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シルバーソーン(第2回/全2回)

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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第2章 黒夢城 3

 ゾンビーストたちとの戦いがあらかた片付いてきた頃。
「ほう、ドラゴンのゾンビか」
 ドラゴンゾンビたちと戦う仲間と一緒に、その巨大な姿を見定めた鵜飼 衛(うかい・まもる)が楽しげにつぶやいた。
「こんなモノと戦えるとはわざわざこんな陰気臭い城に乗り込んだ甲斐があったものじゃわい。カッカッカッ!」
 衛は上から着込んでいるローブの裾をばさっと翻して、哄笑しながらルーン文字の刻まれた魔術カードを構える。
 独自のルーン研究によってタロットカードを改造して作り出した、愛用の魔術符だ。それを組み合わせることによって、様々な魔法の使用が可能となる。
「シャムス殿は急いでおるのじゃろう? なら、ここはわし等に任せてさっさと行くが良い」
 衛はドラゴンゾンビと対峙しながら背後にいる領主に告げた。
「む、だがそれではお前たちが……」
「なーに、構うまい。わしはもとよりこのドラゴンゾンビのほうに興味があるのでな。むしろ好都合じゃ」
 シャムスはもちろん心配する返答を返すが、衛はそれを受け流して不敵に笑う。
 その言葉は本心からくるものなのだろう。ドラゴンゾンビの挙動を見るたびにワクワク感が抑え切れないのか、衛の笑みはどんどん深くなっていた。
「しかし……」
「良いからさっさと行かれよ。――メイスン、妖蛆、ドラゴンゾンビ退治とゆくぞ! 展開せよ!」
「まかしときー!」
「分かりました」
 衛の呼び声に反応して、左右に飛び出していったのは二人のパートナー。
 なぜか地球言語の広島風言葉を使う機晶姫と、一見すると物腰が柔らかそうな褐色肌の魔導書娘が、衛を中心として陣形を取った。
「メイスン、お主は機動力を生かして接近戦を展開せい。ただし、足を奪えよ。妖蛆はわしと共に陽動じゃ!」
 衛は魔法カードを宙に放ちつつ二人に言い放つ。
 こくりとうなずいた機晶姫――メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)は全長2メートル以上もある巨大な剣、機甲砲剣ブリューナグを両手で構えて、ドラゴンゾンビに躍りかかった。ぐおんと風を切って漆黒の刃が敵の身体に叩き込まれる。あれだけ巨大な剣だというのに、メイスンをそれを槍でも回すように軽々と振り回していた。
 クオオオオオオオオォォォ!
 ドラゴンゾンビの地を揺らすような咆吼。瘴気に満ちた毒の霧――アシッドブレスが巨大な口から放たれた。
「衛様! 危ないです!」
 魔法カードを宙に浮かべていた衛の前で、ルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)が壁となる。氷雪比翼を前方に回して作った氷の壁が、アシッドブレスを衛のもとへは届かせてくれなかった。
 メイスンの巨大な刃がついにドラゴンゾンビの前足へとえぐり込む。そのまま、大剣はそれを横薙ぎに斬り裂いた。
「よくやった、メイスン! 次はわしじゃ!」
 前足が斬り裂かれて動きが鈍ったドラゴンゾンビに向けて、衛は魔法カードのルーン魔術を完成させた。
 ルーン召喚術式――長細い竜の身体と鷹のような翼を併せ持つ獣『麒麟』が、魔法カードの作る輪の中からその姿を現す。そして、麒麟は瞬時にドラゴンゾンビへと近づくと、その頭部からボロボロの体の内部へと侵入した。その体に纏った電撃が、ドラゴンゾンビの内部を焼き尽くしていく。そして、麒麟は轟ッと音を立ててドラゴンゾンビの尾から脱出した。
「メイスン!」
「任しとき!」
 衛の呼び声でメイスンが動く。
 彼女の握るブリューナグが機晶レーザー砲モードに変形する。
 刀身が二つに割れ、中から内蔵された砲身とスコープが出てきたのだ。それを構えて、メイスンはドラゴンゾンビの頭部を砲身の先で串刺しにした。
「さあたらふく食え。ただしレーザーじゃがのー!」
 機晶レーザーが放射されて、ドラゴンゾンビの体を貫いていく。
 悲鳴にも似たドラゴンゾンビの叫びが広間中に轟いた。
「シャムス、私も残るよ」
「大佐……」
 衛たちに続くような形で、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)がシャムスに言ってドラゴンゾンビのもとに向かった。
 見た目は小学生ぐらいの歳で長い黒髪を靡かせる少女は、妖艶な笑みを浮かべる。いかにもどこかの研究者といった白衣を纏った大佐は、ドラゴンゾンビに少なくない興味を抱いていた。
「ちょいと野暮用もあるもんでね。とりあえずこいつをブッ倒したら勝手にやらせてもらうさ」
 心配そうな視線を送っているシャムスにそう告げて、大佐は両手に妖刀村正とレーザーマインゴーシュという二つの武器を構える。
(ま、さっさと処理してからシルバーソーンを探すのも悪くない。アバドンが傍に置いてるとは限らないのだからな)
 二刀流の剣線をきらめかせて、大佐はドラゴンゾンビに躍りかかった。
「アルテミシア! プリムローズ! 両側から回り込むぞ!」
「ふふっ、了解」
「わ、わわっ、大ちゃん置いていかないでください〜!」
 大佐のかけ声に応じて、逆側からドラゴンゾンビに回り込んだのは彼女のパートナーであるプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)アルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)だ。
「相変わらず身勝手なんですからぁ」
 勝手にドラゴンゾンビの相手を引き受けることになったことを嘆いて、プリムローズは嘆息する。
 その間にもちゃんとゴールデンアクスを片手に、伸びてきたドラゴンの翼を叩き斬っているのは見事だ。それを見ながら、大佐とうり二つの姿をしている魔鎧のアルテミシアがくすっと笑った。
「でもまあ、それが好きなんでしょ」
「そ、そうなんですけどぉ〜」
 顔を赤くするプリムローズをからかいつつ、ドラゴンゾンビがガパッと開いた口から放ったアシッドミストをアイスフィールドで受け止める。
 背中から生えた氷の翼――氷雪比翼で猛スピードで敵の懐に入ったアルテミシアは、ライトニングブラストの雷をそこに叩き込んだ。
 迸る電光と腐敗した体が焼きつく音。
 大佐がそれを満足そうに見て、両手の刃で焼きついた箇所を切り刻んでいった。
「……みんな、すまない」
 ドラゴンゾンビの相手を引き受けた仲間たちが早く行くように促すのを見て、シャムスは剣を収めて身を翻した。
 いまは一刻も早くアバドンを倒さねばならない。ここでぐずぐずしていても仕方ないのだ。
 仲間たちの意思を継いで、彼女は正面にある階段に向かう。
「行くぞ!」
 シャムスの号令に従って、残された仲間たちも彼女に従ってその後を追った。



 衛たちドラゴンゾンビの相手を引き受けてくれた仲間を残して、シャムスの部隊は階段を駆け上がった。
 ぐるぐると回るような回廊のごとき急角度の階段は、やがて緩やかになっていって廊下に繋がった。そこを走って駆け抜ける。
 途中でゾンビたちが姿を現したが、しょせんは足止めのために生まれたわずかな集団に過ぎない。シャムスたちをそれを斬り捨てて進み、ある部屋にたどり着いた。
 そこにいたのは――数名の契約者の姿だった。
「お前たちは……」
「よお、遅かったな」
 出迎えた契約者の一人である白津竜造がにたりと笑った。
 その横には音無終の姿もある。彼は無言のまま微笑を浮かべているだけだったが、それが繊細過ぎた色ゆえに余計に恐ろしかった。
 契約者という力を持つ者でありながら、モンスターや魔の眷属たちに与する契約者――それが彼らだ。
 味方の契約者の中には彼らのことを知る者もいるのだろう。一気に彼らの緊張感が増していた。それにシャムスも、彼らの話は聞いていたし、竜造にいたっては彼女もその姿を見たような記憶があった。また他にも、モートが南カナンを襲っていた頃、彼の仲間として動いていた数名の契約者と戦いを繰り広げたこともある。
 敵側についた契約者がどれほど恐ろしいものかは、周知の事実だった。
「なぜ、お前たちがここにいる……」
「おいおい、さすがにここにいたら、その理由ぐらいは聞かなくても分かるだろ? 要するに、てめぇらの相手ってことだよ!」
 竜造はブンッと剣を振って、残虐な笑みを浮かべる。
 瞬間――彼は地を蹴ると猛スピードでシャムスへ迫っていた。
「!?」
 その刃がシャムスを狙う。頭上から振り下ろされるのは風を切る一閃。
「……ッ!?」
 しかし竜造の振るった刀身は、シャムスを叩き斬るその直前で止められた。
「悪いが彼女たちにはもっと大事な目的があるんでな。お前たちの相手はこっちだ」
 竜造の振るった剣を受け止めていたのは、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だった。
 その両手で握るイレイザーキャノンの銃身を使って、見事に剣の軌道を止めている。そのまま、彼は竜造の剣をはじき返した。押し返された竜造は距離を取って再び身構える。
「そういうことだ」
 同時に、横合いから声がする。
 そこにいたのは、巨大な両手持ちの機晶剣〈ヴァナルガンド〉を構える契約者――桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)だった。
 彼が盾のように構えている剣の刀身には、弾痕のような跡と摩擦熱による煙が発生していた。
 実は竜造と一緒のタイミングで終が弾丸を撃ち込んでいたのだ。二丁拳銃を構える終は、自分の動きが読まれていて煉に阻まれたことに、少し残念そうに銃を下ろした。
「俺のこの剣は誰かを守るためにある。お前たちがそれに牙を剥く者ならば――全力で、斬る!」
 煉は剣を肩の高さに構えて、言い放つ。
 その右目に宿るのは燃えるような赤い色だった。気づけば、青みがかっていた彼の瞳の右目が、紅く変貌している。普段は優しく温厚な彼も、戦いの時にはその意識が変化するのだ。非情と温情が混ざり合い、覚悟を決めた者の闘気がその身に満ちていく。
「つーわけだぜ、竜造」
「てめぇは……!」
 部隊の中から姿を見せた月谷 要(つきたに・かなめ)は、義腕の腕をあげて目の前の契約者たちを指さした。。
「悪いが俺も、あんたと……それにそこの無口野郎につけられた傷のお返しはしとかないといけないと思ってたんだ」
「…………」
 要の静かな怒りとも決意とも知れぬ声に、松岡 徹雄(まつおか・てつお)は何も言わない。
 仕事中は無言を通すことを信条としているその男と、竜造を同時に見据える。
「リベンジ――果たさせてもらう」
 ぐっと、要は拳を握った。
「シャムスさん……あなたたちは早く先に行ってくれ」
 竜造たちと対峙する真司は、シャムスにそう告げる。
「――すまない、恩に着る」
 後ろ髪引かれる思いはあるが、シャムスとて彼らの覚悟が並大抵のものではないと気づいているのだろう。
 残りの仲間たちを連れて、彼女は脇を抜けるとさらに続く階段を駆け上っていった。
 その後ろ姿を、あえて追いかけはせず竜造は見送る。
「ちっ……まあいい。俺は暴れられりゃなんでもいいんだからな」
 舌打ちして彼は、改めて要たちに剣の切っ先を向ける。
「しかし、人数的には不利か? そんな条件で戦うのは俺も気が乗らねぇぞ」
「そうでもないですよ」
「なに?」
 くすっと笑った終の言葉に訝しんだその時――頭上から降り注いだのはどす黒い色の卍型ハーケンだった。
「……ッ!」
 シャムスの仲間である味方の契約者を狙ったそれを、真司たちはとっさに避ける。
 ダンッと大地にえぐり取ったそれは、ぐおんと広間を回って影の中に消えた。
「ふ、ふふ……殺す……コロスコロスコロス……」
 影から聞こえたのは、そんな錆びつくような不気味な声。
「……全て……この手で……」」
 闇の中から姿を現したのは、常軌を逸した虚ろな瞳で契約者たちを見る伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)だった。
「伊吹……」
「これなら、戦力になるでしょう? 幸い向こうを敵と認識してくれているみたいですし……モートさんの言う通り、使えますよ」
「…………」
 藤乃はどす黒い血に染め上げられた異形の手裏剣を手に、誰をまず殺すかを見定めている。
 ぶつぶつと呟かれる声はハッキリとはしない。ただ、『私は誰?』と、まるで何かを探してさまよえるように囁かれた声だけは竜造の耳にも届いた。
「……ふん」
 契約者たちとの戦いを前に、竜造はそれを鼻で笑うよう吐き捨てた。