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シルバーソーン(第2回/全2回)

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シルバーソーン(第2回/全2回)

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終章 〈災厄〉の終わり

 アバドンを撃破してから約一週間ばかりが経った頃。
 シルバーソーンを投与されたセテカが無事にその体力を回復させたという吉報がカナン全土に伝わっていた。
 そしてそれからまた数日の後には、戦地となった南カナンの領主城にて戦いの勝利を祝う宴が催されていた。
 これからまた事後処理や復興計画の見直しなどがあるが、今回はまだ以前のものに比べると被害はかなり少なかったほうだ。幸いにもモートによって黒夢城という決戦の舞台に誘い込まれたことが、戦争の被害を最小限に抑える要因になったらしい。それに以前の戦争の反省から、町や村々の守備が堅固なものになっていたおかげもあった。
 民も復興だけではなく戦いの勝利を祝う余裕はあるらしく、南カナンの首都ニヌアでは町全体が酒と食べ物を飲食しながらどんちゃん騒ぎと、賑わいのムードになっていた。
 そして城の大広間では、戦いの功労者たる契約者たちとカナン兵に傭兵に騎士団といった面子が勢揃いし、立食を楽しみながらそれぞれの会話に華を開かせたり、騒ぎに興じたり、あるいは酔い潰れたりしていた。
 シャムスは少し賑わいのムードから距離を置いてテラスに出ていたが、そこから見えるだけでも皆の様相は様々だ。
 クド・ストレイフは相変わらずパンツ一丁で阿呆丸出しの踊りを踊っているし、アルフ・シュライアは貴族の可愛い娘たちをナンパしてエールヴァントに呆れられている。アムドと久しぶりに語らうルカルカや菜織たちは、宴の場であるにも関わらず剣や刀の強度について話すという、なんとも彼ららしい会話を楽しんでいるようだった。
「涼んでいらっしゃるんですか?」
 ふいに話しかけてきたのは、この戦いの最中もずっと彼女を傍で支えていた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)だった。
 その隣には彼のパートナーである柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)がほほ笑んでいる。夜ということもあって、彼女の漆黒の髪は闇夜に溶け込んでいた。
「翡翠、それに美鈴か……」
「今回は、お疲れ様でした」
 翡翠はそう言って柔和に笑った。
 それに軽く笑ったシャムスは、彼が無言で差し出したグラスを受け取る。
 果実を搾ったその飲み物を静かに飲みながら、彼女たちは夜風を感じていた。
「それにしても、エンヘドゥさんにセテカさんも無事で、本当によかったですね」
「ああ、まったくだ」
 宴の中心に視線を送ると、そこではセテカやエンヘドゥが仲間たちに囲まれていた。
 エンヘドゥに至ってはなにやら教導団の娘――董蓮華に思い切り泣きつかれている。思わずエンヘドゥのほうが苦笑するほどの泣きっぷりで、抱き合う二人を他の仲間たちが温かく見守っていた。心なしか、授受が不機嫌そうに口を結んでいる。しばらくすると、彼女は蓮華と一緒にエンヘドゥに抱きついた。さらに追随して多くの仲間たちが彼女に抱きつき……もみくちゃにされる。
 逆にセテカはなにやら文句を言われている様子だ。おおかた『なんて体の弱い奴なんだ』とか、『何度倒れる気だ』とか、愛情のある暴言を吐かれたりもしているのだろう。決戦の後、手に入れたシルバーソーンを彼のもとに届けたベアトリーチェが間に入ってそれを宥めている様子も見える。
 シャムスはそれを見ながらくすっと笑った。
 それからしばらく彼女たちはテラスで黙ったまま静かに佇んでいた。
 すると翡翠が、
「――ふいを付かれたと落ち込んでは、いませんか?」
 シャムスの心を見透かすように聞いた。
「……まったく、お前には敵わないな」
「まだこの国は平和になったと言っても、やる事は多いですからね。自分たちも手伝いますし、何かあれば協力や相談に乗りますので、頑張りましょう」
 翡翠はそう言って、いつもの微笑で笑ってみせる。
「ね? 美鈴?」
「ええ、もちろん」
 翡翠に呼びかけられて、美鈴も同じようにシャムスに笑った。
「まだまだ……生きている限りやることは多いですわ。何かあったときはきっと、頼りにしてくださいね」
「ああ、きっと」
 二人のありがたい言葉にシャムスはうなずいた。
 ふとその頭に過ぎったのは、アバドンのことだった。
 これで、本当にアバドンの終わり。
 カナンに降り注いでいた〈災厄〉の元は全て消滅した。モレクも、モートも、アバドンも……。しかし、またいずれ〈災厄〉はやってくるだろう。そのときには、あるいはシャムスはいないのかもしれない。あるいは、世界がどう変わっているのかすらも。
 だけどその時は……必ずまた戦うだろうと、彼女は思った。
 白い光を、その胸に抱いて――。


 ただ一人。
 月明かりの下、南カナンの小高い丘の上にいる契約者がいた。
 彼女の傍には闇の〈影〉があった。それはしばらく彼女と二人でじっと空を見上げているようだったが、やがて彼女の中に消えてしまった。残されたのは彼女一人。
 〈影〉は文字通りただ消えただけだった。
 最初は期待したものの、彼女の心には何もなかった。期待していた変化も変貌も、何も。
 その時、彼女は改めて気づかされたのだ。
 ああ、本当に――あれはこの世からいなくなってしまったのだと。
「……闇あるところに光あり」
 彼女は――坂上来栖はつぶやいた。
「お眠りなさい。永久(とこしえ)に」
 それは、あるいは誰かに向けた手向けの言葉だったのかもしれなかった。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
寺岡GMとの共同シナリオ、【シルバーソーン】はいかがだったでしょうか?

今回も多くのアクションをいただきまして本当にありがたい限りでした。
その中で驚きだったのは、この作品がタイトルに反して別のものを軸にした物語になったんじゃないかということです。
これは当初予定していたものとは違っていましたが、しかしそれだけに自分自身も楽しんで執筆させていただいたような気がします。

これで本当の意味でカナンから現在の〈災厄〉は去りました。
ただ、カナンは一定周期で〈災厄〉が降り注ぐとされている地。
もしかしたら近いうちにまたなにか別の〈災厄〉が降り注ぐとも限りませんが……。
でもきっと大丈夫ですよね。そこには、信頼出来る仲間もいて、頼もしい契約者たちもいるのですから。

それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。

※06月07日 リアクションを一部修正致しました。
※06月18日 リアクションを一部修正致しました。