したのかもしれんし)
「というわけでカインはん、これからいろいろ奇襲受けると思うけど、全力で迎え討ってくれてええです。お姫さんが素人やかて、手加減無用や」
 くるん、とずっと押し黙ったままのカインへ体の向きを変える泰輔。カインは先までと変わらず大聖堂の方を振り返っていて、彼らの会話よりそちらに関心の大部分をとられているようだった。
「カインはん?」
「――ふん。たしかにあの老獪なタヌキどもにただ踊らされるはシャクというものだ」
 カインの合図でサディク家の騎士3人が彼女の元へ集結する。
「私の考えはおまえの意見と大差ない。騎士役の相続についてはどうも思ってはいないが、ミフラグが12騎士にふさわしくないのは間違いない。全力で阻止しよう」


 こうしてカインの短剣争奪戦は幕を上げた。