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海の都で逢いましょう

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海の都で逢いましょう
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●ロイヤルガード軍団(!)参上

 さてコスプレコーナーを覗くと、そこにもう一組ロイヤルガードの集団があるのがわかるだろう。
 といってもこちらは仮装ではなく、本物の。
 威風堂々、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)一行である。
 まるで彼女を中心に、颯爽たる風が吹いているよう。どうしてもその歩みは人々の目を惹かずにはいられない。
 彼女らはいずれも、暑さに負けず長袖の国軍制服をきっちりと着こなし、さらにロイヤルガードの証したるものを羽織っている。髪型も丁寧に整え、そのスタイル、さらには姿勢も足並みも一切の乱れはなかった。
 けれどルカルカの口ぶりは軽い。さっそく教導団の仲間を見つけて手を振っていた。
「ねえねえ、ななな少尉に小暮少尉、これコスプレのつもりなんだけど通じる〜?」
「コスプレに見えるか、って? 無理でしょ。ルカルカは普通に有名人だもん」
 串焼き肉が楽しめるんじゃないかと思えるほどの立派なアホ毛を、ぴいんと空に向けたまま金元 ななな(かねもと・ななな)は言った。
「失礼ながら、普通にロイヤルガードが公式行事に参加しているだけのように見えるかと」
 ちょっと前まで色々あったが、現在は平常運転の小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)がごく平然と述べる。
 あれぇ、とルカルカは明らかに釈然としない様子だ。
「おっかしぃなぁ、コスプレ人(びと)の中に本物がまじってた! キャーイヤーン! ……と、なるはずだったのになぁ」
「宇宙から降りてきた電波に誓って言うけど、まずその『キャーイヤーン』はないよ」
「その企て……『キャーイヤーン』? が成功する確率は、まあ1%……いや、1%割れと推測……いえ、もっと低いかも……」
 なななと小暮、キャラクター的には相反する要素だらけの二人が、このときばかりは口を揃えて同趣旨のことを言った。その様子がなんだか妙におかしかったのか、ちょうど横で聞いていた遠野 歌菜(とおの・かな)も思わず吹き出していた。
「ルカルカさん、有名税だよ有名税♪」
 ルカをたしなめるようにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も述べた。
「だから行く前に言っただろう、それはないと」
 ひょいと振り返ってルカは問うた。
「『それ』ってどれ?」
「ルカの考えだ」
「もっと具体的に言ってよう」
「その……『キャーイヤーン!』とかいうやつだ」
 するとルカは、お年玉袋を受け取った子どものようにはしゃいだのだ。
「わっ、あのダリルが『キャーイヤーン!』なんて言ったよ!? みんな聞いた?」
「茶化すな」
 言いながら少し、ダリルの唇とその口調に照れ笑いがあるのをルカルカは見抜いていた。ポーカーフェイスが基本なのは変わらぬとはいえ、最近のダリルはときどき笑うようになった。それを成長と見るか悪影響を受けたと見るかは人によるかもしれないが、少なくともこれまでの彼と異なるのだけは事実だろう。
 そしてルカは、それを好ましく思っている。
 ところで今日、ロイヤルガードの正装に身を包んでいるのはルカルカだけではないのである。ダリルはもちろん、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)もルカのパートナーとして、国軍の制服にマントというロイヤルガードに準じる服装だ。
「おいまさか、その『キャーイヤーン!』作戦だかのために俺たちにもこの格好させたんじゃないだろうな」
 夏侯淵がルカに異議を申し立てた。
 カルキノスもバーベキューソースを肉に振りまぶしながら言う。
「まったく面倒だぜ。服があると動きにくいんだよな……あ、ソースが撥ねた」
 ソースが服についてしまうがカルキノスは気にせず、熱々ジューシーな肉の塊にかぶりついた。
 そうだぜ、なんつーかさぁ、と言うのは歌菜のパートナー月崎 羽純(つきざき・はすみ)である。
「こんなときくらい私服でこいよなぁ」
 するとルカは「今日の衣装には、ちゃんと理由があるんだよう」と頬を膨らませた。
「理由? なんだよ?」淵が問い直すと、
「たまにはこの服も悪くないかなって♪」
 あっけらかんとルカは笑ったのである。しかしそこをダリルが巧みにフォローする。ルカの言葉が終わるか終わらぬかのうちに、
「ルカはああ言うが、あれは説明が下手なだけで実際はきちんとした意味がある。今日は大規模なイベントの割には警備が少ないようだからな。有事の際は軍人として動きたい。そう考えての正式軍装だ」
 こう説かれると淵も「まあそれなら」と納得した。なお、カルキノスのほうは食べるのに夢中であまり聞いていないようだ。
「私は嬉しいよ。ルカルカさんたちが正装できてくれて」歌菜がうっとりしたような口調で話に加わった。「教導団の制服って凛としてて素敵……」
 かく言う彼女はストライプの水着を身にまとい、その上からパーカーというバケーション的服装だ。
「私は普段そういう格好はほとんどしない……というか、そんな機会もないから新鮮なんだよね」
 ところがダリルはにべもない。
「俺にはそういう認識はないが」
 と言い捨て、彼はバーベキューコンロに具材を並べ始めていた。
「そう? でも、ロイヤルガードのマントもあいまって、本当によく似合って見えるよ♪」
「制服は誰にでも合う様にできているものだ」
 これまた素っ気ないダリルなのだ。
 もうちょっと愛想良くしてあげたら……とルカルカは言おうとしたが、その必要はなかった。
「そうだ。マントが気になるのなら」
 ほら、とダリルは自分のものを肩から外し、歌菜の隣、羽純に着せてみた。
「羽純にも羽織らせてやる。……似合うじゃないか」
 と言うや、ダリルは思わず笑い出した。
「ははは。馬子にも衣装と言っては失礼だが、悪くないぞ」
 お世辞のつもりではないだろう。羽純も水着の上にパーカーだが、マントをつけただけで確かに締まって見えるのだ。
「おいおい冗談は……」
 言いながらも、そう悪い気はしないのだろう羽純もつられて笑った。
「そういえばダリル、最近たまに笑うようになったな」
「そうか?」
 まるで笑ったのが嘘だったとでも言うようにダリルは何食わぬ振りをする。そこをなななが追求するのだ。
「いや、笑うようになったと思う! マグ・メルの冒険がいい電波をもたらしたものと推測するよ〜」
 なななはルカルカになにやら目配せした。ルカはオッケーと片目をつぶる。
「よし、じゃあもっと笑わせちゃおう。小暮君!」
「え? 突然?」
 一生懸命に肉を焼いていた秀幸は、
「食事中は帽子はとらなきゃ」
 と意味ありげにルカに笑みかけられ、たじろぎを隠せなかった。
「いえ……それは……」
 普段は眼鏡命な彼であるが、今日ばかりは帽子のほうが大事らしい。軍帽をまぶかに被って退こうとするも、
「帽子? なんだったかな?」
 本当に忘れたという顔で、カルキノスがその長身をいかし、ひょいと秀幸の帽子を取ったのである。
 タイミング良く潮風が吹き、カルキノスの白地に赤黒ポイントのマントがばさばさと揺らいだ。
 ルカルカやダリルのマントも、前髪も揺らいだ。なななのアホ毛すらつんつんと揺れた。
 ところが秀幸には、揺れる髪がないのであった。
 要するに、丸坊主なのであった。(※)
「笑うのは我慢して……我慢……ごめ……無理」
 真っ先にルカルカが笑い出し、
「おい小暮殿に悪いだろ……っはははは」
 止めながらも夏侯淵はしっかりもらい笑いしてしまい、
「ノーコメントで!」
 と言いつつ歌菜も笑いを堪えるのが大変なのであった。
 無論、ダリルも屈託なく笑っている。
「いいんです! これは」
 多少ムッとしながらも秀幸は帽子を被り直す。
「反省のしるしであり、敢えて言うなら笑ってもらうための丸刈りなのです」
 けれどそんな真面目ぶってみても、自分でも可笑しくなってきたのだろう、秀幸も笑って、
「ああもう、暑い暑い! 今日はこれで残り80%は通すということで!」
 帽子を脱いでしまった。そうするとなんだか昔の二等兵っぽい。
「ほら、やっぱり笑うようになった」
 という羽純に、ダリルはお手上げと言った口調で応じた。
「ああ判った、笑うようになったのは認める。だがその程度騒ぐほどのことか。くだらん」
「くだらないなんてことはない。むしろろ凄く良い」
「どう良いのかわからんな」
「だって」
 そろそろ焼けてきた肉を、裏返しつつ羽純は告げたのだ。
「仏頂面より笑顔がいいだろ?」
 ふっ、とダリルはまた笑った。今度はもう反論しなかった。
 一方でルカは、ごめんねー、と秀幸に手を合わせている。
「お詫びに肉焼いて渡すから許して」
「怒ってないのでかまいません。それに、さっきも言いましたが涼しいのでこの季節なら悪くないですね、坊主も」
「ああ待って、肉なら任せて〜。バーベキュー奉行、見参♪」
 歌菜は皆に宣言し、手際よくちょんちょんと肉を焼いてくれる。そして焼けるそばからどんどん手渡してくれるのだ。なので皆、焼くのは歌菜に任せることにした。
 忙しく手を動かしながらバーベキュー奉行は言う。
「食べるといえば、教導団の学食ってどんな感じ? 学食ならイルミンにもあるんだけど、実はお弁当作って持って行ってばかりなのであんまり利用してなかったり……」
「ああ、教導団のはどっちかというと素朴だと思うぜ。米食なら米は玄米入りで硬めに炊いてあるのがまあ特長かな。パンは大抵黒パンだし……ありゃきっと団長の趣味だろ。ロシアっぽいからリュシュトマ少佐かもしれないけど」
「へぇ〜。他校だけど蒼学、空大の学食は行ったことあるよ。美味しかったな〜♪」
「空大なら俺も経験ある。確かに美味かった。あいつらイイもの食べてるよな〜。カフェテリアとか言って、好きなの選べて全員均一メニューじゃないし」
「美味そうといえば……」
 手渡された分厚い肉を食い千切りながらカルキノスが言った。
「私見だが、小暮より金元のが美味そうだぜ」
 たちまち淵が突っ込む。
「おまえが言うと全然冗談に聞こえないんだよ!」
 ほらピーマン串も食べろ、と彼がこれを手渡すと、カルキノスはバリバリと食った。
「ジョークだジョーク。ああ、それから俺は好き嫌いはないからな。ピーマンどんと来いだ」
 カルキノスの言葉を聞いて、秀幸はわずかに後退していたのだがそっと戻った。半分くらい本気にしていたらしい。一方でなななは平然としている。あまりそういうことは気にしない性質なのだろう……単に何も考えてないだけかもしれないが。
「ところで個人的興味になりますが、イルミンの授業形態について教えてもらえませんか」
 丸刈り秀幸が、エビの尾をちぎりつつ問うた。
「イルミンスールは結構自由と思います。好きな事を学ぶってカンジですね♪」
「UFOとかハンガー18とか未確認生命体とかについても学ぶの?」
 なななが食いついた。普通の学校なら「いや、それは……」となるだろうがイルミンンを甘く見てはいけない。さり気なく歌菜を手伝って肉を回転させつつ羽純が回答する。
「『超常現象の研究』っていう授業があるな。なななの言ってるものがダイレクトに出てくるかはわかんないけど、怪物体・怪生物の目撃情報を分析したりする事業内容なんで、わりと近いところにあるんじゃないかな」
 また、大図書室にはそういうものに関する資料もあるという噂である。それを聞いてなななはほんわかと恍惚の笑みを浮かべていた。
「超常現象……あ、そうだ!」
 歌菜が声を上げた。
「超常現象といえば、服を溶かすスライムが大量発生して騒ぎになったこともあったっけ……私は運良く服は溶かされませんでした」
「スライム? ……俺と契約する前の話か……まあ溶かされなかったのならいいが」
 ふと自分の今の服装を思い出したのだろう、羽純は悪戯っぽい目をして言った。
「今俺がそのスライムを見つけて飛び込んだらこのロイヤルガードのマントが……? そうなったらダリル、どうする?」
「笑いながら殴る。あと、スライムが食用になるか羽純に試してもらうことにする」
「……本当にやりそうだから笑えないな……っていうか」
 ほら、と肘でダリルの二の腕をつつきながら羽純は問うた。
「ダリルもなにか面白い話をしろよ。ずっと聴いてばかりいないでさ」
「そうだよー」
 ルカルカもこれに乗じることにした。
「ダリルの打ち明け話、ルカも聴きたいなっ♪ 恋バナとか〜♪」
 しかしこれをどう聞いたか、
「『濃い話(バナ)』だと? 俺は教導団本部に勤務している身だから、濃密で面白い話は軍事機密に触れるんだよな……」
 にこりともせずダリルは言ったのである。そして、『なんか変なこと言ったか?』というように眉を片方上げて、やはりにこりともせぬままシーサーペントの肉を皿の上で細切れにしていた。
「ダリル流のジョーク……なのか」
 ごくり。淵は唾を飲み込みカルキノスに囁いた。
「いや、マジだろ……」
 カルキノスは小さく首を振った。
 
 などとトンチンカンなやりとりもあれど、おおむね楽しくバーベキュー、今日は歌菜もルカも仲間たちも、もう当分焼肉はいいよ、と言いたくなるくらい食べてこの午後を過ごしたという。


※マグ・メルで超魔王として悪の道に走った自分を恥じ、自戒の意味を込めて彼は頭を丸めていたのである。詳しくは『創世の絆 第三回』シナリオガイドを参照してもらいたい。