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真赤なバラとチョコレート

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真赤なバラとチョコレート
真赤なバラとチョコレート 真赤なバラとチョコレート

リアクション

 血相を変えて飛び込んできたオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、全員の注目を浴び、鯉のヒゲをふるわせて「や、これは失敬」と背筋を伸ばした。
「一体どうしたんだ?」
 カールハインツに尋ねられ、ふぅと息をつくと、オットーはあたりを見回した。
「いや、それがし、光一郎がなにやら新メニューにうつつをぬかしておるらしいと聞いてな……」
「光一郎さんなら、いますけど」
 レモは、さきほどから出来上がった試作品に早速舌鼓をうっている南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)指さした。たしかに、格好は派手だ。羽帽子に、顔は宝飾を装った派手な揚羽蝶のアイマスク、口元を隠すよう布を垂らし、黒天鵞絨のマントの裏地は深紅に染め抜かれている。
 まぁ、それだけ顔を隠していてもわかる理由としては、試食の都合で口元に垂らした布ははずしてしまっているし、言動でそもそも判別可能だからだ。
「なんのつもりだよ。俺様はなぁ、純粋な気持ちで薔薇の学舎の喫茶室の料理が向上するようにと、試食に協力しているだけだ。これは薔薇的な意味ではないと思うぞっ」
「薔薇的な意味ってなんやねん」
 光一郎の啖呵に、泰輔が突っ込む。
「よくぞ聞いてくれちゃったな。俺様、すごいことを発見した。なんでも「薔薇的な意味で」をつけるとドキドキする! ほーら、たとえばつまみ食い的(薔薇的な意味で)とか、試食(薔薇的な意味で)とか、もうねっ!」
 ……この場にアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)がいれば、全力で同意もしてもらえたろうが、残念ながら(?)この場にはいない。
「ごめんなさい、意味がちょっと、よく……」
 レモが困り果てたように言うと、「いや!」と光一郎はマントを翻し、レモの言葉を遮った。
「考えるな、感じろ! ……まぁ、てなわけで、俺様が一肌脱ごうっていうだけのことだ。あ、一肌といっても、俺は半裸派、あくまでチラリズムの妙だからな? 全裸は「彼」一人で十分だ」
「あ、ああ……」
 その場の全員が、「彼」が誰かはすぐさま理解する。
「おおっと! うかつに名前を出すなよ? インパクトの強さでキャラ的に食われかねねー(薔薇的な意味で!)」
「光一郎!」
 光一郎の独壇場を、黙ってられないとばかりにオットーが取り押さえようとする。だが、それを器用にひょいと避けて、かわりにオットーは椅子もろとも床へと転がるはめになった。
「なにが薔薇的な意味で、であるか! 本意はさしずめ「チョコレート肌の俺様のチョコレートがけ、ダブルチョコレートバレンタインスペシャル、トロピカルフルーツ添え。あ、鯉くんは皿の上に寝そべって『それがしまな板の上の鯉である、貴殿においしく食べていただきたく(ぽっ)』とでも言ってればいいんじゃね」などといった企てをしているに違いなかろう!」
 ある意味そんなことをさらさらと思いつくオットーもオットーだが、彼自身は至極真面目であった。
「俺様世界樹、もとい貧弱なモンキーバナナ公開は断固阻止せねばならぬ!」
「わ〜わ〜わあ〜〜〜っ♪」
 レモとレイチェルには聞かせられないと、フランツが思わず朗々と声を響かせた。
「モンキーバナナだと? そういうことは見てから……」
「はい、どっちもストップだ」
 ばっとマントをはねのけた光一郎の肩を掴むと同時に、オットーの口に熟れたバナナを一本放り込み、わってはいったのはカールハインツだった。
「あんたらな、食べ物のまわりで騒ぐな!!」
「…………(もぐもぐ)」
 ひとまず落ち着いたオットーに対し、光一郎はまだやや不満げだ。
「別に、俺様はただ協力してただけじゃん?」
「あんまり騒ぐと、お仕置きするぞ。……薔薇的な意味で」
「え? あ、ええと……」
 カールハインツがにやりとすごんでみせると、さすがに光一郎は怯み、お尻を押さえて数歩下がると、そのまま大人しくなった。
「と、とりあえず、試食会を続けようね!」
 どうにか落ち着きを取り戻したレモが、そう手を叩いて提案する。他の生徒たちも増え、試食会は順調にその後は進んでいった。
 やれやれ、と息をついて見守るカールハインツに、こっそりと近寄った泰輔が、からかいも露わに尋ねる。
「ホンマにする気やったんか? 薔薇的な意味で」
「……さぁな?」
 カールハインツはそう答え、ただニヤリと笑ってみせた。そうそう簡単に、真意は口にしない男だ。
(薔薇的な意味って、どういう意味なんだろう?)
 レモはちらりとそう思っていたが、なんとなく、聞きそびれてしまった。


 試食会は、盛況のうちに終わった。
 感想のレポートはレイチェルと泰輔がまとめ、レモへと手渡してくれた。
「あの、本当に色々、ありがとうございます!」
 ぺこりと頭をさげたレモに、泰輔は照れくさそうに軽く手を振った。
「かまへんよ」
「あの、で、どれが一番良いのかな?」
「それは、答えられへんなぁ。たくさんの選択肢を、僕らは友人として君の前に提示する。取捨選択は、君の責任でやりや」
「え……」
「これはレモ君の宿題なんやから。気張って選びぃや」
 泰輔の手が、ぽんとレモの肩に置かれた。レイチェルも、控えめに微笑んでレモを見守っている。
 協力とはこういうことだ、とレモは理解する。
 どんなに力を借りたとしても、最終的に決断するのは自分でなくてはならない。その責任を負うからこそ、人に協力を求める権利ができるのだ。
「……うん。頑張るね!」
 大切なものを教えてもらった気分で、レモは感謝をこめて、力強くそう答えた。


 試食会のレポートは、一晩かけてレモは読み切った。
 フランツのザッハトルテと、瀬伊の苺カスタードタルトは、好評のようだ。他にもいくつか、候補があがっている。ただ、問題は。
「……コンセプト、かぁ……」
 何人かの生徒たちから指摘を受けたことだが、まだ肝心の、新たな喫茶室のコンセプトがはっきりしていない。そのため、なんだか全体的にメニューやイメージがばらばらになってしまっているのだ。
 とはいえ、一人で考え込んでいても仕方がない。
 レモは資料を抱えて、部屋を飛び出した。向かう先は、喫茶室だ。
 今日は通常営業中だが、やはりあそこが一番、色々な人の話をきける。
 広々とした喫茶室は、深い飴色をした板張りの床に、緋色の壁紙と、アンティークなランプがあちこちに据え付けられた、落ち着いた部屋だ。いわゆる喫茶店とは、かなり雰囲気が違う。どちらかといえば、上流なバーといった風だろうか。低めのソファが並び、天井は高い。これはこれで素敵で、レモはこの宿題にとりかかってからというもの、なおのこと、一体どこを変えるべきだというのかわからなくなってしまうのが常だった。
「あ……ハルディアさん」
 その席のひとつに、ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)の姿を見つけ、レモはさっそく挨拶をしに近寄った。彼らとは、先日の旅行でも親しくしており、頼りになる人たちだ。
「ああ、レモ君。なんだか、大変そうだね」
「そうなんだ……あの、少し、相談にのってもらえるかな?」
「もちろんだよ。どうぞ」
「ありがとう!」
 隣の席を勧められ、レモは資料をテーブルに置くと、ほっとしたように笑った。
 コンセプトについて悩んでいるのだと切り出すと、ハルディアは「なるほどね」と顎に指をかけてやや思案し、デイビットはノートと筆記具をテーブルに広げた。
「とりあえず、イメージを描いてみたらどうだ?」
「それが……それもまだ、ぼんやりしてて。僕は、ここってとても素敵な場所だと思ってるから、ジェイダス様が言う『変化』が、どう必要なのか、よくわからないんだ」
 はぁ、とレモは深々とため息をついた。
「変化、ね……」
 ハルディアが呟く。
 そこへちょうど、喫茶室にやってきたマリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)と、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)もくわわった。どうやらスレヴィには、レモに伝えたい提案があったらしい。
「俺としては、テラス席を充実させたいんだ」
「テラス?」
 この喫茶室には、テラス席はほとんどない。静かで、落ち着いてはいるが、どちらかといえば密室感がある。
「ああ。この場所のまわりは、ほとんど庭なんだし。薔薇はなんたって目玉だろ?」
「良い案だ。薔薇の学舎らしく、しかし新鮮な魅力が感じられる。趣味はそれぞれだが、誰もが落ち着ける場所になるといいな」
 マリウスがそう同意する。
「テラス、かぁ」
 外でお茶を飲む、ということはレモにとっては意外な提案だった。魅力的だが、かなり大規模な改装になるのでは? とレモが思ったのに気づいたのだろう。さりげなくマリウスが「ルドルフ校長にも、私から話してある。なにより、ジェイダス様の提案だ。そこは、心配する必要はない」と言った。
「それよりも、よりよくすることだけを考えなさい」
「はい、マリウス先生」
 レモは頷き、スレヴィの案を手元のノートに書き付ける。そのままイメージを描こうとして、その手が止まった。
「ん?絵を描くの、あんまり得意じゃない? じゃあオレが……」
 そうデイビットが手をだすが、出来映えはやはり謎なものだった。
「それ、なに?」
「……薔薇のつもりなんだが……。こ、こういうのはハルとか、絵が上手い先輩に頼もう!」
 そのままペンを押しつけられたハルディアが、やれやれと微笑む。それから、ふと口を開いて。
「でも、薔薇だけというのもね。理事長が望んだ『変化』に相応しいかな」
「じゃあ、他にも季節の花とか植えてさ、あ、ハーブもいいな! 食用花とか」
 スレヴィがさらにそう提案する。
「ハーブ?」
「様々な効能や香りのある植物のことだ」
 不思議そうな顔をしたレモに、マリウスがそう説明してやる。
「季節か……。ねぇ、レモ君。コンセプトを、『四季』っていうのは、どうかな?」
「四季、ですか? ええと、ちょっと暑いとか、夜寒いとか?」
 タシガンは、年中を通して霧が多く、四季といってもやや暑くなるか、寒くなるかといった程度だ。それほど劇的な変化はない。
「僕はパラミタに来る前の人生1/3くらいは日本で過ごしていたんだけど、日本は季節の移り変わりがはっきりしていて、季節ごとの色合いがとても綺麗なんだよ。鮮やかだけど、何処か目に馴染んでいて下品な感じには映らないんだ」
「そういえば……ジェイダス様に見せていただいた歌舞伎も、日本のものですよね。背景とか、手に持っている花で、季節を表現してるって、ジェイダス様が」
「うん。たとえばだけど……四季の移り変わりの風景を、喫茶室の内装に取り入れられないかな?
それぞれの季節毎にコーナーを分けたり、壁にスクリーンを張って映像が見られるようにするとか」
「季節感、というものだな」
「ええ。季節の変化を間近に感じられるのは、日本に馴染みのある人だけじゃなくて色々な人達に楽しんで貰えるかも知れないよ」
「季節……かぁ」
 レモの表情が、真剣なものになる。なにか、彼の中で、ぴんとくるものがあったらしい。
「季節の花と、薔薇の融合的な……。タシガンの風土と地球の四季を重ねていくことで、薔薇の学舎が、もっと開かれたものになって、新たなものを作っていくっていうイメージ……かな」
「いいんじゃないか、それ」
 デイビットが身を乗り出し、レモに頷いた。
「それなら、庭造りは俺も手を貸すぜ」
 スレヴィも乗り気のようだ。
「では、コンセプトは、『四季を感じられる喫茶室』。だとすると、お客様が喜んで、くつろいでもらえる空間を作るためには、何が必要かな?」
 次にマリウスが課題を与えると、レモはまた考え込んだ。
「……まだまだ、準備しなくちゃいけないことは、いっぱいですね。時間も、あんまり残ってないし……」
「時間といえば、佐々木のはどうなった?」
 マリウスは先日の試食会の折にも、顔を出している。彼が言っているのは、薔薇学きっての料理人、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の試作品のことだった。
「それが、まだ改良したいって……。僕は、あれでも充分美味しいと思ったんですけど」
 弥十郎の作品は、一口サイズの大福だ。和菓子の進化系を目指し、コーヒーといえば洋菓子! のイメージを覆す、斬新なものだった。赤、白、緑の可愛らしい三色がある。
 赤は生クリームにイチゴのペーストを加えたもの。イチゴの酸味と生クリームの柔らかな味わいが特徴だ。緑は枝豆を餡にし、塩味がややきいている。最後の白は、コーンフレークをホワイトチョコでコーティングしたものを包んだ逸品だ。
 どれも好評だったのだが、本人はまだ足りないと口にして、今も改良に余念がない。なんでも、赤は確かに美味しいけれど、食感が物足りない。緑はこれそのままだと市販で売ってあるレベルでしかない、という理由だった。
 もっといいものにしたい、という弥十郎の全力の熱意が、充分に伝わってくる。
「どうせなら、それも四種類あればいいのにな。で、季節の限定で変えるとか」
 試作の内容を聞いたスレヴィが、なにげなくそう口にすると、レモは大きく瞬きをして。
「……! それもいいね! 佐々木さんに頼んでみようかな。でも、申し訳ないかなぁ……」
「レモ君。大事なのはみんなのアイデアの良いところを組み合わせて、もっと良いものを作る事だよ。君が仲介して、色々なアイデアを相互に繋げていくのは、良いことじゃないかな」
 ハルディアのアドバイスに、マリウスも頷いた。
「そう……だね。僕、お願いしてみるよ」

 こうして、ようやくコンセプトはまとまったものの、実際の図面や、小物の手配、制服やBGMと、いくらでも課題は残っている。
 ファビエンヌに頼む予定のチョコレートも、まだデザインは本決まりになっていない。
 それでも、一人ではないということが、レモにはわかっている。そしてこんなにも、心強いことはないだろう。
「…………」
「レモ君?」
 急激に潤んだ瞳を、ぐいっと恥ずかしげに拭い、レモははにかんだ笑みを見せた。
「僕、本当に薔薇の学舎に入って、よかったなぁって。なんか、すごい、幸せだなって思って」
 レモにとって、所詮はレプリカだという意識は、今もどこかにある。けれども、そんな不安も吹き飛ばせるほど、今、レモは自分が恵まれた、幸せな存在だと思えた。そしてそんな彼を、ハルディアたちは微笑ましく見守っていたのだった。