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海の都で逢いましょう

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●ビーチでビッグなBBQ!(3)

 イルミン指定の水着にTシャツという服装は、比較的きっちりした装いの多い涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)にしてはラフな扮装だ。その格好で彼は炭を焼き食材を炙った。折しも太陽は空高く、ちりちり音を上げるバーベキューコンロは激しい炎熱を発するわけだが、涼介は平然としていた。
「もうすぐ食べられるからね」
 さすがの手際だ。もう何年もやっている屋台のように、無駄なくさっさと焼き上げていく。
 涼介のそばではミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が、食べる準備を整えていた。
「お皿をどうぞ」
 とミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)に手渡すその左手薬指には、マリッジリングが輝いていた。ミリアもやはり水着姿なのだ。明るい黄緑色のビキニに、パレオを巻いた扮装がなんとも瑞々しい。
 そういえば、と串を裏返しつつ涼介が言った。
「こうやって他の学校が主催する交流会にミリアさんやミリィをつれてくるのは初めてだね」
「そうですね」
 ミリアは眼を細め、うっとりと、夫にだけ通じる視線で彼を見やる。以心伝心、二人の間にはこれ以上の言葉はなかったが、数分に会話に相当するくらいの意思のやりとりがあったに違いない。
 そんな父と母を見るのは、ミリィにはこの上ない喜びだ。
「わたくしにとっては、海京というだけでも刺激的ですわ」
 と言って、ミリィはまぶしい太陽を見上げた。イルミン指定水着に大きめのTシャツという開放的な服装も、彼女の気分を高揚させているらしい。
 親子三人の団らんだ。もちろん、ミリィはいわゆる未来人であり普通の親子三人とは言いがたい光景になるが、しかしそこには、目には見えねどたしかな情愛の糸の存在が感じ取れた。
「涼介さん、それに、奥さんですね?」
 はじめまして、と小山内 南(おさない・みなみ)が頭を下げた。
「こんにちは」
 と返して涼介は思わず彼女を二度魅してしまった。ほんの数ヶ月前の顔色の悪さ、沈んだ目の色が嘘のようだ。南は大いに健康を取り戻していた。南は学校指定の水着に、白いTシャツ(柄は何故かパンクバンド)を合わせている。
「はい、ミリアと申します。夫がいつもお世話になっております」
 丁重にミリアが頭を下げた。もちろん南もカフェテリア『宿り樹に果実』には何度か足を運んでいたが、こうやって互いにきちんと会話するのははじめてなのだ。
「いえお世話だなんて……むしろ涼介さんには何度も助けてもらってばかりです」
 そのとき唐突に、南の肩になにやら緑色のつるりとした生き物ががぺたりぺたりとよじ登ってきた。しかもその変な生き物はしゃべったのである。
「いやホンマ感謝しとるで〜」
 などというコテコテの大阪弁で。押し潰したような塩辛声だが剽げた口調だ。
 カエル……をかたどったぬいぐるみのようである。妙にアンバランスな目の付き方をしているのは作成者がヘタクソだったからだろうか。緑色はひょこっと頭を下げて、
「わて、カエルのカースケいいますねん。南のパートナーやで」
「え、ああ……それは、はじめまして」
 涼介が手を出すと、ちょい、とカースケはこれを握った。なんでも彼(たぶん『彼』)は塵殺寺院に囚われ、長い間冷凍睡眠させられていたということだ。その間、ただのぬいぐるみである偽のカースケを南は催眠術によって自分のパートナーと思い込まされていたという。
 これを見てミリィも思わず身を乗り出した。
「初めまして、ミリィ・フォレストと申します。お友達になりませんか」
「ミリィ……フォレストさん? えっと、ご親戚ですか?」
 南が問い返すと屈託なくミリアは言ったのである。
「はい。お父様とお母様……涼介とミリアの娘です」
 こんな大きな娘さんが、と、事情(未来人)を知らないので目を丸くしつつも南はその手を握った。
「仲良くして下さいね」
 そこにちょこんとカースケが手を重ねた。
「よろしう頼んます〜」
 ミリィと南とカースケ、なんともアンバランスだがそれはそれでイルミンスールらしい友達の輪が、このとき形成されたのである。
 こんにちは、と声かけて、水色のビキニとパーカーで『ドレスコード』に応じた少女がやってくる。クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)だ。
「南ちゃんとカースケさんは私と一緒に会場を回らない?」
 言外に、「お兄ちゃん(※涼介)は今日は家族サービス中だから邪魔しないようにしようね」と告げているわけだ。南もすぐ理解した。
「はい、そうしましょう」
 かくて、ほな行こか、と提案するカースケの声を合図に、二人と一匹はビーチを散策することにしたのである。

 秋月 葵(あきづき・あおい)は潮風を胸一杯に吸い込んだ。
「やっぱり来て良かった。海京に行く機会はそんなに多くないし、こうういう初めから全校向けにしてるのは特に珍しいしね」
 本日の葵は白と紺のお気に入り水着にネコミミパーカー、暑くなってきたので袖はまくりつつ、次から次へと焼き上がる山海の珍味を満喫していた。
 そんな葵の連れはイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)で、お腹が空いた小動物さながらの動きで、耳をパタパタ尻尾フリフリ、「もっとお肉欲しいにゃー」と訴えかけている。
 はいはい、と葵は応じて、焼き上がった肉をイングリットの皿にそそくさと置いてあげるのである。
 そのときイングリットのそばに、イングリットが顔を見せた。
 ……誤植ではない。こちらの『イングリット』はイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)だ。
「お! 百合園生発見!」
 葵はそう言って彼女を迎えた。
「今日、私たち以外の百合園生を見かけなかったから、それだけで嬉しいよ〜♪」
「そうでしたね。しばしご一緒させていただいてよろしいですか?」
 葵と彼女はそれほど面識があるわけではなかったが、これを機会に色々と話し込んだ。たまたま話すきっかけがなかっただけで、上品ながら芯に強さを秘めるイングリット・ネルソンは話してみると面白い相手であることが判ってくる。
 あっという間に打ち解けて、
「それで、バリツの修行で滝に打たれていたときの話ですけれども……」
 と焼きたてのコーンを皿に乗せた彼女を、もう一人のイングリットが屈んだ状態でじーっと見上げていた。
「あら失礼。あなたは?」
「イングリットと同じ名前にゃ〜」
 興味深げにぴょんぴょんと耳を揺らせながら彼女は言った。
「美味しい食べ物ある所、イングリット・ローゼンベルグ参上!」
 そうして立ち上がって、猫っぽく握った手でイングリット・ネルソンの二の腕のあたりをスリスリするのである。
「あなたも『イングリット』ですの。なんだか親近感が湧いてきましたわ」
 こうしてイングリット同士も友誼を結び、食が進んだところで葵が提案した。
「そろそろお腹が一杯になってきたよね。食後の運動というわけでビーチバレーでもしない?」
 ころりと葵の手には、丸いボールがあるのだった。天学生徒会が貸し出してくれたのだという。もちろんネットもそれを立てる簡易の支柱も近くにある。
「いいですわね」
 ネルソンのほうのイングリットは二つ返事だが、
「にゃ〜」
 ローゼンベルグなイングリットは、「もうちょっと食べる〜。見てるから二人でやってきて!」と首を振った。
「それなら、どこか二人組を探して対戦を呼びかけません?」
「それならあたしたちは百合園チームだよね♪」
 葵は顔を輝かせた。ちょうどそこに、イルミン生二人組がやってくるのを見つけたのだ。
「小山内南ちゃん、だっけ? よければあたしたちとビーチバレーしない?」
「いいよ、やろうやろう!」
 クレアが応じ、南も笑顔で応えた。
「百合園チーム対イルミンスールチームということですわね」
「えへへ、お手柔らかにお願いするよ」
 白いボールが空を飛ぶ。
「えいっ」葵がこれを受け、アンダーハンドパスで高く上げたボールを、
「参ります!」イングリットがスパイクする。
「きゃっ!」ラインギリギリに落ちてきたボールを南がなんとか拾って、
「今度はこっちの番だよー!」クレアがトスし、南のバックアタックに繋げた。
 飛んで叩いて転がって、少女四人は和気あいあい、太陽の下でのバレーを楽しむのだった。