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シルバーソーン(第2回/全2回)

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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第5章 解放の時 2

「皆の者、早く逃げるんだ!」
 街にいる人々を先導して、フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)が彼らを導いていた。
 彼女たちがここにいるのはローザマリアの指示によるものである。襲われている村や町を守ることを指示されたフィーグムンドたちは、陣の部隊とともに町に赴き、逃げ遅れた人を避難させているのだ。
 神秘的な雰囲気を纏う娘に導かれるままに、人々はシャドーから必死に逃げる。
 包囲網をかいくぐって追いすがる敵もいたが、フィーグムンドはそれをブリザードの旋風でなぎ払っていた。
「フィー! こちらにも逃げ遅れた者が!」
 避難の指揮を取っていたフィーグムンドに向かって叫んだのは、フレアライダーに乗って空から人々を守っていたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だった。
「手は出させぬよ――妾の全てに代えても護る!」
 天空を飛んで金髪をたなびかせる英霊の娘は、住民に襲いかかろうとするシャドーを各個撃破してゆく。
「こちらに誘導してくれ! 私が皆を導く!」
「――うむ」
 フィーグムンドの答えを聞いて、グロリアーナは更なる逃げ遅れた住民を探してフレアライダーを駆った。
 シャドーを撃退することも任務であるが、何より大切なのは人々を守ることだ。自由な傭兵や契約者たちもそれは理解しているのか、好きこのんで敵陣へ突っ込んでいく者を除いては大部分が人々の守護に回っている。
「ひどい……こんなの……」
 そんな援軍の中にあって、わなわなと唇を震わせたのは一人の少女だった。
 紫に近いその青い髪の、右耳の後ろ辺りに咲いているのはアイリスの花。
 花妖精と呼ばれる種族の娘――ツァルト・ブルーメ(つぁると・ぶるーめ)は、幼い少女の姿ながら実際にはそれ以上に齢を重ねており、思慮深い娘だ。街の人々が〈影〉に襲われている戦場の姿を前にして、彼女は愕然と立ち尽くしていた。
「ええ、本当にひどい……」
 そんなツァルトに同意を示したのは、一人の剣客だった。
「させない……もう二度と……ツァルトは……ザンスカールのような光景を繰り返させないっ!」
 ツァルトはかつてザナドゥ戦役にてザンスカールが襲われたことを思い返し、激情をぶちまけた。
「そのために……私たちがいます。いきましょう!」
 剣客の娘が言うと、ツァルトは力強くうなずく。
 そして彼女は、すっとその場に構えると静かに口を開いて歌声を紡ぎはじめた。それは民や兵士を震え立たせる怒りの歌。人々に諦めない心を与える幸せの歌。そして誰かが見守っているのだと、皆、守るために戦っているのだと伝える激励。
 ツァルトの歌を背後に、剣客はシャドーたちに立ち向かった。
「九十九昴、参る!」
 剣客が刃を振るう。
 鞘から抜き放たれた刀身は、一瞬だけきらめいたと思ったら次の瞬間には複数のシャドーを断ち切っていた。目にもとまらぬ剣線はまるで糸のように形を作り、敵を斬り伏せていく。
 蒼竜刀『氷桜』と呼ばれる青白い冷気の刀を振るうその剣客の名は――九十九 昴(つくも・すばる)といった。
 実に壮麗な姿の娘だ。剣を振るう姿はまるで舞台の上の剣舞のように美しい。凛とした顔つきと澄んだ黒曜石の瞳がシャドーを捉えると、一瞬のうちにそれを刀の錆にしていた。
 彼女のそれは、戦う力そのものである。人を傷つけ、殺す力。
 しかしそんな力でも、誰かを守る力になると昴は信じていた。そうすることが、自分の持つ力の矛先だと。それが――『自分の守り方』なのだと。その信念が彼女の射貫くような瞳と、真っ直ぐに敵を断ち斬る、一閃の力を作り出す。
「させない……少なくとも、私の目の前にいる人たちを、襲わせなんてしない!」
 彼女は無意識のうちに低い声で言い放っていた。
 彼女の記憶にあるのは、火に染まった光景と、死せる人々の姿。
 シャドーに襲われそうになっている街の人々を見て、昴は己の原風景を見た。
(母も……父も……もういない。だけど――)
 昴の刀が、シャドーを両断して逃げ惑う人々を救った。
「だけど……もう二度と、失わせたりなんかしない!」
 昴は自分に言い聞かせるように言うと、
「行きましょう、白夜!」
 空に待機していた愛竜のレッサーワイバーン『白夜』を呼んだ。
 すると、そんな彼女のもとに、同じく激戦へと身を投じていた九十九 天地(つくも・あまつち)が声をかけていた。
「昴、あなたは今一人ではないのですよ。……無茶はしないようにね」
「ええ、分かっています。そっちも……やられないでね」
 白夜に乗った昴が振り返って言うと、大地はくすりと笑みをこぼした。
「誰に言っているのですか。私はあなたのパートナーでございますよ」
「そうね」
 同じく笑みをこぼした昴はそう言い残して、その場を去る。次の激戦区に向かうためだ。
 翼をはためかせた白夜が、彼女を次の戦地に運んでいった。
「さて……ではわらわは残りの処理をいたしましょうか……」
 振り返った大地はそう言うと、周りを囲んでいた少数のシャドーを眺める。
 温和な雰囲気をただよわせるおだやかな彼女の表情が不敵な笑みを作ったとき、魔刃『魂喰』――あらゆる人や物の魂を刈り取ると言われている薙刀がシャドーたちを瞬時に斬り裂いていた。そして、小規模のビッグバンが起こって、斬り裂かれたそれらを全て塵にする。
「これが……天之御中主神で御座います」
 妖艶とも言える笑みでつぶやいた彼女は、いっそシャドーより恐ろしかった。
「昴と天地さん、暴れてるなぁ」
 昴と兄妹同然に育ってきた九十九 刃夜(つくも・じんや)は、全力で敵を叩きつぶしにかかっている大地と昴を見て、感心したように言った。
 その視界にシャドーが現れる。狙いは、逃げ遅れている街の人だった。
 しかしその攻撃が人々に届く前に、にやりと笑った刃夜の盾がそれを受け止めていた。
「昴が“剣”なら、僕は体を張って守る“盾”だ」
 誰ともなく彼はつぶやく。
「後ろは――任せてもらうよ!」
 そして彼はシャドーを押し返すと、ぐおんと唸ったレーザーマインゴーシュの刃でその影の体を貫いていた。
 まさしく彼は盾である。視界の向こうではレッサーワイバーンの白夜に乗った昴が暴れ回ってるが、それをかいくぐってきたシャドーから背後を守るというわけだ。
 人一倍強い決意を胸に戦いへ身を投じている義妹や、近くで魔法の歌を紡ぐツァルトを見て刃夜はいっそう負けられないという思いを強くした。
 そうして戦いが続く中で、街の守備部隊と援軍はついに〈黒い柱〉へとその手が届くようになっていった。
「【『シャーウッドの森』空賊団】、参上!」
 ペガサスに乗って烈風のようなスピードで敵に近づいたリネン・エルフト(りねん・えるふと)がカナンの剣を振るった。
 それは自分のパートナーであるフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が持ち出したオルトリンデ家の家宝の一つで、その昔に女神イナンナより授かったと言われている剣だった。
 むろん、それだけでは単なる剣に過ぎず、物理攻撃を食らわないシャドーには大したダメージは与えられない。
 しかし――
「――ッ!」
 リネンは仲間から付与された光の魔法を刀身に帯びさせ、敵を一閃していた。
 さらにそこから、タービュランスによる乱気流を放つ。風が渦巻いてそれに敵が巻き上げられたと思ったとき、リネンはそれによって密集したシャドーたちへと一気に連続の攻撃を叩き込んでいた。空賊王の使用したとされるハンドガンが幾度となく弾丸を撃ち込み、返す体で剣を振るう。
 シャドーの集団は瞬く間に叩き伏せられていた。
「リネン、張り切ってるわね」
 そんなリネンに向けて同じくレッサーワイバーンのデファイアントに乗りながら戦うヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が微笑みかけながら言った。
 リネンは自らを『シャーウッドの森空族団』と名乗っていたが、何を隠そうこのヘイリーこそがその団長である。
 金髪を靡かせる伝説のアウトローの英霊は、さらに自分たちが引き連れている部隊――すなわち空族団のメンバーたちに指示を出していた。
「まあね。……出遅れた分、しっかり取り戻さないと」
 自嘲とも取れる不敵な笑みを浮かべて、リネンは更なる敵を目指す。
「フェイミィ、あなたも――」
 ヘイリーが言いかけたところで、
「おう、任せとけ。オルトリンデ遊撃隊、久々に参上だ」
 ナハトグランツと呼ばれる濃銀の芦毛を生やしたペガサスに乗ったフェイミィが、彼女が言い終える前に告げた。
 彼女の後ろには、配下のワイルドペガサスに乗った少女たちがいる。むろん少女たちと言っても、彼女たちも立派な天馬騎兵であり、フェイミィを慕い敬う遊撃隊の少女だちだ。
「人の故郷で好き勝手やってくれんじゃねぇか! この代償は高くつくぜ!」
 フェイミィのかけ声にしたがって、オルトリンデ遊撃隊が一斉に敵陣へ攻め込んだ。
 その勢いたるや、驚嘆に値した。ペガサスやレッサーワイバーンに乗った空族たちの気合いに感化されたのだろうか、援軍や義勇兵たちのやる気もよりいっそう高まる。
 そうして彼らはシャドーたちを数の上でも押し返し、ついに〈黒い柱〉へと到達した。
「さあ、はやくあれを破壊して――」
 ヘイリーが仲間たちに指示を出そうとした。
 そのとき。
「じーちゃんろけっとおおおおぉぉぉ!」
「ありがとうございますッ!」
 奇妙なやりとりの声とともに、どげしっと殴打の音がすると、何かの影がびゅんっとヘイリーたちの横をすり抜けていった。
 それはなぜかパンツ一丁で恍惚の顔をしているクド・ストレイフだった。どうやら頬を思い切りぶん殴られたらしく、鼻血をきらきらと輝かせて飛んでいく。
 がしゃんっ。
 そしてクドがようやく止まったのは、彼の頭が〈黒い柱〉へとめり込んでからだった。
 〈黒い柱〉はしばらくバチバチと火花を鳴らしていたが、やがてクドのめり込んだ穴からぷしゅーと煙を吐き出すと、なにやら機械の動力でも落ちたような音を発して単なる塊になった。
「お、おい、みろ……」
 すると、シャドーたちの姿も次々に消えていく。
 なにがなんだかよく分からないが――とりあえず〈黒い柱〉を破壊することには成功したようだった。
「勝利のぶいサイン!」
 後頭部で束ねた尻尾のような白い髪を揺らして、ミルチェがえっへんといわんばかりのポーズを決める。
「げ、げぶっ……」
 最後に聞こえたのは、血を吐いて幸せそうに倒れたクドの声だった。