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真赤なバラとチョコレート

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真赤なバラとチョコレート
真赤なバラとチョコレート 真赤なバラとチョコレート

リアクション

2.


「おお! ちょうどいいところに! ……ってなんでその格好?」
 賑やかにお茶を楽しむ一団に近づいてきたのは、変熊仮面。ただ、格好に関していえば、誰しも変熊だけには言われたくないだろうが。
「あー、この席ちょっと貸してね〜」
 返事もろくに聞かずに、がたがたと隣にテーブルと椅子を用意する。もっとも、天音たち一向もそんな変熊には慣れっこなので、今更驚きはしないが。
「なにしてるの?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が、給仕の手を止めて変熊に尋ねた。他校生徒も多い場所で、あまり大騒ぎされるのは避けたいが故の、半分は、監視だ。
「いやね、うん……、前回の美術の授業サボったら宿題にされた。自画像を描けっていうんだけど、寮の部屋は汚いし……」
 たしかに、変熊の手にはスケッチブックと鉛筆が握られている。だが、見事なまでに真っ白けの状態だった。
「そもそも、何故お休みなさったんですか?」
「バレンタインデーのチョコを買いに空京に行ってた」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)の質問への返答に、ますます北都は不思議そうな顔をする。チョコレートだったら、なにも空京にいかないでも、ここにも山ほど用意されているだろうに。
 そんな雰囲気を感じ取ったのだろう。変熊はやや決まり悪げに。
「今日、女の子に貰ったふりするために……」
「…………」
「自業自得というわけですね」
 呆れる北都の隣で、クナイがばっさりと結論をつける。
「……ですよね。みんなお願い。 俺様に、力を貸してくださいっ!」
 派手に縋り付かれ、北都はやれやれと苦笑してしまう。
「けど、僕らは仕事もあるしねぇ」
 北都はクナイと顔を見合わせて呟く。正直いって、そうそう手伝ってもいられない。
「いいよ。僕たちが手伝うから」
 天音が助け船を出すと、変熊は躍り上がらんばかりの勢いで喜んだ。
「とりあえず、こんな感じ?」
 歩やナガンが、半分以上おもしろがりながら、スケッチブックに鉛筆を走らせる。
「え〜?俺様はもっと鼻高いだろ」
 手伝ってもらっておきながら、変熊がそう不満をぶつけると。
「そもそも仮面つきじゃ、自画像としてどうなんだ?」
 外してみろ、と刀真がつっこむ。
「それはできない!! これは俺様のアイデンティティだからな! っておい! 想像で俺様の顔を描くのは無しだろ!」
「……賑やかだなぁ」
 どうしよう、と横を通ったレモが、少しだけ困った顔をする。楽しそうなのは良いことだけど、他のお客様に迷惑がかかるのは避けたい。
「大丈夫ですよ。ここは、私たちがついておりますから」
「クナイさん」
「昨日からずっと、お気を張り続けなんでしょう。無理なさらずに」
 白銀 昶(しろがね・あきら)から、レモの昨夜の様子はきいている。クナイが穏やかにそう告げると、レモはほっとしたように「ありがとう」と小さく頭を下げた。と、いった側から。
「レモ、なんか入り口でもめてるみたいだぜ?」
 カールハインツに言われ、レモとクナイは、そろって入り口を向く。
「僕、行ってくるね。……でも、いざとなったら、お願い」
 クナイと北都に頼み、レモはそそくさと喫茶室の出入り口へと急いだ。

 その一方で。
「淑女らしい格好で、ときいたから、そうしたつもりだけど?」
「た、大変お似合いですけども……」
 喫茶室の入り口で、おろおろとするマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)の横から、レモが顔をだす。
「失礼します。その……」
「なんだ?」
 トラブル、はすぐにわかった。なんたって、マーカスの前に立つ人物……フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は、パンツ一丁にマント、さらに拘束麺という、なかなかとんでもない格好だったからだ。
「入場できないのか? おかしい。こんな事は許されない」
 憤慨してみせるものの、フィーアは半笑いで、台詞も棒読みだ。からかっているだけなのだろう、とはわかる。
(それに、絶対ダメっていうなら、変熊さんもアウトのはずだもんなぁ……)
 やや頭痛を憶えつつ、レモは「申し訳ございません」とにこやかに返した。
「仕方ない」
 気が済んだのだろう。フィーアはメタモルブローチで、教導団の制服姿に変わる。それならば、なんの問題もない。
「用意してあるなら最初からそうしろ!」
 すかさず戸次 道雪(べつき・どうせつ)のハリセンが閃き、フィーアの後頭部に炸裂した。
「まったくおぬしは! 皆困っていたじゃろうが!」
「まぁまぁ、ベッキー師匠。彼女も反省しているみたいだし」
 いつもの薄ら笑いを浮かべたまま、フィーアは自分で自分を弁護する。
「自分で言うことか? つくづく、この娘は……」
 苦々しげに道雪は眉をひそめた。
「どうぞ、お待たせしました」
 二人のやりとりをよそに、同行してきた山県 昌景(やまがた・まさかげ)于禁 文則(うきん・ぶんそく)を、レモが席に案内する。その後を、フィーアと道雪も続いた。
 席に案内されながらも、文則は周囲のテーブルのものを注意深く観察している。テーブルにつき、メニューを見る間も、その視線は冷静かつ真剣だ。料理人として、それなりに気になるらしい。
「どう思う?」
 にやにやと尋ねるフィーアに、ぱたんとメニューを閉じ、「ま、食べてみなきゃ、わからないな」と文則はぼそぼそと答えた。
 そのまま四人は、暫くは静かにお茶を楽しんでいたが。正直、ここに来た目的は他にある。
「さて、と……」
 紅茶を飲みきると、フィーアはゆらりと席を立った。

 一方。
「おー! 大傑作だーー!」
 周囲を巻き込みつつ、なんとか変熊の自画像は完成しつつあった。完成した作品を両手に掲げ、変熊が陽気に仁王立ちする。が。
「おい」
「ん?」
 フォーアの手が、鋭く一閃した。『義理』と大きく描かれた立方体のチョコレートが、思い切り変熊に投げつけられる。……しかも、『真ん中低め』狙いで。

ちーーーーん♪

「!!!!!!」
 エビのように身体を丸め、変熊が悶絶の声をあげてその場に崩れ落ちる。
「バレンタインだからな。味わってくれよ?」
 変熊のリアクションを満足げに眺め、フィーアは踵を返した。
「大丈夫?」
 膝を突いたままの震えている変熊を、北都がうかがう。
「……ふ、……ふふふふ……。へっへーん!お前ら、それ見ろ! よく見ろ! しかと見ろ! 女の子からチョコ貰ったもんね〜!」
「…………」
 変熊は得意満面だが、果たしてあれは『貰った』というような可愛いものだったろうか。よほどのM以外、羨ましくもないだろう。(おまけに大文字で『義理』だし。)
 だが、なにはともあれ変熊はさっそくそのチョコレートを口にし、そして…………、
「たわばっ!!」
 謎の言葉とともに、泡を吹いて倒れた。
「お、お師匠〜! もう、コーヒー零しちゃったにゃ〜!」
 コーヒーというより、大量のミルク、コーヒー風味、を飲んでいたにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)が、そう抗議する。倒れたほうは、あまり心配していないらしい。だが、変熊はすでに虫の息だ。
「……にゃんくま……あとは……たのん、だ……(がくり)」
「にゃ? そういうことなら、僕にお任せだにゃ〜。絵なら得意にゃ!」
「心の友よ……!」
 それが、変熊の最後の言葉だった。
「……外に運び出しましょう」
「そうだねぇ」
 北都とクナイは顔をみあわせ、カールハインツの手も借りて、もはやどう考えても喫茶室の雰囲気をぶちこわしている物体(変熊)を、外へと運び出した。

 そして、にゃんくまは無事代わりに作品を完成させ、提出してきたという。その出来がどうであったかは、……詳しくは語るまい。
 …………変熊 仮面(へんくま・かめん)よ、永遠に。


「……? どうか、したんでしょうかね」
 テラス席でコーヒーを楽しんでいた非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が、室内の騒ぎを感じ、首をかしげた。
「ふむ、様子を見てこようか? なにか困りごとでもあったのかもしれぬよ」
「あ、お客様!」
 腰を浮かせたイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)に、すかさず白木 恭也(しらき・きょうや)が声をかけた。
「よろしければ、ちょっとしたゲーム、しませんか?」
「ゲーム? おもしろそうですわ!」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が、好奇心に金の瞳を輝かせる。
「どんなゲームですか?」
(よかった、のってくれました)
 内心で恭也はほっとする。先ほどの顛末は、あまりお客様に見せたいものでもない。
「ゲームはですね、利きコーヒー……利き茶・利き酒のコーヒー版と思っていただければ」
「趣きがございますわね」
 アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)がおっとりと微笑んだ。
「あたし、それでしたら自信がありますわよ?」
 メイドについて学んでいるユーリカは、コーヒーや紅茶も色々と嗜んでいる。小柄な身体で精一杯胸をそらしてみせるさまは、いかにも微笑ましい。
「ゲームというからには、なにか賞品もあるのですか?」
「特製クッキーをプレゼントいたします」
 にっこりと恭也は笑い、付け加える。
「ただし、外れた場合は、ゲームでお出ししたコーヒーの代金も、お客様がお支払い、ということで」
「なるほど。そうですね、ペナルティもなければ、ゲームとしてはつまらないものです」
 近遠はそう頷いて、微笑んだ。それにこのゲームは、彼女の旺盛な知識欲も刺激したらしい。
 ゲームの案は、恭也自身にとっても、ささやかな遊びだ。もちろん、事前にレモの許可はとっている。
 恭也はさっそく、エスプレッソ用のデミタスカップを四客用意した。そこにはそれぞれ、ブラックのコーヒーが注がれている。
「最初はヒントはなしです。どうぞ、お嬢様方」
「……見た目ではわかりませんね」
「まずは香りを確認しなくてはいけませんわ」
 ユーリカはさっそくカップの一つをとりあげ、目を閉じて香りを嗅いでいる。近遠もそれに倣い、アルティアも小さな手をカップに伸ばした。
「スプリントさんは、なさらないのでございますか?」
「我は、そういったことはあまり得意ではないのだよ」
 イグナは静かにそう答えたが、不得手というより、ゲームに興じる三人を見守っているほうが楽しいといった様子だ。
 カップをまわし、香りを確認してから、おもむろに口をつける。近遠は、眉根を軽く寄せ、やや悩んでいるようだ。
「これは酸味が強いですわ。こちらはどちらかというと、苦みのほうが感じられますわね」
「なるほど」
 ユーリカの感想に、恭也はにこやかに頷く。確かにその感想は正しい。
「こちらは、今頂いていた味と同じでございますから……タシガンコーヒー、でございますね?」
「ええ、そうですわ、きっと!」
 アルティシアとユーリカの意見が一致し、一つはタシガンコーヒーとして除外された。あと三つは、果たして。
「これは地球産のモカに近いと思いますわ。でもこちらは……」
「さぁ、どうでしょう?」
 種を隠し持ったマジシャンのように、恭也は悩む三人を楽しげに見ている。だがそのうちに、だしぬけに、静かに考え続けていた近遠がぽつりと言った。
「同じですね」
「え?」
「根源は全て同じもの……違いますか?」
「素晴らしい、正解です」
 恭也は恭しく、近遠に一礼をし、正解者を讃えた。
「これらは全て同じタシガンコーヒー、それを、少し薄めたり、抽出時間を変えたり、豆のひき方を変えたものなんです」
「…………やられましたわね」
 なまじ前知識があった故だが、ユーリカはやや悔しそうだ。
「お楽しみ頂けましたか?」
「ええ。とても」
 近遠が微笑み、恭也の手から可愛らしいバレンタインクッキーを受け取った。